15
だいぶ遅れました。
三人はひとまず手頃な宿を探すことにした。さすがに人数分の個室が空いているところは簡単に見つからず全員が同じ広い部屋にということに落ち着いた。その部屋には仕切りがあり最低限は隠すことが出来る。
「────?」
「ああ、あの二人なら大丈夫。私のいるところに来れるから。」
「?」
「……。」
あまりに自然なバーナーとユウナの会話にフィアーは反応することを止めた。
「のんびり部屋で待とうよー。どうせどっかの貴族やお偉いさんの家でご飯食べてるって。」
「確かにそうだね。それに単純に休みたいし。バーナーもそれでいい?」
「──。」
首を縦に振る。同意であることは流石のフィアーもわかる。
三人が部屋に行こうとしたところで
「あれ?フィアーちゃんじゃねぇか。それにユウナちゃんも。」
僅かにだか聞き覚えのある女性の声がユウナとフィアーの耳に入る。声のする方を向くとそこには前と同じ服装のエンラとキアラがいた。
「ユウナお姉ちゃん。」
そう言ってキアラが目を輝かせてユウナの隣に立つ。そして手を握る。ユウナも特に振り払いもせずに手を握られる。
「────、─。」
バーナーが嘲笑う顔で何かを言う。しかし口をぱくぱくと動かしているようにしか見えない。
「いい加減うざい。」
「──!」
ユウナがちょうど隣にいたバーナーを小突くというよりはどついた。脇腹を押さえて悶絶している。
「えーとそいつはお前らのお友達か?」
「あはは、一応仲間なんだよねー。ちょっと今喋れないんだけど気にしないでー。」
フィアーは苦笑するしかなかった。
「今は喋れないって変だな。」
「……魔法がかかってる。小鳥の魔法。」
ユウナの隣でハッキリと正解を出すキアラ。
「よくわかったね。それと小鳥ってカナリアのこと?」
こくりと嬉しそうにどこか誇らしげに頷く。
「へーあの子がねー。なんだいほかの女と喋るなーって嫉妬かい?」
カナリアが女に嫉妬。その場面を思い浮かべようとフィアーとユウナが試すが少しも出来ない。想像すら出来ないのだ。
「そういうのじゃなくてこいつがあんまりにもユウナの悪口ばっか言うからカナリアがついに怒ったんだよ。」
バーナーの頭を掻き回す。うっとおしそうに顔を顰めているが力で叶わないと分かってるのか無抵抗だ。仮にユウナがやれば一瞬で手を叩かれる。そんなことをすることはないだろうが。
「そういえばバルトくんとカナリアちゃんはいないのかい?」
「ああ、二人はなんかよくわかんないお偉いさんに挨拶だって。」
「へえそうなんですか。会いたかったのに入れ違ってしまったんですね。」
男の声がする。その人物はバサラで隣にコーリンもいる。
「お久しぶりですねフィアーさまにユウナさま。」
「お久しぶりです。」
「おひさー。」
ぺこりと頭を下げるコーリンにユウナとフィアーが挨拶を返す。その横でバーナーは警戒しているのか二人を睨んでいる。
「あら? そちらのお方は初めましてですよね。」
バーナーに気づくと首を傾げてバーナーの方を見る。 見つめられるとまるで子犬のように威嚇しながら何故かユウナの背中に隠れてしまう。
「えーと……嫌われてしまったのでしょうか?」
「恥ずかしがり屋なだけですから。」
そう言うユウナはバーナーを無理やり出すことはしない。守るように隠したままだ。
バーナーは訳あってか貴族が苦手だ。未だ面と向かい合うことが出来ない。本人は何故か克服したと思っているのが。
「そういえばユウナさん。あの男死んでいたみたいですよ?」
「あの男?」
あの男。そう言われてもまったくぴんと来ない。
「以前私達が遭遇した魔物に加担する男です。あの後魔物と戦っている最中に逃げていましたが死んでいるのを発見されたのです。」
「よく私達と会った人とわかりましたね。顔でも覚えていたんですか?」
「いえ、その男は魔物に加担する人間としてどうも有名だったようで。覚えていなくてもわかりましたよ。」
そうか。死んでいたか。それはそうか、あの毒は大人でも死ぬほど強力だしな。
「良かったじゃない。そんな半端な男いたってさ。」
フィアーからその言葉が出るとバーナーがユウナを服を握りしめた。
「ちゃんと自分は魔物の味方で人間の敵だって言えば容赦なく叩きのめすってのにさ。」
拳を握りあっけらかんと言い放つ様はかっこいい。フィアーの続いた言葉に服への力は消えた。フィアーは別に馬鹿ではない。それよか優しい子だ。バーナーやバーナーの家族を傷つけるわけがない。
「みなさんそうでしたらどれほど楽でしょうか。不浄はなかなか落とせませんね。」
「ほんとうに。早いとこ魔王を倒し魔物をこの世界から消さないと。」
コーリンとバサラ。この二人は典型的な貴族で人間だな。魔物を絶対的な悪としてる。いや、悪いことではないが善いこととも私たちにはもう言えない。
「バルトとカナリア遅いなー。ユウナ様子見に行く?」
「食事でも頂いてるんじゃない?夜には戻ってくるでしょ。それよりも私は寝たい。昨日も魔物と戦ったんだよ。休ませて。」
体と腕を伸ばして答えるとユウナは部屋のある二階へと向かおうとする。
「寝るには早すぎませんか? 夜寝られなくなるのでは?」
「大丈夫です。夜寝なければいいので。」
