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「いよっしゃあああああああ!」
「ユウナちゃん声大きい。」
いつもからは考えられない声の大きさだが周りのブーイングの方が大きくさして目立たないが隣にいたカナリアにはいい迷惑だ。
「お前そんなに金にがめつかったっけ?」
バーナーが苦言を呈すほどお金のことしか考えていない。
「みんなの金を管理してるのは私だから。この先さらに魔物が強くなるなら物資がさらに必要になる。それに恐らく物価も上がってくる。」
魔物の本拠地で物資が潤沢な訳が無い。少ない資源を高額で売り捌いているはずだ。もしかしたらお金の価値自体が無くなってるかも。そんな未来を見ているユウナは今のうちにとお金を貯め物資を買い揃えたいのだ。
「でもよ、金が必要なのお前だけだろ。道具使うのお前以外いないしよ。」
「……次はバルトだ。応援頑張ろう!」
「話を逸らすな! 雑魚が!」
久々の雑魚と言う言葉にちょっと嬉しくなる。こうなんというか距離が縮まった後の罵倒は違う意味を孕んでいる気がするのだ。
「……ユウナちゃん本音は?」
にっこりと笑いながら横から顔を覗かせてくる。可愛い、だが圧が凄まじい。
「……高い宿に泊まりたい! 美味しい食べ物が食べたいからです!」
「はい。素直でよろしい。変に難しいこと言わないで素直に言っていいんだから。ね? 友達なんだから。」
「わりと言いたいことは言ってるよ? カナリアもなんかあったらすぐ言って。」
そういうことじゃないんだけど、とカナリアは呆れる。だがどう言っても伝わりそうもないのでこの時は諦めた。
「やったあああああああ!!」
「アハト黙ってください。」
横で大声を上げられ鼓膜が破れるかと思った。うるさいのは今に始まったことではないがフィアーが出てきてからは一層うるさかったのだ。
「さすが俺の将来の妻だ! どうだ! かっこいいだろう!」
きらきらと目を輝かせる男をうっとおしく思いながらも戦いを思い出す。
「……確かに両者とも女性とは思えない力でしたね。」
あの巨大な槌を片手で持ち上げた時はさすがに目を疑ったがそれを拳で跳ね返すのも大概理解不能だった。
「フィアーは魔力を力に変換してるからな! それだとしてもあの強さは俺もびっくりした。だがあのシスター。あれは魔法無しで、つまり素の力のようだな。」
「素であれですか……。」
ちょっと男としての自信を失くしてしまうな。
「ただ体の使い方が分からないみたいだな。武器無しだと戦えないと視た。」
試合中力を使って選手を視て、中々面白い奴が集まっていると楽しくなっていた。
「また勘ですか。けど、まあアハトの言っていた通り楽しいですね。」
「だろ! 楽しんでもらえて何よりだ!」
予想以上の破顔しっぷりに驚いてしまう。そしてそんなに楽しませたかったのかとニヤけるのを堪えるので必死になる。
「おや、次が始まるみたいですね。せっかくですから楽しまないと、ふふ。」
つい笑みが零れてしまった。慌てて表情を戻したがもちろん気づかれていた。ニヤけてるアハトを小突いた。
次の試合を見てると上機嫌のフィアーが観客席にやって来た。
「応援ありがとねー。破片とか飛んでこなかった?」
「おつかれ。飛んできたけどカナリアの魔法で無事。」
試合が始まる前にシールドを掛けていたのだ。
「怪我は大丈夫? 多少の怪我なら私も治せるから。」
回復魔法が苦手なカナリア。過去回復魔法を掛けて逆に怪我を酷くさせるという偉業を成し遂げている。今はそんなことはなく擦り傷程度なら治せるようになった。
「それはもう治してもらったよ。控え室に回復魔法が使える人がいてさ。おー、この二人も強いなー。」
呑気に観戦を始める。勝った方と明日戦うのだからもう少し真面目に見て欲しいが
「うわ! 体めっちゃ柔らかっ! 叩きつけられてもピンピンしてる!」
「……ま、いいか。」
楽しそうなら何よりと特に何も言わないことにした。
