谷内緑 3話
この世界の薬物は最高だ。何たって自分好みにキマり方を、ブレンドできるんだから。
乾燥させた10種以上の彩り鮮やかな葉を、自身で生成した「燃えない木」を筒状に形成して先程の葉に火を与える。発生した煙がモクモクと僕の口と鼻に分岐して、吸収されてゆく。
「美味しいなあ」
肺に溜め込んだ煙を限界まで留めて、大きく息を吐くといつもの様にトリップの足音が、どこか遠い所から近付いてくるのが分かる。アトラクションの様に最初は緩やかに登っていき、後に待つのは恐怖と苦痛を紙一重隔てた快楽だ。
「これで綺麗な女が横にいたら、もっと最高なのに」
僕が今の世界にきてから、どれくらい経つだろうか。脱獄して、無人のトラックから降りて、走ってたら光に包まれて──、あれ、それからはどうだったかな。あぁ、そうだそうだ。次に目を開けて、周りが見たことのない花や植物だらけで戸惑っていたら、突然気持ち悪くなってこれは死ぬんじゃないかと思ったなあ。
気が付いたら目に入った葉や花を、味も分からないのに口に入れてた時はほんとに死にかけてたんだと思う。何かの植物で腹は下したけど、それから体調と頭がすっきりしたのは、偶然解毒作用のある花の蜜を口にしたお蔭って事は最近になって知ったんだ。
回復してからお腹が空いて、そこら中の草や花を食べてる時に全く減らないどころか、増えているのに気付いた時に自分が植物を、「作り出す」事ができるのを自覚した。
それから暫くすると、そこら中の枝とか草が集まって、人の形をした何かが僕の事を神の遣いだとか、発現したから現れたとか──とにかく訳の分からない事を言われたんだ。まあ、今ならある程度は理解できるんだけど。そうか、僕がこの世界にきてから大体一年ぐらいが経ったのかな。
それにしても僕の発現の能力は本当に便利だ。今みたいに気持ち良くなる事だって簡単にできるし、馬鹿みたいに寒い今の季節も森の中に自分で作った小屋の中の暖炉に木をくべて、暖をとれば快適に生きてゆける。
もう、元の世界に未練はない。でも脱獄した後の保険で、僕の言うことなら何でも聞いてくれるお婆ちゃんに、脱獄する予定の期間中、車で刑務所の周りをドライブする様にお願いしたけれど、僕達が脱獄した後のお婆ちゃんと日本はどうなっているのか、ちょっと気になるなあ。
身元引き受け人を解除した母さんには、迷惑が掛かってなかったらいいけど、そんな都合良くはいかないだろう事は僕も分かってる。ただ、脱獄した後にぐちぐちと言われるのが嫌だっただけだ。あぁ、また嫌な事を思い出しちゃったな。ちょっとキマり方が、嫌な方にいってるのかもしれない。
また、ジングの遊楽通りに女でも抱きにいこうかな──
「でも、街に行くとまた神の遣いの偽物だって馬鹿にされるしなあ」
初めて近くの街の、ジングに行った時は悲惨だった。門番にはじろじろと見られるし、街ではみんな僕を変な目で見る。中には好意的な視線もあった様に思うけれど、今ではそれもない。だってその時に、柄の悪い連中に一方的に殴られて、無事「神の遣いの偽物」が完成したんだから。
この黒髪と黒目が神の遣いである証らしいけど、今さらそれを隠しても僕の冴えない顔はみんなが知っている。
「なんでも言うことを聞いてくれて、美人で、一緒に僕とハイになってくれる様な子。そんな都合のいい子、僕には無理だよなあ」
いや、待てよ──
この世界にはいるじゃないか。今の僕の欲望を全て満たしてくれる、「奴隷」とゆう存在が──。あ、買える程のオーファがないや。
いやいや、何を考えてるんだ僕は。奪えばいいじゃないか。何たって街に初めて行った僕を殴った馬鹿を、数日前仕返しとして殺した僕はこっちの世界でも、もう犯罪者なんだから。証拠は残していないけれど、今頃は殺した奴等の家族がいたら捜索依頼ぐらいは出してるかもしれないな。
確かここから少し北の方に歩くと、商人が頻繁に通る道があったはずだ。その付近に探知する花を植え付けて、奴隷を運搬する業者から奪えばタダだ。西羽の護衛も当然いるだろうけど、皆殺しにすれば魔物と魔族が蹂躙するこの世界だから、都合良く解釈してくれるさ。
そうと決めたら、話は早い。さあ、行こう。
──タニウチ・ダイコクの出陣だ。
この寒い季節に行き交う商人は多くはないけれど、一定数は存在する。そんな中で探知に引っ掛かった業者を見に行ったけれど、全て外れだった。危害を加えてまで調べた訳ではないけれど、多分僕が見た荷馬車の中には奴隷はいなかったはずだ。
この世界の奴隷は、とても高価と僕は聞いた事がある。それは、需要が多いから。この世界を必死に生きる人種は、それぞれの日常的な仕事に未踏地の調査や魔物の討伐、魔族への牽制や防衛等、やらなければならない事が本当に沢山あるらしい。
