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二人の出場を聞いてアハトは嬉しそうに笑う。先程からずっと笑っていたが少しばかり笑みの深さが違う。
「これで大会が盛り上がること間違いない。さて、俺はこれで──。」
「どこに行かれるつもりですかアハト。」
その声とともに護衛を一人だけ連れたキルタールが現れる。服は先程と違って目立たないものになっておりさらに髪型も変わっている。
「キルタール! 聞いてくれ! 武闘大会盛り上がること間違いなしだぞ! つまらないなぞそんなこと言わせないからな!」
「まさか……あなたバルト様勇者一行の方を……。」
「さすがに全員ではない。だがフィアーとバルトが出場する! はっは、楽しみだな!」
高らかに笑うアハトに呆れたように首を振る。
「申し訳ありません皆様。このバカのせいで。」
「いえ! 私たちが望んだことですからお気になさらず!」
ユウナは嬉々として答えた。眩しい笑顔にキルタールは困惑してしまう。
「この子のことは気にしないで大丈夫ですー! キルタールさん、じゃなくてキルタール様!」
様と呼ばれてピタリと動きが止まるとアハトをゆっくりと見る。
「言っとくが俺は言ってないからな。そもそもあんな騒ぎだ、気づかないはずないだろ。」
「……確かにアハトの言う通りですね。では、改めて──キルタール・レンオ。この国の王太子の地位に着かせて頂いている者です。先日はお忍びの形での各国の訪問でしたので身分を偽っておりました。偽りの身分を示したこと謝罪致します。」
「王族がそんな簡単に頭を下げるもんじゃないぞ。」
「王族故だ。信頼の問題でもある。」
信頼というがユウナ達は別段偽られたことは気にしていない。王族に頭を下げさせてしまった、そちらの方を気にする。
「──さて、そろそろ戻りますよ。影武者をいつまでも働かせる訳にいきませんから。」
「そうか、俺はフィアーと」
「あなたもですよ。あまり勝手ですとほんとに王宮に縛りつけられますよ。」
「惜しいが俺は戻る! 三日後大会で会おう!」
キルタールの言葉に颯爽と去っていてしまう。
「お騒がせしました。大会の方頑張ってください。」
キルタールと護衛がぺこりと頭を下げてアハトを追いかける。
「で、大会に出るのかよ。」
「もちろん! 一万八千! 手に入れるしかない!」
ガッと握りこぶしを作るユウナ。
お前が出るわけじゃないだろ、バーナーはその言葉を何とか飲み込んだ。
「アハト! 勝手な行動はやめてくださいと! 何度言ったら分かるんですか!」
振り返り後ろからやって来たキルタールに笑みを浮かべる。
「ははは、お前が権力で縛ってしまえば俺はふらふらしないぞ。」
「そんなことしたら本当に逃げるでしょう。そんなことさせませんから。貴重な友人を失ってなるものですか。」
「確かにだな! 俺がいなくなったらぼっちだしな!」
ぼっち、その言葉に苛立つが事実アハト以外真の友人はいないので口を少し尖らせ黙る。
一国の王になるには相応しくない態度だがアハトとしては満更ではない。友人に友と思われる。なんとも素晴らしいことか。
「それにしてもあの人混みからユウナさんを見つけましたね。」
人と人が重なり合い一番前にいた人の顔しか見えなかったのに。
「愛、だ。ユウナがいるつまりフィアーもいる。つまり愛のなせる技ということだ!」
ふっ、と格好つける姿を見て聞かなければよかったと後悔した。
「それで、何かわかりましたか?」
「ああ。あの勇者の剣──人だ。」
確信を持って告げる。キルタールは驚きで目を見開く。なんせ剣が人となれば驚かずにはいられない。
「また“勘”ですか?」
「はっは! そんなところだ!」
「なるほど。となれば信じるしかないですね。」
