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『ビューティフォゥ・マーメイド・ショー』はつつがない拍手とともに幕を閉じた。ショーを終えた店内にはまだその熱がほんのりと残っている。
まあ内容に関して言えば、ビューティフォゥ要素もマーメイド要素もショー要素も全く見当たらないひどいものだったが。次からは『汚い半魚人たちの一発ゲイ大会』と名を改めてほしい。
「……いや、ショー要素だけはほんの少しあったかな」
店の入り口付近に寄りかかりながら、視線の先にエマとルーシーを捉えてひとりごちる。
2人は何やら話し込んでいる様子だが、どうもエマが一方的にまくしたてながら話しているようで、それを聞くルーシーの表情には未だ若干の苦みがはしっている。
そりゃそうだ、急にあんなこと言われれば。
いきなり走っていって「また一緒に冒険しよう」って……少年漫画かよ。俺の時より勧誘がおざなりになっている気がする。本気でメンバーを集めるつもりがあるのかと疑問に思っていたところで、エマがこちらにパタパタと駆け寄ってきた。どうやら話は終わったらしい。見送りのためか、ルーシーもその後に続いてこちらに歩いてくる。
「じゃあ行こっか、ユウト!」
「もういいのか?」
「うん! 言いたいこと全部言えたし!」
「言いたいことしか言ってないもんな……」
エマは純白のローブをバサッと羽織り直して、元気よく振り返る。
「じゃあね、ルーシーちゃん!」
「え、ええ……」
ルーシーは言うが早いか、スキップのように弾みながらの大股歩きで店を後にする。その傍若無人っぷりに、俺もルーシーも同時にため息をついた。
エマの背を見送りながら、ルーシーが口を開く。
「エマちゃん、変わったわねぇ……」
その声音はまるで、子離れを惜しみつつも成長を嬉しむ親のように温かい。
「お前も十分変わったよ。ベクトルが予想の斜め上過ぎるけどな」
俺がそう言うと、ルーシーはノンノンと人差し指を俺に向けてくる。
「変わったんじゃないわ。言ったでしょ。これが本当のワタシだって」
「俺たちからすれば変わったんだよ」
「……嫌いになった?」
ルーシーは少し遠慮気味にそう尋ねる。声に少しの震えを含ませながら。
本来ならば少しはキュンとくるシチュエーションなのだろうが、相手がドレスを着た元男だとそんな気は一切起きない。
だから、照れ隠しもなにもなく、素直に言ってやった。
「心配すんな。元からお前のことは嫌いだったよ」
「あら、ひどい! ショックだわ。よよよ……」
下手過ぎるウソ泣きの演技で冗談めかすルーシー。
いや、冗談でなく本気で嫌いなんだけど。
俺のしらけた視線を感じたのか、ルーシーは泣き真似をやめて普段の表情に戻って言葉を継ぐ。
「それで、ユウトはどうするの?」
「どうするって、なにが」
「あなたもエマちゃんから誘われてるんでしょ?」
「エマちゃんから聞いたわ」と付け加える。ルーシーの真面目な表情から察するまでもなく、勇者パーティーを再結成するのに賛成かどうかを知りたいのだろう。
俺はエマが出ていった扉を見ながら言う。
「もちろん断った。俺はもうお前らと一緒に冒険するつもりなんてないからな。……お前もそうだろ?」
「ふふっ、どうかしら♪ でも、どうして断ったの?」
俺の答えが予想通りだったためか、普段の調子を取り戻したようにルーシーが問う。そのあからさまにつけられた疑問符が鼻につく。
「お前、知ってて聞いてるだろ。そういうところが嫌いなんだ」
「まあまあ、そう言わずに教えてくださいな♪」
しつこく聞いてくるルーシーにうんざりしつつも、仕方なしに口を開く。
こういうのはさっさと言ってしまうのが吉。
だが、俺ばかり過去のトラウマを思い出すのも不平等だ。
ここは痛み分けといこうじゃないか。
「さっきお前が言いかけた、俺たちと会いたくなかった一番の理由。それと同じだよ」
俺の言葉にルーシーは驚きも頷きもせず、ただ沈黙を貫く。否が応でも俺に答えを言わせたいらしい。顔に似合わず強情な奴だ。
「昔の自分を思い出すから、だろ?」
言うと、ようやくルーシーは静かに首肯した。
これが自然な流れだと言わんばかりに、ルーシーが堰を切ったように語りだす。
「嘘をついて演技をしていたワタシのせいで、あんなことになってしまった。自分を偽ってまで期待に応えようとして、それが原因で期待を裏切る結果になってしまった」
今、俺とルーシーは脳裏に同じ光景を思い浮かべているのだろう。
眼球の裏まで熱するかのような炎の森。火を浴びながら踊る黒焦げた人型。
あの日、俺が勇者の証を手放した傍で、彼もまたルシウスという偽りの姿を手放そうと決意したのかもしれない。
「ワタシはあの状況の中でも、自分を偽るので必死になって周りが見えていなかった。本当に自分がしたかった行動を取ることができなかった。あれじゃ、リーダー失格よね」
俺は覚えている。
あの時、俺が宝剣を手放そうとした瞬間に、ルシウスが放った言葉を。
「『宝剣がなければ世界は救えない。魔人の取引に従うのはよせ』だったかしらね。ワタシは世界を救うという期待に応えるため、そんな自分を演じ切るために、あなたに全ての責め苦を背負わせた」
ルーシーはまるで予め用意されていた台本を読み返すように、一字一句違わぬ台詞を口にする。
そして、自嘲気味に笑みを浮かべると、最後の言葉を締めくくった。
「そんな嘘つきで最低なやつが勇者と一緒に冒険するなんて、おかしな話でしょ?」
張り付けたような笑みには、それに見合った温度は感じられない。
感情も言葉も、性別すらも偽れたほどの演技が、今では子供のお遊戯会にも劣る出来栄えに見えた。
だから俺は、子供に教えつけるような口調で言ってやる。
「そうだな。嘘をつくのはよくない。最低な行為だ。だから最後にこれだけは言っておく」
そしてこれは、紛れもない俺自身の本当の気持ち。
「もう誰も、お前みたいな落ちぶれ転生者なんかに期待しないさ。ただの気色悪いオカマに世界は救えねぇよ」
用はもう済んだ。
俺は踵を返す。
ルーシーはやけに長いまつ毛をパチクリさせて呆けていたが、すぐにまた彼特有の愛想のよい笑みを浮かべた。
「ふふっ♪ 乙女を傷つけるなんて、最低な勇者さんね」
「違ぇよ。“元”勇者だ」
俺は振り返ることなく店を後にした。