16
鼻をひくつかせて匂いを辿る。匂いがあれば迷うことは無い。幸い天気は良く二人の匂いはハッキリと残っていた。ただ匂いに導かれるままに走る。
そして辿り着いたのは街の中心地にある大きな屋敷。昼間バルトとコーリンが訪ねた場所で間違いなさそうだ。
堅牢な扉を前にバーナーの背に乗ったままユウナが魔力を込めて勇者の剣を振りかぶる。
『え──、ちょ、ユウナ何するつもりなのだ!?』
「──どりゃあ!」
『ユウナーー!!』
扉に向かって剣をほおり投げる。伝説の勇者の剣は扉に負けることなく突き破る。
「きゃああああああ!!」
「何事ですか!」
人が居たのかたくさんの人間の悲鳴と驚きの声がする。大きな家だ使用人も沢山いるのだろう。
「──突っ込め!」
バーナーが地面を蹴る。扉へと一直線に向かっていく。また大きな音を立て扉がさらに破壊される。
「魔物よ! 誰か! 自警団を!」
喧騒が二人を包む。嫌悪の目が二人を射る。しかし、そんなものは意に返さない。
バーナーが匂いを嗅ぐ仕草をする。当たりを見渡しある方向にピタリと顔を止める。
「そっちか……バーナー頼んだ!」
バーナーが剣の落ちている所に走る。ユウナは手を伸ばして拾い上げる。そのままスピード上げてカナリアの匂いがする所へと向かう。
「ファイヤ!」「ウォータースライス!」
多方向、離れたところから火の玉と水の斬撃が沢山飛んでくる。二人に当たる寸前、バーナーが跳ねる。人の頭を優に超え、玄関から見える2階の廊下へと移る。
「ひっ! こ、来ないで!」
メイドが怯えて腰を抜かす。メイドには目もやらず建物の内部の廊下へと走る。
「魔物風情が!止まれぇ!」
廊下の前方に武器を持った男が現れる。屋敷で雇われている傭兵だろうか。斧を構え迎え撃つ準備をしている。ユウナは息を大きく吸い込むと
「邪魔をするなどけぇ!」
立ちはだかる障害物を睨みつけありったけの怒声をぶつける。しかし、それで引くわけもない。逆に獰猛な笑みを浮かべ始める。
「────!」
バーナーが口を大きく開けて飛びかかる。
「はは!なんだ魔物にしちゃあちゃちいなぁ! 俺の斧で真っ二つだ!」
バーナーの胴を狙おうと上を見上げる。目はバーナーを追っている。傭兵はそこで気づけばよかった。背に乗っていた人が居ないことに。
「──がっ!」
飛びかかるバーナーを見ていた傭兵の腹に思い一撃が入る。目線を下へとずらすと背に乗っていたユウナが鞘に入ったままの剣を叩き込んでいた。
「退けと──言っただろう!」
振り抜く。そこに一切躊躇いはない。焦りが見える表情のまま再びバーナーの背に乗る。途中下へと続く階段を下りて一階の廊下を走る。そこからある一室の扉の前に来るとそこに体当たりをかました。
「──!」
バーナーが扉に触れる寸前飛び退く。
「どうしたバーナー。」
「──。」
流石のユウナもこの状態ではバーナーの言いたいことが分からなかった。仕方ないので別の者に聞くことにした。
こいつだけは嫌なのに……。
諦めてユウナは頭の中で語りかける。
『おい、変態。あの部屋どうなっている?』
『んあああ!待って、今イイところなのー! ユウナの魔力が沢山とか、我どうなっちゃうのー──ぎゃあ!』
あまりの気持ち悪さにユウナは剣で床を思い切り叩いた。
『うわー、雑魚ユウナのくせにそんな変態に纏われてるとかかわいそ。』
『脳内だと会話できるみたいだな。あとそこの変態。この部屋はどうなってる?』
『なにこれ流石に扱い酷くないー? 我伝説の剣ー。まあ、ユウナの頼みだからいいけどー。その部屋にはロックがかかっておる。何重にもそれも強力なものがのお。二人には全くわからんと思うが我なら解けるよー。』
そうかなら。ユウナはぐっと剣を持ち直す。バーナーの背から下りると扉の前に立つ。その時バーナーは気づいた。ユウナの髪の色が薄くなっていることに。しかし、明るい建物のせいだろうとすぐに流した。
ユウナは構える。そして剣に魔力を流す。淡い光が剣から漏れ出す。
『これで十分か?』
『もっちろーん! ああ! ユウナの魔力やっぱ最高! ──そのまま振りおろせ、我が魔法ごと扉を破壊する。』
ひやりとする。突然雰囲気の変わった勇者の剣に恐怖を覚える。圧倒的な強者感。呑まれないよう殊更強く剣を握る。
『あっ、ちょ、ユウナ優しくしてぇ〜我ほんとやばいから。』
前言撤回。いつも通りだ。勇者の剣の言葉は無視して剣を強く握り振りかぶる。
目の前の扉を破る。目の前にある障害物を破壊したい!
