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予想外の邂逅に体が硬直する。彼女の姿を目にしてからというものの、俺の中では様々な感情が浮かんでは消えを繰り返し、表情筋だけが痙攣したように忙しく動き回っていた。
「お前、本当にエマなのか……?」
やっとの思いで口にした言葉は、確認の意図よりも懐疑の念の方が未だ強かった。それほどまでに信じられない光景を目の当たりにしているのだ。
だがしかし、蒼眼の少女は、俺とは正反対に落ち着き払った声音で、むんと胸を張る。
「もっちろん。正真正銘、私はエマだよ。ほら、この通り!」
そう言って、まるで2人だけに通じる秘密の合図を送るかのように、額に手を当てビシッと敬礼した。軍人の真似事をする子供みたく無邪気な笑顔で。
普通ならば、その動作だけで目の前の少女がエマであるという確信には至らない。
だが、ここは異世界。
この世界で敬礼のポーズに意味を持たせようとする人間なんて限られている。
それこそが、まさしく異世界の住人ではない証拠。現代からの転生者である証明に他ならなかった。
俺の知るエマの印象とは少し違うが、所々に残る面影は紛れもなく彼女のものだ。
「思い出してくれた?」
エマが俺の顔を覗き込むように上目遣いで視線を送る。
距離を詰められた気恥ずかしさから俺は思わず目を逸らすが、おかげで体の硬直が解けていることに気づく。
その勢いのまま、
「あ、ああ。まだ半分くらい信じられないけど、その……久しぶり、だな」
「うんっ、久しぶり!」
エマは再び笑顔を咲かすと、今度は小首を傾けて俺を見つめてきた。視線も何やら期待と期待でキラキラ輝いている。いや、期待しかされてない!
どうやら俺が何か言うのを待っているらしい。
「…………」
「…………」
2人の間に沈黙が流れる。超気まずいんですけど。
こういう時なんて言えばいいのだろうか。
『元気してた?』『久しぶり!(さっき言った)』『最近調子どう?(1年ぶりの再会なのに軽すぎる)』etc...
最初に思い浮かんだ3つがこれの時点で詰んでる。実質『元気してた?』の一択じゃねえか。
「えぇ~っと……」
気の利いた言葉がなかなか出てこない。
いや、だって、まさか顔見知りに会うなんて思ってないもの!
最近の会話なんて大家のクソジジイと喧嘩するか、案内所のおっさんと事務的なやり取りするくらいしかなかったんだぞ。急に自然な会話なんてできっこない。
まさか冒険者になってコミュニケーション能力がヤバくなるなんて思わなかった。いやほんとマジでヤバい。ついでに語彙力もヤバい。
俺は頭の中でうんうんと唸りながら、会話の糸口を探る。だが、さっき走ったせいからか、疲労で頭がうまく回らない。
あれ、そもそもなんで俺走ってたんだっけ?
それはなぜか男たちに追いかけられていたエマが俺を捕まえたからで……。
とそこまで思い出して、はたと気づく。
「そ、そうだッ! なんでお前、泥棒なんてして――」
「あ、ちょっと待った」
深慮の末に導き出した俺の追及は、エマのまたとない静止によってあっけなく霧散した。
今度はなんだよ!
俺は多少苛立ちながらも律儀にエマの言葉を待つ。
しかし、一向にエマから返事が返ってくる気配はない。手のひらを俺の前に掲げた状態でじっとしているのみだ。
「あのー……エマさん?」
すると突然、エマは、うっ……と苦悶の表情を浮かべたと思いきや、腹を抱えながらふらふらと倒れ込むようにうずくまった。羽織る白いローブにすっぽり収まるように丸まって、それっきり動かなくなる。
「お、おい! 大丈夫か!?」
急に様子がおかしくなったエマを心配して声をかけたその時。
ぐぎゅろろろろ、と。
エマの腹部辺りから唸り声のような音が鳴った。
「なんだ今の音は!? モンスター!?」
俺が驚いて思わず構えていると、エマがプルプル震えながら顔だけで俺を見上げる。
「おなか、すいた……。ユウト、助け、」
言いかけて、コテンと地面に頭を打つと、今度こそエマは動かなくなった。
死~んという効果音が似合いそうな敗北ポーズ。
さきほどの地獄からの怨嗟のような鳴き声は、エマの胃が空腹で締め上げられた音だったらしい。格闘技なら確実にオチてますね、これは。
俺は呆然と、白いダンゴムシのように丸まったエマを見つめる。市場の嬌声はもはや耳に遠く、俺の周りだけ時間が止まったように停滞していた。
いや、助けてって……どうすればいいんだってばよ。




