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「うう、うぅ……──。」
しばらくしてもバーナーはシュトレルムを離さず涙を流している。
「バルト、カナリアを迎えに行ってくる。」
このままではいつまで経ってもカナリアを迎えに行けそうもうないのでユウナがバルトへと言うと
「それなら俺が。」
「バーナー君が暴れたら押さえつけられるの二人だけだから。フィアーもいい?」
「ん? りょーかい。カナリアよろしくねー。」
長い洞窟へとまた入っていく。小走りで暗い洞窟の中を進んでいく。追いかけられていたから暗さとか気にしてなかったが今はどうにも不安が募る。
「さすがにランプとか持ってないしなあ。」
歩みを早くするが、すぐに明かりが見えることも無く不安は消えない。ジメジメした空気が不快感を醸し出し抜け出したい気持ちを強くさせる。
明かりが見えると意外と短いなと思う。追われていたせいもあったのだろう。出ようと意気揚々と出ようと駆け足になり──ゴッ!
「──いったあ!」
「え、え!? ユウナちゃん! ご、ごめん今解くから!」
音とユウナの声で洞窟の出入口の横にいたカナリアが顔を見せる。慌てて魔法を解く。
「大丈夫!? ごめんね洞窟からの方はまったく注意していなかったから。」
「大丈夫、どうせすぐ痛みは引くだろうし。それよりも──。」
カナリアの全身を見る。傷を作り、服もどころどころ破けた上血がついている。戦っていた証拠だ。さすがに全部の魔物をおびき出せなかったと悔しくなる。
「ごめん、私がもっと注意を引き付けられたら。」
「えっと……ああ! ううん、たった一体だけだったから問題ないよ!」
突然謝られて何か分からなかったがカナリアの傷を見ての反応と分かると謝らないようにと止める。
「一体? まって、一人だけだったのにそんな傷を?」
カナリアは魔法で戦うのだ。一体相手であれば怪我を負うことはない。
「ちょっと強くて……。魔法が効きにくくてそれで避けたりなんかしてたらこんななっちゃったの。」
苦笑しながら話す。仕込み杖については何も言わない。まだ、技術もなく、満足に扱える訳では無い。戦力にもならないのであえて黙る。
「そっか。おつかれさまカナリア。」
「うん。ユウナちゃんもおつかれさま。」
顔を合わせてお互い笑う。ひと段落終わり穏やかな空気に満ちていた。
「ふふ、それでみんなはどうしたの? もしかして大怪我して動けないとか!?」
それなら治療しに行かないとと走り出そうとするカナリアを止める。
「ゆ、ユウナちゃん? ……違うんだね。」
「うん。実は──っ!」
言葉を切りばっ、と振り向く。洞窟の方から足音が聞こえてきたのだ。ユウナの様子を見てカナリアも杖を強く握る。
タッ、タッと軽い足音が鳴る。じっと睨んでいると暗がりから出てきたのはバーナーとその背に乗るフィアーとバルトだった。
「三人とも来たんだ。もう、いいの?」
「いいのって……え、シュトレルムさんは──まって、その手にあるのって……!」
バルトが胴体、フィアーが頭部をそれぞれ持っていた。二人がバーナーの背から降りる。
「──頼む、母さんの埋葬を手伝ってくれ。」
そしてすぐ膝を折りバーナーが懇願する。その声は震えており悲しみが消えているわけではなかった。
バーナーの頼みにすぐ首を縦に振ることは出来なかった。出会って間もない他人が手伝っても大丈夫かと。
「母さんと俺に知り合いはいない。だから、見送り、して欲しい。」
そうだ、バーナーは一人となったのだ。母を失い、他に家族はいない。シュトレルムの血縁も先程全員死んだのだ。
「分かった。手伝う。で、何をすればいい?」
バルトが神妙な面持ちで応える。
「本当か? ありがとう、ありがとう。とりあえず家まで来てくれ。」