たかが勘をキルタールは信じる。そこに疑いは欠片もない。なぜなら過去アハトが勘を外したことがないからだ。そしてその勘が勘の範疇で収まる当てかたではないことも。
「……いつまで“勘”って信じてるのか? 一生信じてしまいそうだな。」
あまりの疑いの無さにアハトは不安になる。アハトの家系は代々不思議な能力がある。透視能力とは違うが相手の個人情報、年齢や社会的職業が分かる。当主になった者に現れ、引き継ぎの際このことが伝えられている。見ようと思わなければ見えないがアハトはそんなことはなくガンガン見ている。それを使ってからかったりしたり遊んでいるのでタチが悪い。キルタールにも窘められている。
「しかしあの剣も面白かったがユウナの方が個人的には気がかりだな。」
フィアーの力を借りないの発言からも彼女が魔力の譲渡が出来るのは間違いない。フィアーの力は魔力によって引き出されていることは聞いたからな。だが、ユウナの魔力が見えない。誰かが隠しているのか、自分で隠しているのか俺の目では分からないな! 仕方ないな! 万能という訳では無いから。
「ユウナさんがですか。とりわけ不思議なところはありませんが?」
「それはそうだろうな! 変なところはないからな! だがあの金に対する反応は面白かったがな!」
「お金に?」
「そうだぞ。賞金の話をしたら食いついてきてな。参加しないのにあんなに元気に答えるわけないだろ。」
思い出し喉を鳴らして笑う。直前のやり取りはキルタールの知るところではないので、そうだったのですか、と返事をすることしか出来ない。
話を逸らすことが出来たアハトは少しばかり真面目に考え始める。全員に見えた二種類の魔力。一つはそれぞれのもう一つはユウナのだな。でも、おかしい。ユウナは魔法が使えない。フィアーからそれとなく聞き出したが魔力があるのに全く使えないというのは理にかなっていない。
「大会で少し遊ぶか。」
「ダメです。何をする気かは分かりませんが良くないことを考えていましたね。私事であることはわかりますからね。」
「一丁前に表情を読むようになって。昔は可愛かったのにな。」
「一体いつの話ですか。大会中はそばにいるように。」
「そんなに寂しいのか! なら、仕方ないな!」
「それで構わないから勝手はしないように。わかりましたか?」
これでもかとキツく言含めるが丁寧な言い方と根の優しさからそこまで怖くはない。
「親友の頼みだ。偶には大人しくするとしよう。」
どうにもあの集団この先良くないことが起こりそうだ。少しだけ接触はさせてもらうがそれぐらい許されるだろう。なんせ俺は初恋真っ只中だ。恋のためと言えばこいつは許してくれるさ。
円形の闘技場。今日ここでは武闘大会が行われる。真ん中のステージを囲むように観客席があり人がギュウギュウに詰められている。しかし前方は少し余裕がありユウナ、カナリア、バーナーはそこにいた。
「前の方空いてて良かったね。それにしても……。」
ぐるりと周りを見る。
「女性が多いね。でも前の方には男性ばっかりだけど?」
「そりゃ、危ないからね。聞いたところによると選手が吹っ飛んできたりするらしいよ。」
「ゆ、ユウナちゃん! 後ろの方にいかない!?」
危険だと分かるとユウナの袖を引っ張る。
「フィアーとバルトの勇姿を見守らないと。怖かったら後ろの方にいていいから。バーナーでも連れて行って。」
「俺は物か! でもまあカナリアちゃんとだったら……。」
「私も残るから! ユウナちゃんを一人はできない。」
私カナリアに子供とでも思われてるの? 残るというなら止めはしないけど。
「なんで……二人っきりが──ガクッ。」
落ち込んでいる奴が一人いるが放置。心の中ではひっそりと応援してるが相手が悪い。
