戦いの後に
翌朝、俺は目を覚ますと家のベッドの上だった。口に広がる血の味と5,6本抜けてしまった右奥歯の違和感を感じながら体を起こす。歯が抜けた事に一瞬これから迎える入れ歯生活は俺を絶望感が襲う。
すると、心配した様子でエミリーとアンナが部屋に入ってきた。
「マルコ、目が覚めた?」
うう、大丈夫じゃない…。エミリー、これからお兄ちゃんは入れ歯生活になるんだ。
「えぇ、傷は大した事ないのですが、歯が…。」
「あら?もう奥歯も生え変わっていたかしら?まだ子供の歯だと思っていたけれど。」
アンナに言われて冷静になった。今生ではまだ奥歯が乳歯であったことを思い出し、ホッとする。抜けたのが乳歯で良かった…。
「いえ、母上に言われて思い出しました。まだ生え変わっていません。よかった…。」
「それなら良かったわ。少し遅いけど、朝ごはん食べるわよね?用意できてるわ。」
ぐぅ。
思い出したかのように腹の虫が返事をする。そう言えば昨日の晩御飯も食べてなかったな。
「ふふ、いい返事ね。口が切れている様だったから、麦粥を用意したわ。これならあっさりしてるから食べられるでしょう?」
俺は頷きながら居間に移動しようとする。しかし、壁にぶつかった時のダメージが思ったより大きかったのか、身体のあちこちに痛みが走り、思わず顔をしかめる。
「あっ、動かなくていいわ。ここに持ってくるから待ってなさい。」
そんな様子を見たアンナは朝食の準備をするため部屋から出ていく。エミリーはと言うと、部屋の隅で、何かを言いたそうに俯いている。
「エミリーどうしたんだい?」
「…お兄ちゃん、ひぐっ…ごめんなさい!…ひぐっ」
エミリーの言葉を促すように話しかけると、エミリーは泣くのを我慢していたのか、嗚咽を漏らしながらそう言った。
「大丈夫だよエミリー。エミリーが無事で良かった。」
「でも…ひぐっ、私が早くかえひぐっ、帰らなかったから!ひぐっお兄ちゃんが怪我して…ひぐっ」
あぁ、エミリーは俺が怪我をしたのは自分のせいだと思っているのか。本当は俺が弱いせいなのだが…、俺は不甲斐ない兄だな…。
「エミリーおいで。」
「ふえぇーん。」
腕を広げてエミリーに側に来るよう言うと、エミリーは泣きながら俺に抱きついてくる。
「お兄ちゃんごめんなさい!私のせいで!」
「エミリー。よく聞いて」
言い聞かせる様に、エミリーに優しく話しかける。
「確かに約束した時間に帰らないのは悪いことだ。でもそれはエミリーは分かってるし、もう約束を破るような事はしないだろう?」
「ぐすっ、うん。ぐすっ、ちゃんと帰る。」
「なら、それでいい。それよりお兄ちゃんはエミリーが無事だった事が嬉しいんだ。できれば謝るより、笑ってありがとうって言ってほしいかな。」
そう言うと、エミリーは怒られると思っていたのか、少しだけ驚いた様子を見せる。しかし、すぐに決心したように「わかった。」と言って、涙を袖で拭きながら立ち上がった。
「お兄ちゃん、助けてくれてありがとっ!」
泣き腫らした目をしていたが、その笑顔はとても眩しかった。
◇
その後はいつも以上に甘えてくるエミリーに構っていると、アンナが食事を用意して入ってくる。
「あらあら、さっきまで思い詰めていたみたいだったのに、その様子だともう大丈夫みたいね。エミリー、私達も下で食事にしましょう。」
食べ終わった食器はそのまま置いておいて、後で取りに来るから。と告げたアンナはそのままエミリーと部屋を出ていった。
それから俺は麦粥を食べながら、昨日の戦いについて考える。こうして魔術を実際に使って戦ってみると、俺は現在の魔術行使方法が非常に非効率的であると感じる。一番の問題は、魔術の発動時間だ。
ちなみに、現在は別の魔術を使う度に魔術発動体を切替え、魔力を通しているのだが、この方式はコンピュータに例えるならHDDを入れ替えて一つのプログラムを起動し、終了後停止するようなものなのだ。つまり、OSに該当するものがなく、毎回電源を入れなければならない。
OSに該当する魔術ができれば、起動中は魔力を使い続けるが、様々な魔術を同時に行使したり、魔力の管理をリアルタイムで行う事ができる。なにより、起動処理も大幅にカットできるので発動も早くなるはずだ。
ライブラリを用意すれば、術式のおよそ98%を占める共通処理を削減できる。そうすれば魔術の開発速度も大幅に改善できるだろう。
それに実は火を出すなどの出力処理がなければ、魔術行使に必要な魔力は驚くほど少ない。試しに無限ループするだけで出力のない魔術を使い、どの位魔力が持つのか試したことがある。結果、魔力は尽きなかった。
確かに魔力を使い続けるのだが、その魔力量は自然回復魔力量の1%にも満たない。そのため、大規模な出力の魔術を使わなければ、OSは止まることがないはずなのだ。
考えれば考えるほど、高度な魔術を開発するにはOSの開発が必要だった。非常に時間が掛かるが、時間はある。俺は早速OSの開発に取り掛かる事を決めた。