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 俺とエマはリィウェンに案内されて、屋敷内にある応接間の一室に通された。一室と言っても、その広さは部屋という規模をゆうに超えている。もはや家。

 だだっ広い部屋の真ん中には、椅子やテーブルといった応接セットが置かれていた。どれも家具というより調度品と言ったほうがしっくりくる絢爛さだ。その横にはメイドが2人立っている。もちろん猫耳はついてない。


「わぁ、良い匂い~」


 エマが入るなりくんくんと鼻を鳴らす。犬かお前は。

 だが、確かにエマの言った通り、砂糖菓子のような甘い匂いがする。出所をたどっていくと、テーブルの上に大きな焼き菓子が置かれているのが目に入った。


「ここはもういいですから、あなたたちは他の仕事に移ってください」


 リィウェンが威厳良く言いつけると、2人のメイドは俺とエマにお辞儀をして静々と応接間を退出した。これまでの態度からして、リィウェンはこの屋敷のメイド長を務めているといったところだろうか。いや、ボス猫と言った方が正しいか。

 そのボス猫は部屋の外で首を巡らせて、メイドたちが出ていったのを念入りに確認すると、静かに扉を閉める。ガチャリ。あ、鍵かけた。

 3人だけの密室を完成させた瞬間、


「ぐふっ」


 リィウェンは鈍器で殴られたようなうめき声をあげて、その場に崩れ落ちた。


「わっ。リィちゃん、どうしたの!?」


 エマが宝杖を持って傍に駆け寄ろうとする。また腹痛かなんかだと思っているのだろうか。

だが、どう考えても宝杖で治癒できる種類のケガではなかったので、俺はリィウェンのためにも、やんわりとした口調でエマを止めてやった。


「大丈夫だ。いま、リィウェンは心に深い傷を負ってるだけだから。死にたくなるくらいの」


「それ、ぜんぜん大丈夫じゃなさそうだけど」


「ここは俺に任せろ」


 エマの代わりにリィウェンのもとに寄る。

 そして、声にありったけの嘲笑を込めて言ってやった。


「大丈夫か……ニャン?」


「~~~~~ッッッ!!!」


 リィウェンは声にならない叫びをあげると、ガックリと首を垂れて力尽きた。チーンという弔いの効果音が聞こえてきそうだった。

 猫耳メイドを屈服させる……清々しい気分だぜッ!


「ど、どうして……」


 プルプルと肩を震わせながら、四つん這いのままリィウェンがこちらを向く。


「どうしてあなたたちがいるのですかッ!?」


「俺に言われても」


 チラッとエマの方を見やる。

 俺の視線に気づいて、エマが思い出したように手を叩いた。


「そうだった! えっとね、実はーー」


 そう切り出してすぐ、ぐぎゅろろろろ、と地鳴りのような音が遮る。またか。


「ご、ごめん……。お腹すいちゃった。えへへ」


 ぐぎゅろろろろ。

 そう言ってるうちに、再びエマのお腹が盛大に鳴き声をあげる。

 巨乳キャラは大食いの法則、あると思います。それにしても燃費悪すぎだが。

 エマがお腹を押さえて照れ笑いを浮かべているのを、リィウェンは面食らった表情で見ていたが、やがて力が抜けたようなため息をついて立ち上がった。


「そちらに焼き菓子が置いてありますので、一緒に食べましょうか」


「わーいやったー!」


 リィウェンに連れられるままエマは席に向かう。甘味に吸い寄せられる蜜蜂みたいだ。


「ユウトもどうぞ」


 やや冷たい声音で言われる。猫さんいじりをしたからだろうか。

 俺も言われるがまま、4つがけの席のうち、エマの隣の椅子を引いて座った。

 リィウェンもそのまま席に座るのかと思ったが、立ち上がったまま、金の淵模様がある小皿を手に取って焼き菓子を取り分ける。あくまでメイドとしての立場を貫いているようだ。それが終わると、次はティーポットに手を伸ばした。小皿と同じ金淵のティーカップにゆっくりと紅茶を注ぎ入れていく。その一つ一つの動作は洗練されていて無駄がなく、リィウェンの生真面目な性格を映し出しているようだった。

 準備に集中している間、今度は勘づかれないよう、さりげなくリィウェンを観察する。

 すらりと伸びた足から上半身にかけて滑らかなS字を描く身体に、伏し目がちに手元を見るとあらわになる長いまつげ。そして何と言っても、絹のようにきめ細やかな黒髪。

アジアンビューティーを体現したかのように隙なく美麗なその容姿は、時に見る者に高圧的とすら感じさせるが、今目の前にいる彼女は服装と髪型の突飛さのおかげか、棘を抜かれた薔薇のように美しさと親しみやすさの絶妙なバランスを保っていた。


「さあ、準備ができました」


それを合図とばかりに「いっただきまーす!」とエマが菓子に手を伸ばそうとするが、リィウェンの手が間に挟まり阻止される。


「お菓子に手をつける前に、私のこの服装についてお話させてください。……主に猫耳と猫しっぽについて」


 リィウェンはエマの向かいの席に座りながら、俺を睨む。

 俺に猫耳をいじられたことが余程気に食わなかったらしい。


「いや、別にどんな格好でもいいと思うぞ。それより、腹減ってるから早く食べたいんだけど」


「私も早く食べたいよぉ~」

 

 初めてエマと意見が一致した。

焼き菓子から漂う上品な甘い香りに胃が刺激される。今日はまだ何も食べていなかったのを思い出してしまったのだ。ルーシーのところでもタダ飯食い損ねたしな。

正直、リィウェンの猫耳のことなんてどうでもいい。

が、リィウェンもそう簡単には引き下がれないようで、キッと鋭い視線を向けて厳しい口調で言った。


「なりません。私の尊厳に関わる話なので」


「尊厳とか、そんな格好で言われても」


「あ、ああっ! やっぱり私の格好をおかしいと思っていたのですね!? たった今どんな格好でもいいと言ったのに!」


「他人がどんな(おかしな)格好でも(俺に関係ないから)いいって意味で言ったんだけどな」


「あれは、私たちがパーティーを解散した次の日でした」


こいつ、俺が話を聞く気がないと見るや、無理やり回想をねじ込んできやがった!


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