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翠は微笑む~序章~  作者: トト美咲
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宝千華

 ミカド。

 “幻人げんと”の《長》の側近であり〈トト〉にとっては、親友。

 ミカドの生い立ちは、兄と妹に挟まるではぐくまれた。

 兄を敬うと妹を護るを、両親から躾られた。

 ミカドは、家族という中で自分がどんな役割をしているのかと際悩んだ結果、家から別離という選択をした。


 所持していたのは、香草の種が僅か5粒だった。

 空腹と喉の乾きに堪えながらも、行けども行けども途切れない草原で、ミカドの意識は遠退いた。


 ーー遠くて近い明日を待って……。


 耳元でやわらかく澄みきる声。清涼感があふれる爽やかな薫りが鼻腔をくすぐらせ、薄目に写るのはーー。


 香草と同じ色の瞳と長い髪、香りの少女。

 ミカドは少女を見て〈花畑〉に来てしまったのかと、錯覚した。


 少女は〈トト〉と、呼んでくださいと言った。

 ミカドは、寝心地がよい布団で横になっていたことに気付く。

 起きあがって立つが、目眩のために足元がもつれて転びそうになるところで〈トト〉がやさしく両手でミカドの身体を支え、ゆっくりと布団に寝かせた。


 木製の器に注がれている、木の実を炊いてやわらかく煮たあたたかい食事を〈トト〉は木製のさじすくってミカドの口に含ませた。


 ミカドの体調は〈トト〉の手厚い看病によって、回復へとむかった。


 行く宛がないまま、彷徨うことは止しましょう。と、呼び掛けたのは〈トト〉だった。


 ミカドは、夜が明けないうちにこっそりと身仕度をして、見知らぬ建屋の敷地から外へ出る寸前で〈トト〉に呼び止められたのだ。

 陽と月が代る代る空に昇っては地平線に沈むを6回と、数えるほどの時を見知らぬ建屋で過ごした。居心地がよくなると、いう情をミカドは払拭したかった。


 〈トト〉は、言った。

 ミカドを友として慕いたいと、言った。


 〈トト〉の言葉がミカドの冷えた心をあたためて、雪解けで滴る水のように、ミカドは頬を涙で濡らしたーー。



 ***



 ミカドは、ミリオン=ワンと夜明けまで口論をした。

 〈トト〉のひと言をめぐってだった。そして、ミカドの心の奥を見透かしたようなミリオン=ワンの追い打ちの言葉。

 ミカドは絶句して、さらに動揺したかのようにまごまごとした態度となっていた。


「ミカド様は、お疲れのご様子だ。少しだけ睡眠を取られなさい」

 目の下に隈をこさえるミカドを目視するミリオン=ワンは、眠気に堪えながら言う。


「ミリオン=ワン殿が、だ。私の場合は、夜間の警護をしていたと口実がつけられる。それに、だ。そろそろ屋敷で住み込みの使いが起床をしてしまう。要らぬ騒ぎは起こしたくないから、ミリオン=ワン殿は客室で休まれてほしい」

 ミカドは〔来賓の間〕を出ると、ミリオン=ワンに客室の方向を指差して見せた。


「物事を深く、堅くの考えはミカド様の性質である一方、其処が女性らしいと、解釈を致します」

 ミリオン=ワンは笑みを溢して会釈をすると、足音をたてないように客室へと向かおうとしていた。


 ミカドの肌に針が刺すような感覚が襲う。ミカドは直ぐにミリオン=ワンを呼び止めた。


「ミリオン=ワン殿、頼む。誰も捲き込ませたくないが、そなたの“真人まびと”としての“力”を借りたい」

 ミカドの切羽詰まった顔と声。


 ミリオン=ワンは即、首を縦に振った。


「此処の土は、清らかで賢い。私は此処で世話になった礼を兼ねて、土と共鳴する。ミカド様《長》は私に任せなさい。私と土が共鳴している間、ミカド様が大切にされている〈トト〉を護りなさい。勿論、屋敷で《長》に使える人々もだよ」

 ミリオン=ワンは、穏やかな顔をしてミカドに言う。


「御意」と、ミカドは翻して廊下を早歩きして渡る途中で、屋敷の使いの女子と目を合せた。

「おはよう、サユル。毎朝、早い起床で大変だろうけど、朝食を楽しみにしているからね」

「はい、ミカド様。でも、何だかお顔が真っ青になっておりますよ」


「夜間の警護明けだからだろう」

 あらかじめ用意していた『言い訳』をミカドは言う。


 ミカドが向かった場所。其処には、夕べの余興で《長》を手にかけようとしたノームがいる筈だった。


 固く閉じていた鉄の扉は、内側から突き破ったような跡形。

 何を物語っているのかと、ミカドは先ほど受けた肌への衝撃的な感覚を思い出す。


「ミリオン=ワン殿。どうか、持ちこたえてくれ」

 頬の内側を噛み、拳を強く握り締めるミカドの呟きだったーー。


 ***



 〈トト〉は、屋敷の使いと一緒に台所に立って、朝食の準備をしていた。

 芋の皮をあっという間に剥き、さっと根野菜を刻み、薪が組まれて燃えるかまどの上に乗せる土製の瓶のような調理器具で沸騰した湯のなかに素早く具材を入れて煮込ませる〈トト〉の手際良さに、屋敷に使える女子のひとりが見とれていた。

