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 いつもの街並み、いつもの風景、いつもの日常。

 代り映えのしない異世界生活も、隣に花を添えるだけで随分と違った印象になる。


「いや~、今日はいい天気だね~」


 あたたかな日差しを受け、横を歩くエマがぐぐーっと伸びをする。その動作に合わせて純白のローブもせり上がり、彼女の豊かな胸元を強調するように膨らんだ。そういうのは目のやり場に困るのでやめていただきたい。


「お前よくそんな呑気でいられるな。また借金取りに見つかったらどうすんの」


「だいじょーぶだいじょーぶ。王都は広いからばったり会う確率も低い、はず。むしろこうやって堂々としてるほうが逆に見つかりにくい……はず!」


「最初っから最後まで希望的観測じゃねえか……」


「心配しないで! その借金取りから幾度となく逃げ切っている私が言うんだから間違いなし!」


「それって、幾度となく見つかってるってことなんじゃ」


「あ、そろそろつくよ」


「おい聞けよ」


 俺の声が届く前に、エマは走って行ってしまった。

 エマの優柔不断な会話のペースに巻き込まれるたび、どっと疲れがこみあげてくる。巻き込み事故もいいところだ。昔はもうちょっと控えめでおとなしい子だっだのに!

 一日分の会話を摂取した割に、外はまだ白みがかった青空。まだ1日は始まったばかりのはずなのに、すでに今日という日の色濃さが際立ちつつある。

 そしてその濃さはこれから随時更新されることとなるだろう……黒に黒を塗りたくる感じで。


「最初はだれに会いに行くんだ?」


 ルンルンで前を行くエマの背中に声をかける。

 エマにうまく乗せられた俺は、現在王都のどこかにいるかつての勇者パーティーのメンバーを突撃訪問しなければならなくなっていた。ほんとどうしてこうなった。


「最初はルシウス君だよ! うわ~楽しみだな~、元気にしてるかな~」


「あいつか……」


「あれ? ユウトってルシウス君のこと嫌いだったっけ?」


 俺の嫌そうな声を怪訝に思ったのか、エマがくるりと振り返る。


「嫌いではないんだが、なんというか苦手で」


 ルシウス。

 当然だが、俺やエマと同じく現代からこの地に召喚された転生者だ。異次元の斬撃を繰り出す二対の宝刃の使い手で、性格は優しく、リーダーシップもあり、仲間からの信頼も厚かった。勇者パーティーとは言ったものの、作戦指揮のほとんどはルシウスが担っていたため、実質的なパーティーリーダーといっても差し支えない。

おまけにイケメン高身長、髪の毛サラサラでモデル体型。王都でファンクラブが作られるほどの人気者だった。異世界にもファンクラブってあるんですね。


「俺、基本的に高スペックの同姓は嫌いなんだ。もう大っ嫌い。イケメンがいるから俺がモテないんだ。イケメン滅びろ。ついでに世界も滅びろ」


「理由が自己中すぎる!? しかも普通に嫌いって言ってるし……」


 エマは驚きを見せているが、同じパーティーにあんなやつがいたら嫌でも劣等感を感じるだろう。勇者として召喚された俺より人気あるとか舐めとんのか。おまけにあいつ、男女分け隔てなく優しいんだよな。もちろん俺含めて。もういっそのこと性格くらいは悪人であってくれれば嫌いやすかったのだが。


「情報によると、このあたりのはずなんだけど……」


 エマがきょろきょろと辺りを見回す。しかし、その声音には少なからず疑心めいたものが生まれつつあった。

それもそのはず。今俺たちが歩いているのは、いかがわしいお店が立ち並ぶ夜のストリート。俺たちの知るルシウスの健全なイメージとはあまりにもかけ離れた場所だったからだ。

大人の香りが漂う街並み。

早い時間なので、こういう系のところはもう少し静かだと思っていたのだが、予想に反して客足はどこも上々のよう。朝は太陽のある夜だ、と言わんばかりの賑わいを見せていた。

そんなピンクのもやがかかったみたいに色めく通りを2人しておずおず歩く。


「本当にこんなところにルシウスがいるのかよ。お前の言ってた情報通って、信用できるやつなんだよな?」


「も、もちろん! ほら、この名前のお店で働いてるって!」


 そう言って、エマがローブから一枚の紙を取り出し、俺に手渡してきた。

 紙にはルシウスの名前とともに、『クラウン・マーメイド』という名の店名が。

 なんだか怪しい匂いがプンプンする。


 通りの中ほどあたりに建つ、王宮をイメージさせるような高級感のある店の外装。白いレンガ造りの入り口には大きな看板が掲げられており、くねくねとしたピンク色の字体で『♡クラウン・マーメイド♡』としたためられていた。

