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短いです
「そんなの分かってる! でも今更どうしたら、どう接すればいいんだよお前達と!」
母さんが連れてきた時点で悪い奴らじゃないことは分かっていた。それでも人間というだけで信じられない。許せない。
「だから近づけない……お、おい! どうした!?」
さっきまで抵抗していた力がなくなり腕が地面に落ちたのを見て慌てて首から足をどかす。動かないユウナに慌てたバーナーは姿が人間へとなる。口元に耳を当てると息をしているのが分かる。死んでいないのでほっとしたが気絶させてしまったことに違いなく罪悪感で一杯になる。とりあえず起こさないと、と思ったバーナーは湖から水を両手ですくってユウナの顔へと掛けた。
「……う、んー?」
人生2度目、顔に水をかけられて気絶から起こされる。しかし、1度目のことは忘れている。
何故か濡れている顔を袖で拭い起き上がる。
「ご、ごめん。大丈夫か?」
「……あー、もしかして気絶してた?」
直前のことを思い返して判断する。バツの悪そうな顔をしながらバーナーは俯く。
「ほんと、ごめん。そんな、そんなつもりはなかった……。」
「煽った私も悪かったよ。おあいこってことで。で、バーナー君は私たちに協力はしないってことでいい?」
「……ああ。俺は無理だ。母さんみたいに協力なんて出来ない!」
はっきりと自分の意見を言えたバーナーに笑顔を向ける。もう大丈夫だ。
「じゃあ私はもう行く。最後に、何も失ったのはお前だじゃないから。案外家族を無くした人ってのは多いんだよ。」
立ち上がり去り際にそれだけ残して戻る。バーナーはまた湖を眺め始めた。水面に映る自分の顔はどこか釈然としないものだった。
ユウナが戻ると最初にカナリアが首の傷に気づいた。慌てて隠すも意味はなく問い詰められる。
「それ、自分でやったのじゃないよね? 首を絞められた跡みたいだけど──。」
ガタッ!と大きな音がする。見るとシュトレルムさんが毛を逆立て明らかに怒っていた。
「あの子……戻ってきたらただじゃおかないわ。」
気迫に全員が息を呑む。みんなの脅えた様子に気づいたのかはっとし、倒れた椅子を直して腰掛ける。そして恥ずかしそうに肩を縮こませた。
「すみません。お見苦しいところを。薬を持ってきますので待っていてください。」
慌てて戸棚に駆け寄り薬を探し始める。可愛い仕草に顔が綻んでしまう。
「これです。自分で塗りますか? 宜しければ私が塗りますが?」
申し出はありがたいがこれぐらいなら自分でも出来る。丁重に断り締められ特に今だヒリヒリする部分に塗っていく。ピリリと少し痛みが走るが仕方の無いことと割り切る。たぶんこれは爪のせいだろう。バーナーの爪は立派に鋭く育っていたから意図はせずとも傷ついたのだろう。ユウナが薬を塗り終わり、少ししてバーナーが戻ってきた。
「た、ただいま。」
どこか居心地の悪そうにする彼に少し笑いそうになってしまう。
「バーナー! 父さんを殺したのはこの人達ではないのだから種族で全てを同じにするのはよしなさいと──。」
「分かってる! ……分かってるよ。でも、でもそんな簡単に、簡単に。ごめんなさい。今その、寝て、くる……。」
「バーナー、 待ちなさい! バーナー!」
2階へと駆け上げるバーナーを呼び止めるが言葉が虚しく響くだけだった。
「ユウナさん。後でしっかりと言い聞かせますので本当にすみませんでした。」
「いえ、バーナーくんには既に謝ってもらっますし大したことなかったので。それと私たちには協力しないとはっきりと言葉で聞きました。ですのでバーナーくんは無理に協力させないでください。」
したくないと言うのなら無理にさせる必要は無いと思う。それに、半端な気持ちでこられても迷惑になる。
「そうですか……それなら仕方ありません。それでは魔物の巣窟となった村についてお話します。」
そこはくたびれた家しかない村だ。人の影はなく。いるのは異形の魔物。姿形はシュトレルムそっくりだがよくよく見ると全員違う。人に完全に同じ個体が存在しないのと同様に魔物にも同じ個体は存在しない。
「よお、この間の人間どうだったよ。」
「あれか? ガリガリで美味くなかったよ。あー、肉が食いてぇ肉が。」
二体の魔物が会話する。
「はー? あのガリガリいいんだろ? 皮と骨を一緒に噛み砕くの最高なんだよ。なんでお前なんかが捕まえるのか。」
やれやれと頭を振る。その魔物に忌避の目を向ける。肉のない人間を好む奴なんていない。目の前の魔物ぐらいだ。
「そろそろあそこ襲うか。ちまちま食うなんて性にあわない。リーダーに相談してあそこの街襲うようにしようかなー。」
残念そうな目を向けていた魔物もその言葉に目を輝かせ嫌らしい笑みを浮かべる。
「ああ、食いたいなあ。俺も食いたい。人間の肉ほど美味いものはない。どうしてか分からないが人間の肉は死ぬほど美味いからなあ。」
肉の味を思い出すと涎が垂れる。口内は大洪水。なんとか嚥下して口から溢れださないが人間の肉の味の美味さは格段で1度口にしてしまえば忘れられないものだ。
「勇者なんていないからな。俺らに歯向かうやつなんて──」
トスッ、と目の前の魔物の首に矢が刺さる。鋭く光る鏃は喉を貫通している。言葉が途切れ倒れる。
「ガ、ガァァァァ──」
「おい! どうした、どうしたんだ!」
悲鳴ともつかない声をもらして泡を吹いて倒れる。驚いた魔物は矢が飛んできた方へと顔を向ける。目に映ったのは人間が見張り台として使用していた櫓そこにいる一人の人間の女だった。次の矢を構え弦を引き絞っている。狙いは──
「ウオオォォォォォン!!!」
自分と分かり咆哮を上げる。女は怯むことなく矢を放つ。それは真っ直ぐ魔物へと向かっていく。
どこから来るか分かれば脅威ではない。魔物は虫を払うかのように矢を弾く。
「ちっ。」
女は小さく舌打ちをする。せめて鏃がかすってさえくれれば良かったのに。さすがに毒を使ってるのはバレたか。
「どうしたコルム!」
「襲撃か!?」
ぞろぞろとコルムと呼ばれた魔物の周りに集まってくる。
「人間の女がナルメルをやった! あそこのやつだ!」
櫓を指す。
「人間風情が! よくも我らローウルフに! 骨の髄まで蹂躙し殺してやろう!」
オォォォォォォン!!! 咆哮が村に響き渡る。女はそれを見ると櫓から古ぼけた家の屋根へと飛び降りる。
「待てぇぇ!」
屋根を走る女を追いかける。追いかけられている女──ユウナはシュトレルムの言葉を思い出す。




