小西 13話
陽が真上にくる時間に、森の湿った空気の中を茂った草木を掻き分け前へと進んでいく。
方角は合っているのだろうか──
「近頃森の狩場で豚頭人を複数体見掛けた者がいてな。そのせいで狩りに行っても、中々成果が出ずにいる。この村に仕官された人間と村の人間では、どうにもできん。街に依頼しようとも、こんな田舎にわざわざ厄介な魔物を討伐しに来るやつはおらん」
「それを、討伐しろと?」
「神の遣い様であるあなたが、この村に立ち寄られたのも何かの縁だ。お願いできないだろうか」
結局その場の雰囲気と一宿一飯の恩で押しきられた俺は、森の中を村人から聞いた話を頼りに進んでいる。
このまま放っておいて、街へ向かったとしたらどうなるだろうか。
豚頭人に殺されたと、都合良く解釈してくれないだろうか。
そんな事を考えていると開けた場所へと辿り着いた時に、妙な不思議さを感じた。
おかしい──
俺は探索術が優れている訳ではないが、それでも何かがおかしい事が分かる。まるでこの場所に誘われている様な──
そう考えた瞬間に、嫌な物を感じた。経験の浅い俺でも感じる程の、殺意──
背後に鈍い衝撃を受けたが、魔力を纏うのが間に合い無傷で済んだ。
攻撃は大した事ないな──
振り向くとそこには拳を振り切り終えた魔物が、こちらを完全に外敵と認識した目で見ていた。黒ずんだ皮膚に、下品に天を向いた独特の鼻、そしてこちらを見下げる巨体──豚頭人だ。
体躯自体は鬼と大差無いが、纏う魔力は鬼には及ばない。これなら何とかなるか──
豚頭人はこちらが無傷であった事を意に介さない様子で、黄色く黄ばんだ鋭い爪で切り付けてきたが、しっかりと【受けた】。
対人格闘の経験が半年しかない俺に、殺意の込められた鋭い攻撃を受け流す事や、払い除ける事で相手に隙を作る事はできない。
しかし、戦況は先に【致命傷】を与えた方に傾く──
全身に纏った魔力を強めて、拳を汚れた腹部へ打ち抜く。
太鼓を打った様な音が響き、その巨体をくの字に曲げた所に足払いをかけた。膝が曲がった下半身は、滑る様に反転し、奴の背が地面に触れた。
この「隙」で、試してやる──
右腕の纏った魔力が変質する独特な感覚を伴い、雷を発現する。
生きてる様な動きで荒れ狂う、右腕の雷の熱と光に目を細めたくなるが、しっかりと豚頭人の顔を見据えて、右腕を打ち下ろす。
豚頭人が腕を顔の前へ交差させて防御したのが見えたが、拳に感じる筈の抵抗を感じる事もなく振り切った拳の先に、防御に使用した肘から先の腕と、顔が消滅し大きな痙攣を起こして絶命していた。
魔力を単純に使用するのとでは、桁が1つ違う程の消費量だが、とてつもない威力だ──
肉が焦げた不快な臭いが鼻を刺激したのと同時に、頭に軽い衝撃を感じた。辛うじて反応はできていたが、避ける程の経験と技量が今の俺の体と脳には染みついていない。魔力を纏っていたのが幸いし、ダメージはないが──
まだ、いるな。
後ろを振り返ると、茂みの中に複数体の魔力の気配を感じた。あそこから魔力の弾を放ったのか。複数体の中に一体、濃密な魔力を纏った者が、気配や魔力を隠す事なく垂れ流している奴がいる。
奴等のボスだろうか──
隠れる意味を無くしたと言わんばかりに、茂みからぞろぞろと15体の豚頭人が姿を表した。12体や13体ならば、数え間違えたかもしれないが確実に15体いた。
その異様な数に、こちらが恐怖を感じているのを敏感に見抜いたのか、先頭にいた3体が殺意を込めた瞳で向かってくる。
二本足で駆ける巨体を見ながら、自身の恐怖の一端に他の個体とは、明らかにその身に纏う魔力と墨を塗った様に黒い肌をした、気味の悪い豚頭人が関係しているのを理解した。
迎え打つしかない──
両の腕の魔力を雷に変え、接近してきた3体へ向けて放出した。射程が絶望的に短かったが、自身の目の前を扇状に迸った雷はイメージ通りに迫る3体へ直撃する。
雷に触れた巨体は、体を不自然に振動させ直立した。自身の「痺れ」を強くイメージした結果が強く反映されたのか、顔と腕を無くした豚頭人の様に肉を消し去る程の威力はないようだが、これだけ隙ができれば充分だ。
両の掌を重ねて【技】の為の魔力を練る。
2メートル程あるが、届いてくれ──
「纏包」
距離に威力を削られながらも放出された魔力は、両腕の軋む様な痛みを伴いながらも、何とか3体の巨体を巻き込み瀕死へと追い込んだ。確認するまでもなく、もうあの3体は助からない。
後、12体──
反撃の機会を窺っていたのか、捨て駒としてこちらの力を測っていたのかは分からないが、集団の雰囲気が変わり、流れる様に散開した11体が迫り来る。
動きを見せない黒肌の個体に気を向けている隙に円状に包囲されたが、この陣形を俺は待っていた。
豚頭人の魔力の弾が何発も被弾し、遂には痛みを感じたが、構わず魔力を集中して練る。
俺も器用に魔力を飛ばせたら、もっと楽に戦えるのだろうか──
進んで使いたくはない技ではあったが、恐らくこの状況で使うのに最も威力のある範囲攻撃だろう。
自身が犯した罪を忘れない為に、俺はあの時の事を【技】とした。
練り上げた魔力が体から溢れ出し、準備を終えた事を告げる。
もう、この力の使い方を間違えたりはしない──
「鬼殺迅」
目で追えない速さで円に広がった電撃は、凄まじい音と光で捉えた巨体を黒く焦がした。
直撃した11体は、暫し不自然に直立した後、1体残らず倒れ伏した。
あの時の威力には到底及ばないが、それでも息が残っている奴はいないのが見るまでもなく理解できる程には、無惨だった。
後、1体──
全身に筋肉が切れた様な痛みが走り、足が震えた。反動が、強すぎる。俺の肉体がまだ強い魔力の出力に耐えれていないのは分かってはいたが、今までとは比にならない反動だ。
黒い個体に視線を向けると、焦る訳でもなくこちらを見据えている。
しかし、掌をこちらに向けると、魔力を練っているのが見てとれた。何をする気だ?
魔力を纏い備えるが、まだ不安定なのが自分でも理解できた。
黒い掌が淡く発光したのを確認した直後に左肩に強い衝撃を感じ、衝撃を感じた箇所に目をやると穴が空いていた。
熱が感覚を巡り、直後に猛烈な痛みを感じた。
まずいな、奴は──
遠距離で戦える奴だ──