ずっと昔勇者の剣で魔物を倒した時を思い出す。その時私は思いながら剣を振り下ろした。なら、今回も!
「──はああああああ!!」
光の奔流、斬撃が剣から放たれる。それは扉を覆う魔法をも破り扉を破壊する。けたたましい音ともに扉が原型を無くし部屋の中が顕になる。
そこは古びた書庫で明かりは蝋燭しかなく暗い。いや元々はもっと明るかったのだろうが扉の破壊で蝋燭が何個か消えたのだ。
カナリアはどこにいるんだ?左右を見ても本棚しかなく行き止まりだ。
バーナーがのっそのっそと書庫へと入ると臭いを嗅ぎ始める。地面すれすれまで鼻を寄せて嗅いでいる。左右に顔を振りながらカナリアの臭いを辿るとある本棚の前に止まる。
「まさかこの下か?」
正解だと言うようにたしたしと前足で床を叩く。
当該の本棚を見ると本がぎっしりと入っておりとてもじゃないがずらすことすら出来そうもない。
もう一度上から下まで本棚を見てみると一箇所だけ一冊分空いていた。
「ここに本を入れればいいのか?ほかの本棚にちょうど良さそうなのは……。」
本棚を順番に見ていくと一箇所、シリーズ物の中に違う本が1冊交じっていた。タイトルもない隙間にピッタリな大きさの本を取り出すとそれを隙間にはめ込む。
少し離れて様子を見てると本棚が揺れ始めてその存在が不確かな物へとなっていく。徐々に透明なものになっていき最後には消えてしまった。そして地下へと続く階段が目の前に現れる。
こんな簡単な仕掛けでいいんだろうか。すぐにバレそうなものだけど。
『そもそもこの部屋に入られないように想定しておるからこれはただの時間稼ぎよー。その証拠にほれ、聞こえるのー。』
勇者の剣の言葉で足音が近づいていることに気づく。
あれだけ派手に壊せばそうだよなー。
「バーナー急ぐぞ!」
バーナーが先頭切って階段をかけ下りる。それに続いてユウナも下りていく。
「これ後ろから来るよな……。」
『その心配はないぞ。あれは誰かが通って暫くするとまた元に戻る仕組よー。』
それなら一安心だ。戻る時はぶち壊せば問題ないし。
『……ユウナって結構大胆よな。まあ、そんなユウナも我大好きよー。』
ユウナは勇者の剣の言葉に何も返すことなくバーナーの後を着いていく。
暫く下りていくと階段が終わるところが見える。
「バーナー、一旦止まって様子を見るぞ。」
階段の所から覗くとそこは牢屋だった。しかし牢屋一部屋一部屋にベッドと揺りかごがあり女が四肢を力なくだらけさせベッドに横たわっていた。
牢屋にばかり目に行くが一番奥牢屋のある空間には似つかわしい天蓋付きのベッドがありそこに下着姿のカナリアと男がいた。
カナリアは別に吊るされている訳でもないのに両手を縛られたように腕を上げている。気は失っているみたいだ。
そんな状態のカナリアを男が撫でている。その手つきは淫らでユウナは少しばかり恥ずかしくなったがそばにいる男の方が恥ずかしがっているようなので冷静になる。
「──ああ、なんと美しい女か。肉感、瑞々しさ、若さゆえか。いや、これはそれだけでは無い。生来のこの女の持つ美しさ。老いても別の形で現れるこの美しさは素晴らしい。それにこの魔力。眠らせるのに時間がかかったが安いもの。」
