19
しばらくバルト達はヨモギでの滞在を余儀なくされた。カナリアとバルト、特にバルトの毒が未だ完全に抜けきらず歩くことは出来ても運動が出来ずにいた。そしてユウナはたくさんの傷口が壊死していた。それを治すためにアキラが係きりにになっているのでバサラ達もヨモギで滞在することになった。
「あーあ、暇だなぁ──はあ!」
間の抜けた声を出したと思うや否や練習に大木に拳を撃ち込むフィアー。大木が揺れ、止まっていた鳥や虫、小動物がわらわらと出てくる。
今回特に何もすることなく終わったフィアーは特に怪我もなく、治療も出来ないので邪魔にならないようにと日中外で練習することにしていた。
体の動きを確認する。空を着る音がフィアーの耳を支配する。一つ一つの動きを丁寧にゆっくりと確認するのは体力を使う。身体中から汗が流れ落ちる。
「フィアーさん。休憩したらどうですか?」
「!」
突然名前を呼ばれ声のした方を向くとバサラがいた。バサラだと分かるとフィアーはまた前を向いて練習する。
「悪いけど休憩にはまだ早いの。バサラこそこんな所にいても仕方ないと思うけど。」
バサラの方を向かずに話す。今のフィアーに休憩という文字はない。何も出来なかったという不甲斐なさに打ちのめされているのだ。戦うことしか出来ないフィアーにとってそれは当たり前だった。
「そう、休憩が嫌なら僕が訓練に付き合うよ。勇者だから相手に不足はないと思うけど。」
鞘に入ったまま剣を構える。その顔は余裕そのものでフィアーは見下されている気分になる。
「……それならお願いしようかな。それと言っておくけどアタシ、あんたのこと嫌いなんだよ。どうもその人を見下す目が気に食わないの。下手に手でも抜いたら骨折るから。」
バサラの方を向き構える。その目は怒りで燃えていた。しかし、それがバサラに対してなのかは分からない。
「そんな見下しているなんてありませっ──! いきなりはどうかと思いますよ。」
「はっ! 向かい合った時から始まってんの! ほら、しっかり踏ん張って、な!」
剣のガードの上から思い切り殴る。その威力はとても女性、いや、人とは思えない威力でそのまま後ろに地面を抉り押されてしまう。それに腕への衝撃が凄まじく痺れてしまった。
「見下してないって? はっ! ふざけんな! ユウナを見る目、バーナーを見る目があんたの考えを思いっきり出してんだよ!」
距離を詰めてまた殴る。反撃の隙を与えず連続で殴る。バサラ顔から余裕が消える。不足がないと言っておきながらただのサンドバックと化しているのだ。
バサラは体を弛緩させ仰け反る形で拳を避ける。拳が空を切ったところでフィアーの足を払う。地面に両手をつけ後ろに跳ね起き上がりバランスを崩した彼女に剣を振り下ろす。
フィアーは宙で体を捻り剣を蹴り上げる。片手で体を支え踵を振り下ろす。予期されていたのか簡単に躱されるがすぐに反撃が来ないので体勢を整える。
フィアーが拳を構え相手を見据えていると剣を下ろした。
「降参だ。単純な勝負じゃフィアーさんに叶わないね。どうだい、このまま休憩がてらお茶でもしませんか?」
何が互角よ。と内心唾を吐き捨てる。勇者の剣の力も魔法も使わなかったのだ。それで勝ったなどそんなわけが無い。
「悪いけどそんな暇ないから。一人でどうぞ。」
バサラから目を離し構える。さっきと同じように動きの確認に入ろうとする。
「そうですか……残念です。折角可愛いフィアーさんとお話できるのに。」
可愛い、その単語に方が揺れる。
「奢りたかったのですが……。」
「行く。」
タダなら行く。
可愛いとタダに釣られてしまう。なんともちょろい。
なんとも単純だろうかと口元が緩みそうになる。
やはり、彼女はいい。しなやかに伸びた手足に程よい筋肉、それにこの強さは他の女性にはない。寝台の上ではどう泣くのか、魔力はどんな味なのかぜひとも知りたい。
バサラはフィアーが荷物を持ったのを確認するとヨモギへと足を進めた。少し後ろでは笑顔のフィアーが着いてくる。
この期間に、ユウナさんの傷が治るまでになんとか友好を深めないと。カナリアさんはたぶん無理だ、いや、多分ではなく確実に無理だ。全くこちらを信用していない。まあ、狙う人物が一人減ったということで良しとする。
「あれ? なんか揉めてない?」
大通りの真ん中に変なスペースが出来ており、そこの中心で二人の男がいた。一人は顔を真っ赤にさせ怒鳴り散らし、もう一人は胸ぐらを掴まれていた。
「ちょっと落ち着かないか。こんな往来で。俺は君と争うつもりなんてないんだ。君どころか誰ともだけれど。」
「うるせぇ! お前が人の女に手を出すからだろ!