それにしても同じ人間なんだろうか。魔法とか使ってないとしたら保有してる魔力が多いとか。いや、それだけで片付けられるレベルじゃない。自分の参考にはならないなと、深く考えずただ楽しむことにした。
「──さあ一回戦も残すはあと一試合! さあ! 早く進めなければ! 楽しみで仕方の無い観客を待たせていけない! ほら、終わった選手はとっとと退場! そして今日の最後の試合の選手は素早く入場だ!」
そうしてバルトが出てきた。そしてその対戦相手は
「バサラさん!?」
素っ頓狂な声を上げてしまう。仕方ないゴコクで別れた時違う道を進んだのだ。てっきりセブンソウ王国を通って行くと思ってたのだ。
「ちゃんと対戦相手の名前ぐらい見なよー。トーナメント表出てたじゃん。」
フィアーに背中を叩かれながら確認って大事なのだと思った。さっき上げた声が大きかったせいかバサラと目が合ってしまう。最後の会話があれなので睨まれる。今後会うとしてもだいぶ先と思っていたのでこうも早いとはと相手を呪う。
「さあさあさあ! 見目麗しい男同士の対決! 女性の視線をかっさらっていくぅ! ああ! なんと憎たらしい! しかし、ステージの上では関係ない! ただ己の実力をぶつけ合い相手を倒すだけだ! 金髪の男はバサラ! 金髪なんて羨ましいぞコノヤロー! 黒髪はバルト! 黒髪は好きだが男はゴメンだ! さて、構えろ! とっとと──試合開始!」
先に動いたのはバルト。蹴りを顔へとくり出す。しかし腕で防がれる。そして弾かれバランスが崩れた所に腹に掌底をくらう。吹き飛ばされるが大したことはなかったのか片手をつきながらも地面に伏せることなく立ち上がる。次に攻撃を仕掛けてきたのはバサラ。バルトに向かって駆ける。その時最初の一歩、地面が抉れた。足を振り上げ踵落としをするつもりだ。
「バルト! 避けろ!」
反射的にフィアーが叫んだ。バルトは腕を交差させていたがその言葉にその場から離れた。
バルトのいた所に真っ直ぐ下ろされた踵は地面に亀裂を作り破壊した。人間が受けてはひとたまりもない威力だ。
「おかしい。前手合わせした時はあんなんじゃなかった。」
「フィアーちゃんどういうこと?」
「ゴコクでちょっと手合わせしたんだけど……力がおかしい。どう考えてもあんなに力はなかったのよ。」
おかしいと、そう言いながらフィアーは笑っていた。あの強敵と戦えると。そう思い心が昂っていた。一方でユウナの顔は曇っていた。なぜならこのままだとバルトが賞金を取れないからだ。とは言ってもこちらでできることは無い。
バルトも気づく。以前の彼と違うことに。構え直し相手を見すえる。攻撃を受けず相手を倒すしかない。一歩間違えば死んでしまう。
「バルトくんどうぞ棄権を。僕も無闇に傷つけたいわけでは無いので。」
「……悪いけど。」
ちらりと観客席にいるユウナを見る。負けたら怒られること間違いなしだ。現に勝てと念を送っている。
「賞金が目的だからな。ここで負けるわけにいかないんだ。」
バルトの視線の先にいるユウナを見る。そしてまた酷く睨みつける。その形相にバルトはユウナがなにかしたのかと訝しむ。
「──あなたはなんのために勇者に?」
突然質問され何を言われてるか分からなかった。勇者になった、それはなんのため。
「魔王を倒して守るためだ。」
迷いなく答える。そうだ。守るためだ。今旅する仲間もこの世界に生きる人も魔物も。守るものが増えた、そう思う。狭い村で生きていた俺はこんなにも世界が広く沢山の者が生きていることを知らなかった。
「……そうですか。あなたは素晴らしい人だ。 」
それだけ言うと攻撃を仕掛けてくる。バルト違い綺麗な動き。つまり無駄がないこと。躱すので精一杯と防戦一方になってしまう。このままでは埒が明かないと意を決して突き出されたタイミングで腕を掴む。
「俺からも質問だ。お前はどうして勇者になった。」
そう訊ねながらバサラに背を向け掴んだ腕を引く。
魔力を思いっきり使ってやる。どうせ一試合、出し惜しみする必要は無い!