顔を上げるとそこには固い意思のこもった目でこちらを見据えていた。特に疑いもなくバルトとフィアーがシュトレルムを持ったまま家へと向かった。
家に着くと、こっちだ、とバーナーが家の裏の方にある湖へと案内をする。
「きれい……。」
湖を見てフィアーが呟く。バルトとカナリアも同じで湖をぼうっと眺めてしまう。
「ここに母さんを入れてくれ。前に母さんがそう言ってたから。」
バーナーは以前シュトレルムがぽつりと湖で死にたいと冗談混じりで話していたことを覚えていた。たった一回だが、自分もここでなら死んでも苦しくなさそうと思ったからだ。
水の中へと沈んでいく。水泡が儚く浮かび消える様を見るしかもう出来ない。湖を見下ろしバーナーが口を開く。
「母さんは死んだ。いや、殺された。──お前たちのせいでだ!」
涙をぼろぼろと流しながら振り向きユウナに向かって指をさす。
「お前が来なきゃ、そうすれば、母さんは、母さんは、うわああああああ!!!」
けれどすぐに声を上げ膝を崩し誰にもはばかることなく泣きじゃくる。母さん、と何度も呼びながら。ユウナは彼の近よると膝を曲げる。
「ユウ──!」
剣に手をかけユウナを助けようとするがカナリアが手を出してそれを止める。
「カナリア! 今のあいつに近づいたらまずい! わかるだろ!」
「大丈夫。それに、今剣を抜いたら本当にそうなるから。フィアーちゃんも。」
「アタシは別に心配してないよ。何かあってからでも助け出せるし──。」
指を鳴らしながら目を開くフィアーからは殺気が漏れ出す。
三人が見守る中ユウナが口を開く。
「そうだよ。私が来なきゃシュトレルムさんは死ななかった。私がバーナー君のお母さんを殺したんだ。」
「──は?」
顔上げたバーナーの涙は止まっており呆けた顔をユウナに向けている。
「だから、敵が討ちたいなら私を殺せばいい。私は別に殺されても構わないから。」
「ユウナちゃん、何を──!」
「ふざけんな!」
止めに入ろうとしたカナリアを遮るようにバーナーの怒号が響く。涙で泣き腫らした赤い目が彼がことさら怒っているように見せている。
「何が殺されてもだ! そんなに死にたいなら自分で死ねよ!」
「自分で死ぬ勇気がないから言ってるの。」
抑揚のない言葉で答える。そんな勇気があったなら私はきっと一人で勇者の剣を持って飛び出していた。
「はあ? そんなんで魔王が倒せるのか? 意気地無し野郎! 母さんが信用したのがこんな奴なんて! いいぜ、殺してやる。お前が魔王を倒せないとわかった瞬間殺してやる。気を抜いてみろ、その時がお前の死ぬ時だ。」
ユウナの喉元をさしながら宣言する。
「そう、わかった。なら、私が死ぬ時は魔王を倒した時だ。それまで気を抜くつもりは無い。」
「ユウナちゃんの馬鹿!」
ぱん! と乾いた音が宿の部屋で響く。あの後ミオの街の宿に戻ったのだ、バーナーもつれて。
「なにが殺してよ! ユウナちゃんに非があったの!? 違うでしょ! もしまた同じようなことを言ってみて! その時はユウナちゃんを置いていくから!」
捲し立てるように怒るとそのまま部屋を出ていってしまう。カナリアに怒られたことがなかったユウナは呆然と頬に手を当て突っ立ったままだ。
「今回はカナリアの言う通りだねー。あ、アタシも怒ってるからよろしくー。」
ひらりと手を振って後を追うようにフィアーも出て行く。部屋に残ったのはバーナーとバルト。
「て、撤回するか……?」
「……しない。」
こっぴどく怒られたユウナを見て申し訳なくなったバーナーだが断固として変えないという意志を感じてますます焦っていた。
「いや、あれだからな。お前がちゃんとやってれば殺すことは無いからな、うん。」
それだけしか言えなかった。冷静になった今ユウナを殺す気など少しもない。けれどこうしてここまで着いてきたのは一人にならないようシュトレルムが言っていたからだ。ここに来るまでずっと静観していたバルトがユウナの前に立った。