俺の女を返しやがれ!」
二人の男から少し離れたところに肩を震わせている女性がいる。
「あの女性は君に対して怯えていた。弱気者を助けるのは当たり前だろ? 女性を怯えさすなんて人の風上にも置けないな。」
「怯えてなんかいるか! あいつは俺の命令を聞いて幸せなんだよ! 余所者が口出すな!」
ビクリと女性の肩が跳ねたと思うとガタガタと体全体が揺れ始める。
「──ほんと、君は最低だ。恐怖で縛り付けるなんて。君は一度生まれ直した方がいい。」
突如真剣な顔付きと声音になる。胸倉を掴んでいる男は思わず怯んでしまう。
「な、何が生まれ直した方がいいだ! てめえの方こそ死ねや!」
拳が振り下ろされる。さすがにマズいとバサラが動こうとした時、すでにその拳は赤い髪のフィアーによって止められていた。
「なんだてめえ邪魔するな!こっっのっ──!」
フィアーの手を振り払おうとするがビクともしない。腹を蹴ろうとする。しかしそれは蹴り上げられ股関節の硬い男は痛さに苦痛の表情を浮かべる。
一体いつの間にあそこに。全く気づかなかった。ひとまず私も加勢しないと。
バサラがそう思った時にはすでにフィアーが男を無力化していた。足払いをし、地面に倒れたところを一撃入れて気絶させた。
「大丈夫ですか?」
バサラが胸ぐらを掴まれていた男性に声を掛ける。
「俺は大丈夫だ。それよりも──お嬢さんもう大丈夫ですよ。あの男は今気絶してますから。」
「すみません、ありがとうございます。全く知らない人で突然髪の毛を引っ張られて、もう、どうしようかと。」
「無事なら良かった。あと、お礼は彼女にも言わないと。」
アタシ?と自分に指を差す。
「ありがとうございます。お強いんですね。」
笑顔で礼を述べる女性はどこかぎこちなく。少し手が震えていた。フィアーは察する。アタシが怖いんだな。別に珍しいことではなかった。村では当たり前のこととして受け入れられていたが、外に出るとフィアーの力は異常に映る。男ならまだしも女とあってはなおさらの力なのだ。
「フィアーさん!」
「あ、バサラ。ごめんねー勝手に動いちゃって。早くお茶飲みに行こ!」
そんな呑気なフィアーにバサラは力なく笑う。
その二人の近くで
「あの、もし良ければお名前を教えていただけませんか? それとお礼を兼ねてお食事をご馳走したいのですが。」
上目遣いで男を誘う。危機的状況を助けられたのだ無理もない。さらに男は見目が良く、端的に言えば惚れてしまったのだ。
男はしばらく考えたあとにっこりと笑って
「申し出はとても嬉しいがすまない。俺は君みたいな女性は全く好みではないのだ。気を持たせるようなことをして悪いと思うが、俺は君じゃなくても助けたさ。君の次の恋に幸があらんことを。」
ばっさりと女性を切り捨てる。そこには罪悪感はない。そのままフィアーの目の前へと立つ。
「ど、どうかしましたか?」
突然目の前に立たれて戸惑いつつも訊ねてみる。すると先程と同じようににっこりと笑って
「あなたに惚れました! ぜひとも結婚前提にお付き合い致しませんか! いえ、結婚で構いません。結婚しましょう。俺はもうあなた以外考えられないのです!」
「………………ええーー!?」
人生初の告白。叫ばずにはいられなかった。
「で、人が治療受けている間に男を引っ掛けてきたってわけ?」
「引っ掛ける気はなかったの! アタシもどうしてこうなったか分からないの!」
「なに、単純なことだ。俺がフィアーに惚れただけなのだ。ということでフィアーを俺にくれないか?」
