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 ユウナを背負ったままバーナーはバサラ達を置いてさっさと廃墟から出ていた。既に月が上り、星が輝いている。

 人通りも少なったがそれゆえ傷だらけの二人はすれ違うたびに不審な目を向けられる。


「……バーナー。もう歩ける。」


 ユウナはずっと起きていた。一度は地下で気絶していたがバサラとエンラの声に起こされたのだ。起きていると言うに言えずバーナーにおぶられていた。


「黙ってろ。」


 ユウナを背負い直す。腕にさらに力が込められた。

 これは大人しくしてるしかないのか、な?


「それならせめて人目の少ない所通って。大通りは目立つ。」


 さっきからちらちら見られて恥ずかしいんだ。バーナーに頼めば何も言わず細い道へと入ってくれる。


「──ユウナ。お前、勇者だったのか?」


 バーナーの問いにユウナは暫く考える。そして口を開く。


「……見て、たのか?」

「ほとんど。お前が剣を躊躇なく振って光の斬撃を飛ばしてるところを。で、お前は勇者なのか?」

「勇者じゃない。」


 これは断言する。私は勇者なんかじゃない。


「勇者はあの二人、バルトとバサラさんだけ。私は──ただの面倒臭がり。勇者を断ったただの人だよ。」


 そこまで言えば何が幼いときあったかバーナーにもわかる。


「これカナリアとフィアーは知らないから黙っておいてね。」

「それはいいけど……どうして村を出たんだ?勇者じゃないなら村に残っても良かっただろ?」

「……私が逃げたせいで誰かが傷つくんだ。少しでもそれを肩代わりしたい。負うべき恨みも痛みも私が請け負って負担を減らしたいんだ。」


 それにバルトを死なせることなんてできない。大切な幼なじみだ。村で育った仲間だ。ぎゅっとバーナーの前で手を握りしめる。


「そう言えばいつの間に喋れるようになったの? カナリアに解いてもらった?」

「……そうだ。」

「ふーん。良かったじゃん。さすがに半日も喋れなかったもんね。」


 一安心したようにユウナが言うがバーナーは喋れるようになった理由はしっかり分かっていた。ユウナに心から謝りたいと思う。そうだ、あの時俺は──。




 体のあちこちが痛む。破裂音に空を斬る音。ゆっくりとバーナーが目を開ける。すると誰かの、いや、ユウナの背が目に入る。


「どうした? 守ってばかりでは私は倒せないが。」

「それはどうかな──くっ!」

「ふん。その後ろの半端者を見捨てれば良いものを。私としても私たちの格を下げるようなゴミは消したいのでね。」


 半端者。その言葉はバーナーを苦しめる。魔物と人との間に出来たバーナーは孤立していた。どこにも馴染めず、嫌われ、両親と人目を隠れて暮らしていた。


「誰がゴミだ!私の仲間をバカにするなぁ!」


 剣を盾にしてユウナが突進していく。


「ゴミをゴミと評して何が悪い。賢いものだと思ったが──所詮愚かな人か。」


 黒い針が魔物の周りに現れる。魔物が手を振り下ろす。無数の針がユウナへと飛んでくる。

 剣で弾いているがユウナの体に針がいくつもの傷をつける。


 どうして、どうして避けないんだ。そこから退けば、受けないのに。


「はっ! 後ろのゴミを守ったか。ああ、可哀想なほど愚かだな。」


 悲しそうな声音だがその顔はユウナを嘲笑っている。


「だから──ゴミって言うなぁ! 」


 ユウナが床を蹴る。今度は剣を盾にせず。


「ふん。愚か者よ。死ぬがいい。」


 今度こそと、先程より多い黒い針が飛んでくる。


 ──動け! 動けよ俺の体! まだ、謝ってない! お礼も何も出来てない。俺を認めてくれた大事な仲間なんだ!