「ユウナ、ちょっと外に行こう。」
「は? なんで。一人で行ってくれば。」
「いいから、来い。」
有無を言わさない語調にユウナは大人しく従った。バーナーはカナリア達の方に行くと彼も部屋から消えた。
ミオの街は正直言うと栄えていない。年々人が減っているらしく活気がなく。人の住んでいない家がチラホラ見える。
「人を外に連れて。なに?」
前を歩くバーナーの背を見ながら無愛想に訊ねる。
「お前、一体なんのために俺に着いてきたんだ。」
「なんのためってそりゃ魔王を倒すため──。」
バーナーが立ち止まり振り返る。その目は確かに怒っていた。
「言っとくが俺だって馬鹿じゃない。お前が俺のために、魔力不足を補うために着いてきたことぐらい分かる。そしてそれがこいつのせいってこともな。」
勇者の剣。本来ユウナが勇者として選ばるはずだった。でも、それを拒否した。嫌だったのだ。面倒だったのだ。だから思わず反射的に断った。
「お前が死んだら俺も死ぬんだ。魔王を倒せず。簡単に死んでもらったら困る。」
それだけ言うとまた歩き始めた。ユウナは立ち止まったままだ。子供みたいに項垂れていた。
そうだ。そうだよ。私の目的は魔王を倒すことじゃない。さすがにバルトも知っていたか。ごめん、そんなこと言わせて。分かってる、バルトが本心から自分のため、とかって言ってないこと。だから、さらに謝っておく。私はどうせ死ぬんだ。
バーナーとの出会いの一端を話終わるとアカネは神妙な面持ちになっていた。
「それから私たちは魔物を倒すだけじゃなく、味方になってくれる、もしくは敵じゃない魔物たちを探すようになったの。」
「……そうだったの。いや、やけに同情的とは思ってたけど。それなら納得よ。」
今回もだけど面倒なことになりそうな部分は省いて話している。それと多少は嘘を混ぜたりもしてるが現実との食い違いが起きない程度だ。
「今まで私が倒してきた魔物も自分の意思で襲ってたわけじゃなかったのかしらねー? 今となっちゃ知ることも出来ないけど。」
「これからでいいと思うよ。それに魔王を倒せば終わる。あと少しだ。頑張ろう。」
お互い鼓舞をする。まだ出会って日が浅いがアカネも大事な仲間の一人となっていた。
「アカネさーん、ユウナちゃーん。ご飯の時間だよー。」
廊下からカナリアが二人に呼びかける。
「おれま。もうそんな時間に。今行くよー。」
アカネが答えるとカナリアは下に降りていく。そしてアカネはじーっとユウナの顔を見る。
「……はあ、話の続きはまた今度するよ。今は下に行こう。」
「やった! よし、ご飯の時間よー!」
元気よく部屋を飛び出していく。部屋に残ったユウナは呆れながらため息をつく。そして顔から表情が消える。
「いるだろ。話がある。」
声をかける。魔法で姿を隠していたのか部屋の入口から勇者の剣が顔を覗かせる。
「ユウナー。なーにー? 我に用って。もしかして、もしかして我と結婚したいとかー?」
「──私の魔力はまだ足りる?」
顔上げて訊ねる。勇者の剣はニコニコと笑う。
「ぜーんぜん大丈夫だよー。余裕の余裕よー。 」
「そう。ならいい。」
立ち上がり勇者の剣の脇を通り下へと降りる。
旅の途中。私の魔力は無限ではないと発覚した。ただ単に魔力が多く、それのせいで回復力が異常だと勇者の剣も思っていたらしい。そして、魔力が尽きると死ぬと。魔力を生成する器官がすでに死んでいて生命維持が出来ないと。
「魔王を倒すまでにもってくれればいい。」
ただ、勇者の剣に恐らく魔王との戦いで全員に魔力を与え続ければさすがに尽きて死ぬと。刻限付きの命になっていたのだ。これは誰にも言っていない。だから私はこの旅の終わりにどうせ死ぬんだ。




