第7話
ファビアンは美しい男だった。艶のある明るい金髪と透き通った湖を思わせる青い瞳が、完璧な造作を彩っている。アレックスと同じくらいの長身で、軍人らしく引き締まった体躯を持ち合わせているが、どこか冷たい雰囲気が漂う。男性的な魅力に溢れたアレックスとは、また違うタイプの美形だった。立ち居振る舞いや言葉の端々から、彼もまた貴族出身であることが窺える。
外見も家柄も完璧な彼を、琉香が苦手とするには理由があった。
売り飛ばされそうになりアレックスに救ってもらった時、彼の副官としてファビアンもその場にいた。しかし、彼は琉香を助けることに最後まで反対していた。理由は、琉香が白人ではないから。海軍大佐であり貴族であるアレックスが奴隷を助けるなんてもってのほか、というわけだ。確か、「そのような娘は奴隷商人に任せておけばよろしいのです。大佐のような方が気にかける必要はございません」などと言っていた。
天の助けを妨害されかけた恨みは忘れまじ、だ。琉香は結構執念深い。
彼は上官であるアレックスに心酔しているらしく、アレックスが琉香を抱えて自分の馬に乗せた際など、琉香を汚らわしいものを見るかのような目つきだった。アレックスの屋敷に居候するようになってからも二、三度顔を合わせる機会があったのだが、冷ややかで琉香を見下す態度は変わらない。差別意識をなくしてもらうべく何度かコミュニケーションを試みたのだが、見事に玉砕した。琉香がアレックスの屋敷で保護されていることも許せないらしい。
こいつ、そっちの趣味が!?と何度思ったことか。
そういうわけで、琉香にとってファビアン・グレイ少佐はポート・ロイヤルで最も「尊大で傲岸な嫌な奴」であり、そんな男が自分に会いに来るなんでまさに青天の霹靂だった。
王立海軍の濃紺の上着を身にまとい、長い脚を動かして近づいてくるファビアンに、琉香は思わず後ずさる。そんな彼女の様子を見て、ファビアンはさらに不機嫌そうに眉間を寄せた。そうした表情をすると、ますます冷たい印象が強くなる。
「大佐の命で、お前を迎えに来た。私がお前を総督邸へ連れて行く」
「アレックスは?」
「大佐は今お忙しく、手を離せないのだ。お前などに構っている暇はないから、代わりに私を遣わされた。私もいい迷惑だがな」
ファビアンはふんと鼻を鳴らした。
「それはそれは、高貴なる少佐殿のお手を煩わせてしまい申し訳ございません」
琉香は胸に手を当て、わざと悲痛な表情を作った。
「あとでアレクサンダー様には、少佐がいかにご親切だったかお伝えしないといけませんわね」
差別的な言動は全部アレックスに報告するわよ。
琉香の皮肉に気付いたファビアンは、氷のような目で睨みつけた。琉香も負けじと冷ややかな視線を返し、しばし睨み合いが続いた。
沈黙を破ったのは、クェンティンの咳払いだった。二人とも、この忠実な家令の存在をすっかり忘れていた。
「そろそろお仕度の時間ですぞ。もうすぐ日が暮れてしまいます。ルカは二階で着替えを。ジェマに準備をさせています。グレイ少佐はしばらく応接間でお待ちください」
「えっ。着替るの?」
「当たり前だ。総督閣下とお会いするんだぞ。そんな奇抜な格好のままでは、大佐の顔にも泥を塗ることになることがわからないのか」
ファビアンの突き刺すような視線が、琉香の頭のてっぺんからつま先まで動いた。
琉香は自分の服装を見下ろした。確かに、総督と会うのに男物のズボンはまずい。アレックスの品格も疑われてしまうというなら、着替えるべきだろう。
しかし、この不本意さはなんだろう?
琉香はファビアンに指摘されてしまったという事実に腹立たしさを覚えるのだった。