腕に魔力をありったけ込める。そして思い切り振り抜きバサラを地面へと叩きつけた。
「──がはっ!」
呻くバサラにバルトはすかざす踵を落とす。口から息と液体が飛び散る。そして白目を向いて動かなくなった。
彼がどうして勇者になったか。聞くことは出来なかった。
武闘大会一日目の試合が全て終わった。ユウナ達は待合室の出口でバルトを待っていた。
「お久しぶりですみなさま!」
特に何かする訳でもなくただ待っていた四人に聞き覚えのある声がする。声のする方を見るとコーリン、それにエンラ、キアラがいた。
「フィアーさん試合拝見致しました。大変素晴らしかったです!」
こちらによってきていの一番に褒めた。褒められて本人はいやーと照れている。その間にバルトはユウナの後ろへと隠れていた。
「ユウナお姉ちゃん!」
その声とともに体当たりをされる。威力はなかったが突然で驚いてしまう。左手を握ってくる。仕方ないので前と同じように少しだけ魔力を流す。
「久しぶりキアラ。」
「……うん、久しぶり。」
顔を上げると以前と違いフードを被っていないので大きな黒目と目が合う。髪型も黒髪のショートで大変可愛らしい。
「おい、こいつから離れろ。」
背中についていたバーナーがキアラを睨み低い唸り声を出す。傍から見れば自分より小さい子を脅すという情けない状態だ。しかし、キアラは臆することなく睨み返す。
「男のくせに隠れてるとか。ダサい。弱虫。」
「なんだとチビ!」
「……本当のこと言われて怒鳴る、図星。」
歯をギリリと食いしばるとユウナから離れた。当然だろう。自分より下の子に言われては。バーナーが離れると鼻を鳴らして更に密着してきた。
「お久しぶりですバーナー様。ちゃんと挨拶するのは初め──。」
「うるさい。」
コーリンの言葉を遮ると今度はフィアーの後ろへと隠れた。嫌悪を隠さない態度にコーリンは固まる。その後ろではエンラが腹を抱えて肩を震わせている。
「ご、ごめんな。こいつ美人に弱くてさ! あと人見知りもあって──。」
焦りながら庇う。バーナーが彼女を嫌悪する理由は知っているので怒るにも怒れずなんとか場を取り繕うしかないのだ。
「──大丈夫です。嫌われているなら仕方ありませんから。」
特に気にすることも無く笑顔を向ける。後で謝れよとフィアーはバーナーに拳を落とした。
「エンラ。いつまで笑っているのですか。」
「いや、だって。ひひ。」
未だエンラが腹を抱えている中、バルトとバサラが待合室から出てきた。
「皆さんお揃いで。バルトくんとフィアーさんがいれば皆さまもいると思っていましたが、お久しぶりです。」
お久しぶりですとカナリアが頭を軽く下げた。フィアーはバーナーのために気づかれないように距離を取った。
なにがいると思ってました、だ。しっかりと目が合っておきながらとユウナは内心唾を吐き捨てた。
「それにしてもまた会えるとは。次会うのはゴルスタとばかり。」
「俺も待合室にいた時は驚いた。」
待合室で三人お互いに驚きフィアーは声を上げてしまっていた。
「それにしても別れた方向からセキアイ王国に行くと勝手に思っていた。」
「あはは、そうしたかったんですけどセキアイに行くための橋が落ちてしまって仕方なくこちらに。」
セキアイ、それとギョクランに行くには川を渡る必要がある。しかし大きな川でそれぞれの国で丈夫な橋を掛けている。それが落ちたとなっては仕方ないだろう。
「そうだ、気になってたんだけど。どうしてエンラさんは出場してないんですか?」
確かに傭兵として働いている彼女の実力は十分なものだ。賞金狙いとしたらバサラより彼女の方が適切だ。
「ああいう見世物にされるのは好きじゃなくてね。それに金には困ってないしさ。」
余裕な態度にユウナは歯ぎしりした。金に余裕があり羨ましい限り。こっちは賞金目当てで出場させたというのに。