それでは次の日も昼間眠くなるのではと思ったがコーリンは黙った。別にユウナは幼子ではないのだ。それぐらい分かっているはずだ。
「夕ご飯はさすがに食べますよね……?」
それでも不安なので訊ねてしまったが。ユウナは特段気にすることなく食べなきゃさすがに死にますから。と返す。
「なら一緒に食べませんか? せっかく一緒の宿になったんですから。」
「お、そいつあ、いいねえ。飯は大勢で食べてなんぼってところがあるからねぇ。」
エンラが誰よりも提案に賛同する。ほかの人も特に断る理由無く頷くがバーナーはユウナの背で縮こまっていた。
ユウナが仮眠から目を覚ますと既に日は沈んでいた。緩慢とした動きでベットから下りる。フィアーもバーナーも居ない。ユウナだけしか部屋にいなかった。
「……みんな下かな。」
ぽつりと状況を確認すると覇気のないまま下の食堂へと向かった。食堂は人で賑わっていたがすぐに目的の人達は見つかった。なんせ全員目立つ。もちろんいい意味でだ。
「おはようみんな。」
派手な集団に近づくと力ない声で挨拶をする。時間帯的にはこんばんはだが起きたてのユウナにとってはおはようだ。
「おはようって今何時か分かってる? 随分寝てたけど……って髪すら結んでないって……。」
寝起きのユウナを見てフィアーがこれでもかと呆れる。バーナーも口を大きく開けて腹を抱えている。
「別に髪くらいいいだろ。それよりご飯。お腹空いた。飯、飯を食べたい。」
飯飯と呟きながら空いている席へとつく。
「ふふふ。ユウナ様も可愛らしいところがあるのですね。」
コーリンが子供を見るような慈愛の目を向ける。今のユウナは大きな子どもと言って差し支えがない。
「コーリン言っておくけどこれでもマシな方だから。本気で寝ぼけてる時なんかバルトに技かけて落としかけて──」
「フィアーの寝相に比べたらマシだ。それより飯。」
「あ、アタシの寝相はそんなに酷くない!」
ユウナの反撃にフィアーが顔を真っ赤にして否定する。しかしユウナはご飯しか見ていない。フィアーの言葉は耳を通過するだけだった。
「それにしてもバルトとカナリア戻らないなー。やっぱり様子見に行かない?」
「……ごくん。二人なら大丈夫でしょ。心配性だなー。もし仮に、万が一があったとしても二人なら切り抜けられるって。」
そう言うユウナは食事を続ける。その言葉は仲間への絶大な信頼。心配していない訳では無いが自分がどうこうするより当人達の方がどうにか出来るという判断の元だ。ただそれでもフィアーは不安気に箸を進めている。
「勇者ですから、無体を働く人などいませんよ。そんな不安そうな顔せず、ほら、笑顔で食べましょう。」
心そこからの笑顔をうかべるバサラに苦笑しながらもフィアーは先程よりは早いペースで箸を進める。横目でフィアーを見ながらバサラに感謝する。
食事が進むと会話も進む。明るい雰囲気へと変わりみんなが笑顔の中食堂の外、扉を挟んだ宿の受付の方から大きな音がした。誰か、人が倒れるような音が。
「お客様! 大丈夫ですか! 誰か医者を!」
ユウナは食事の手を止めて立ち上がる。
「ユウナ?」
「気になるから様子だけ見てくる。」
そうフィアーに返すと食堂から出て行こうとする。
「──。」
俺もと口を動かしてバーナーもついて行く。全員で行っても仕方ないだろうと二人以外は動かない。医者を呼んだということは外傷はなかったか魔法では治せないほどの怪我の可能性が高い。大勢で行っても仕方ないのだ。
食堂の扉を開けるとすぐに受付のあるロビーが目に入る。そして倒れた人物も否が応でも目に入る。そして倒れている人物は見たことのある黒髪に服に剣を携えていた。
「バルト!」
バルトが倒れていた。それも傷だらけで。大声を上げてユウナとバーナーが駆け寄る。
「お客様、お知り合いで──」
「連れです! バルト! どうしたんだ!? 」
揺さぶりながら魔力を与える。ユウナにはそれしか出来ないので。バルトの手が弱々しく上がったと思うとユウナの服を掴む。
「──カナ、リアが……連れられ……た──!」
「おい!バルト!バルト!」
それだけ伝えるとバルトは気を失う。
「ユウナ!バルトって聞こたえんだけど!」
「ユウナ様どうされましたか?」
「……お姉ちゃん?」
フィアーとコーリン、キアラが食堂から顔を覗かせる。その後ろには背の高いエンラとバサラもユウナ達の方を見ている。そして倒れているバルトが目に入る。
「──! バルトくん!ユウナさんこれは、──!」
ユウナに何があったか訊ねようとユウナとバーナーを注視すると異様な殺気を感じ息を呑む。
「……バーナー。」
「────。」
何か確認をする。するとユウナがバルトの勇者の剣をひったくるとそのままバーナーと共に宿から飛び出した。
「ユウナ! バーナー!」
フィアーの呼び声虚しく二人は街へと消える。
夜の街を脇目もふらず走る。
「バーナー! 連れていけ!」
そう言うとバーナーの体が前傾姿勢となって行く。それと同時に体から体毛が生え、爪が伸び顔が獣の物へと変貌していく。それは魔物にほかならない。四足歩行の魔物その背にユウナは飛び乗る。しっかりとユウナが掴まったのを確認するとスピードを上げる。
人がいてもお構い無し。建物の壁を走る進む。人間では考えられない速さに驚きの声すら聞こえない。ただひたすらに真っ直ぐ二人は夜の街を駆けた。




