一章『irregular・kill・all』
前日譚、開始
───熱い。季節は冬だというのに、夏のような日差しの強さで、身体のところどころが熱い。
違う、熱いのではない。部屋中のカーテンは閉められていて、侵入しようとする日差しを塞いでいるから、元から身体中を暑くさせる日差しなど、存在しないからだ。
ならなぜ、僕の身体はこんなにも熱いのだろう?
周囲を見渡す。
日差しは入ってこなず、明かりも全く点いていない洞窟めいた部屋は、全体が黒模様だった。
分かるといえば、僕が横に倒れていることと、その黒模様と相対するように、白スーツを着たおっかない人達が、僕、美道征人の周囲を囲んでいた。
───あぁ、そうだった。これは熱いのではなくて、痛いんだ。痛みで、僕は少しの間、意識を失っていたのだ。
なのに、何故か気絶するまでの経緯を思い出せない。頑張って記憶を捻り出そう。
確か、一週間前までは、普通に恋人がいて、幸せな青春を送っていたハズで─────。
五日前、土曜日。
友人と、遊んでいた時のこと。
どこかで聞き覚えのある女の子の声がして、振り返ったら恋人の愛華が、中年男性と腕を組んで楽しそうに笑っていた姿を発見した。
友人と、バレないように愛華の後を追った。
友人に「浮気されてるじゃん」と馬鹿にされて、違うと否定したくて、後を追うことにしたんだ。
───結果は、浮気なら、まだ良かったと言えるものだった。
ラブホテルに入ろうとする二人を呼び止めて、事情を聴取する。
僕と会ってしまった愛華は、おろおろとしていたが、中年男性の方は、友人の脅しに怯えて、あっさりと援助交際だと白状した。
───違う、最近起こった不幸な出来事を辿れば何故こうなったかがわかるかと思ったが、あまりにこの状況と関係がなさすぎる。
......余談だが、愛華とはその場で別れようと告げた。
僕のことではなくて、僕の金に目をつけていたヤツなんかと恋人なんて、死んでもゴメンだったからだ。
「お、ようやく目を覚ましたか?」
不意に、僕の周りを囲んでいたおっかない人達の中で誰よりも圧倒的な威圧感を放ち、間違いなくこの場では一番上であろう、無精髭を生やした男が、口を開いた。
「そのようですね」下っ端らしき若い男が答えて、ゆっくりと僕の方へ近寄る。
「起きろ坊っちゃん。親の居場所はマジで分からねぇみたいだな。だがよ、こうなったのはお前の親が、借金を返さずに無駄に膨らませてどっか逃げてったせいなんだぜ?
合計でいくらか知ってるか? 三億だぜ、三億」下っ端に胸ぐらを掴まれ、頬をぺしぺしと叩かれる。
......ようやく、思い、出せた。そうだ、確か僕は、学校から帰宅して、リビングに入ると......彼らが居たワケだ。
それで、この人達に抑えつけられて、親の居場所を吐けと拷問を受けていたんだった。
だがどうやら、彼らは僕のことを痛めつけても、両親の逃げた先は分からないともう理解したのだろう。
......いや、多分だけど、彼らは既に理解していたと思う。
だから、僕のことを痛めつけてたのは、ただの八つ当たりなのだ。
僕のことを見捨てた親に苛立ちつつも、その発散するべき相手は逃げた。なら、可哀想とはいえ、暴力的な彼らはその鬱憤を僕に晴らすのは、なるほど道理だ。
「......親がいねえなら、子が払うのが道理、だがオメェも金はあんましもってねぇってカンジだな? オォ?」
「......はい。そんな大金は、持ってないです」
ギロリと睨まれながら、無精髭の男の問い掛けに、僕は怯えながらこくりと頷いて答える。
「チッ......クソが、やっぱり持ってないときたか」
ハア、と無精髭の男が溜息を吐く。
胸ポケットから煙草とライターを取り出して、オトコが一服する。
間違いなく、僕は殺される。
大体、現代で拷問なんか、間違いなく警察沙汰だ。そんな面倒事になるのは避けるのが普通だ。
だが、彼らは拷問を行った。つまり、口封じが出来るというワケだ。
僕の両親は逃げた、つまりは僕のことを探してくれる人はもういないということだ。