 本当にこんなところにあのルシウスがいるのだろうか。


「たのもー!」



 あわあわと慌てる俺を無視して『クラウン・マーメイド』の扉を開ける。

 店内を覗くと、そこには、別世界が広がっていた。


「わぁ、きれい……」


 エマが思わず感嘆の息を漏らす。

 深い青が支配する落ち着いた雰囲気の店内。外観とのギャップに驚かされる。

照明の代わりに色とりどりの魔石が焚かれ、互いの色が重なりあうことで店内を怪しく照らし出す。その独特な色調が、人の立ち入らない深海を思わせるような神秘的な空間を演出していた。

まさに人魚たちの楽園。作りこまれた世界観には非の打ち所がない。

ただ。

 ただ一つ問題をあげるとすれば。

その深海を泳ぐ肝心の人魚が、マーメイドではなくマーマンだったことだ。


「あんら~、いらっしゃい♡ ロイヤル・マーメイドへようこそぉん♡」


 声変わりを3回くらい迎えたような野太い声が店内に響く。

 出迎えたのは大胸筋がはち切れそうなピッチピチのドレスを身に纏った大男。

そう、男だった。

おっさんが、マーメイド風の、女装をしている。


「なん、だと……」


 おい、マーメイドはどこだ!?

美麗な内装とのミスマッチにも程がある男女の架け橋的存在の新人類を前にして、俺は石化させられたように身動きが取れなくなる。これが、恐怖……!?

呆然と立ち尽くす俺に、男はその巨大な体躯をくねくね軟体動物のようにくゆらせながらすり寄ってきた。


「あらカワイイ子♡ 人生に絶望してやさぐれてる感じがとってもキュートでそそるわぁ~♡ アタシが全力で守ってあげたくなっちゃうん♡」


「ヒッ……」


 耳元でささやかれた呪文にも似た言葉の羅列(←内容を把握できていない)にブラックアウト寸前まで追い込まれる。

 も、モンスターだ……。


「お、おいッ、エマ! ボーっと突っ立ってないで何とかしろ! ルシウスに会いたいって言ったのはお前だろ!?」


「……へっ!? あっ! そ、そうだった」


 一足先に放心状態に陥っていたエマの意識を手繰り寄せ、復帰させる。新種のモンスターとの遭遇はやはり衝撃的だったのだろう。

 エマは暴れる鮮魚に触れるような恐る恐るの体でマーメイド、もといマーマンに尋ねる。


「あ、あのっ! 私たち、人を探してて……。ルシウス君って子、このお店で働いてませんか?」


「ルシウス……」


 エマの問いかけにマーマンはその逞しい腕を組み、指を唇に当てながら考える仕草をとっていたが、しばらくして首を振った。


「そんな名前の子、ここでは働いてないわねぇ~」


「いないならしょうがないな。それじゃ俺はこれで」


「ちょっと待って」


 そそくさ帰ろうとした俺だったが、エマに捕まる。

 事実確認も済んだのに何が問題なんだ。


「諦めるにはまだ早いよ」


 そう言って、エマがマーマンに詰め寄る。


「その、えっと……身長はこれくらいで、背が高くて、足も長くて……みたいな人いますか?」


 説明下手か。身長のことしか言ってない。


「もういい、代われ」


 このままでは埒が明かないので、俺はエマと入れ替わるようにしてマーマンに近づいた。

 おい、頬を赤らめるなおっさん。


「身長はアンタより少しだけ低くて、銀髪のイケメンで細マッチョ体型のマーメイドはいるか?」


「銀髪イケメン……あっ! もしかして、ルーシーのことかしら」


そう呟くと、大男は雄叫びと見紛うほどの声量で店奥へと呼びかけた。


「ルーシー、ご指名入ったわよぉ~!!」


 すると、中からすぐさま返事が返ってくる。


「は~い、ただいま~」


目の前のおっさんよりはマシだが、指名された声の主も男らしさを隠しきれない中低音をお持ちのようだ。

が、その声にはどこか聞き覚えがあって。

 奥から出てきたマーメイドの姿に、俺は違う意味で目を奪われた。


「ご指名ありがとうございま~す♪ 銀髪マーメイドの、ルーシーでぇ~す!」


 男にしてはやや長めに切り揃えられた銀髪が、星の粒子を振りまくように柔らかくなびく。

 通った鼻立ちに目尻の垂れた眼を備えた優しい顔立ちが、その男の持つ人の良さを感じさせると同時に、俺の脳内を激しく揺さぶった。

 鎧はドレスとなり、端正な顔立ちは化粧で彩られた。それでもなお、記憶の回顧は滞る気配がない。それこそが、彼が彼である証明に他ならなかった。


「お前、ルシウス、なのか……?」


「え、ルシ……? ア、アナタたち、まさかッ……!?」


 呼吸も忘れるほどの沈黙の中で、向かい合う3人。

それだけでこんな只ならぬ空気になるんだから、わざわざ確認するまでもないだろう。

 一年ぶりに再会したルシウスは……ルーシーになっていました。

 もう自分でも何言ってるかわからなかい。

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