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 無粋にそびえる壁を抜けた先には、鮮やかな景色が広がっていた。

 青空のキャンパスには、お屋敷と呼べるほどの大きさと風雅を持つ建物の数々に、背の低い木々が自然見のある緑を添える。足元では、色彩豊かな花々が道を飾り立てるように咲いていた。

 虹から色を抽出して振りまいたように華やかな街並みだ。さすがは貴族街といったところか。


「相変わらず、目がチカチカするぜ」


 難癖つけないと羨ましくてやってられない。(貴族として)生ぎたいっ!!!!

 道行く人に場所を尋ね、事前に得ている情報と照らし合わせながら進む。

 きれいに整備された石畳の道をしばらく歩いていくと、エマの足が止まった。


「ここがリィちゃんが働いているお屋敷だよっ!」


 眼前には見上げるほどに大きな屋敷。

 そこらにも同じような屋敷が見られるのでわざわざ驚きはしないが、彫刻のような装飾がなされた白壁に、ゴシック建築を思わせる壮観な造りは、やはり立派ではある。

 馬車が通れるくらい大きな扉を前に、エマがノックをしようと自由な方の手を上げる。そこで俺はふと、あることに気づいてそれを制した。


「エマ、ちょっとその前に」


「ん? どうしたの、ユウト?」


「もうそろそろ、その、手を離してもらっていいか……?」


 俺とエマは橋を渡ってからもなし崩し的に手を繋いだままだった。見れば最初はエマに一方的に握られていた手も、いつの間にやら互いに手を取り合うような自然な形になっている。

 いやほら、事の流れ的に俺から離せって言うのも違う気がしてね。別に、女子と手を繋いで歩いていることに青春ポイント的な何かを感じてしまったわけではない。断じて。

 エマは繋がれた手をぽけ~っと見つめていたが、はっと何かに気づいた途端、熱湯に触れた時のような反応速度で手を引っ込めた。


「あっ、ご、ごめんっ!」


「別に謝らなくてもいいけどよ……」


「そ、そうだよね、えへへ……」


 俺が言うと、エマは誤魔化すようにはにかんだ。だが、もじもじとローブの裾をいじる様子はどこか落ち着きがない。日差しを浴びたせいか、白い肌の頬も上気しているように見える。

 背中にむず痒い感覚が走り、こっちまで落ち着かなくなる。俺はゴホッとむせたような咳をしてから、エマの代わりに扉を叩いた。


『は~い、ただいま~』


 屋敷の中からくぐもった声が聞こえる。声からしてうら若い女性のようだ。もしかしたらリィウェンかもしれない。

 そう思い、間違ってもルーシーみたいなマーマンが出てきても驚かないよう身構える。ここまできて新たなトラウマを作りたくはない。

 ガチャッという音ともに、重そうな扉がゆっくり開かれる。

 中から出てきたのは、小柄なメイドだった。白と黒を基調とした厚手のエプロンドレスに身を包んでいる。ふわっとしただけの飾り気のないスカートは野暮ったくも映るが、皴一つない制服を姿勢よく着こなす姿は、。

