小西 15話
貫き手から放たれた自身の魔力と雷を擦り合わせた一撃は、太く鋭い「線」となり目の前の黒い巨体の腕と頭を消し飛ばした事で俺に勝利を確信させた。
「──勝った、のか」
心臓を狙ったつもりが座ったまま技を発動した為か、奴の魔力弾と接触した為かは分からないが、随分と狙いが逸れてしまった。
「バランス、か。結局は力押しだったな」
誰に聞いて欲しいでもないが、自然と言葉が漏れた。
ありがとうございます──
肩の傷の痛みで満足に動かない手を、助言をくれた恩師へと心の中で合わす。
今度こそ二度と活動する事が無いであろう、身体の一部が欠けた黒い巨体を背にし、帰還する為に体へ鞭を打ち立ち上がる。
競り合った戦闘の後は何とも虚しく感じる。傷が酷く痛み、魔力が残り僅かな事による不安もある。何より今から慣れない手当てを自分でして、来た道を歩いて戻って行く事がとても億劫だった。
途中で持参していた止血用の薬草を塗りつけている時に、魔力の過剰消耗時に起こる頭痛と嘔吐感を感じたが、何とか帰還して報告を済ませた。
村長は黒い個体が生息していた事を告げると芝居がかった様子で驚いていたが、実は最初から報告に上がっていたのではないか、と思うのは俺の心が汚れているからだろうか。
村にいた「仕官兵」と呼ばれる街から派遣された兵に、魔法で治療を施してもらった後は数回の夜を村で越させてもらい、ある程度傷が癒えた所で何となく重い雰囲気を感じ、煮え切らない気持ちのままに再び街を目指し村を後にした。
この世界について未だに分からない事は多いが、形ある礼の品一つ無いのは俺が神の遣いだからなのか、それとも求め過ぎなのか分からないが、どこか腑に落ちずにウジウジと森を歩き続けた。
結局、あの豚頭人との戦いで得た経験は俺の中で生きると、無理矢理納得した所で本来考えなければいけない事を、考える事にする。
俺には「強さ」と「知識」が必要だ。アルマさんに、今のお前には早すぎると最後の最後まで教えてもらえなかった、魔力の様々な扱い方も知らなければならないし、この世界の通貨である【オーファ】も俺には手持ちがあまり無い。
更に千鶴石の情報や、共に脱走した人達がこの世界へ来ているのならば、今後の為にコンタクトを取ることを考えなければいけない。
恐らくそれ等の問題は、西羽と呼ばれる民間や街からの依頼、未踏地の調査等を生業とする職業に属する事で、とりあえずの方向は合う。しかし戦闘時の傷を癒す方法も何か良い案を捜さなければ、戦闘で大きな傷を負う度に痛みを耐えながら帰還する事になる。
それからも考えを募らせながら歩き続け、やがて森を抜け、拓けた草原へと足を踏み入れてからは犬型の魔物の命を数回奪いつつも、進み続けた。
足の裏は慣れない移動で豆が何度も潰れ、節食の為に常に続く空腹や喉の渇き、衣類や髪も汗と皮脂で汚れて、果たしてこの不潔な人物を街は受け入れてくれるのだろうかと不安になった所で、人間やこの世界で初めて目にする獣人の姿を頻繁に見掛ける様になり、それから間もなく【ジング】へと到着した。
俺の風貌はこの世界では目立つらしいので、持参していた布の帽子を被り気を引き締める。
「初めての者だ。街へ入りたい」
「荷物は特に無いみたいですね。どうぞ、通って下さい。異常が無ければ、そのまま通って頂いて結構ですよ」
外見からして中年程の門番と思われる男性は、こちらを不快で無い程度に一見すると、他愛もない様子で道を譲ってくれた。慣れているのだろう。
自身が異界の者としての自覚がある為に、多少戸惑いながらも何らかの仕掛けが施されているであろう、大きな石造りの門を半分通った。
「大丈夫ですね。では改めて、ようこそジングへ」
「ありがとう。重ねて申し訳ないが、寝れる場所を教えてもらえないだろうか」
「この街で一番安上がりなのは、飲み屋通りにある名前の無い、黒い看板が掛かった宿がおすすめですよ。荷物を置いて外出しても大丈夫ですし、【1回】から借りれます。今の時期は空きもある筈です」
「親切にどうも。助かったよ」
「いえいえ、街には地図もありますが困ったら官士に尋ねて下さい」
ロキさんの言っていた通り街で何かを尋ねる時は、公務に就いている人間が親切丁寧だ。もちろん公務に就いている人間も様々ではあるかもしれないが、俺は運が良かった。
この世界には頭を下げる文化が無い為、改めて礼だけを言って石の造りが多い街並みへと歩を進める。
