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王都グランデアの朝は早い。
まだ太陽が昇って間もないというのに、通りを歩けば人が散見される。
荷車で野菜や果物を運ぶ者、軒先で神に祈りを捧げる者、深酒でもしたのかフラフラとおぼつかない足取りの者。
都と言うだけあって、ここには多くの人々が生活しているんだなと改めて思い知る。
そして、大通りともなれば一気に人口密度は高まっていく。左へ右へ通りを行き交う人々は、誰に言われるでもなく整然とした人の流れを作って歩いていた。
俺もその流れに沿うようにしてそこに割り込む。
グランデアを分断する大通りの1つ。上空から見れば、王都を十字で4等分したように通っている。俺は今、その十字路を南から北へと縦断していた。
「はぁ……遠い……」
目的地の冒険者案内所までの道のりを思うと足が重くなる。
自宅がある南地区は低地に位置する言わば庶民街。それも南門が真後ろに控える最南端である。
そのため、冒険者案内所を含めその他もろもろの施設が集中する中心街へ行くには、この緩やかな上り坂になっている大通りを延々と北上しなくてはならない。
どうせなら中心街に居を構えたいものだが、当然、高地である北に行くほど地価も高くなるため、しがない一介の冒険者である俺には無理な話だった。
ちなみに最北には王族が住む白亜の城と貴族たちの豪邸が建ち並び、現在進行形で俺を見下ろしている。胸糞悪いぜ、まったく。滅びろ王都。
「……って言ってるうちにけっこう進んだな」
ふと前を見ると視界が開けていることに気づく。中心街も間近だ。どうやら日頃の不満を漏らしている内に歩みも進んでいたらしい。
よし、これからは積極的に恨み言をつぶやいていこう。滅びろ世界。
更に歩く。
十字の中心にあたる噴水広場まではあとわずか。それを超えてすぐのところに案内所はある。
なので、このまま真っ直ぐ歩いていけば目的地に着くのだが……。
「…………」
少しばかり逡巡したのち、俺は大通りを抜けて迂回するルートを選択。
どうしてもあの広場を目にすると調子が出なくなるのだ。
……べ、別に、昔のことを思い出してヤキモキしちゃうとかじゃないんだからねっ!
「……はあ、気持ち悪い」
自分のツンデレ特性の無さに吐き気を催していると、ガヤガヤと一層の賑やかしさが出迎える。この辺りまで来ると大きな店が軒を連ね始め、市場の様相を呈し始める。道は売り子とその客とでごった返していた。
と、その時。
『逃がすか、この泥棒ッ!』
『誰かそいつを捕まえてくれーッ!』
野太い男の怒声が背後から聞こえてきた。
市場が一斉にざわめきだす。が、特段驚くことでもない。
「ここら辺はよくいるんだよな、泥棒。売り物も多いし」
こういうのは関わり合いを避けるのがテッパンだ。
現に、背後から迫る喧騒は止まることなくこちらへと近づいてくる。誰も止めに入らない証拠だ。
俺は後ろを振り向きもせず、彼らの追いかけっこのために道を譲ろうと脇に逸れた。
しばらくして、男たちが追う泥棒の姿を横目に捉える。
その泥棒は、純白のローブを身に纏った少女だった。
顔は胴体よろしく真っ白なフードを被っているため伺いしれないが、風と共に揺れる美しい金髪がその隙間から見え隠れしていた。白金のコントラストが眩しいその出で立ちは、泥棒というよりも、神の使いと形容した方がしっくりくるほどだ。
そんな、悪徳とは無縁の世界で生きていそうな少女が罪を犯し追われているという事実に驚く。
だが、何よりも驚いたのは。
「は?」
――すれ違いざま、その少女が俺の手を握り締めていたことだった。
手のひらから伝わる彼女の手の柔らかさと体温。
そのどこか懐かしさすら感じさせる温もりに、一瞬だけ反応が遅れる。
「お前なにやって――ッ!?」
俺が抗言するよりも先に、少女は走る勢いそのままに俺の腕を引く。気づけば俺は、少女とともに走り出していた。
人の間を縫うように走る彼女の背中には、やはり白色の杖が掛けられている。
その杖の形状にどこか既視感があったが、今はそれどころではない。
「お、おいッ! 離せってばッ!!」
「…………」
少女の背中に呼びかけても返答は来ず。しかも、手を離すどころか、握る力をさらに強めてきたではないか。
いや、『ではないか』じゃねえ、マジでなにやってんのコイツ!?