「──お待たせしました観客の皆様!」
観覧席、一般の人が立ち入り禁止のガラスの窓で仕切られた所から男が高らかに叫ぶ。魔法で拡声してるので隔たれていても関係なくよく聞こえる。
「今年もやって参りました武闘大会! 今年はいつもと一味違いますよ! 特別な御方が起こしなっています──王太子キルタール様!」
「きゃあああああああ!!!」
黄色い歓声が木霊する。それに貴賓席から優雅に手を振りまた感性が上がる。近くにはアハトは腕を組み立っていた。
「相変わらずの女性人気! その甘いマスクでこの大会を盛り上げてくださいね! さて──」
司会が口角を上げる。
「──前口上はこの辺で。さっさと一回戦にいきましょうか! 王太子様からのお言葉? そんなものは求めていないでしょう。この大会は武を極めたものが汗を流し血を流し実力を試す場! ルールは簡単! 相手が気絶、死ぬか、参ったと言うまで。ステージがありますが場外なんてナンセンスなんてものはありません! 武器は毒を使わなければ結構! 仕込みは無しです! 確認は済ませてありますのでご安心を!」
元気よく殺伐としたことを言うとちらりとユウナとカナリアを目に止める。
「それと最前列の方の安全は一切保証出来ませんので! 万が一死んでもそれは、避けれない、耐えられないご自分が悪いので! 長ったらしい説明はここまで! では、一回戦の戦士よ! ご入場!」
「ウオオオオオオオ!!!!」
雄叫びが上がる。先程の黄色い歓声なんて目ではない。会場が震えている。
格子が上がりそこから屈強な男が二人入ってくる。ステージの中央で向かい合う。
「腕に巻いてある赤いバンダナが特徴的なカガリー!それに対するは小柄な体に似合わぬ見事な筋肉を持つマッショ!」
ギリギリまで二人が近づくと握手を交わす。お互い笑顔でこれから戦うとは思えない雰囲気だ。数秒見つめ合うと距離を取る。そして構える。
「それでは──試合開始!」
その瞬間ステージが2ヶ所えぐれた。中央で拳がぶつかり合う。瞳孔が開き興奮で笑う男にユウナは遠い世界だなと思うと同時にバルトをこんな所に放ってすまないと謝った。本人には届いていないが。
「──勝者カガリー!」
赤いバンダナが巻いてある腕を上げポーズを決めている。マッショーは倒れ気絶している。
「す、凄かったね……。」
「嵐二つがぶつかり合ってた。そう表現するしかない。」
「ステージがボロボロだ、こわ。一回戦からおかしくないか?」
三人が困惑している中会場はもっと壊せ、やら、殺せ!など野次が飛び交う。これ以上求めているのかとぞっとしてしまう。
「さあ!試合の終わった人はさっさと退場してください! あ、怪我人は救護班が回収しまーす。」
負けたマッショが担架に乗せられ消えていく。その後に優雅にカガリーが退場する。
「戦いを見て興奮した諸君! お次はなんと女性対決だ! 女性が参加するなどまず無いこの大会の数少ない花が二輪登場する! ああ! 惜しむらくは一つは確実に散ってしまうこと……!──では、ご入場だぁ!」
「ふぅぅぅぅぅぅぅ!!」
男性陣の喜びの声と共にフィアーが出てきた。いつもの腹が出ているものでは無い。秋になり寒くなってるのでさすがに露出はなくなっている。
そしてその後ろから出てきた女性に全員が目を奪われる。決して修道服を着ていることでは無い。その背中に担がれた女性より大きな槌だった。とても重さを感じない優雅に足を運ぶシスターに会場が困惑する。
「さぁて! 全員が驚いたところで紹介をしよう! 赤い髪が特徴のフィアー! ベル公国と遠くからの出場だ! 武器は一切使わないと、己の拳で優勝すると高らかに宣言してくれた! そして対するは修道服もさることながら巨大なハンマーを背負うシスター・アカネ! 修道院の修繕のお金のために参加とのこと! なんと健気なことでしょう! しかしそれを忘れさせる巨体なハンマー! 素手にハンマー! 女性対決を制するのはどちらか──試合開始!」
