危険な出来事 4
マコトとアマネはこれからどうなるのか?
「ようこそ、我が邸宅へ」
嫌味な笑顔を浮かべながら、僕に向かって一礼する、ロエバルバ。
男性が、女性に対して、礼節をとるのは別段おかしな話ではないはずなんだけど、こいつの場合は、絶対優位の立場からくる、優越感を楽しんでいるだけみたいだ。
「僕が手も足も出ないと思って、おちょくっているんですか?」
「滅相もない。その素晴らしい姿を見せていただいている事への感謝の気持ちですよ」
う~ううう。
何が感謝の気持ちだ! こんな格好をさせられて、屈辱以外のなにものでもないよ!
ハッキリ言って今の僕の姿をアマネが見たら、その場で発狂して暴れまくるだろうな?
この、ロエバルバの父親、レントゥール子爵邸の地下に、使用人にもあまり知られていない場所、それがこの地下遊戯室だと、偉そうにロエバルバが自慢していた。
貴族仲間が、世間には言えないような事を、この地下で催し、贅沢を極み、欲を満たしているらしい。
その為か、トランプゲーム用の卓や、玉突きをする台などの他に、拷問用の鎖や道具が並べられていた。
僕は今、ロエバルバがいる場所から一段上がった小さな舞台の様なところに、手足に枷を嵌められ、天井の梁に繋がれている魔縛鋼の鎖は僕の両の手を引っ張り、石の床に固定された金属と繋がる鎖は僕の両の足を引っ張っていた。
しかも、スカートを森で取り上げられたままの状態で繋がれているので、隠そうにも隠しようがない。ロエバルバの見たい放題の姿にさせられていた。
こんなに身動きが取れない状態というのが、こんなにも不安なのかと改めて分かった。
手足に繋がれた鎖を、何度か引っ張ってみたけど、思うようには力が入らないんだ。どうも魔操の力を乱す性質がこの鎖にはあるみたいだ。
「それにしても、この鎖は良い買い物でしたね。これならアマネにも効果がありそうだな?」
あ、またこいつ、いやらしいこと考えているな?
「こら! オッサン! いつまでも良い気でいられると思わないでね! 絶対にこの鎖を壊して、オッサンの禿げ頭に、レッドドーラの時みたいに蹴りをお見舞いしてあげるんだから!」
「はっ! 無理、無理。この鎖は私の魔力をこの指輪を介して制御しているんだ。私が解除しない限り、永遠にお前の魔力を使って魔操力を乱し、最終的には魔操の制御を崩壊させてしまうそうなのだよ。そうなれば、悪魔だろうが竜だろうが、力のないただの生物に成り下がる。そこら辺の虫と変わらなくなるんだ!」
げー、なんて代物なの?
「その上、私の魔力をお前に直接送り込み、体の中の神経をいじる事ができるそうだ? つまり激痛を与えるのも、快楽を与えるのも自由ということだそうだ」
ひっ! な、何、その外道な機能は!? そんなことされるなんて絶対に嫌だ!なんとしてでも、あいつから指輪を取り上げなきゃ!
「ロエバルバ様、よろしいでしょうか?」
優越感に浸るロエバルバの馬鹿の所に、音もなく近づいてきた、初老の男性が深々と頭を下げているのが見えた。
この人、体つきは、それほど大きくないのだけど相当に強いかもしれない。
所作に無駄を感じないし、胸板も厚く、眼光が鋭い。その身なりからこの家に使われる執事か何かだろうが、この馬鹿ロエバルバの護衛も兼ねているのかもしれない。
「どうした? レバス」
「はい、例のご招待客様がお見えになったようです」
招待客?
「おお! 来たか! 早くに通せ!」
ロエバルバが一段と笑みを増して喜んでいると、その執事が一礼をし、部屋の一つしかない重厚な金属製の扉へと進み、ゆっくりとその扉を押し開き始めた。
相当重そうな扉みたいだ。
あの執事が両手で押している。この馬鹿ロエバルバでは一人で開けられないんじゃないか?
そんな扉が開き執事がその奥に向かって何事か喋っていた。
「それではこちらへどうぞ」
執事の招くと、その扉の陰から二人の男性が姿を現した。
あれ? あの二人の男性どこかで? ああ! あおの冒険者組合で一悶着あった二人組じゃない?
「おお! お二方、此度の働き素晴らしかったですぞ!」
「い、いえ。そんな滅相もない。俺らもあの娘には苦い経験が幾度もありますんで、今回その仕返しが出来て、感謝しておりやす。その上に報酬まで頂けるとは、なんとお礼を言えば良いのか分かりやせん」
こいつら、アマネに仕返しがしたくて手を組んだのか?
なんて大人げないんだ!
