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四年後。クルリ王国王城謁見間に勇者一行が訪れた。
「魔王が現れ50年以上の時が経ったがついに勇者が現れた。勇者バルトよ。ベル公国からよくぞ参った。これから始まる長い旅路の英気を養うが良い。」
「はっ!お心遣い感謝致します!必ずや魔王を倒しこの恩返させていただきます!」
勇者バルトの声が謁見の間に響く。
バルトはあれから成長した。長い手足に幼さが消えた色気漂う顔立ち。体は太くはないが触ればいかに鍛えられていか分かるほど硬い。
さらにバルトの後ろには三人の女がバルトと同じようにクルリ王に敬礼を取っている。
真っ赤な髪のフィアー。太ももまで見えるハーフパンツに臍が丸出しの格好だが程よくついた美しい筋肉におかげでいやらしさは皆無だ。
金髪を三つ編みに束ねているカナリア。白のゆったりとした衣装と豊かな体に穏やかな顔はどこかの聖母を思わせる。佇まいも優雅で神々しい雰囲気を放っている。
茶色の髪を後ろで一つに束ねているユウナ。いつもの猟師の格好でどこにでもいる平民らしさが出ている。他の三人が目立っているおかげかユウナは空気のようでのんびりとしている。
ポポ村でついに成人となる十七歳を迎えたバルトは旅立つこととなった。初めに隣国のクルリ王国で勇者として認められる必要があった。
バルトが旅立つ前、色々と問題があった。多くの村人がバルトについて行くと志願したのだ。当然実力のないものは一斉に村長によって却下された。
多くの志願者が出る中バルトが放った言葉は
「ユウナを連れていく。これは勇者の剣からのお告げだ。」
村の外れで暮らすユウナ。魔力もほとんどなく魔法も使えないユウナの名前が出たことで多くの志願者が文句を垂れた。
「ユウナの魔力は人には感知できない。けれどユウナは魔力を大量に貯めることができ、それを他人に讓渡することが出来る。ユウナは魔力庫として連れていく。それにこれは勇者の剣からのお告げだ。勇者の剣に逆らうことはできない。」
勇者の剣からと言われれば誰も文句を言うことは出来ず黙った。
「ちょっと待ちなさい! 私は無理やりでもついて行くわよ!」
多くの志願者の中声を上げたのはフィアーだった。志願者を掻き分けバルトの前へと進み出る。
「バルト私はついて行ってもいいでしょう。実力ならこの村じゃバルトの次よ。まさかその私を置いてくなんてないわよね。」
自信満々な笑みを浮かべ手のひらと拳を合わせる。フィアーはバルトとの鍛錬のおかげか劇的に強くなっていた。バルトが強くなればなるほどフィアーも強くなっていた。
「フィアーの実力は知っている。フィアーなら歓迎さ。」
バルトはフィアーがずっと勇者と一緒に魔王を倒すことを目指していたことは知っていた。さらに実力も折り紙付き。断る理由はなかった。
ユウナとフィアーが勇者一行としてポポ村を発つことになった。
ベル公国の国境。切り立った高い崖の上に勇者一行は立っていた。
「ここを下りたら魔王を倒すまで戻れない。それでもいいか?」
振り向きユウナとフィアーに問いかける。
「おうよ! 絶対魔王を倒してここに帰ってくるよ!」
「生きて帰ってこよう。皆で。」
二人は強い瞳でバルトの問いに答える。バルトは二人の意志を確認すると頷き前を向く。
「行くぞ!」
「待って皆!」
よし行くぞというタイミングで後ろから声が聞こえる。三人が振り向くと杖を持ったカナリアが走ってやってきていた。
「カナリア、なんでここに。」
バルトが怪訝な目を向ける。カナリアは深呼吸をして言葉を発する。
「私も行く。私だけここに残るなんていやなの。」
「カナリア分かってるの!? 魔王よ! 魔王と戦うの!」
フィアーがカナリアに向けて声を荒らげる。フィアーはカナリアが軽い気持ちで来たと思っているのだ。
「分かっている。だからよ。三人が命を掛けて戦っているのに私だけポポ村でのんびりと平和になんて暮らしたくないの。それにユウナちゃんなんて魔法が使えない。二人は戦いになると目の前しか見えなくなるじゃない。その時ユウナちゃんを誰が守るの?」
カナリアが指摘したのは事実だ。バルトとフィアーは目の前の敵に集中してしまう傾向がある。自覚があるのか二人ともバツの悪そうな顔をする。