 そう思っても体は言うことを聞かない。


 ユウナは勇者の剣を構える。


「薙ぎ払え!」


 ユウナがそう叫ぶと剣が輝き出す。ユウナはそれを横一線に払った。光の綺麗な斬撃が針を全て消す。酷い衝撃が広がる。屋敷全体を揺らすほどではと疑うほど。


「ふっ──やはり、勇者相手では分が悪いな。」


 黒い針が全て消えるのを見ると魔物は肩から力を抜き、攻撃の姿勢を止めた。

 ユウナはゆっくりと魔物前へと歩く。


「気になっていたが女。お前は魔物に対してさして恨みを持っていないみたいだな。どうしてその剣を持った?」

「それは最初に言った。私の仲間に手を出した。それだけでお前は私の敵だ。」

「つまり、別の女だったらお前は倒さない、と?」

「そもそも気づかなかった。それにだ。私の仲間を侮辱したんだ。生かすものか。」


 すっと勇者の剣を魔物の喉元へと向ける。魔物はさして怯えることなく飄々としている。


「それよりお前は抵抗しないのか?」

「伝説の剣を相手にか? それはあまりに愚かというものだ。」


 諦めか。しかし目の前の魔物には誇らしさがある。


「最後にいいか。お前の名前は?」

「──ユウナ。ただの勇者一行の仲間だ。」

「ユウナ───人間らしく酷い名だな。」


 魔物の首が落ちる。その顔は最後まで人を見下した顔だった。


 ユウナは力を失った魔物を一瞥するとカナリアへと近づく。その足取りはふらふらだ。カナリアにシーツを被せる。カナリアを抱えようと胴へと腕を潜らせようとした所で後ろへとまるでスローモーションの如くユウナが倒れる。


「──ユウナ!」


 半日ぶりの音は仲間の名前だった。




 地下でのことを思い出してバーナーは暗い顔になる。

 あの時、あの屋敷にいた時。ユウナの髪の色が変わっていた。特に地下では髪が明らか伸びていた。バルトの髪色が変わった所なんて見たことがない。これが意味することが何なのかは俺には分からない。でも今言うべきは──


「ユウナ……守ってくれてありがとう。」


 その言葉は素直に口から紡がれた。ずっと言いたかった言葉なのかもしれない。初めて仲間になった日? いや、出会った日からユウナは俺を対等に扱ってくれていた。


「当然でしょ。大切な仲間なんだから。」


 特に恥ずかしげもなく言い切るユウナにバーナーは静かに前を向いて笑った。



 それから宿に戻ってからが大変だった。バサラ達が先に戻っていたせいで行方不明や、また攫われたのかなんて心配されたり。フィアーからは平手打ちの後バーナー共に抱擁された。目が腫れていたので泣かせてしまったと後悔する。次勝手に飛び出したら気絶させてでも止めると半ば脅しを受けた。


 そして、キアラに支えられてバルトが


「ありがとう。おつかれ。」


 それだけ言うと眠るという器用なことをしでかしてくれた。

 キアラ曰く、まだ毒は抜けきっていない。ただ明日になれば完治する、と。

 私達が戻るとまるで知っていたかのように起き上がったと。


「ごめん。寝ていい? 疲れた。」

「俺も。」

「あ、そっか──て、バーナー喋ってる!」

「なんだよフィアー! 俺が喋っちゃ悪いか!」

「そんなこと気にしない。ほら行くよ。」


 バーナーの服の後ろ襟を掴んで引きずる。階段を上がると部屋の前にバサラが扉を背に立っていた。


「どいてくれませんか?」


 些か挑戦的に言葉を放つ。


「あの地下で何があったか聞かせてくれませんか?」

「……明日朝5時に一階で。寝たいので、退け。」


 今度は素直に扉の前からズレてくれる。


「おやすみなさい。いい夢を。」


 部屋の中へと入る。

 ああ、なんて面倒な奴だ。あそこで言わないとでも言ってたら根掘り葉掘り聞いて邪魔してきただろうし。バルトに突っかかられたらそれはそれで面倒なことが起こっただろうし。


「俺あいつ嫌いなんだけど。すげーいろんな女の臭いがするんだ。」


 嫌悪感をいっぱい顔に出す。


「女の臭い? ああ、バサラさん先々で女性抱いているみたいだよ。」

「だっ……! 女がそんなこと言うな!」


 何故かバーナーが顔を真っ赤にする。そう言えばこの手の話題苦手だったな。


「お前なんでそんな所で純粋なんだよ。まあ、だからいろんな女の臭いがするんじゃないのか? さっさと寝るぞ。」


 ベッドに入れば二人とも疲れから一瞬で眠ることが出来た。その寝顔はとても穏やかだった。




 日が上り始めた時刻。貿易で栄えるここは人の動きがすでにある。


「おはようございますユウナさん。」

「おはようございます。本当に来たんですね。」

「ええ、知りたいので。」


 にっこりと笑顔を絶やさない。バサラ。朝から元気だなとユウナは心の中でため息をつく。


「それであの時地下で何と会ったんですか?」

「グルメイア。カナリアが攫われたのは子種を注ぐためだよ。」

「それなら地下のあの女性達は……!」


 地下に入ったのか。なら、次聞かれるのは──


「──あの女性達を殺したのはあなたですか?」


 バサラ達が地下に行くとそこには剣により刺殺された女性の死体が大量にあった。どれも苦しみが少ないよう的確に命を断てるよう殺されていた。そしてその近くで枯れて死んでいく魔物の子供。