刑務所の中と田舎村や森での生活を最近までしていた俺には、日本とは異なるこの街の雰囲気は新鮮だ。街を行き交う人達の服装もアルマさん達と出会った【マノ村】で良く見掛け、俺も愛用している日本の甚平の様な服では無く、関節を保護する防具を身に着けていたり、洋服を着用する人が多く目につく。
詳しくもない土地を、あまりフラフラと観光する趣味も無い為道中に街を行き交う初めて目にする様々な人種を見ては、心の中で驚きながらも歩みを止めなかった。
暫く歩くとこの世界に無知な俺にでも一目で分かる程に、飲食を営んでいるのが見てとれる造りの店が建ち並ぶ中で掲げられた黒の看板は、この宿に用がある者には有難い程に目立って見えた。
取手の部分が黒ずんだ木の扉はこの宿を利用した人の気配を色濃く残していて、柄にもなく風情を感じてどこか安心する。扉を開けた先には木製の受付らしきカウンターに、頬に肘をついた男性が退屈そうにしていた。こちらを一瞥し、「1回か」との問いに肯定の意を込めて頷いて返す。
「次の日も泊まる予定が無いなら、昼までには必ず部屋を出ておけ。汚れたまま寝具に触れるな。湯浴びができんなら、無料で肌着を貸してやるから言え。飯はやってない」
恐らく前半はチェックアウトの事を、後は宿泊する際のルールである事は理解できたが全て命令する様な口調だった為に、頷いて返す事しかできなかった。
その後は言われた額のオーファを支払い、西羽に向かうと告げた俺に分かり易く場所を教えてくれたこの宿屋の店主であろう人物は、言葉使いや態度は雑な印象を受けるが、意外と心優しい人物なのかもしれない。
それにしても、俺がこの街に慣れていないのを見抜いた様な言動は、公務に就いている人間が薦めるだけの事はあった。
宿を後にして数分前よりは見慣れた景色の中歩を進め、先程の要領を得た店主の説明と街の地図に助けられながらも、辺りの建造物と比べて比較的大きく、堅牢そうな建物に到着した。
ここが、西羽か──
「本日はどうされましたか?」
「ここで職を得たい。田舎者で、あまり物事に詳しくないがお願いできるだろうか」
「登録申請ですね。問題ないですよ。この場で審査するので、少々お待ちください」
開け放された巨大な門を通り、すぐに目についた受付らしきカウンターへ歩を進めると、眼鏡を掛けた男性に声を掛けられ慣れた様子で、目の前にA4サイズ程の灰色の石板を出された。
「では、犯罪歴の審査と適性を調べます。この石板に触れて下さい」
犯罪歴の単語に緊張が走ったが腹を決め触れると、灰色の石板に様々な色のグラフの様な柱が伸びてゆく。
「犯罪歴は無し、危険な思想を表す表示も基準内に収まっています。現状では戦闘や探索での援護面の依頼を斡旋できそうにありませんが、他は……ちょっと極端な感じですが問題ないですね。発現能力を教えてもらえますか?詳細を言いたくなければ、どういった事に役立つとかでも結構ですので」
「あまり詳しく言えないが、戦闘ではこちらの攻撃が当たりさえすれば、敵対する相手の動きを止める事ができる能力だと思う。後は、そうだな。威力は豚頭人を楽に殺せる程度だ」
犯罪歴が引っ掛からなくて内心安堵したが、無知な事に変わりはないので手探りで返答してゆく。
「戦闘関係の能力ですね。この能力値なら、推薦無しでも10段スタートではないと思いますよ。段位等は明日決定する事になりますが、連絡の為にこの石に魔力を通して下さい。念石といって、魔力の質を記憶する物ですから微量で結構ですよ」
「悪いがその前に連絡手段がどんな方法か、一応聞いてもいいか?」
「失礼しました。西羽では仕鳥と呼ばれ、喋れる様に訓練された鳥が直接伝えにいきます」
「そうか、ありがとう」
差し出された拳大の石に、不器用な俺が魔力を微量流す事ができるか不安ではあったが、大して異常もなく事を終えれた。
不安はあったが、この様子だと何とか職を得られそうだ。恐らく最初の石板の審査とやらで、この職に就けない者もいるのだろう。そう思う程に職員の顔は、真剣に何かを考察していた様に思う。グラフの様な物が変動しなくなった辺りで、どこか安堵した様な顔も恐らくは、希望者に酷な事を告げずに済む事に対する物だと俺は感じた。
一歩ずつ、着実に前へ進まなければならない。俺は特別何かをできる人間ではないのだから。
それからは細かな規則を聞いて、異論の無いことの証明にまた見たことの無い石に魔力を通す作業をする。
「それでは最後にお名前をお願いします。それであなたも西羽の一員です」
──名前……名前か。
「ミツネ。コニシ・ミツネだ」