親友達の常識崩壊
誰?と聞くとイーノーは驚いたような顔をする。
「私の様な土魔術師にとって英雄のような人。マルコお兄ちゃんは土魔術師なのに知らないの?」
そう言いつつイーノーはエミル氏の魔術について教えてくれた。
「土魔術は普通、どの様に使われるか知っている?」
「壁を作るとか、陣地形成だろ?」
そのぐらいはわかる。俺もストーンウォールを改良したことがあるのだ。
「そう。土魔術は防御魔法。その認識が一般的だった。」
「『だった』という事は」
「マルコお兄ちゃんの予想通り。その認識を壊したのがエミル氏の魔術。攻撃魔術といえば火や風の魔術だった。でも、火は燃え移るのに時間が掛かるし、風は同じ風で散らされる。でも石をぶつける攻撃は単純だけど効果が高い。」
なるほど、火は燃えるのに高い温度が必要だ。それだけの温度まで上がるまでには時間がかかる。前世でもアイロンは布を燃やす温度を持っているが、常に動かして使うから、布自体はそれ程温度が上がらないと聞いたことがある。風に至っては、所詮空気だ。風で散らされるのも仕方ない。でも、石はそうではない。既存の攻撃魔術と異なり、固形物だ。温度が上がるまで維持する必要はないし、散らされる心配はない。
「エミル氏はそれまでの土魔術は防御魔術という認識を打ち破り、最も攻撃力のある魔術を作った。その功績で、彼は宮廷魔術師になった。」
「俺は毎日のようにイーノーに聞かされているからな。よく知ってるぜ。」
とイリュオスが自慢げに言う。そんなこと言われても知らないものは知らない。でも…。
「勘違いしているようだから言うけど、俺は土魔術師じゃないぞ?」
は?っとイーノーは訝しげな顔をする。
「それは冗談?小石を打ち出していた。石を生み出す魔術は土属性の魔力でしかありえない。」
「いや、ホント。俺は風魔術師だ。ほらっ。」
と言って、俺は昔試しに作ったそよ風を生み出す術式を頭の中で即席で組み上げる。魔力を通すと当然、そよ風が生まれた。
「どういう事?小石は隠し持っていて、あの時は風魔術で打ち出しただけ?暗かったから見間違えた?」
「そんな面倒な事するなら、ウインドカッターを使ったほうがいいだろ?」
イリュオスはそう指摘する。その指摘に納得したのか、確かにとイーノーは考え込む。すると後ろで話を聞いていたエミリーが面白そうに笑った。
「クスクス、お兄ちゃんは凄いんだもん。なんたって全属性の魔術を使えるんだから!」
「「はぁ?!」」
ありえない、という顔をするイーノーとイリュオス。ちなみに、エドワードに話した後、おれは同じ事をアンナとエミリーにも話している。家族に隠し事なんてしたくないからな。
「そんな筈はない。魔力属性は一人一つ。例外は無い。それにマルコお兄ちゃんも自分を風魔術と言っていた。いくらエミリーでも嘘は良くない。」
当然、そんなことを言われたエミリーはそんなことないもんと怒る。本当はあまり説明したくないんだが、このままだとケンカになるな…。
「イリュオス、イーノー。今から話す事は秘密だ。いいな?」
「私は構わない。風魔術がどうやってエミル氏の魔術を模倣したのか興味がある。」
イーノーはどうも土魔術オタクの様だな…。
「イリュオスは?」
「当然、秘密にするぜ。面白そうだしな。」
二人の同意を聞くと、俺は魔力属性を変換できる術式を知っていると話した。
「信じられない…。」
「あぁ。」
「それが本当なら、今の魔術界に革命が起きる。魔術師なら誰でもストーニア家の秘術と同程度の攻撃魔法が使えるんだから。」
まぁ、それはそうだろう。今までは自分の魔力属性の魔術しか使えなかったのだから。
「あぁ、だから秘密にしていてくれ。」
「なんでだ?この魔術を公開すれば魔術師であれば、誰でもその魔術が使えるんだろう?」
「もちろん、時が来れば公開するさ。でも、誰でも使えるからこそ騒ぎになる。もしかしたら、俺や家族の身が危うくなる。」
少なくとも、身を守れる様になるまでは公開すべきでないだろう。昨日の戦闘で未熟さを思い知った俺は念には念を入れる。少なくとも、構想中のOSができるまでは公開する気はない。
「そうか…。分かった。イーノー…?」
さっきからイーノーの様子がおかしい。信じられないと言ったあたりから肩を震わせている。刺激が強すぎたかな?イーノーは賢い。俺のの1歳年下と言う事だから6歳の筈だ。6歳とはとは思えないほどに知識があり、知的な会話ができる。でもだからこそ、今までの常識から外れた俺の魔術は刺激が強すぎたのかもしれない。
そう心配していると、
「凄い…。」
「え?」
「凄いよ!マルコお兄ちゃん!私をマルコお兄ちゃんの弟子にして!どんな事があっても一生ついていく!」
どうやら感動していただけらしい。懐かれてしまったようだ。イーノーは興奮して俺に抱きついてくる。
「あー!イーノーちゃんずるーい!」
エミリーはイーノーが俺に抱きついたのを見て何を勘違いしたのか、盗られまい(?)とエミリーも抱きつきてくる。
「なっ、ちょっと待って、おまえら。イリュオス!助けて!」
「いや、こうなったイーノーはしばらく無理だ。」
イリュオス…!こいつ、考えるふりもせずに諦めやがった!覚えてろよ!
こうして俺は秘密を分かち合った親友を得た。イーノーとイリュオスとはこれ以来、非常に長い付き合いになるのだが、この出会いは恥ずかしいことにその後の歴史家の間で永く語り継がれることになる。黄金世代の伝説の始まりであると。