洗礼式とアーティファクト
「マルコ、マルコ。そろそろ洗礼式が始まるぞ。」
気がつくと、教会に戻ってきていた。司祭様もなにやら水晶玉の様なものを持って戻ってきていた。
「あぁ、失礼しました。父上、司祭様。」
「随分熱心に祈っていたようだが…。」
「はい。初めてのお祈りだったので、程度が分からず…。」
と、ごまかしておく事にしよう。まさか神と会っていたとは言えない。いや、神託があった事にすれば術式を広めるには良いか?うーむ。
「信心深い事は良い事です。将来が楽しみなお子さんですね。それでは始めましょう。」
そういった司祭は祭壇に上がり、祈りの常套句を述べていく。
「ーー。マルコ=クロウリーの人生に幸あらん事を…。マルコは魔術師を志望するんでしたね?ではこの水晶玉に触れなさい。魔力属性を調べます。」
司祭に促された水晶玉には複雑な術式が刻まれていた。しかし、元の世界で人工知能の研究者であった私にとって、プログラム言語は馴染み深い。さっと読んだだけで大体の流れがわかる。
「(なるほど、ここで入力された魔力を見て…これは周波数を測ってる?なるほど、魔力は波なのか。そして、周波数を変数に記録した後に…周波数を変更?あぁ、魔力は周波数で属性が変わるのか。魔力を光属性に変えてから、記録した周波数の光を出すと。これなら確かに属性によって色が変わる。しかし、周波数は大雑把にしか測定してなさそうだな。まぁ、属性を知るだけならこれでいいか。)」
そんな事を考えながら水晶玉に触れて、魔力を流す。俺は風属性のため予想した通り、風属性を示す緑色の光を放ち始める。
「(まてよ…?周波数を変えるとこの水晶玉はどうなるんだ?)」
そう思って、水晶玉の周波数変更する所を参考に術式を即席で頭の中に構築していく。バグが出ても困るので、できるだけ単純に、周波数を少しずつ上げていくだけの魔術にする。人間の頭脳はコンピュータのメモリのようなもので、非常に高速に術式を書き込み、実行できる。しかし、意識や思考に影響を与えない範囲しか使えないため、魔術発動体と比較して書き込める量は非常に少ない。また、術式が終了するとその書き込んだ術式は消えてしまう。なかなか使い勝手が難しい媒体なのだ。
一方で、魔術発動体はHDDの様なもので、大容量の術式を保存できる上、自ら消さない限り消えることもない。しかし、書き込みと読み込みには時間が掛かる。どの魔術師も通常は魔術発動体を使用するのだが、今回の様に思いついた事を試したり、発動体に記録していない魔術を使用する場合はこの様に直接頭に書き込んでいく。
「(最後に変換した魔力そのものをアウトプットするようにして、完成だ。)」
さっそくこの術式を使って水晶玉に魔力を流す。おお、水晶玉の色がだんだん変わっていく。予想通りだ。
「(おお、虹のようでキレイだなぁ。)」
ところが、紫になったところでだんだんと光が弱くなってきた。あー、可視光の周波数を超えちゃったか?光の周波数を上げ過ぎると紫外線やX線になって危険なのでこの位にしておこう。と思い、魔力供給を止めて手を離し、祭壇にいる司祭様に目を向ける
「……。」
司祭様が絶句していた。やりすぎたかな…?
◇
結局、俺は司祭からは魔術師の素質はないと言われてしまった。なんでも、多くの精霊に愛されているが、途中で光を失ったのはその恩寵は微弱であるためとの事。本当は光を失ったのではなく可視光の周波数を超えたためなのだが、そんな光は人間の目に見えないから、知らない人間にとっては消えた様に映っても仕方のない事だろう。
と言うか、魔力は精霊の恩寵と考えられているんだな。前世の世界の法則を思えば得体の知れない力だとは思うので、何かに理由をつけたい人間がそういう考えになるのも理解できる。
しかし、俺が風魔術を使えることを知っているエドワードは誤魔化せない。家に着いた途端、書斎に連行されてしまった。
「マルコ、お前は風魔術しか使えなかったはずだな?」
「はい。その通りでした。」
うぅ、目線が痛い。
「『でした』?教会でお祈りをしている時に様子がおかしかったが…、何かあったか?」
いきなり核心をつかれた。でも、やりすぎた事を怒っている感じじゃない。なんか心配しているような…。
「やはり、幼い頃から魔術を使ってくると影響があるのか…?」
あー、これは心配されてるわ。いい父親を持ったな…。畏怖や嫉妬のような悪感情を持つどころか、心配されるとは…。正直に言うことにしよう。
「父上、落ち着いて聞いてください。」
そう、話を切り出した。
◇
エドワードには俺が術式が読める事、アーティファクトの術式を読んだ事、魔力が波の性質を持つこと、魔力の属性は波長で変換する事、そして魔力の属性を変換できる事を話した。術式を読める理由は迷ったが、隠すことにした。さすがに前世の記憶を持つ事は信じてもらえないと思ったのだ。
「というわけで、レウコテアー様に読み方を教えていただき、世の中の様子を見ながら段階的に術式の読み方を広めることになりました。」
「ふむ…。研究者としては興味深い話だ。魔力の性質についても、実際に属性を変更した事実を鑑みれば証明されているようなものだが…それより神か…。」
「はい。レウコテアー様は家族など信頼できる方から少しずつ広めていくと良いと言っておられました。そのためできれば父上にもご協力頂きたいのです。」
「あぁ、術式を理解できるようになれるのであれば、それはこちらからお願いする。使徒様。」
は?使徒?
「何を呆けている。神より世界に知識を広める使命を受けたのだろう?神の使徒ではないか。」
「いやいや、そうだとしても私は使徒である前に人間ですし、父上の息子です。どうかいつも通り呼んでください!」
「そうか…。私は良い息子を持ったな…。」
俺もいい父親を持ったと思ってるよ。