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翠は微笑む~序章~  作者: トト美咲
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待宵草が咲く頃に

 今宵の空模様は、星の海。

 開演場所は《長》の住まいの一郭にある〔演舞の間〕にて、演目題は『釣鐘草の灯』出演は《癒しの女神》の役〈トト〉進行役、ミカド。

 客席には“幻人げんと”の《長》とノームと、いう名の“幻人”の青年ふたりだけだった。


 舞台裏では、衣装合わせをする〈トト〉がいた。

「ミカド……。私には似合わないわ」

 ミカドに着付けをされた〈トト〉が恥ずかしそうに言う。


「私が着こなせない服……。もとい、私が着るには息苦しいのだ。走るには襟元えりもとはだけるうえに、足元がもつれるようなすその長さが邪魔くさいからね」

 ミカドは〈トト〉の腰に緑色の帯を巻いて大輪の花を彷彿させる結び方を、髪飾りは琥珀こはく色が鮮やかな石を囲む小粒の真珠より伸びる緋色の蔓蔦つるつたが二本と、紫の花をささえる黄金色の葉。を、施した。


「私が身に纏う服のことを、おっしゃったのかしら。この服だってミカドが私に譲ったもの。さらに今回の為に、帯と装飾品を……。あなたは、本当はーー」

 〈トト〉は鏡に映る姿を見たあとに、ミカドへと振り向いた。


「私は《長》の使いだ。深い考えをしないで欲しい」

 ミカドは〈トト〉の顔を鏡と正面にさせて、エメラルド・グリーンの長い髪を手櫛で調える。


 〈トト〉とミカドは舞台の袖に向かう間、言葉を交わすことはなかった。

 〈トト〉の顔は曇りがかっていた。ミカドと目を合わせるのが恐かったからだ。


 演舞は《長》に〈トト〉が伝えたい事を表すのが目的。提案したのはミカドだった。そして、すべての段取りをミカドが実行した。

『恐い』の理由が気のせいであって欲しい……。


「出番前に泣いたら、折角の化粧が台無しになるよ」

 ミカドが優しい声で〈トト〉に言う。

「……。ミカドはまるで『お日様』ですね」

 〈トト〉は衣装の裾を両手で軽く握りしめミカドに会釈をすると、拍子木ひょうしぎの音が鳴り響く。あとに続くのは、鈴に笛、太鼓。

 音色が止む頃〈トト〉は舞台の中心にゆっくりとした歩調で向かっていったーー。



 ***



 真と幻。

 呼び方が違う、同じ人の象。

 見上げる空と、踏み締める大地は同じ。

 遠い昔にそれぞれの象は、生き方を別ける。


 花は、咲く。

 太陽は、大地に温もりを混ぜた光を照らす。

 月は、路に明かりを灯す。

 星は、夜空を煌めかせる。


 歴史が移り変わっても、変わらず真と幻は生きていた。

 真の象の名は、百万ひゃくまんいち

 真に、一枚の白い布を預ける幻。


 幻は、信じる。

 会うは、それぞれの生き方を再びひとつにすると、信じる。

 待宵草まつよいぐさの花びらが黄色から橙色に移り変わっても、心は変わらないと信じる……。



 〔演舞の間〕の舞台で〈トト〉は唄と舞を披露した。

 観客席より人の高さの位置にある舞台の足場には、照明として篝火かがりびが灯される燭台が両端に一つずつ置かれていた。


 澄みきる声の唄、舞をする度になびくエメラルド・グリーンの長い髪と衣装の裾。

 燭台の灯火が〈トト〉を淡い朱色で照らす。

 〈トト〉は右足を軸にして、左脚の膝を曲げて右へと三回転する。

 腰に巻く緑色の帯の隙間から絹の白い布を右手で抜き取り、天井に向けて風ではためくように、腕を振り上げた。そして、右腕を垂直に伸ばして、右手から布を離す。

 〈トト〉は舞を止める。白い布は、花びらが散るように空中で螺旋しながら舞台の足場へと落ちた。



 ーー最後までご覧になって、まことにありがとうございます。

 お客さまの思い出に……。いえ、心を動かすものがあれば、幸いです。今宵限りの余興、此れにて閉幕。


 舞台の袖からミカドが声を高らかにして『演舞』の終わりを告げる。

 〈トト〉は呼吸をととのえて、目の前のふたりの『観客』に深々とお辞儀をする。

 脚はミカドが待つ舞台の袖に向いて、一歩前に踏み込むところだった。


 ーー《長》わたしに何故、そんなことをおっしゃるのですか。


 客席から絶叫に近い声がした。

 〈トト〉は堪らず立ち止まり、只事ではない様子だと察知すると「ミカド、早く此方に来て」と、舞台の袖にいるミカドを呼ぶ。


「待て、ノーム。おまえは《長》に何をする気だ」

 駆け付けたミカドは〈トト〉を背後にして、目の前の状況に激昂した。


「とんだ『芝居』に付き合わされた、わたしは嵌められた。何が『生き方を再びひとつにする』だ。歴史を辿れば“真人まびと”が我々“幻人げんと”を含む他の種族と生き方を断ち切ったのだ。裏切り者の《長》を、わたしがこうしてーー」