脅して口封じなんて、僕は通じるタマじゃない。それはきっと、無精髭の男も見抜いているはずだ。
なら、警察に泣き寝入りするよりも前に、彼らは僕のことを───
背筋に悪寒が走った刹那、無精髭の男の手が僕の胸ぐらに伸びる。
「ひっ......!!」
その手が、悪魔の手に思えてしまい、恐怖心からか、情けなく怯えた声を漏らしてしまう。
殺される。そう理解したからか、走馬灯めいたものが頭の中で流されてくる。
友達との他愛のない会話───楽しかったな。
恋人との───悲しかったな、ただひたすらに。
両親との───特に、何も無くて、なるほどなと納得してしまう。
結局のところ、僕は愛されなかっただけだ。
何も無いから、両親は僕のことをあっさりと見捨てられたんだ。
恋人にも裏切られ、両親にも見捨てられて、僕は誰からも愛されずのまま、死ぬのか。
「───それは、イヤだ」
「......あ?」
胸ぐらまで伸ばされていた男の手を、振り払う。
その小生意気な態度に腹が立ったのか、無精髭の男が僕を睨む。
臆せずに僕は、自身の願い、我儘を口にする。
「僕は生きたい。せめて、誰かに心の底から愛されて、自分にも価値があったと満足して、死にたい......!!」
「──────────」
ついさっき生まれたばかりの、心の底からの本音。
そんな僕の本音を、品定めするかのように男は僕の瞳を凝視する。
数秒経ち、男が「いいだろう」と頷いた。
「なら、もってこいのうまい話があるぜ。ボウズ」
「ア、アニキ、無断でソイツはマズインじゃないっすか?」
「親父にはオレが言っとく。実際にそれほどの価値があるかは知らんが、少なくともオレはあると確信した」
無精髭の男が何か提案を持ちかけようとしたのだが、下っ端たちが何か察して止めに入ったが、男はそれを説得した......のだろうか。
「オイ、ボウズ」男が僕を呼びかける。
「......な、なんですか?」その呼びかけに、少し訝しみながら、僕は応じる。
「途中で話を切って悪かったな。続きだ、オメェ、殺し合いのゲームに参加するか?」
「殺し合いの、ゲーム......?」
男の言葉に、理解が追いつかない。
説明を、男が始めた。
「イレギュラー・キル・オールつってな。オレらの組が他の組、企業と連結して一年のサイクルで開催しているサバイバルゲームだ。
ルールは無い、仮にあるとしたら無人島の中で殺し合ってくれってことくらいだ。勿論、一人になるまでな。
最後まで生き残れば賞金として二十五億って大金が手に入る。
......どうだ? やるか?」
「......やるしかない、の間違いだろ。ここで断ったら僕は殺されるだけだ。もちろん引き受けるよ、この誘いを。勝ち残れるように足掻いてみせる。そして、ボクは日常に戻って、価値を手に入れて、満足しながら死んでやる」
「いい覚悟だ」
満足そうに無精髭の男が頷き、服の裏側の胸ポケットから書類を取り出した。
「この書類に氏名を書け。とりあえず武器は、オレがドスを貸してやるよ」
「さっきまでとは態度が打って変わっているけど、何か企んでいるのか?」
あまりにも差がありすぎる態度を不気味に思い、男に問を投げる。
「それはオレの台詞だ。生き延びれると確信した途端、態度が少しデカくなりやがって......まぁいいだろう。
強いて言うなら、お前の生き様に期待しているだけだ、とっとと氏名を書け」
「......急かさないで欲しいな」
指摘されたばかりだというのに、変わらずふてぶてしい態度だと気が変えられるかもしれないので、なるべく聞こえないように呟く。
「書けたよ、ホラ」
言って、男に書類を渡す。
「あぁ、確かに受け取った。それじゃ、来週の土曜、午前三時に迎えをよこす。それまでは大人しく待ってることだな───」
───こうして、僕は強制的に、この殺し合いに参加することとなった。
胸中では、死への恐怖でいっぱいなまま。
第一章『irregular・kill・all』 ~完~
征人の、価値を求める戦いが始まる───