先に動いたのはフィアーだった。真っ直ぐシスターへと向かっていく。シスターは慌てることなく槌を軽々しく片手で持ち上げ向かってくるフィアーへと振り抜く。
「うおおおおお!!」
両手で槌を受け止める。しかし質量が違いすぎ地面から足が浮く。
「遠くまで吹っ飛んでください!」
「さすがにこれは大きすぎる!」
槌を蹴り宙を舞う。一試合目で崩れた安定性のない地面に難なく降り立つ。
「はあ、面倒ですね。さっさと負ければいいのに。私はシスター。本来争いごとはご法度。」
崩れた口調になりそんな事を言いながら嬉しそうに笑い槌を振り上げフィアーへと駆ける。重心は少しもブレていない。しっかりと槌を持てている証拠だ。
「──なんて、シスターがなんぼのもんじゃい!」
ドゴォッッ! 地面が割れる。それを見てまともに受けてはいけないとフィアーは恐れながらも高揚していた。
「ここには神父も修道院の子供もいない! 今の私はアカネ! さあ! 金のために倒れ伏せ!」
「生憎こっちも金のために負けられないのよ! てか負けたら絶対怒られる!」
脳裏にユウナの顔が浮かぶ。カナリアよりはマシとは言えあのお金への反応はフィアーも初めて見たものでどうなるか予想できない怖さがある。
「そうそっちも金のためなの。なら目的は一致! あとは潰すのみ!」
「同感! アタシが絶対勝ってやる!」
拳と槌がぶつかり合う。フィアーが少しずつ押されてしまう。
確か今日は一回しか戦わないんだよね。
三日間に渡る大会は二日目のみ二回戦うのだ。
ユウナの力は借りない。自分の力だけで勝たなきゃ意味ない。なら今日この試合だけなら今全力出しても問題ないよね?
フィアーに魔力を使っている意識はない。ただ腹の底から自分の力を引き上げているだけなのだ。
勝ったとアカネは確信していた。単純な力ではこちらが上だ。現に目の前の子は槌に押されている。このまま押し切れば良いだけ。ぐっと持ち手に力を入れさらに押し込み気づく。動かないのだ。先程まで押せてたのに、力を込めたのに、まったく押せないのだ。
「な、なんで……!」
「おらああああああ!!! 吹っ飛べ!」
お返しと拳を振り抜く。腕がちぎれるのでないかというほど弾かれ仰け反る。すかさずフィアーは槌を持つ腕を蹴り上げる。
「──あ。」
手から槌が抜け重い音を鳴らし地面に落ちる。
「よっしゃ! ハンマー貰い──ふんぬ!」
持ち手を掴んで持ち上げようとするが予想以上の重たさで両手で踏ん張って持ち上げるので精一杯。なんとか構えアカネと向き合う。
「さあ! これがなきゃ私にも十分勝機が──。」
「まいった。」
「ある!…………え?」
「おおおおおおっと! これは意外な結末! 勝者はフィアーだあ!」
「ブーーーーー!!!」
ブーイングが巻き起こる。それはそうだここにいる人が求めているのは両者が力の限り戦いボロボロになる様だ。
「なんと味気ない! 会場も不満の声を上げているがルールはルール! 戦士には時に冷静な判断も必要だ! ではとっととつまらない試合野郎どもは退場するように!」
「あの司会者の言い方腹立つー。」
ごきりと思わず指を鳴らしてしまう。
「私のせいですね。ですがこんなことで怪我する気はなかったので。」
体の前で手を重ねて微笑む姿は先程まで戦ってた人とは大違いなちゃんとしたシスターだった。
「あ、それは返してもらっても?」
「ん? ああ! ごめん! けどよくこんな重いもの持てるねー。」
そう言いながらも持ち上げ渡してくるフィアーに苦笑する。そっちもそうだろと。拳一つで跳ね返す人などそうそういないと。