「それに魔法だったら私が村一番よ。連れて行って損はないはず。だから私も行くわ。嫌って言っても勝手について行くから。」
カナリアは見た目から優しいと評され意思が弱そうと判断されがちだがそれは違う。四人中では一番頑固でこうと決めたらほぼそれを実行する。唯一それに逆らえるのはユウナだけである。
カナリアの頑固さは十分に知っている三人は諦めてカナリアを仲間に引き入れた。確かにカナリアの魔法の実力は村一番だ。足でまといになることは無い。
「なんか四人でこういう風に集まるの久しぶりだね。」
ユウナがポツリと漏らす。勇者の剣が降って以来ほとんど一緒に集まることのなかった四人。けれど幼い時の絆は消えていなかった。
「四人でまたここに帰ってくるぞ。準備はいいな!」
「おう!」
「うん!」
「はい!」
バルトの掛け声にフィアー、ユウナ、カナリアが返事をする。
「俺たちは必ず魔王を倒す!」
バルトが崖を飛び降りる。それに続いて三人も崖を飛び降りる。四人の長い旅は幕を開けた。
「――って感じですよ。勇者の剣との出会いからは。」
「はーなんか青春って感じねー。」
ゴルスタ王国の手前の国、フラリー王国のキュロット村の宿の一室でユウナはこれまでのことを目の前の女性に話した。もちろんユウナが本当は勇者の剣に選ばれたということは伏せて。そうするとどうだろう。ユウナはただ巻き込まれた人物となる。
「四人って同じ村だったのね。確かに仲良いとは思っていたけど。」
ユウナの目の前の女性は旅の途中で出会った僧侶のアカネ。色々あって勇者の仲間となった。
ポポ村を旅立ってから勇者一行はアカネの他に一人、計二人仲間になった。
三人とも実力が高くユウナはますます影へと隠れていった。
「ねえねえ。それでバルトって村にいた時彼女とかいたの?」
声を少し小さくしてアカネが訊ねる。
聞きたかったのはそれか。突然自分と出会う前の旅の様子や旅以前のことを教えてくれって言ってきたのはそういうことか。
「さあ? そこら辺は興味なかったし。でもいたんじゃないかな。一応モテたみたいだし?」
「一応って! 言っておくけどあれかなりの好物件よ! 勇者じゃなくても普通にモテる類いよ!」
呆れたように肩を竦めるアカネに少し苛立ちを覚えたが一瞬で霧散する。
バルトに対して恋情とか少しも湧かないなー。カナリアもバルトだけはない。あんな子供って言ってたし。思ったけどカナリアって結構口悪いんだよね。そこも可愛いけど。
「それにしてもバルトも可哀想。勇者の剣に選ばれたからって魔王を退治することになって。」
「バルトが可哀想ですか?」
「ええ、だって剣に選ばれたら勇者になって魔王を倒さなきゃならないのでしょう。自分の人生が剣一つで決まってしまうなんて。……ちょ、何笑ってんのよ。」
アカネがバルトを可哀想と言った理由にユウナは笑ってしまった。
「あはは!ごめんなさい。でもバルトは可哀想じゃないよ。だってあいつ自分で勇者になるって選んだんだから。」
そうだ。あの洞窟の時。バルトは勇者を辞めることだって出来た。ユウナに押し付けることも出来たのだ。そもそも剣に選ばれたからだけで勇者にならなければいけないのか。
「勇者は義務じゃないんですよ。」
だって選ばれた私がやっていないんだもの。勇者の剣もそのこと自体を責めることは無かった。
「勇者は義務じゃない……?」
「そうですよ。勝手に選ばれたからってどうしてならなければならないんですか。自分の人生は自分で選ぶんです。剣が目の前に現れた時その剣を取るか取らないかはそいつが選ぶんですよ。」
私は取らなかった。バルトは取った。
「バルトは自分から握ったの。だからバルトは可哀想じゃなくて――最高に凄いやつなんですよ。それに私だったら面倒だから剣投げ捨てるし。」
「……前々から思ってたけどユウナって結構そういう所あるわね。」
それは仕方ない。昔から面倒臭がりなんだ。だから私は選ばなかった。バルトだっておこぼれの勇者なんて嫌なはずなのにそれを選んだんだ。ほんと、凄い。そんな凄いやつ、みすみす殺してなるものか。絶対生かしてやる。
ぐっと拳をアカネに見られないよう握った。
短編分はここまでです。