辺境でスローライフを
ファシエンヌ地方の辺境の地の森のさらに奥深くに、済んだ水の流れる美しい小川がある。
温暖で美しい水があるのなら、当然人が住み着き村や町になりそうなものなのだが、このあたりは人里離れていて、しかも森に隠された地であるため、ほとんど誰にも知られていなかった。
その小川に臨む小高い丘に建てられた、木造の小いさな家にひとり住む若者が居た。
若者の名はミゲルという。
かつてはある高名な勇者のパーティーに所属する、第一級の剣士であった。
ミゲルは剣技のみならず、いくつかの魔法も使えたため、戦闘においては非常に有能であったのだが、パーティーに所属する美しい魔法使いの少女に惚れられてしまったのを勇者に嫉妬され、遂には理不尽な理由をつけて追放されてしまった。ここから単独で、あるいは自らのパーティーを立ち上げて武功を挙げれば「ざまあ」なパターンなのだが、ミゲルは戦いにはもう疲れていた。
そこで辺境の地を旅して、この土地を見つけ家を構え、残りの人生はスローライフを楽しむことにしたのだ。
ある日の事、ミゲルは食料を買いに町に出かけた。
森の奥にあるミゲルの家から、商店のある町までの往復はほぼ一日がかりである。
早朝に出かけて、帰るころにはほとんど日が暮れようとしていた。
食料の入った荷物を背負い、森の入り口に差し掛かったところで、ミゲルは女の悲鳴と、荒々しい男たちの声を聞いた。
声のする方に駆け付けると、果たしてそこではひとりの少女が三人の男たちに髪を掴まれ乱暴されようとしていた。ミゲルは護身用に持っていた剣を引き抜くと声を上げた。
「お前たち、大の男がよってたかって年端も行かない娘に乱暴するとは何事だ」
剣を構えたミゲルの姿を見て男たちは怯んだ様子であった。
そのうちのひとりがミゲルに向かって言った。
「ちょっとまってください、剣士の旦那。あっしらは奴隷商人なんでやす。この娘っ子はメイドとして売りに出されていたんですが、逃亡いたしまして。やっといま捕まえたところなんですよ」
「剣士様、どうか助けてください。私が売られる先は、恐ろしい魔人たちの家なんです」
そう言って顔を上げた少女を見たミゲルの胸がなぜか熱くなった。
(なんだろう、この感じは。この娘・・・いつかどこかで会っていたような気がする)
それがいつ、どこであったのか思い出せなかったが、ミゲルは意を決した。
「おい、お前たち。この娘は俺が買い上げる。値はいくらだ?」
このようにしてその娘マーシャは、ミゲルのメイドとして使えることになったのである。
メイドになったマーシャは甲斐甲斐しくとてもよく働いた。
まるで子供のように幼い顔立ちではあるが、仕事ぶりは大人で家事は完璧にこなせる。
料理も上手で、ありふれた材料でとても美味いご馳走を作った。
「ミゲル様、ここは水も綺麗ですし土地も肥えていますから、わたし野菜畑を作ります」
ある日そう言ったかと思うと、その日のうちに畑をたがやし種をまいた。
しばらくすると、それは立派な菜園となった。
「ミゲル様、今日のディナーは森の野菜サラダ、キノコのスープ、それと特製ミートパイです」
「マーシャ、これは美味そうだ。一緒に食べよう」
「いえ、そんなご主人様と同じテーブルに着くなんて・・・」
そう言ってうつむいたマーシャの顎にそっと手を当てて、顔を上げさせた。
「マーシャ、僕は君を召使いだなんて思っていない。なんというか家族みたいに思えるんだ。だから一緒にご飯食べよう。な、いいだろ?」
「私がミゲル様の家族ですか?うわあなんだかうれしい・・・でももったいないです」
「いいから。これからも家族として一緒に暮らそう」
「はい・・・」
マーシャは顔をくしゃくしゃにして、泣いているのか笑っているのかわからない表情だった。
それから数日後、ミゲルは水汲みと巻き割りなどの力仕事を終えると、部屋の掃除をしていたマーシャに言った。
「今日はひさしぶりに僕がディナーに料理の腕を揮うよ。特製シチューをご馳走する。マーシャが来るまでずっと一人暮らしだったから、料理の腕はなかなかのものなんだぜ」
「うわあ、すごく楽しみです。じゃあ私は切らしているパンを買いに行ってきます」
「町まで遠いぞ。大丈夫か?」
「わたし、こう見えて足速いんですよ。夕方までには戻りますわ、お腹を空かせて」
マーシャは飛び切り明るい笑顔を見せた。
ミゲルの胸がまた熱くなった。
(なんだろうこの感覚。マーシャの顔を見ていると、なぜかいつも胸が熱くなる。もしかしてこれは・・恋なのか?)
マーシャが出かけると、ミゲルは赤ワインに漬け込んだ肉を取り出し、炒めた野菜と共に煮込み始めた。あとは時間がシチューを美味しくしてくれる。とろ火で焦がさないようにだけは気を付けなければならない。
やがて外が薄暗くなってきたがマーシャはまだ戻らない。
ミゲルは心配になって迎えに出ようと簡単に身支度を始めた、その時。
「ミゲル様・・・ミゲル様・・・」
扉を開けて、マーシャが家の中に倒れ込んできた。
「どうした、マーシャ」
ミゲルはマーシャに駆け寄った。
マーシャの服はあちこちが破れ、土で汚れていた。
ミゲルはめくれあがったスカートから伸びる、マーシャの脚を見た。内腿に鮮血が一筋、伝わっているのを見た。
「男か?マーシャ、男に襲われたのか?」
マーシャは両手で顔を押さえて泣き崩れた。
そのマーシャに向かって、ミゲルは吐き捨てるように言った。
「汚ねえな」
「えっ・・・」
「男に純潔を奪われたんだな。汚れてしまった」
すると突然、家の扉が勢いよく開き、三人の男たちが飛び込んできた。
「なっ?お前たちは奴隷商人」
そう言い終わらないうちに、男たちにしたたか殴りつけられたミゲルは床に転がった。
マーシャは顔を覆っていた両手を外すと、小悪魔のような笑顔を覗かせた。
「ミゲル様、残念ですわ。もしかしたらこちらの世界では、良心が芽生えたかもと思っていたのに」
「うぐ・・マーシャ・・お前はいったい・・」
男たちに踏みつけられながら、ミゲルは声を出した。
「ミゲル様はわたしに一度も手を出そうとしなかった。でもわたしの顔に見覚えがあったでしょう?あなたが前の世界でいちばん愛していた・・・あなたの妹の顔ですもの」
(妹・・・前の世界・・・いったい何のことだ?)
「思い出せませんか?あなたが溺愛した妹を。あなたが絞め殺した妹を。悪い男たちに陵辱された妹を汚れたといって絞め殺したのがあなたよ」
(何を言ってるんだ、この女は。僕はただここでスローライフを送りたかっただけなのに)
「わたし、あなたがマーシャの手当てをして慰めてあげてたなら、許そうと思っていたのですよ。でも最後のひとこと、あれはもう許せない」
マーシャ・・・だった女は三人の男たちに命じた。
「このクズを穀物庫のネズミどもと一緒に棺桶にでも閉じ込めて。転生者はこの世界では死ねないから、ここでの寿命・・あと20年ほどね。ネズミに齧られながらスローライフしなさい。あらいい匂いがするわ。シチューが煮えたみたい。わたしお腹空かせて帰って来たのよ」
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