ラーメン屋にて
私はネットで評判のラーメン屋へ訪れていた。
そのラーメン店は爆食ワイルド系で、『学生でもワンコインで腹一杯になれる』という常識を越えた大盛りをウリにして人気を博している。
私が訪れた日も、開店してまだ時間も経っていないというのに店頭から長蛇の列が続いていた。
待ち時間を有効に使って気分を盛り上げておこうと、私はネット上の評判を拾い上げて流し見る。
『いつも食べる時は量多過ぎで満腹になって後悔するけど、また食べたくなる』とか『野菜マシマシのときはアブラマシマシにしないと、もやしタワー攻略がツラいわ』といった量に言及する意見のほか、『初心者は普通を選んだ方が身のため』や『初めて行ったときに全マシマシはヤバすぎ』といった様な初心者へのアドバイスも多く載っていた。
全体で見ると味も量も肯定的な意見が占め、支持する常連が多い店だというのが良くわかる。
この店の特徴と言えるのが『ラップコール』と呼ばれる注文時のコール。ラーメンの種類は食券購入で決めるのだが、それ以外の麺の量と麺の固さ、野菜の量、そしてアブラやニンニク、ショウガの量を店員が確認するので、それにテンポ良く答えるのがハウスルールになっているようだった。
「『麺の固さ以外は、少なめ・普通・マシ・マシマシのどれかでコールする』か」
私は一人呟く。
「お兄さん、ここ初めて?」
私の独り言が聞こえたのか、前の学生らしき男が振り向いて話しかけてくる。彼はTシャツに短パンという出で立ち。加えて、異様なまでの圧倒的横幅を誇っていた。失礼を承知で言うと、普段であれば関わり合いになりたくないタイプの外見ではある。
「ええ。人気だって噂なので、一度は食べてみようと思って」
私は答えた。
「初めてですか。食べることには自信ある方ですかね?」
彼は少しだけ私を下に見るような視線を向け、質問する。
私は少しムッとしたが、表情には出さない。
どうやら彼はこの店の常連のようなので、彼らのような詳しい人間から出来るだけ事前に情報を集めることにした。
「ええ、大学生の時はラグビー部に所属していたので、食べる方は自信ありますよ」
「そうですか。自信があるのなら全部マシマシを選ぶと良いですよ。中途半端なチョイスをすると、ここのラーメンの魅力が半減しちゃいますから。特に初心者は」
彼はそう助言する。
常連の言葉だ。それだけに重みが感じられる。
見た目はアレだが話してみると良い奴、という典型だ。私は心の中で彼に謝った。
「助言ありがとうございます。そうさせてもらいます」
私は彼に礼を言う。
彼は「礼なんて要らないですよ。頑張って、登頂してください」と言って笑った。
――登頂というのは、ここでは完食の事だったな。
私は彼のエールに応えなければと思った。
列は進み、私は券売機で食券を買い求め、着席した。
「初めて?」
店員が私を一瞥し、訊ねる。
――随分と失礼な店員だな。
私は席を立ってしまいたい気分になるが、ここまできて食べずに帰るのも嫌だったので素直に頷いた。
すると、店員は急に笑顔になり、大きく声を張り上げた。
「Yo! 初めてのお客様、注文入りまぁす!」
その声で、店内の店員だけでなく、カウンターでラーメンを食べていた客も一斉にこちらへ視線を向ける。
何が始まるのかと思っていると、リズミカルな音楽が流れ始めた。
――これが『ラップコール』か。
私は理解した。そうなると、ここからはリズムが大事だ。
初めてだからといって、戸惑って恥ずかしいところは見せられない。
このアウェイ感満載の状況をきっちり楽しんでやる。
コールは音楽に合わせた店員の問いから始まった。
「麺は?」
「マシマシ」
私は軽快な音楽のタイミングに合わせてテンポ良く答える。何だか楽しい。
「固さは?」
「普通」
「野菜?」
「マシマシ」
リズムに乗って次々と答えていく。他の客もヒートアップしている。初心者でここまで上手く答えることが出来るのは珍しいのだろう。しかし、この程度で驚かれては困る。私は楽しくなり、気分もマシマシになっていた。
「アブラ?」
「マシマシ」
「ニンニク?」
「マシマシ」
「ショウガ?」
「マシマシ」
「リョウキン?」
「マシマシ」
「Yeah! 注文入りました! 全マシマシ!!」
店員のシャウト。
客が一斉に沸き上がり、次々とハイタッチを求めてくる。そして私はそれに応えた。ライブな一体感が店内を包み込む。
そして不意に訪れる違和感。
――ん? リョウキン!?
それはまさに初心者が受けるアウェイの洗礼だった。
良くある話(短編的に)