襲来と巫女 6
投稿いたします。
「い、一体何が起きたんじゃ?!」
マリア村長が呆然としながら、ベアドップの方を凝視していた。
たぶんマリア村長には今のアマネの動きは見えていなかったんだろう。
その代わり、ドルガさんは、アマネの方を凝視して信じられないものを見た! と言っていそうな、驚きの顔になっていた。
やっぱりドルガさんには見えたんだ。でもそれもやっとといったところかな?
「マコト、さ、ま、私・・・・」
アマネさんは刀を握る手を見ながら震えていた。今、自分に起こった事が理解できていないようだ。ハッキリ言って僕も本当かどうか確信は持ててないけど、あの文字の事と、アマネさんの現状を見れば、疑いようもないと判ってしまう。
「アマネさんは、たぶん巫女になったんだと思う」
僕はゆっくりと、アマネさんに話した。
「み、こ? 巫女ですか?」
「そう、天職の巫女が解放されたんじゃないかな?」
自分の起きた急激な変化の戸惑うアマネさんに、僕はなるべく優しく答えてあげる。
「そんな、こと、でもこれって・・・」
何か自分の中にある物を感じとるように、刀を持たない片方の手を胸に当てている。
「マコト・・・さま。感じます。マコト様を。やっと、やっと、お会いできました」
少し目に涙を浮かべる程に、感極まった表情で僕を見つめる。
グオオオオオオオオ!!
再度雄叫びが上がる。両前足を切られ血が流れだしながらも、後ろ脚で立ち上がるベアドップ。その目は魔獣を通り越し悪魔のようにも見える程、赤く血走っていた。
その目が僕を捉えると、物凄い勢いで突進してきた。
「マコト様とお話しているのになんて無粋な獣なんですか! それにマコト様に牙を向けるなと、言ったはずですよ!!」
さっきまでの不安な顔は無くなり、どこか自信に満ちた表情になったアマネさんが、僕の前に立ち、ベアドップの突進に対して、刀を持ち低く構え態勢を整えた。
それは一瞬だった。ベアドップの首が大きく弧を描くように空中を飛んでいってしまったのは。
大きな体はアマネさんの直前で前のめりに倒れ、血しぶきを上げる。
それを確認してから、横なぎに振り払われていた刀を素早く振り、血糊を吹き飛ばし鞘の中へと収め直した。
僕はその一連の動きに見惚れていたのだろう。ぼうっとアマネさんを見つめていたようだ。
「マ、マコト様、そんなに見つめられると恥ずかしいです・・」
「あ?! ああ! ごめんね」
僕は咄嗟に謝ってしまっていたが、美しいものは美しいのだ。それに見惚れて何が悪い!
と、心の中で叫んでいた。だって改めてアマネさんの姿を見て綺麗だと、素直に思ったからだ。
僕は、この装束を見た事がある。着物が基本の白と短めの朱色のプリーツスカート、上に金糸銀糸朱糸で縫いこまれた華やかな刺繍の羽織を着流し、そこから見え隠れする長剣は柔らかな曲線を持つ刀で、アマネさんの凛とした姿にとても合っていた。
その姿は、まさに戦う巫女を想像させられた。
そのアマネさんが、僕の正面に回るといきなり片膝をつき頭を下げてきたのだ。
「ど、どうしたの?! アマネさん!!」
僕が驚いていると、アマネさんが少し顔を上げ僕の顔を、この世の優しさの最高峰とでも言うべき微笑みと共に見つめてきた。
「この日をお持ちしておりました。私のこの胸の奥に、マコト様の全てが刻み込まれ、全てを知り得ました」
その行為に戸惑いながらも、僕も同時にアマネの全てを知った事を改めて気づかされた。
「やっぱり、そういう事なのかな? 僕ってそんな大層なものじゃないと思っていたけどね」
「いえ、私はマコト様ほど、ふさわしいお方はおられないと思っておりますよ?」
その言葉に嘘偽りが無い事は、確認しなくても判る。これはやっぱりそうなのだろう。
「おい、おい! いったいこれはどうしたって言うんだ?!」
僕と、アマネさんの所に顔を青ざめさせながら、ドルガさんとマリア村長が慎重な足取りで近寄ってきた。
「アマネ、あんたまさか天職が覚醒したのかい?」
「は?!」
