26
織物が有名なギョクラン王国では皆艶やかな地面に着くのではないかというほど袖が広がった服を皆着ていた。
「ギョクランだー! ここの服一度着てみたかったんだよね!」
通りを歩く女性を見ながらはしゃぐのはフィアー。様々な意匠が施された服を見てテンションが跳ね上がっている。
「嵩張るから買えないよ。あれ着て戦う訳にもいかないんだし。」
「ちぇー、わかってるよ。」
つんとそっぽを向くが大人しくみんなの近くに寄ってくる。
「レンタルとかできるところぐらいあるんじゃないかな? 前にも靴のレンタルしてる所もあったじゃない。」
ぽん、と手を叩いて思い出したカナリアにキラキラした目を向ける。
「ユウナ!」
「……わかった。一緒に探すから。勝手にどっかに行くことはないように。」
迷われたりしたらこっちが迷惑だ。恋の魔法が解けたフィアーにはもうバルトで制御が出来ないのだ。
「さてさてレッツゴー!」
意気揚々と先頭で進んでいく。他にすることもないので自由にさせてあげる。魔王を討伐する旅といえど村では出来ないことをしてもいいだろ。
服もそうだが家も色鮮やかで見ていて飽きがこない。ユウナも興味深そうに建物を観察する。
「おい、なんかあっち人集りが出来てないか。」
特に建物にも服にも興味のないバルトが前方を指す。言葉の通りある店に人がごった返している。しかし、店内から溢れているのでなく全員外にいるせいで通りの9割方を占拠している。
「なんか有名な店なのかなー。だとしても邪魔なんだけど。」
「フィアーの怪力でどかせばいいんじゃねぇの。」
「はは、その前にバーナーを吹っ飛ばしてやるよ。」
やんのかと睨み合う。ユウナはそんな二人を引き剥がす。バーナーはカナリアに押し付ける。これが一番大人しくなるからだ。
「バーナーくん。そんな喧嘩売るようなこと言わないの。」
「う、うん! わかった……。」
このようにしおらしくなる。頬を真っ赤に染めて年相応で可愛げもある。
「ぷぷ。子供ー。」
「どの口が。てい。」
フィアーに軽くチョップする。この間までバルトの言葉で簡単に赤くなってたくせに。それにしてもアハトさんだったか。一体どこの人だろう。どこかで会うこともあるのだろうし。折角フィアーにあんなに真っ直ぐ告白をしてきたんだ、歳は離れているけど以外にお似合いと思うが。
「なにー? 人の顔を見てにやにやして。」
「別に? もう一度春の嵐が来てくれないかなって。」
あの時の焦って照れた顔は何度思い出しても可愛いものだった。
「うーん、どんな店かは気になるね。」
群集の近くまで来るとカナリアが背伸びをして店を見ようとするが全く見えない。
「ちょっと私見てくるよ。」
ユウナもここまでの人集りができる店は単純に気になる。少し身を屈めがら人の隙間を縫って見えるところまでくる。集まってるのは女性ばかりなので平均より少し高いユウナは背伸びをすれば十分見える。そして、ここまで来て気づく女性達が王太子、キルタール様と言ってるのが。
見ると呉服店のようで一人大仰な服装の人とその近くに少し華美な明らかに位の高そうな男、そして入口店内のあちこちに護衛と思しき剣を携えた人達がいる。
視察だろうか。服を物色はしてるが本格的な購入の様子は見えない。明らかにお忍びではないし。
じっと中を覗いていると30ほどの王太子の近くにいる少し華美な、明らか貴族の男が外を見た。
ばっ、とユウナは頭を低くして隠れた。目が合った気がして思わずと体が動いてた。そして気づいた今しがた目が合った気がした男がアハトだと。
そろーっとまた頭を出して店内をのぞ
「ひ──。」
ガッツリ目が合った。死ぬほど笑顔でこちらを見ている。
「キャアアアア!! アハト様と目が合ったわ!」
大きな声が鼓膜を貫く。アハトってあのアハトさんだよな。でも、おかしくないか。王太子がキルタールさんってことが間違いないはずだけど前に会った時キルタールさんが従者だったはず。
ユウナは触らぬ神に祟りなしとみんなの元へと戻った。
「帰ってきた。はは、髪の毛ボサボサだな。」
指をさされて笑われる。お返しとばかりにバーナーの髪をぐしゃぐしゃにしてやった。
「お前っ! ふざけんな!」
「手届いてないけどー?」
頭を抑えつければユウナより背の低いバーナーの手は頭に届かない。
「私櫛あるから直すよ。」
「ありがとう。」
群集から離れてカナリアに髪をとかしてもらう。
「で、どんな店だったの?」
「フィアーが好きそうな店じゃなかったよ。お金持ち向けの服屋。ただ、王太子が来てるらしくあの人集りは見物客みたい。」
「なーんだ。じゃいいや。金持ち向けなら買えないし。」
「そんなこともないぞ! 俺が好きなものを買ってあげよう。将来の結婚相手だ、遠慮はいらないぞ! 」
溌剌としたいい声が聞こえる。それはこの場にいるはずのない男のもの。
「ア、アハトさん! ど、どうしてここに!」
顔を真っ赤にしてフィアーが下がりながら指をさす。
「ふっふっふ。ユウナの顔が見えてな。ユウナがいるということはつまりフィアーもいるということ。ここにいて当たり前だろ?」
やっぱり目が合ってたのか。いや、でもどうやってあの人集りの中を抜けてきたんだ?