バルト達が泊まる宿の食堂のテーブル。そこにはユウナとカナリア、バルトはもちろんのことバサラ達もおり、さらに昼間フィアーが助けた男とその従者が一堂に会していた。
「それはフィアーが決めることだ。どうするフィアー。」
バルトがフィアーに訊ねる。しばらく押し黙った後口を開く。
「アタシは魔王を倒す。そのためにここにいるんだ。それに会ってすぐの男と付き合うとかないでしょ。」
その言葉に何故か男、アハトは満面の笑みを浮かべる。どこに喜ぶ要素があったのか誰にも分からない。
「アハト様。望み薄なので諦めてください。そして即刻ここから立ち去り帰りましょう。一瞬の内に散る恋ほど素敵なものはありませんからそれを手土産に帰りましょう。」
従者のキルタールが物申す。言葉の端々からアハトを帰したくてたまらないらしい。こちらとしてもそれがありがたいとユウナはアハトを見る。
「キルタール。すまないがそれは無理だ。この恋は散らない、枯れもしない。俺はもうフィアーしか考えられないのだ。」
フィアーを見て答える彼は堂々としている。思わずとフィアーも赤面する。
「……なあ、アハトって言ったけ? あんたいくつなん?」
頬杖をつきながらテーブルの端に座るエンラが訊ねる。
「俺か? 俺は32だ。ちなみにキルタールは21だ。キルタールはこの若さですごく優秀でな。もし良ければどうかな? 傭兵で一生はさすがに無理があると思うが?」
「ご忠告どうも。だけどアタイに結婚願望はなくてね。それにキルタールくんもこんなおばさん嫌だろうしさ。」
「おっとそれでは俺もおじさんということか?」
「さあ? アタイの年齢も名前も秘密事項なんでね。それは分からないねぇ。」
エンラさんの機嫌が悪い。無理もないか。だってエンラさん一度も傭兵だなんて言ってないし。
「つまり、年齢差を考えろと言うことだな。そんなもの考えても仕方ないだろう。たとえフィアーが俺より16ほど下だとしても構わない。フィアーの年齢に惚れたのでない。彼女自身に惚れたのだ。」
これはダメだとキルタールが呆れる。
「返事はすぐだと嬉しいが俺はいつまでも待つ。ずっと待つさ。だからこれだけは覚えておいて欲しい。アハトという男が君を好きだということを。」
バサラは諦めた。フィアーをどうにかするということを。彼女の心はすでにアハトに持っていかれてしまった。あんな情熱を受けたら同じほどの熱を与えなければ無理だ。私にそれは出来ない。伴侶とするならあんな力強い女は無理だ。
バサラは別に誰も好きではない。女を抱くのは快楽のため、魔力のためだ。愛情など求めていない。それを知っているのはコーリンとエンラ。コーリンはそんなバサラが何故か好きでエンラそういった面を嫌っている。
実はバサラはそこまで人に好かれない。表面だけに留まり、結局は離れていく。本音を出すことも無いまま表面だけを見せる生活は何年にも渡り、本心が分からなくなっていた。彼としても誰か信頼のおける人間が、と思うことはあったがそんな人物と友達になるのはずっと後となった。
翌日。ユウナを朝日を拝み清々しい気分でいた。夜のうちに壊死した箇所が完治したのだ。
フィアーがまさか告白されるとは。昨日はびっくりした。これはバルトの錯覚の恋心も消えるな。
フィアーのバルトに対する恋情は憧れだった。それを自身がというより、周囲が恋だと度々言うことがあったので恋なのかな?と半信半疑でいたため恋する乙女みたいな反応をしていたのだ。
ちなみにアハトとキルタールは昨夜のうちにヨモギから去っていった。元々その予定で最後までフィアーに告白をかましていた。