「グルメイアの子供に何もしていなかったのはどうしてですか?」


 そのまま死ぬからか。だから殺さなかったのか。そう目で問いてくる。


「女性達に話しかけると基本反応がなくて、意識がある人がいた。でも、最初に発したのは誰も殺して、死にたい、生きたくない。そんな言葉だけ。」

「──だから殺したと?」


 ユウナは優しく笑って頷く。


「──殺人鬼が!」

「じゃあなにか! あの人達を保護して生かせと!? 既に生きることを止めていたのにか! 悪いけど私はそこまで善人じゃない。当人が望むなら殺す。」


 掴みかかってくるバサラを振り払うことなく声を荒らげて答える。日差しが二人を照らす。


「なら、ならあの魔物も殺すべきでは……!?」

「生憎だけとバサラさんと違って私は魔物自体に恨みはない。個人的な恨みは自分で精算してくれませんか。」


 そっとバサラの手を体から離す。バサラの目元が鋭くなる。怒りか、恨みかそんなことはユウナにとって些細なことだ。


「あなたは魔物を容認する……と? あのような化け物を? 暴利を貪り、悪逆の限りを尽くし、それでもなお外道であるあいつら?」


 理解できないと頭を振りユウナに不審な目を向けてくる。その目は異常と捉えていた。


「きっとバサラさんと私が見ている、いや、見えている世界が違うんです。これ以上あなたの言葉を聞いたところであなたと同じ気持ちを抱くこともないです。地下での出来事はこれぐらいです。グルメイアであった領主はバーナーが倒しました。それじゃあ失礼します。」


 バサラに背を向けて部屋へと戻る。まだ誰も起きてない。扉に背を預けると肩の力を抜く。

 別に私も好きで殺してるわけじゃない。

 ただあの惨状を見てそのままにできるか? 無理だよ。出来ることなら助けたかった。けれど生かしたところで人として生きれるのか。あのまま地獄を生きるなら……。

 そこまで考えて頭を振る。考えても無駄だ。もう私の手は血で濡れている。バーナーには酷なものを見せたな。


 あの時バーナーに支えられた後、カナリアを起こす前に囚われている女性の元へと向かった。虚ろな目をして焦点があってない。


「……あ、もう、いや。こない、で。」


 か細い声が喉からなる。


「死にたい……ばけもの……殺して。」


 その声に覇気はない。意思も感じない。バーナーがユウナを支えながら悲痛な顔をしている。

 剣を杖にしてユウナが女を見下ろすまで近づく。未だに女はユウナを見ない。

 剣を女の喉へと立てる。すっと無表情のままそれを下ろす。悲鳴すら漏れない。痛みさえ消えているのか。赤いシミが広がる。それを眺め剣を抜く。


「あ──。」


 小さな声。聞こえないふりをする。聞いたところで何にもならない。

 バーナーに顔を向けると青い顔をして震えている。


「──ユウナ、やめろ。俺が。」


 優しく笑って頭を横に振る。肩に手を置いて何もするなと伝える。

 視界の端にグルメイアの子供が見える。このまま放置すればいずれ死ぬ。余程の酔狂物じゃなきゃ育てやしない。もし仮に成長してもそれはユウナの与り知ったことでは無い。ただ、

 ──仲間に手を出したら殺すだけ。

 それだけを胸にユウナは牢屋にいた、死んだ人間を殺した。


 ズルズルと床に落ちる。手が震えているのが分かる。

 初めてだ。誰かを守るためでもなく、また、罪のない人を殺したのは。握りこぶしを作りベッドに目をやる。そこには穏やかに眠る仲間がいる。

 いい。みんなが無事なら、傷つかないなら。いくら私の手が汚くなろうと、隣に立つ資格がなくなっても。いつか離れるから。その時までは──


 少女の暗い決意は誰も知る由のないものだった。

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