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短編には入れなかった箇所です。

 洞窟に取り残された男二人はユウナが去った後もまだ重なって倒れていた。


「おい!いい加減どけ!」

「――なあ、バルト。気持ちよかったか?」


 気持ちよかったか?その言葉に何を言ってるんだと首を傾げる。


「とぼけるな。ユウナの魔力のことよ。」


 ユウナの魔力と聞いてバルトの顔をが真っ赤になる。


「くくく。その反応を見る限り気持ちよかったみたいよな。どうだ初めての快楽は心地よかったろ?」


 怪しい笑みを浮かべる勇者の剣にバルトは恥ずかしくなる。

 バルトは性的事情に疎かった。快楽なぞおよそ経験したことなくユウナの魔力が流れてきた時の謎の体の疼きが怖くてたまらなかったのと同時にどこか興奮していた。そしてそれが快感、快楽だと今初めて知った。もう戻れない。


「バルト。お主はもう少し性的なことを知るべきだ。このまま成長してユウナの魔力を大量に受け取ったらお主、ユウナを襲うぞ。」


ま、我は別にそれでもいいけどねー。でも、


「お主は嫌よな。」

「……その、襲うって子作りを、無理やりするってこと、だよ、な……?」


 真っ赤になりながらたどたどしく勇者の剣に訊ねるバルト。

 バルトの発言に一瞬固まる。そして大きく笑う。


「くっ、くははははは! お主! 子作りて! いや、確かにその通りだが! あはははは!」


 腹を抱えて笑い出した勇者の剣にバルトは羞恥で目に涙が溜まり始めていた。


「いや、すまぬ。笑いすぎた。ここまで純朴とはな。わかった。これからお主を強くしよう。あまり我は干渉する気はなかったがバルトのためだ。身体の鍛え方、魔力を増やす方法。後は大人の事情を教えていこうではないか。これから長い間共にいるのだ。我も別にお主を殺したい訳では無い。」

「あんな死ぬ死ぬ言っておいてか?」

「む、それはだな。ユウナが欲しくての。ユウナの罪悪感をつつけば勇者になるー!って言うと思ったのだ。許せよ。」


 いじけたように人差し指を合わせる目の前の人物にバルトは呆れる。


「分かったからとりあえずどけ。」


 うっとおしそうに手で払う仕草をすると何故か抱きついてくる。


「おい!どけって言っただろ!なんでさらに密着する!」

「嫌なのー!ユウナとバルトの混ざった魔力死ぬほど気持ちいいのー!こうバルトと抱き合うとさらに気持ちよくなって我ほんとにどうにかなっちゃいそうー!」


 頬を染め蕩けきった顔の勇者の剣にバルトは拳を力強く握る。


「とっととどけ!気持ち悪ぃ!」

「ごふぅっっ!」


 本日二度目頬に拳を受けた勇者の剣だった。


 情けない勇者の剣を見ながら目の前の男と出会った時のことを思い出した。



 10歳になった頃一人で練習をしていた。勇者の剣はまだ小さかった俺には扱いづらく練習がたくさん必要だった。人に見られない場所で剣を振るう。振ること自体には慣れたがやはりまだ少し重かった。


 休憩と、木に剣を立てかけ隣に腰を下ろす。汗がしたたり落ちるが気にすほどでもなく持参した水を口に含む。どうにも手ごたえがないそれがここ最近の悩みだ。筋肉がついた、体力も増えた。背も少しづつ伸びている。それでも、本当に自分が勇者でいいのかと思ってしまう。


 勇者の剣を持って帰って村長に本当に勇者になるのか、と問われて俺は迷いなく頷いた。魔王を倒せるなら、魔物を殺せるなら、村の人が死ぬことも減る。俺にそれができるチャンスが来たと。意気揚々と勇者として修業を始めた。けれども勇者の剣に魔力を注ぎその力を使うとどうしても倒れたり、動けなくなる。みんなにはまだ子供だからと言われたけどそれだけじゃない気がしてならない。


「俺、ほんとに勇者なのかな……。」

「ざ~んね~ん。違うのだよー。」

「!」


 勢い良く立ち上がる。突然銀髪の男が視界に顔を現わして来たのだ。慌てて剣の柄へと手を伸ばすが空を切る。顔を向けると剣がなくなっているのだ。


「ははははは! 自分の剣がなくなったことに気づかないとか愚かのー。そんなんで大丈夫かのー勇者様?」


 小馬鹿にするようにこちらをあざ笑う男にバルトは構える。剣がどこにいったかはわからないが男の手にはない。


「誰だお前は。」

「ん~? 誰かわからないのー? えー、我ちょー悲しいー。ずーっと一緒にいたのにー。」

「俺はお前なんか知らない!」


 ずっと一緒など意味の分からないことを言う男に警戒心が高まる。


「口で言ってもわからいかー。それなら──。」


 ぱちりと指を鳴らす。すると目の前の男が勇者の剣へと変わってしまう。


「はあああああ!?」

《どうよー。信じたか?》


 脳内に男の声がする。勇者の剣を拾い上げる。まじまじと見るがおかしなところはない。目の前で起きた不可思議な減少に脳も心もついていかない。


《のうバルト。先ほどお主自分が勇者かどうか悩んでいただろう。》


 その問いに先ほどの男、勇者の剣の言葉を思い出す。


『ざ~んね~ん。違うのだよー。』


 違うと言った。確かに勇者の口から。その事実にバルトは固まってしまう。


《くはは。ホントはのー、我はユウナが良かったんだが手にしたのはお主。仕方なーく使われているが我はユウナ以外興味ないのよー。》


 ユウナ。今はほとんど会っていない幼馴染。脳裏に髪を一つ縛りにした少女の顔がちらつく。なんであいつが、魔法も使えないあいつが。どす黒い感情が心を染める。


《だからのー。我は機会があればユウナに勇者にならないか訊くつもりよー。そして、ユウナが首を縦に振れば──お主を捨てる。》


 嫌だ。真っ先にその感情が心からでる。でも、選ばれたのは俺じゃない、勇者になるべきはユウナだった? 