するりとカナリアの喉から胸を指で撫でる。その手はカナリアの下腹部へと到達する。
「はやくこの女を孕ませたい。私の子を成して欲しい。この女ならいつまでも飽くことなく注げる。」
愛おしそうに下腹部を撫でていた手は徐々に下へと下半身へと下りていく。
「──ぶっ殺す。」
その言葉が漏れると同時にユウナとバーナーは同時に飛び出していた。
ユウナは剣を、バーナーは牙を男に浴びせようと飛びかかる。
「無粋な。見られるのも悪くないと放っておいたものを。」
「なっ──!」
「──!」
ユウナとバーナーは驚く。見えないシールドに阻まれて男に攻撃出来ないのだ。
「ふん、死ね。」
男がひと振りすると黒い斬撃が二人を襲う。情けないことに二人ともかわせず吹き飛んでしまう。
「なかなかしぶといな。──ん、その剣は勇者の……そうかこの女の仲間か。そっちも同じか。しかし、お前もしや人と魔物のハーフか。」
その言葉にビクリとバーナーが揺れる。
「ははっ! 当たったか! そうか、半端者か。人にも魔物にもなれない未完成品。どちらの種族からも裏切り者として扱われる哀れな奴か。」
「────!!」
「バーナー待て!」
バーナーが再び男に飛びかかる。怒りで我を忘れている。男は愉しそうに笑うと再び黒い斬撃でバーナーを攻撃をした。流石に二度目は避けたバーナーだったがまたシールドに阻まれ激突する。
「なんだ、そんな怒って。事実だろ。今まで散々疎まれて生きてきたのだろう。誰も信じない。誰も信じられない。私だってお前のような半端者。──同族だと認められるわけないだろう。」
愉しそうな様子がなりを潜める。
「お前ごとき私の前で息をするな。」
黒い球体がバーナーを包む。そしてそれは弾ける。
大きな破裂音と共に傷だらけのバーナーが地面に倒れる。
「バーナー!!」
「次はお前だよ、人間。しかし、どうしてその剣を持っている。それは勇者しか持てないのだろう。」
その問いを聞きながらユウナはちらりと牢屋の中の揺りかごの中を見てしまった。その中には人間の子はおらず紫色の肌に黒い尻尾に禍々しい角の生えた魔物の子がいた。
目を見開いて目の前の男を凝視する。
「もしかして見たか。そうだ。私は魔物だ。私は──。」
「──グルメイア。人間の腹に子種を注いでそこから人間の子と同じように生まれる。」
「ほう、よく知っているな。」
そこで初めて男がしっかりと笑った。
「しかし、繁殖力に乏しく幼い頃は脆弱。生き残る物は多くない。」
「愚者ではないな。賢い女は好きだ。馬鹿は扱いやすいがそれまでだ。産まれてくるのも出来が悪い。」
「お前はここに人間を集めて後継者を作り上げていたのか。」
「ああ、そうだが。それよりも私の質問に答えろ。何故お前がそれを持っている?」
目の前の男が変貌していく。薄紫色の肌。禍々しい尾に角。とても人間とは思えない。
ユウナは剣を構える。生きるために殺すのは人も悪魔も同じ。繁殖のためにそうするしかないのも仕方ない。しかし、仲間に手を出したのなら別だ。仲間を傷つけたのなら許しておけない。
「答えろ! 人間!」
「私は──勇者の剣に選ばれた人間。覚えなくていい。お前はここで殺す!」
剣を構え雄々しく叫んだ。