 正確に言えば〈トト〉に何かを言いたそうな顔つきをしていた。


「サユル、手が止まっているわよ。ごめんなさい〈トト〉様、あとは私たちで大丈夫ですから、客間で朝食をお待ちください」

 使いの女子に叱咤して〈トト〉に促したのは、女性の屋敷使いのまとめ役といわれている、若い女性だった。


「私がいきなり此処に寝泊まりしてしまったの。お客さんでじっとしとくわけにはいかないわ」

「〈トト〉様は、働き者ですね。でも、あなたはーー」

「待って、イチカ。まだ、ずっと先のことを深く考えたくないの。今を、考えたい。今を、大切にしたい」


「あなたらしい、ですね」

 〈トト〉にイチカと呼ばれた女性は、穏やかな顔を〈トト〉に見せて言う。


 そして、一通りの朝食の支度が終わる。


 〈トト〉はイチカの後ろをついていくように〔来賓の間〕へと器に盛られる食事が乗る膳を運んだ。

 〈トト〉の後ろには、同じく膳を運ぶサユルがいた。


「そういえば、ミカドは何処にいるのかしら」

 膳を床に置く〈トト〉は、イチカに尋ねた。


「いつもなら、とっくにお屋敷内を見回っているお姿を私たちも見ますけど、何かあったのでしょうか」

「サユル〈トト〉様に何てことを言うの。ああ、度度のお見苦しいところを見せてしまって、申し訳ありません」

 イチカはサユルにきつい顔つきを見せて〈トト〉には何度も頭を下げて言う。


「イチカ、サユルは悪いことは言ってないわ。それに、少し気になりましたが、何かとサユルにきつい言い方をするのは、何故ですか」

 〈トト〉はサユルを背後にして、イチカに訊く。


「〈トト〉様が気にすることではありません。サユルは、まだ子どものようなところがあるのです。屋敷使いの振るまいは、私が責任をもって指導をーー」

 イチカは〈トト〉の瞳を見て、身震いしながら口を綴じた。


 〈トト〉は、じっとイチカを見ていた。

 口を開くことなく、イチカを見つめていた。


「サユル、あなたが感じたことを私にお話ししてくれますね」

 〈トト〉は、イチカから目をそらし、サユルに振り向いてやさしい眼差しをして尋ねる。


「はい」と、サユルは頷いた。

 そして、サユルは涙声で〈トト〉に語る。


「わかったわ。イチカ、屋敷にいる使いの方たちを集めて屋敷から避難をして」

「〈トト〉様は、どうされるのですか」

 〈トト〉の促しに、イチカは動揺を隠せない顔をする。


「危険が迫っている。サユルは、感知をしていた。だけど、あなたはサユルに口止めをするかのように、抑圧をかけていた。とても危険な事が起きる……。サユルの声を、あなたは聞き入れなかった」

 〈トト〉は身に纏う衣装の裾を両手で持ち上げ、板張りの廊下を裸足で駆けていった。


 ーーミリオン=ワン、ミカド……。


 〈トト〉はふたりの名を思い浮かべて、まっすぐと駆けていた。

 せめて、ミリオン=ワンの傍で一晩を過ごしていたら真っ先に彼を護れたのに、と〈トト〉は後悔を含めた思いをした。

 ミカドも一緒にだったら、もっとよかったはずだった。も、思った。


 〈トト〉は、足止めをした。

 廊下が白壁で塞がれていた為に、だった。

 夕べ《長》を寝室に連れて行く為に廊下を歩いた。を、思い出して無かった壁が廊下を塞いでいた。


 〈トト〉は、はっきりと確信した。

 壁の先で何かが起きていると、察した。

 不安が気のせいであって欲しいと思う一方、誰が壁で廊下を塞いだのだろうと、思いを張り巡らせた。


 〈トト〉の背後から、板張りの廊下がきしむ音がする。

 恐れをせずに〈トト〉は音の方向に振り向いた。


 軋む音は〈トト〉の目の前で止まる。

 〈トト〉は声の主の顔を見つめて、声の主の両目から溢れる涙の滴を、右手の指先を全部使って何度も拭う。


「ミカド、今起きている出来事を説明できますか」

 〈トト〉は現実を直視して、ミカドに尋ねた。


「ノームが〔隔離の間〕から脱走した。まだ、屋敷内に潜伏しているとなれば、真っ先に《長》を狙う可能性がある」

 ミカドは、声を震わせて廊下を塞ぐ白い壁を見つめていた。


「ミカド、壁の先には《長》の寝室があるのは、私も知っているわ。壁で《長》を護る。と、いう機転をされたのは、どなたかご存じですよね」


「ミリオン=ワン殿、だ。私は、私はーー」

 ミカドは、とうとう嗚咽混じりで涙を溢していた。


「ミカド、自分を責めたらいけません。大丈夫、ミリオン=ワンは強い方です。今は、私たちでやるべきことを優先しましょう」

 〈トト〉は、ミカドの身体を両手で支える。


「〈トト〉を捲き込みたくなかった。私が食い止めるにも、限界があるというのが本音。おぞましいと、思ったのは初めてだ」

 涙を拭うミカドは、顔をあげると〈トト〉とある方向に振り向いた。


 ーー何度も『芝居』を観るのは、飽きた。今度こそ、幕をおろす。私がその役目をしてあげよう……。


 太く、低い声。

 針のように細い目つきで〈トト〉とミカドを見るノームが、掌から紅い炎を焚かせていたーー。


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