マリア村長が地に膝をつき僕の前で礼をとるアマネさんに向かって訪ねてきた。
それにアマネさんは、無言で小さく頷くことで答えた。
「ちょ、ちょっとどういう事だ? アマネの天職が覚醒って、マリアちゃんそれって・・・」
ドルガさんが、マリア村長の言葉に信じられないといった顔をしている。
すると、アマネさんの少し後ろに控えながら同じように膝をつき頭を下げられた。
「馬鹿ドルガ! あんたも礼をとるんだよ!」
「お? おお!?」
マリア村長の一声で、ドルガさんまで頭を下げられる。
「マコト様、私はこの日が来るのを、待ち望んでいたと同じくらいに恐怖も感じておりました」
アマネさんが真剣な眼差しで話し出す。
「恐怖も?」
「はい。今、このエルデリード世界には神が長きに渡りおられませんでした。そのために世界のバランスが崩れ、悪魔や魔獣が勢力を伸ばし、一時人は滅亡の寸前まで追い込まれた事があります。その為に、この世界の人の多くは、神を敬うどころか、毛嫌う者も少なくありません。私も神とは、どういった存在なのか知らずに育ったので、不安が先に募り恐怖していたと思います」
アマネさんの表情からもあまり良い思いは無かったのだろうことは僕にも分かった。
「ですが、こうしてマコト様の、巫女となった今、そんな不安や恐怖は不思議と一切感じません。それどころか、とても暖かく気持ちが落ち着くこの感覚、今まで感じたことが無いほどです」
アマネさんが胸に手を乗せ、何かを感じながら話しているように見える。
「改めて誓わせていただきます。巫女、アマネ・コウヅキ、この身と心の全てをマコト様に捧げ、成伸となられるお手伝いをさせていただきます」
そう宣言し、さらに頭を下げるアマネさんに、正直困惑してしまう。
「やっぱり僕って、神様なんだよね?」
「はい!」
嬉しそうに返事をするアマネさん。
「でも僕って神様らしくないでしょ?」
「そんな事はありません! もしそんなふざけた事を言う者がおりましたら、私があの世へ導いて差し上げます」
「ちょっとアマネさん、過激すぎませんか?」
「そうですか? これでも譲歩しているんですよ? 本当なら魂ごと滅しますけど?」
さらに過激だ。アマネさんってこんな感じだったか?
「それと、さん、付けはお止めください。アマネと呼び捨てでお願いします。」
「え? でもアマネさんの方が僕より年上ですから・・」
「神であるマコト様の年齢が見た目通りとは限りません! だいたい、私の主神であるマコト様に、さん、付で呼ばれてしまっては不敬にあたります」
絶対にそんな事はないと思います。
「はぁ、それなら、僕に対してもあまり敬語を使わないでほしいな。アマネとはもう、家族みたいなものなんだからね?」
「う、か、家族ですか?」
あれ? そんなに変な事言ったかな? アマネの顔が赤くなったぞ?
「か、家族と、いうと、その、せ、正妻、と、いう・・・・はぅ!」
「あ! アマネ!?」
「あ、こりゃいかんな。あまりの喜びに気を失ったようですな」
マリア村長そんな冷静に言わないでください。
「マコト様、正妻とはその名の通り、主神であるマコト様の、最も近い第一夫人であり、巫女の頂点であり、マコト様の最も寵愛を受ける存在ということです」
「え? 僕はそんなことまで考えていたわけじゃなかったんだけど?!」
「家族になってほしいと言われましたな? そう言った最初の巫女を第一夫人とする、というのが通例ですからの。一番愛おしい存在と言っているのと同じなのですぞ」
「僕、女神なんですよね? 正妻っておかしくありません?!」
「何を言っておられるのです? 神にとって正妻は男でも女でも変わりませんですぞ。そう言ったことが事実として残るだけですからの」
こうして僕は、アマネを正妻に迎える事になった。
これでいいのか? 何か後ろめたい気がしてならないんだけど・・・
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