 身長は明らかにリィウェンの方が高かったし、顔からして別人であることは確かなのだが、ルーシーの件もあるので、確認の意味も込めて彼女に尋ねる。


「この屋敷にリィウェンってやつが働いてるって聞いたんだが」


「は、はいっ! リィウェンさんですねっ! 少々お待ちください!!」


 メイドの少女はぎこちない所作ながら、スカートの裾を摘まんで行儀よく礼をする。

 良かった。背が縮む薬を飲んで整形したリィウェンというわけではなさそうだ。


「リィウェンさ~ん! お客様がいらっしゃってますぅ~!!」


 メイドの少女が大きな声で屋敷の中へと呼びかける。広い屋敷内は声の通りも良好のようで、すぐさま奥の方から返事が聞こえてきた。


「クリスタ。屋敷内で大きな声を出さないでとあれほど言ったでしょう」


 静かで、けれども厳粛漂う声音。聞き覚えがある。間違いなくリィウェンだ。

 エマもその声に反応して顔を上げた。

 声の主は、クリスタと呼ばれたメイドの少女を叱咤しながら姿を現す。


「まったく、お嬢様がお目覚めになられたらどうするので――すぅぅぅッッッ!!!!????」


 そして、扉前に立つ俺たちの姿を見るや、先ほどのクリスタとは比にならないほどの叫声を屋敷内にとどろかせた。

 おそらくお嬢様とやらは今ので確実に飛び起きたことだろう。

 そして、飛び上がりそうなのは俺も同じだった。


「ど、どどどどどうして、あなたたち、がッ!?」


 声の主はあからさまに声に動揺の色を滲ませる。頭に装着した猫耳カチューシャを震わせながら。

 そろりそろりとこちらに近づいてくる。嘘みたいに短いスカートを揺らしながら。

 そして、唖然とする俺たちと、とうとう向かい合った。


「リィちゃん、久しぶりっ!!」


 エマが挨拶しても、声の主は小刻みに震えながら立ち尽くすだけ。もしや、別人?

 いや、でも……。

 声の主は、翡翠色の瞳を携えた切れ長の目に、漆塗りのように艶やかな長い黒髪をツインテールに結わえ上げている。髪型こそ変わったものの、その美しい容姿は記憶の中にあるリィウェンの特徴と合致していた。

 それでも彼女のことを声の主と表記したままなのは、逆に容姿以外では記憶の隅にも引っかからないほどに乖離していたからだ。真面目一極端の堅物人間ことリィウェンが、こんなふざけた格好を人前に晒すわけがない。

 だが、一応事実だけはお伝えしようと思う。

 フリルのレースがいっぱいのアキバチックなメイド服に身を包んだ、リィウェンの容姿に(限りなく近いけど絶対に違うと信じたいくらいに)そっくりな猫耳メイドが、いた。ニャン。


「…………………」


 ニャンだってぇぇぇ~~~ッッッ!!!???


「お前……リィウェン、なのか……?」


「…………」


 死んだと思っていた味方が実は生きていて、敵として現れた時みたいな台詞が出てしまった。状況はまるで違うが、心境としてはまるで同じだ。

 俺の問いかけに、目の前の猫耳メイドは何も答えない。声の出し方を忘れたかのように、口をパクパク動かすばかりだ。

 このまま引きでエンディングへと向かってしまいそうなところで、男の声が場を断つ。


「な、なんだ今の叫び声は!? 強盗かッ!?」


 吹き抜けの二階から慌ただしく駆け下りてきたのは身なりの良い初老の男だった。

その声に、起動停止直前だった猫耳メイドが瞬時に反応。乱れた身だしなみを整えつつ両手を体の前に組んで、猫耳をつけた頭で素早く一礼する。お尻の部分にはちゃんと(?)黒い猫の尻尾があしらわれていた。


「お騒がせして大変申し訳ございません、ご主人様。旧友との久方ぶりの再会に、少々舞い上がってしまいました」


「そ、そうか、ならよかった……」


 ご主人様と呼ばれた男は、とりあえず火急の事態ではないと知って、胸をなでおろす。ていうか今、この猫耳メイド、俺たちのことを旧友って言ってた……?


「それにしても、普段あまり自分のことを話したがらない君が、こんなに感情を表に出すなんて。よっぽど親しい友人なのだね」


「いえ、そういうわけでは……」


「積もる話もあるだろう。奥の応接間にお通ししなさい。仕事は他のメイドに任せて君も少し休むといい」


 リィウェンは固辞するつもりで口を開きかけたのだろうが、初老の男は無言で手を上げてそれを黙させた。暗黙の了解というやつだろうか。それを見たリィウェンはすんなりと男の提案に従った。


「それでは、しばしの間、休憩をいただきます」


 二階へと戻る男の背中に、リィウェンがスカートの裾を摘まみ上げて恭しく礼をする。スカートの短さのせいで、礼と言うよりパンツを見せようとしている変態にしか見えなかったが、ここは黙って形の良い太ももを凝視することに集中した。細身ながらはっきりとした肉感をも


「では、こちらに」


 そう短く言い切って、リィウェンは歩き出す。


「は、はい……」


 言い知れぬ迫力がこもった言葉に、俺は黙ってついていくしかなかった。

 ……ネコさんから殺気を感じたのは気のせいだと信じたい。


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