「バサラー修行が足りないねぇ。魔力だけに頼るからそうなるんだよ。元を鍛えなよー。」
「エンラ、バサラ様は元は体が弱かったので……。」
それは意外だ。なんというか天賦の才に恵まれてそうな感じがしたけど。
「元は関係ないさ。他人は過去なんか気にしてくれなんかくれないよ。」
「確かにそうだね。今回は僕の努力不足だよ。バルトくん。次は勝つよ。」
「次も負けないけどな。」
負けても悔しがることなく次に向かい負けた相手にも爽やかに対応。よくできた人物だ。
キアラの手を握りながらそんなこと思っている。
「──ねえ。そのみすぼらしい姿どうにかならなーい?」
肩に重さを感じると同時に耳に声と息がかかる。背中に寒気が走り震える。反射的に一歩前に出て振り向く。するとそこには金髪の絶世の美女がいた。
「こう美しい中に普通があると気になるっていうかー。違和感があるっていうかー。」
「シャルナーク何をしているんだ。」
「なんで平然といられるっていうかー。」
「シャルナーク!」
バサラの大声に意地の悪い笑みを浮かべる彼女はユウナへと体を近づける。キアラは既に離れていた。
「ねえ。惨めじゃないのー?」
「シャルナーク! いい加減にしろ! 剣に戻れ!」
はいはい、と仕方なさそうにバサラの隣に立つと音を立てて勇者の剣へと姿を変えた。
「申し訳ありません。失礼を。」
「あ、いや。気にしてないので。」
バサラに謝られても意味が無い。それに最初に会った時同じような態度だったので何を今更と言ったところだ。
ユウナはさして気にしていないがカナリアが冷たい目で勇者の剣を見下ろしていた。
それぞれ別の宿を取っていたので途中で別れる。ちなみにバルトとバサラ両者の宿の規模は言わずもがなバサラ達の方が良い。
一人一部屋という贅沢な使い方をしている。キアラだけはまだ小さいのでエンラと一緒だ。
それぞれ部屋に入るとバサラは剣を放り投げた。すると音を立てシャルナークが現れる。
「投げるのはひどくなーい? 儂泣いちゃうー。えんえーん。」
棒読みで泣くふりをするがバサラは呆れもしない。静かに彼女を睨む。
「えーん、えーん。えー……つまんない。そんな睨んで怖いよー? あの女を罵倒したのそんなにダメだったかー?」
「勝手に人の姿になられては迷惑です。それとあまり波風を立てるようなことはしないよう。」
厳しく、はっきりと物申す。しかし女性は楽しそうに笑うばかりで反省する様子はない。
「シャルナーク!」
「おーこわいこわーい。波風なんて言うけどさー。お前が考えてることもそういう類って知ってるー?人に言う前に自分省みてよ。それに別にあの女嫌いなんでしょ。はっきりと悪口を言えないお前の代わりに言ってあげてるのにさー。」
剣を握っている間シャルナークへ考えが筒抜けになっているのだ。バルトの剣も筒抜けになるのだが当の剣が有事の際以外は覗かないので起きていない問題だ。しかし
「浅ましい浅ましい。綺麗な顔してやることはやる。きゃー! 最低! でも、顔が好みだから儂はついてくのー!」
悪びれることなどない。悪いと思っていない。できるからやる、自分のしたいことのみをする。良心などこの女には存在しない。
「この旅が終わったら速攻捨ててやります。」
「好きにすればー? 魔王倒したらどうせ儂寝ることになるんだし。その後のことなんてどうでもいいー。」
ふよふよと胡座をかいて浮かび上がる。欠伸をするとそのまま寝息を立て始めた。
何故こんなのが勇者の剣なのだと憤らずにはいられなかった。
この不快極まりない剣とバサラ出会ったのは七歳の時。少し大きな街の商人の一人息子として立派に育てられていたある日。大きな商談のため家族で旅行がてら移動している最中だった。