ユウナは完全復活を果たした。バルト、バサラ共にヨモギに留まる理由は完全に消えた。一緒に旅をするという案が出たがバサラがそれを一蹴した。予想外の人物から、というのもあり、特にエンラが驚いていた。
「エンラさんともっと話したかったなー。」
「ならフィアーちゃんだけあっちに着いていく?」
「ちょ、カナリアひどい。」
くすくすとカナリアが笑う。カナリアにも後遺症は残らずこの通り元気だ。
バサラさんが断ったのはきっと私のせいだろう。あれから視線が痛くて仕方なかったし。
「それにしてもフィアーちゃんが告白されるなんて。」
「フィアーに告白するとか頭おかしいんじゃねぇの──いてっ! 何すんだよユウナ!」
「何もおかしくないでしょ。フィアーはモテるんだから。」
バーナーに拳骨を落として答える。フィアーはモテたそれは本当だ。村ではフィアーかカナリアどっちがいいか? と男共の間で一度はなされる会話な程に。
まあフィアーのこの性格と力強さのせいで告白はされなかったけど。
「──ゆ、ユウナはどうだったんだよ!他の三人は分かるけどお前は!?」
「私? 生憎だけど色恋沙汰は一切なかった。この格好から分かるでしょ。村でも常時こんな格好だったの。」
もし、父さんと母さんが生きていたら違っていただろうけど考えたところで意味の無いことだし。
「はっ!だっさ!」
「……ユウナちゃんはダサくない。その格好は、その格好は……!」
「カナリアありがとう。でもダサいことに変わりはないから。」
どこか苦しそうな表情のカナリアに力なく笑う。
「そーだ! 次街に寄った時ユウナの服買おうよ! バルトもいいと思わない?」
名案とばかりにフィアーがバルトの肩に腕を起き提案する。
「いいんじゃないのか? 金はあるし。」
「ちょ、待って。もったいないからいいって! 服いらな──」
「買おう!ユウナちゃんの服! 私が見繕うから!決定!」
ユウナの言葉に被せて興奮気味に主張してきたのカナリア。テンションの上がりようが今まで見たことの無いもので気圧される。
「そうと決まれば次の街に! ほら! バルトくん何のんびり歩いてるの!」
バルトを追い越し急き立てる。
「……よかったなユウナ。」
にっこりと笑ってくるバーナーにイラッとする。
「バーナーの服も選んであげるから──覚悟しとけ。」
と、ユウナの服を買うことになったがそれなりの服屋のある街になかなかたどり着かず話は自然となかったことになった。結局ユウナの服装は旅が終わるまで大きな変化はなかった。
「……服買ってあげようか?」
「いい。あと、その話絶対カナリアの前ではしないで買うから。」
だからアカネ哀れみの目は向けないでくれ。なんだかんだこの服を気に入ってるので、と平気な顔で返す。
この服は母さんもしていたから思い出が詰まっている。道具も母さんから受け継いだものもあるからその含めてずっと身につけていたいのだ。
「ならそう言えばいいのに。」
「言ったらみんな気にするだろうし。なによりバーナーなんかしばらく落ち込むから。」
「なんでそこでバーナー?」
そうか、まだバーナーと出会った時のこと話してなかったんだ。彼は家族をこの上なく大切にしているから他人の家族に関することでも馬鹿にしない。この服装に関しても言ってしまえば傷つくだろうし。
「ねぇ、なんでバーナーは魔物なのにあんた達の仲間なのよ。今から倒しに行くのは魔物の元締の魔王なのに。」
魔物か。いや、そうだよね。魔物になるんだから魔物と思われるよね。
「バーナーは魔物と人間のハーフだよ。丁度いいからバーナーの出会いについて話すね。」