 ノームは《長》の頸に両手をのせようと腕を伸ばしていた。


「此方としては、おまえが言っている事に理解が出来ない」

 ミカドは舞台から飛び降り、ノームの背後へと駿足で着くと左脇腹を目掛けて左脚の爪先をくい込ませた。


 ノームの全身は右に傾き、傍に置かれる座席とともに転倒する。


「ミカドッ!」

 〈トト〉は舞台の上で叫ぶ。


「〈トト〉ごめん。だけど、こんな情況ではやらずにいられないよ」

 ミカドは起き上がれないノームを睨みつけると《長》の身体を支えるように両手を添えた。


「《長》教えてください。あなたは、何を考えていたのですか」

「……。次期『称号』は、既に決まっていたのだ。ただ、いきなり就くとなれば、今の時代では酷なものがある。だから、時代を変えるとするならば、どうしても必要な事があった。ワシの独断では、動けない。ワシは、待っていた。声を揃えて時代を変えると志す者を……。」

「“真人”と“幻人”が再び手を取り合う時代……。でも、双方の種族が志しを同じくしなければ実現は不可能かと思いますが……。」


 《長》はミカドが支える手を離し、背中を前へと曲げて深呼吸をする。

「〈トト〉が見せた『演舞』に、ワシは確信した。ワシが会った“真人”もそうだった。お互いは既に会っており、同じ志しを誓っていた」

 《長》は緩む頬で〈トト〉を見つめていた。


 〈トト〉は《長》の目を見ると、顔を朱色に染めた。

「あの……。私は、そんな大掛かりな事を《長》に伝えたい気持ちはーー」

「もう、隠す必要はない。ワシはやっと、本当の意味で荷がおりる。ミカド、次期『称号』をあたたかく見守るを頼むぞ」


「《長》は、ほとんど『ご隠居』をされていた。どさくさ紛れで私に《長》の役割を正式に押し付けたようなものです」

 《長》の言葉に、ミカドは頬を膨らませた。


「ふぉふぉふぉ、今まで通りに振る舞っているだけでよい。どれ、ミカド。ちょっと《奴》を呼んで来るから、今のうちにそいつを〔隔離の間〕に容れとくのだ」

 《長》は、いまだに起き上がらないノームに顎を突きつけると〔演舞の間〕からゆっくりとした歩調で去っていった。


「やれやれ」と、ミカドは溜息混じりで言うと、腰に着ける巻き付いたわらの縄を握り締めてノームの両手首を縛り、さらに腕を固定させた胴体にも縄を巻き付けた。



 ***



 〈トト〉は〔来賓の間〕に居た。

 ミカドが『用事』を済ませる間、待つようにとミカドが伝えていたからだ。

 〈トト〉は、檜の板張りの床に腰をおろして部屋を見渡した。

 木の板が組まれる壁には、赤や黄色の木の実が数珠つなぎで飾られており、縁側と部屋の仕切りとして麦の茎で編まれた簾が、建屋の梁から下がっていた。

 時々やさしく吹く夜風が〈トト〉の頬を掠めて、その度に〈トト〉は目蓋を綴じた。


 先程のミカドと《長》の会話が気になっていた。


 次期『称号』は既に決まっていた。

 時代を変えるを志す者。


 〈トト〉は『称号』の姿を見たことがなかった。正しくは《長》しか会うことが出来ない、或いは声を聴くことさえ《長》だけ、だろう。

 《長》の一番使いは、ミカド。

 ミカドは『称号』について、どんなことを思っているのだろうかと、思いもするのであった。


 だが、訊く勇気がない。

 訊けばどんなことが待ち受けるのかと、恐くて堪らなかったからだ。


 〈トト〉はあの時会った“真人”の青年、ミリオン=ワンについて《長》に相談したかった。

 ミカドの粋な提案を実行して、遠回しをしての『相談』をすることが出来た。


 《長》は誰を呼びにいったのだろう。

 ミカドを待つ間〈トト〉の頭の中は、いっぱいになりかけていた。


「待たせてしまった。さぞかし、退屈だったね」

 明朗な声が聴こえて、振り向くとミカドがいた。


「静かで良いなと、ゆったりとしていたわ」

 〈トト〉はミカドに気持ちを悟られないようにと、弾む声で返事をした。


「あ、お茶が出ていないではないかっ! あいつらは大仕事が終わったから気を緩めやがったな」

 ミカドが怒りを膨らませると「細かいことは気にしていないからミカドは、落ち着きなさい」と〈トト〉は拳を握り締めるミカドを宥めた。


「どっちみち、茶の用意は必要だよ。私は、お腹が空いているしね」

 ミカドは腹部を両手でさすりながら言う。


「……。ミカド《長》も戻られたのね」

 笑いを堪える〈トト〉は、ミカドの後ろにいる《長》の姿に気付いて言う。


「ああ、そうだよ。さっきの『演舞』で〈トト〉が唄っていたのは本当のことだった」

 ミカドは振り向いた。そして、会釈をすると〔来賓の間〕へと路を開けるかのように、右に移動をした。


 〈トト〉の顔が雲が晴れるかのように、光を照らされるように明るくなる。


「また会えると……。思っていた」

 《長》の左隣に佇む青年が、ズボンの右ポケットから抜き取った白い布を〈トト〉に見せながらやさしい眼差しをしていたーー。


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