「なに、私も無能のアマネを親切心から誘ってやっているのに、無視ばかりするので腹に据えかねていたのだよ。そんな時にお二方が私と同じ境遇である事に、感じる部分があったのでね、協力をさせていただいたというわけだ」
「本当にそうですぜ。あの女、ちょっと組合長に目を掛けられているのを良いことに無能のくせに冒険者ランクまで上げてもらいやがって」
は? 何言っているんだ、こいつ!
「おい! アマネはそんな卑怯なことをする子じゃない! 前言撤回しろ!」
「お? ロエバルバ様、また良い趣味をされておられますね」
「ん? おお、そなた等にも分かるか? 発育途中だが、ああして飾っておくのもなかなかであろう?」
僕の抗議の声を聞いて、執事以外の三人の男共が僕を注視してきた。こ、この下からのぞき見されるような、いやらしい視線が僕に纏わりつく! つい言葉を発したせいで一斉に見られてしまった。
だって仕方ないじゃない! アマネを酷く言うやつを黙って見過ごせないもの!
「さて、そろそろ登場してもらおうか? この少女の姿を見てどう反応するか楽しみだぞ」
ロエバルバのこの言葉に反応して、執事の男性がまた扉の奥へと進み今度はその暗闇の中へと消えていった。
そしてほんの数舜の間をおいて、この部屋とは似つかわしくない綺麗なアマネが、鬼の形相で部屋に入ってくるのが見えた。
「マ、マコト様・・・なんと、なんとおいたわしいお姿に・・・私が、私が一人にさせてしまったが為に・・・なんとお詫びしたらいいか!」
今にも爆発しそうなアマネだったが、それをなんとか押さえ込んでいるみたいだ。
たぶん、今の状況を事前に話してあるのだろう。少しでも変な動きを見せたら、僕の神経を破壊するとでも言って脅しているんだろう。
「アマネ、ごめんね。僕も一人で遊びに出てしまって。こんなことになってアマネを窮地に追い込んでしまった。本当に情けないよ」
「そんな!! 全ては私の責任です! 不審な伝言を鵜呑みにしてしまった私のせいです!」
叫ぶアマネの顔には溢れる涙でグシャグシャになってしまっていた。
「さて、責任のなすり合いもその辺でよろしいかな?」
何を言いやがる! このオッサン!
「では、お二方、アマネの前まで来てもらえるかな?」
「お、おお」
「は、はい」
呼ばれた二人の男は、泣きじゃくるアマネの目の前に立つと、舌なめずりをしたり、下品な笑いをし始めた。
「アマネに変な事するな!!」
「あなたはそこで大人しく見てなさい!」
「ぐっ!! ?」
こ、声が出ない!? これがこの鎖の機能なのか?
「さて、最後にお二方にお聞きしたいのだが?」
「な、なんでしょう?」
「俺らに答える事が出来ることは何でも話すぜ?」
「そうですか。では、アマネを誘い出す手紙は、この執事が渡したものをそのまま渡しましたね?」
「あ? ああそうだぜ」
「その時、名前は一切出しておりませんね?」
「ああ、そうだ」
「伝言を頼んだのは、あの宿屋の娘だけですね?」
「ああ・・」
「最後に、アマネを屋敷に連れて来るとき、計画通りに実行出来ましたね?」
「え? ああ、この執事さんの言う通り、アマネと街の外で会ってから、事の成り行きを話し、暗くなるのを待ってから街に戻って人目につかないように、ここまでつれて来たんだが、何か問題でもあったのか?」
少し声が上ずる二人の男達。
「いえ、完璧です! 完璧に私の存在は出ていませんね。そしてこのお嬢さん方が此処にいる事は、誰も知らないわけですね」
「ああ、たぶんな」
「そうですか。では長らくお待たせして申し訳ありませんでしたね」
「は、は、何かと思って心配したぜ」
「まったくだ。ロエバルバ様も人が悪いぜ」
「じゃあまずは俺から、アマネを可愛がってやるからな」
くそ! 汚い手でアマネに触るな!
そう叫びたいのに、声が出ない! 神様なのに人を心底殺したいと思ったら駄目なの?!
アマネは顔をゆがめるが、動こうとはしない。
僕が人質になっている以上、アマネは決して抵抗しない。それが僕には腹立たしい! 僕自身に腹がたつ!
ヒュン!
男の手がアマネの胸に触ろうとした瞬間、風を切るような鋭い音が部屋の中で鳴った気がした。
「う、うわぁあああああ!!!」
絶叫する男。アマネに手を伸ばしていた男だ。その男が片方の手で、もう片方の手を抱え? いやその手が無い?! その無い手の先から血しぶきが激しく吹き、アマネの顔や服に飛び散っていた。
男は自分の無くなった手を必死に抱え込み地面につっぷし、転げまわり始める。
「う、腕がぁああ、くそ!! なんなんだぁこりゃ?!」
「お! おい! 大丈夫か?! お前! 何しやがった!!」
悶え苦しむ男の惨状を見て、もう一人の男が、怒鳴り散らす先に、細見の剣を振るい血糊を吹き飛ばす執事の姿があった。
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