翠の始まり
果てしない昔の頃【オメガグリン】と呼ばれる国があった。
国には4つの種族がいた。
“幻人”と“真人”は人の象。
〈ウッドブリンク族〉は“幻人”には小さな人の象で見えるが“真人”には種々の『虫』で目に映っていた。
そして〈イキモノ族〉の姿は『幼虫』そのものだった。
それぞれの種族は、存在を尊重していた。
しかし“真人”は違っていた。
自然と共に生きる“幻人”と〈ウッドブリンク族〉そして〈イキモノ族〉より距離を置いて生きていたのは“真人”だった。
一方で、国の文明を発展させたのは“真人”だった。
“真人”は積極的に【他国】との貿易を展開した。
【他国】からの文化と思想を取り入れて【国】を豊かにしようと奮闘した結果【国】は、表向きには華やかさと安定した生活感が溢れていた。
だが、他種族は自然と一体化した生活に変化をさせることは、しなかった。
始まりがあれば終わりもある。
時が過ぎて“真人”が築いた文明は衰退した。
【他国】との貿易摩擦が生じてしまった。
残された選択は【他国】を侵略するか、原点回帰するかのどちらかだった。
長い時の中で袂をわけた他種族と手を取り合う。
今さら、おめおめと……。
【他国】を攻めて我々の【国】を万世不易にするのは、論外だ。
他種族に産業の知識を広める。
工業は他種族には向かない。
“真人”は物議を醸すが平行線でしかなかった。
他種族の『歴史』を学ぶ。
学ぶに【国】の再建を賭けるをしてみよう。
“真人”の中で改革の案が可決した。
何処の組織が担うのかと、論議された。
他種族の風土に介入をしないという条件で“真人”の男が挙手をしたーー。
翠の物語は、此処から始まった。
***
「〈トト〉あなたからも仰ってください」
色鮮やかな花を咲かせるある場所で“幻人”の女性がある方向に指を差して言う。
「困りましたわね、あなたで三人目よ。私も様子を伺ってますがあちらから私たちに危害を加えることはあり得ないと思います。それでも……。と、いうのであれば検討致します」
エメラルド・グリーンの長い髪に同色の瞳。身に纏う純白の装束に絹糸であしらうベールを左肩に金と銀の留め具。履くは水晶の踵が高い靴。すなわち〈トト〉が溜息まじりで“幻人”の視線を目で追った。
象は同じだが“真人”という種族。しかも男性が毎日出没している。
身なりは茶色のベストに同色のズボン。履く靴は、擦りきれた紐付きの黒いブーツ。トップスとして着ていたのは袖が肘まで黄土色に染まったワイシャツ。
〈トト〉は“真人”と目が合ってしまった。
相手も〈トト〉を見据えるが、ほんの一時でしかなかった。
“真人”は右手に持つシャベルで地面を掘り返す。
ひたすら黙々と、土を掘るをしていた。
〈トト〉は、遂に決行した。
「お願い、道をあけて」と〈トト〉の促しに反応した大地に根付く草葉が〈トト〉の足元から左右に根元を倒していく。
道は“真人”の男にまっすぐと延びた。
〈トト〉も男を目指して歩く。
男は〈トト〉が近付くことに怖じ気づく素振りもない。
あと五歩、四歩、三歩……。
〈トト〉は男の二歩手前で息を吸い込み、一歩踏み出して頬に溜める息を吐く。
「おとりこみ中でしょうが、お時間をとらせて頂きます。あなたは、毎日のように今いる場所で何をされているのでしょうか。私があなたにお尋ねする理由は、此処でひっそりと暮らす住人があなたの様子に困っているという相談を承けたのです。ご事情があるのならば、あなたの胸の内を私だけに打ち明けてください」
〈トト〉は、男の緋色の頭髪を見つめながら息を切らすことなく言う。
緑の薫りを含ませる風が〈トト〉の髪をやさしく拭う。
男は握りしめるスコップで土を掘るのを止める。
お互いは、微動もすることなく吹く風を受け止めていた。
風がやむ。
〈トト〉は毛先を頬に張り付けていた。
男の髪は、赤茶色に染まったような土埃まみれで乱れていた。
「はっくしょんっ!」と、男が鼻をむず痒くした。
〈トト〉は口元に両手で押さえて笑いを堪える。
「……。暖かい気候とはいえ汗ばむ。どうやら風邪をひいたようだ」
男は鼻を啜っていた。
「鼻炎の症状ですよ。今の時期は植物の花粉が風に乗って散り散りと舞っておりますし、土埃を吸い込んだのであればなおさらでしょう」
〈トト〉は、身に纏う衣装の右ポケットから白いハンカチを取り出して男に差し出した。
男は首を横に振りながら、身体を後退りさせる。
そして、地面に埋る拳ほどの大きさの岩に踵を押し当てた拍子に背中から転倒をしたのだった。
「無理をされては本当に風邪をひいてしまいますわよ」
仰向けになった男の顔を〈トト〉はハンカチで拭い、男の右手にハンカチを握らせた。
〈トト〉は蒼く澄みきる男の瞳を見つめた。
男も〈トト〉のエメラルド・グリーンの瞳に吸い込まれるように息をするのさえ忘れるほど〈トト〉に見つめていた。
「お気遣いをしてくれて、感謝を申し上げる。だが、私の行動に不信感を持たれたことに謝罪を致す。そなた達に許可を得なかったのが原因だろう。詫びとして、何かを承る。何なりと申すのだ」
男は上半身を起こして〈トト〉に頭を下げて言う。
「何も……。いえ、ひとつだけあります」
〈トト〉の言うことに、男は全身を震わせた。
男は喉を鳴らして〈トト〉の言葉を待つ。
「あなたのお名前を、私に教えてくれる。それだけです」
〈トト〉は男の両手をひいて、男が腰をあげるのを援護した。
「ミリオン=ワン。と、申します」
「私のことは〈トト〉と、呼んでください。あなたのことについては、私から住人達に説明を致します。だから、くれぐれも無理をされずに『お仕事』をされてください」
〈トト〉は必要以上に男(ミリオン=ワン)に訊くことをしなかった。ミリオン=ワンは〈トト〉の後ろ姿を、見えなくなるまで目で追った。
ミリオン=ワンは掌の中にある〈トト〉から受け取った土埃で染まったハンカチで鼻を押さえる。
幼い頃口に含んだ甘い砂糖菓子と清涼感が溢れるペパーミントの薫りが混じって、ミリオン=ワンの鼻腔を擽らせたーー。