魔族や強力な魔物が、人種を喰らうから人種の繁殖は追い付かないし、どんな職も人手を欲しがっているんだ。小人や巨人、人間や獣人等が共存し、大小様々な各種族の主張が飛び交うこのシュラインの世を保つ為には、必要だったのかもしれないと柄にもなく考えた事があるのを思い出した。
そんな貴重な奴隷を、奴隷落ちさせられた親族や恋人の復讐、道中の魔物の襲撃、そして僕みたいな横取りする犯罪者に対しての守りに力を入れない理由がない。そして、護衛に力を入れていると僕にも分かる荷馬車は
未だにこの道を通っていないから、今までの業者は外れだと思う。
「一か八かで襲撃して、間違えましたじゃ今後やりにくくなるしなあ。まあ最悪宝石とかだったとしても、オーファに換えてから奴隷を買ってもいいかな」
吐く白い息が消えていくのを見ていると、探知に引っ掛かった荷馬車があった事を花が魔力を通して僕に知らせてくれた。と、同時に花からの魔力が途絶えた。
探知に気付かれた──
これは、当たりかな。
この世界で学んだ技術で気配を消しながら、目的地まで駆けてゆく。この森を拠点にしている僕には、散歩みたいなものだ。
「──まずいな旦那。この花、いくら見ても記憶に無いしこの花だけ、周りと比べて明らかに馴染んでない。俺が思うに、恐らく魔物じゃねえ。人種の発現能力だ。普通は見逃すぜ、こんなの」
何とか声が聞こえる。この辺でいいか──
今喋った大きな男が、リーダーかな。勘だけど。
「何の為に高いオーファを払って、お前等を雇ってると思ってる。何とかせい」
商人は一人か。横にでかい体型から身に付けてる物まで、裕福なのを隠そうとしてない。何か嫌な奴だなあ。まあ、全部剥ぎ取るけど。
「んー、でも何か嫌な予感がするなあ。できれば襲撃されたくないかも」
小柄で可愛い顔だけど、尻軽そうな女だ。僕には合いそうにないな。
「旦那、下がれ。──あんたも一人で危険な橋渡るやつだな」
男は携えた大きな斧を構えた。──こちらに向けて。気付いてたのか。
「やだなあ、気付いてたのか。上手く隠れてたつもりだったけど、まだまだ下手くそなのかな」
「目的は?」
女が怒った様な顔で僕に言うけれど、リスみたいに可愛いらしい顔をしてるから、あまり恐くないな。
「そりゃ、その荷馬車の中だよ。奴隷だったら、最高なんだけど」
「援護しろ、リオ。旦那、もし俺等がやばくなったら逃げろ。道中の魔物は何とかしてくれ」
「縁起でもない事、言わないでよね」
リオと呼ばれた女の腕と男の背中に魔力の糸が結ばれて、男の纏う魔力が力強くなった。あの女は、他者を強化するタイプかな。
僕が魔力を纏うと、女の頭上に魔力の針が5本形成されていく。
「うわー、器用だな」
本心だ。僕も似たような事が、いつかできるかな。
「焦身」
男が呟くと、その巨体の周りが揺らめき斧が赤く光る。熱か。あんまり相性は良くないなあ。
男はこちらに向かってこようとしたけど、僕ばかり見てるから足元が、がら空きだ。
「なんだあ? 足に蔦が絡まってやがる。なんで溶けねえんだ」
「耐熱だからね」
「うざってえ、なめんなよ」
すごいな、溶かせるのか。もう遅いけど──
「緋衣・吸命」
「あ、あ、あ、息が」
援護射撃するタイミングを見計らっていた女の体から、みるみる皮膚を保つ潤いが消えてゆく。
「リ、リオ! てめえ!」
女は干からびて、元の整った顔が台無しだ。地を這わせた蔦に、この森の中じゃ気付くのは難しいと思う。失敗したらこっちの魔力を半分あげる事になるし、使用中は体に魔力を纏えない技だから、絶対失敗しないと思わなければ使わないけど。女が手持ちの札を全力で切っていたから、やりやすかった。何にせよ、脅威だった援護射撃を潰せたし「充填」も完了だ。
「空裂」
熱を帯びた赤い斧が、数メートル距離のある僕に向けて振るわれようとしている。構えと、力の込め方からするに男の切り札かもしれない。斬撃を魔力と熱に乗せて、こちらまで飛ばす気だろう。どっちが強いか、力比べをしよう。
大砲を思い浮かべて形成した木を、右腕全体に纏い女の魔力と生命力を吸収して充填した力を放つ。
「緋衣・被丸砲」
恐らく男は技を放ったのだろうけれど、僕が放った魔力に消し飛ばされて、
削られた大地の上には男の肉片すら、残っていないように見えた。
「何とか、命だけは助けてもらえんか。荷馬車の中身はあんたが言う通り、奴隷だ。もし気に入る奴がいなければ、商人仲間にも掛け合ってみる。もちろん、無償だ」
「流石は商人、話が分かるね。取り敢えず、中身を見せてもらおうかな」
生かしておく訳ないけど。
早くまだ見ぬ奴隷ちゃんと僕で、夢の生活を送りたいな──