「裏口を使ってちょちょいと抜け出してきた。キルタールがいれば問題ない。俺はただの付き添い人おまけだからな。」
「おまけっておかしくはないですか? キルタールさんはアハトさんの従者さんでしたよね?」
カナリアが聞くとそういえばそうだっけかとフィアーやバルトも思い出す仕草をする。ちなみにバーナーはユウナの後ろに隠れている。
「王太子のお忍びを隠すためですか?」
「その通りだユウナ! 聡明なのは良きことだ! カナリアもよく覚えていた。どうだフィアーが俺の妻になった際は俺の家の執務を手伝ってみないか?」
「お断りします。」
「結構です。」
ユウナは丁寧に断ったがカナリアは予想外にバッサリと切り捨てた。
「ちょっと! アタシまだ嫁にもそれどころか付き合うとも言ってないけど!」
「大丈夫だ。必ずフィアーの心を手にしてみせる。初恋だ。成就させるにきまっている!」
たぶん30になってるだろう男の初恋と聞いてバルトがマジかと若干引いている。
「ははは、引くのは構わないがそういう勇者も初恋はまだ見たが? しかし、うむ。他のものによって手ほどきは受けたのだな。」
じろりと勇者の剣を見る。
この男我にきづいているのかのー? さほど大きな魔力も感じないけど我寝よーっと。
ただならぬ気配に勇者の剣も余計なことはしないよう、話さぬよう目を閉じた。バルトもその様子から警戒する。
明らかな警戒の様子もアハトは朗らかに笑い気にすることもない。
「さてフィアー。気高く凛々しい君にお誘いしたいことがあるのだ。」
ごそごそと懐を探ると1枚の紙を取り出した。それは何かの貼り紙だった。
「反対です。」
「カナリア!? まだ読んですらないよ! えーと、なになに、武闘大会。優勝者に一万バレン……。」
「フィアー早くエントリーして来て。」
「ユウナ!? 」
「そんなしてる暇ないと思うのだけれど。ユウナちゃん?」
「大丈夫、三日後って書いてあるから。」
一万一万一万一万いちまんいちまんいちまんいちまん。金欠脱出。金欠脱出。新しい道具を買える。買いたい。
「狙え優勝!」
ユウナの頭はお金でいっぱいになった。仕方ないここ最近お金が減るばかりでなにかと我慢を強いられてきたのだ。
「はぁ……フィアーちゃん無理はしないで。ついでにバルトくんも出てみれば?」
「は? なんで俺が?」
「どうせなら一位、二位取ってお金根こそぎ貰おうよ。」
ニコニコと恐ろしいことを言う。どうせ出場するならとあっさり思考を切り替えたのだ。
「一位、二位、一万八千バレン……勝て! 頑張って! 必要なら言ってね!」
必要、それは魔力のことを言っていると分かりユウナの本気具合の方に今度は引いてしまう。常に金との戦いだった彼女にとって金の重要性は理解している。つまるところ彼女は金が好きなのだ。
「ユウナの助けを借りるまでないよ! 任せとけ! アタシが堂々と優勝するからね!」
力こぶを作り笑うフィアーに見とれるのはユウナでもなくもちろんバルトでもない。アハトだ。
「素敵だフィアー! 魔法でしかと君の勇姿収めるとも!」
ユウナの背中に隠れ、一人取り残されていたバーナーは
「今日の晩御飯なんだろう。」
目の前の事実から目を逸らしていた。




