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 勇者の召喚は、当初王都中で話題となった。


 邪悪なる存在――魔族による被害が増加傾向にあり、魔王の復活も近いのではと噂されるほどに混迷していた世界に希望を与えたのだ。

 その扱いはまさしく救世主にも等しかった。

 それだけに、俺が勇者としての資格を失った途端、俺に対する風当たりは転じて逆風となった。働き口を探そうにも、風評被害を恐れてか元勇者の俺を雇う者はなく、誰にも迷惑をかけずに金を稼ぐとなったら、冒険者として依頼をこなすくらいしか思い浮かばなかったのだ。

 最初はすぐさまこんな所抜け出してやろうと息巻いていたが、日々の生活苦からその気力も次第に消え失せ、気づけば、冷遇されるその状況すら当たり前のこととして受け入れていた。

 それがエマの言うようなやさぐれ感を生み出す原因となったのかもしれない。

 いや~やさぐれてるのがかっこいいと思ってた時期が僕にもありました。実際は、ただ人相が悪いだけの嫌な奴としか思われなくなってて悲しくなったけど。


 好きでやさぐれてるわけじゃないんだから!(メンヘラ並感)


 ……まあ最近では、一過性のブームが過ぎ去るがごとく俺の存在もきれいに忘れ去られ、巷でも『あの人はいま』的な扱いをたまにされるくらいになったため、こうして公の場で食事をすることもできるようになった。

 一時期は入店拒否とか当たり前だったからね。言うなれば地元ぐるみでいじめられてたようなものだったからね!

 ああ、思い出したら目頭が熱くなってきた。


「え!? ユウト、なんで泣いてるの!?」


「あ……いや、これはアレです。寝不足なだけです」


 どうやら本当に涙が出てきてたらしい。こうも昔のことを頻繁に思い出してしまうのは、やはり思い出の存在が目の前にいるからだろう。

 俺も変わり、エマも変わった。

 しかし、2人の変わり様は全く異なる。一方は幹を腐らせ、もう一方は花を咲かせた。その違いは何だったのだろう。

 俺はふと気になっておもむろに口を開く。


「お前はさ、あれから――」


「?」


「……いや、なんでもない」


 『あれからどうしてた?』――。

 そんな言葉が出かけて俺は寸手で押しとどめた。俺が言えた立場ではない。なぜなら『あれ』の元凶を生み出したのは紛れもない俺自身なのだから。


 ……ステーキの感想でも聞いて誤魔化すか。


 そう思って、エマの方を見上げたところで、俺は固まった。

 エマと、視線がぶつかっている。

 エマはいつの間にやら料理を食べ終え、真っ直ぐに俺を見つめ返していた。

 まるで俺の思考を見透かしたかのような、悪戯っぽい笑みを口元にたたえて。


 バレてる、だと……!? エマちゃん、エスパー!?


まさか先手を打たれると思っていなかった俺は、口を半開きにさせたまま、エマの言葉を待つことしかできない。


「私はね……」


 エマが静かに口を開く。


「私はね……あれから、旅をしてたんだ」


 俺は相槌を打つこともなく、エマの話に傾聴する。


「……あの日、あの広場でみんなと別れてからね、私考えたの。私が……私たちがこの世界に転生させられた理由を。……ユウトはなんだと思う?」


 視線で俺を捉えたまま、エマが突然問いかけてきた。

 俺の心の中を覗きこむような深い眼差しに、思わず目を逸らす。


「……そりゃあ、魔族の侵略から世界を救うためだろ」


 そうぶっきらぼうに答えるのが精一杯だった。

 この答えは正確で、間違いのない事実だ。そのはずなのに、胸を張ってそう言えない俺がいる。それがたまらなく不愉快で仕方がなかった。

 そんな拗ねた子供みたくなった俺を、エマは優しく諭すような声音で包み込む。


「でもそれはさ、私たちが決めたことじゃないでしょ」


 首を振って否定するエマ。

 そしてゆっくりと、一語一語に確かな感情をこめて言葉を継ぐ。


「……だからね。私たちが転生した本当の理由……それを探すために、私は旅に出たんだ」


 エマがテーブルの脇に目線を落とす。視線の先には、彼女が背負っていた1本の杖が立てかけられている。骨質を粗く削り出しただけの素朴な造りの杖。だがその杖には、万人の傷を癒し、災厄から人々を守る力がある。

 宝杖パニシア。

 転生した際に王から与えられた最高ランク――『宝位』に定められる、人類の宝の1つ。宝剣が俺を選んだように、彼女もまた宝杖の選定を経て、その使い手となったのだ。

 まさに自らが転生した理由そのものに匹敵するであろう宝杖とともに歩んだ旅。その杖を見つめ、回顧を巡らすエマの瞳は哀愁に揺れている。


「この宝杖でしか癒せない傷がある。救えない命がある。なら、それこそが私のやるべきことだと思ったの。だから、私は歩いて、歩いて、目の前で困っている人を見つけては助けて……ってのをずっと繰り返したんだ。たまに『荷車押すの手伝ってくれ』とか『家畜の世話をしてくれ』とか関係ないお願いもされたけどね、あはは……」


 困ったように笑うエマの表情は、ちょうど窓から射しこんできた日光と重なって、とても眩しく映った。その姿は、俺の知らないエマのように見えて。

 だからかもしれない。俺がエマの話を遮ってまで言葉を発してしまったのは。


「……それで、俺たちが転生した本当の理由ってのは見つかったのかよ」


 焦燥を滲ませた、ともすれば嫉妬にすら聞こえる暗い声音。

 自分の無意識の願望が込められているようで恥ずかしくなった。

 エマも一瞬目をぱちくりさせて驚いた様子を見せたが、すぐにまたさっきと同じ微笑みを返す。


「うん、見つかったよ。でも、その前に……」


 そして、料理のなくなった皿に手を伸ばすと、


「おかわり!!」


 高らかに掲げながら元気いっぱいに叫んだ。

 気づけば、空になった皿が山のようにテーブルに積まれていた


「まだ食うのかよ……」


 見事なまでに話をはぐらかされた俺は、思わず気が抜けてしまう。呆れ交じりにため息をついた。……まあ、そう簡単に教えちゃくれないか。

 ただ一つ分かったのは、エマが旅を経て変革を成したということだけ。

 その変化にこそ、俺が求め、見つけられなかった“理由”のヒントがあるのかもしれない。

 だから俺は、過去の記憶を清算するように、エマの豪快な食べっぷりを刮目して見ることにした。



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