《お主じゃ魔王は倒せんからのー。》


 俺じゃ無理。それはユウナならできるということ。でも、俺がなるんだ、俺がなるって言ったんだ。


「勇者の剣。ユウナが首を縦に振らなかったら?」

《それはもちろんバルトのままだが?》


 どこか楽しそうな声音に恐怖を感じてしまう。この軽さが自分に対してのそのままの思いれの証だろう。


「未来のことはわからない。勇者は俺がなる。」

《それを決めるのは我でーす。ま、頑張るなら応援するからのー。》


 ユウナなんかに、ユウナなんかに渡すものか。俺がなってみんなを守るんだ。ユウナへの嫉妬心が芽生えた数日後ユウナの母親が死んだと連絡が入った。


 葬儀は村全体で行われた。村長とユウナが中心となって取り仕切っていた。ユウナの家族は母親しかいなかったのでユウナがやるしかなかったのだ。遠目だったがユウナの姿が目に入る。憎しみか嫉妬かいずれにしても少しにらむように見たがユウナの姿にバルトは固まる。


 いつも違い茶色い髪を下ろし、黒い喪服に頭についた黒い花。見たことのないユウナに嫉妬は消え、見とれていた。成長期に入ったせいか背も伸び大人びている。とりわけ美しいわけではないが普段と異なる、それだけで見てはいけないものを見てしまった気持になってしまう。


 ユウナの母親が土の下へと眠るとき、誰もがそちらを見ている中バルトはユウナを見る。その頬には雫があった。空は鈍色。雨が降ってもおかしくない。けれど、それは涙だとすぐ気づく。落ちても、落ちても新しいのが落ちてくるからだ。


 本格的に雨が降り出してくる。葬儀も終わり、みんなが家へと帰る中ユウナは墓の前にずっと立っていた。


「ユウナ。」


 声をかけてからしまったと思う。特に何も考えず声をかけてしまっていたのだ。俺の声に反応してゆっくりとユウナがバルトに顔を向ける。その顔は雨のせいで泣いてるかはわからない。


「ああ、バルト。来てくれたんだありがとう。」


 力なくにこりと笑うユウナにどうしようもないやるせなさが心を襲う。


「そんな顔しないで。医者から長くないって言われてたから特に悲しくないから。」

「そんなわけあるか!」


 叫ぶ。家族がなくなってそんなわけあるか! 声を荒げるバルトにユウナは驚く。そしてまた笑う今度は悲しそうに。


「うんそうだね、確かに悲しい。でも悲しんでいられないんだ。母さんが死んだから今度は私がやらないと。」


 そういった顔は決意で満ちていた。まるで覚悟を決めた者の顔つきだった。


「ありがとうバルトおかげでやる気が出たよ。絶対守るよ。バルトもこの村も。そろそろ帰らないと風邪ひくから戻りな。」

「それならユウナも。」

「一人にさせて。」


 それを言われてしまうとそれ以上言えなくなる。ユウナは背を向けて墓を見つめ始めた。ユウナが言ってた守るとは何か気になったが結局それがわかったのは3年後。ユウナが鐘を聞いて森に入ったことで分かった。


 ポポ村は森に囲まれていてそこから魔物が侵入してくる。そこでそれぞれの森に担当者がいて魔物の足止めもしくは討伐をしている。ユウナも足止めの役割を担っていたのだ、母親に代わって。


 それを知った俺は自分が嫌になった。嫉妬をした相手は自分より過酷な状況に立たされていた。俺は村で安全な修行ばかり。それにユウナに追いつけなかった。ああ、ほんと情けない。ユウナが選ばれても当たり前、納得しかけた脳裏にあの辛そうな笑顔が浮き出る。あの顔は嫌だと漠然と思う。


 洞窟で勇者の剣に叩き起こされユウナに勇者になるか訊ねると言われ公平性とか何とかで寝たふりをさせられた。そこからユウナが勇者を断った時俺は安堵した。俺が勇者でいられるからじゃない、ユウナが勇者にならないことに。


 ユウナにこれ以上負担をかけてどうするんだ。あんな辛い笑顔をまたさせるかもしれない。俺はずっとそう思っていた。ユウナも守られる側だ。俺の中で何かが芽生えた。俺はこの時本当に勇者になることを選んだ。


 でも安心できたのは束の間でユウナは魔王退治についてくると言い出した。それじゃ意味ないと言いたくなったがあの日見た決意に満ちた顔をしていたので止めることは無理だと嫌でも悟った。腹を括った。絶対守ってみせると。近くにいるなら絶対守れる。もう、あんな顔はさせない。



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