まさか新手の詐欺か! 因縁の肩を持たされたあげく、有り金全部ふんだくられたりするのか!?
俺が恐怖に肩を震わせ後ろを振り向くと、怒声をあげながら追走する大男と目が合う。
大男は、少女と俺が手をつなぎ走る姿を視認するやいなや、隣にいた仲間と思われる男と目配せすると、
『仲間がいたぞ! あいつもとっ捕まえろ!!』
『2人まとめて殺すッ!!』
俺の分まで器用に殺気を倍増させて猛追してきた。
しっかり犯罪の片棒担がされちゃったんですけど!? 詐欺よりもタチが悪い!
いい加減、こいつの暴走を止めなければ……!
俺は強引に少女の手を引っ張り返そうとする。が、それを見計らったかのように、前を走る少女が急に方向転換した。
急激に曲げられた力のベクトルに反応するのがやっとで、俺は彼女に誘導されるがまま裏路地へと一緒に吸い込まれていく。
人気のない暗い路地へ入ると、そこでようやく少女は足を止めた。
「お前、いったいなんのつもり――ムグッ!?」
すかさず俺は口を開こうとするが、またも阻止されてしまう。少女は手で俺の口を塞ぐと、フードから覗く艶やかな唇に人差し指を添え『静かに』と無言で合図を送る。
路地の片隅と同化するように身を寄せ合う2人。
少女の心音すら聞こえてきそうな距離の近さに心臓が跳ね上がり、呼吸ができなくなる。
……まあ、口塞がれてるからなんだけどね。し、死ぬ……。
『あいつら、どこいった!?』
『くそッ! 客に隠れたと思ったら姿を消しやがった……!』
男たちはターゲットを見失ったようで、声に焦りを滲ませていた。どうやら、他の客を背にしたタイミングでの方向転換が功を奏したらしい。
『俺は来た方を戻る! お前はあっちをあたれ!』
『おうッ!』
やがて男たちは見当違いな方向へ走り去っていく。それを見届けて、市場を取り巻いていた慌ただしさも急速に沈静していった。
「ふぅ。まさかこんなところにまで追っ手が来るとは」
追っ手をまいて安堵した様子の少女は、一度大きく息をつく。
「モガッ、モガガガガ!」
「あ、ごめんごめん」
そしてようやく俺を解放した。咳込みながら、欠乏した酸素を取り込む。
危うく窒息するところだったぞ……。じゃなくて!
「お前いったいどういうつもりだ! 俺をあんな騒ぎに巻き込みやがって!」
俺は今しがた起こった出来事の説明を要求しようと、少女の方を振り向く。
少女は俺の視線を感じると、少し間を置いてから、ゆっくりと口を開いた。
だが少女は、事の顛末を説明するでも、謝罪の言葉を述べるでもなく。
「――久しぶりだね、ユウト。ずっと、会いたかったよ」
そんな言葉を少女は口にした。
脈絡なく飛び出したそんな言葉に、俺は自分の耳を疑う。
しかしその優し気な声音には、再開を祝福するかのような喜びが確かに込められている。
だからこそ俺は怒りを忘れ、彼女の言葉にただただ困惑するしかなかった。
「は? 久しぶりって……。しかもなんでお前、俺の名前を知って……」
要領を得ない俺に、少女が呆れたように言葉を紡ぐ。
「もぉー。ホントに忘れちゃったの?」
そこで初めて、少女は被っていたフードを捲りあげた。
純白の布地と入れ替わるようにして、腰まで伸びてふんわりとしたブロンドがあらわになる。
乱れた髪を振り払うと、緩いウェーブを保ったまま金糸を束ねたようにまとまった。
改めて向き直った彼女の顔を見て、今度こそ俺は驚愕に目を見開く。
暗がりでも輝きを放つ透き通った青い目に、綿雪をまぶしたような白い肌。
何よりも、その整った顔立ちを解きほぐすように微笑む姿を俺は知っている。
「私だよ、私! エマだよ!」
朧げだった記憶は、彼女の名前によってその色を完全に取り戻す。
同時に、俺の中で悪夢となり果てていた過去の記憶が、走馬灯のように次々と呼び起こされた。
もう、夢でしか会うことはないと思っていた。会わなくて済むと……安心していた。
そう、彼女の名はエマ。
俺と同じ転生者にして、今はなき勇者パーティーの1人だった少女だ。