1章 境界にて
1章 境界にて
「は!?」
再度銀司は呟いた。眼前でにこやかな笑顔を絶やさない元妻の容姿を持つ自称神様は、突如現れた木箱の中からせっせと見たこともない道具を取り出しては中空に並べていく。
「ちょっと待ってくださいねー。この間仕入れたばっかりなんで、結構充実してると思うんで」
「あ、あぁ、何で浮いてるんじゃこれは?」
中空に浮かべられたガラスの玉にもシャボン玉にも見える手のひらサイズの球体の中には中世の剣だの盾だの巾着袋だの鞄だの薬瓶だのと種々雑多な模型?が入っていた。
「ふう、大体、こんなもんですかねぇ。さて、銀司さん、ちょっと浮かんでる球に触れてみてください?」
「あ、あぁ、こうかの?」
質問には一切答えてくれない神様に説教を垂れたくなったのは老人の性か。しかし嫁さんには逆らいにくかったのである。恐る恐人差し指の先でちょん、とつついてみる。
瞬間、脳内に球体の中の剣の情報が流れ込んでくる。それはこんな具合であった。
「初心者勇者の剣。お子様からお年寄りまで装備可能。便利な自動攻撃機能つき。中盤までは武器を買う必要がないくらい高性能、高品質。ただし、使用回数には限りがあります」
「お、おぉ!!中盤、と言うのはよく分からんが、なんか一瞬で理解できたぞ美緒!これ、新聞とか入れたらすごい便利じゃの!六法全書入れたら弁護士になれる!」
「驚くべき悪用法を思いつかないでください!あと、私は記憶と容姿を借りているだけなんで奥さんじゃないんですよー?あ、補足説明をしなきゃですねー。異世界渡航において、最初に渡せるアイテムには一つだけ。さらに、そのアイテムにはすべて、必ず欠点があります。そして欠点については明確に話せません。剣だと、使用回数が何回なのか、とかですねぇ」
「使用回数を過ぎるとどうなるんじゃ?」
「たとえ戦闘の最中だろうとぽっきり真ん中から折れます。現地の技術では打ち直すこともできませんから、注意してくださいね。ささ、欠点も一応ヒントとしては情報があるんだから、とっとと選んでくださいな。早く早く!」
矢継ぎ早に急かされて次々と球体に触れていく銀司。
「初心者勇者の盾。便利な自動防御機能付き。あとは剣と同じ」
「早速面倒くさがられてる!!もっとちゃんと書けよ作者、怠けんな!」
えぇ、面倒いからえぇやん。次だいけ銀司!
注:たまに本編に作者の心の声が入りますが、気にせずストーリーを楽しんでください。
「初心者用薬草、どく消し胃薬頭痛薬など、旅のお供のお薬セット。ただしちょっと重いです」
「ちょっと!?わし膝も腰が痛いんじゃけども!便利そうなのに不安!持ち歩けなかったらどうしよう!」
「はいはい、どんどん行きましょうね。コメントとか良いんで。ふぁ」
神様はそういうと大きめのあくびをした。昔からこらえ性のないところがあったなと亡き妻の事を思った。
「所詮この世はお金です。異世界の通貨平均月収入り巾着袋。ただし、賃金は下落してます。魔王のせいで」
「う、普通に考えたらこれなんじゃが・・・下落ってのがどうしても気になってしまうのぅ」
「それにします?」
「いや、保留じゃ」
「若返りの薬、高齢者向け。ただし、何年若返るかはひ・み・つ(はぁと)」
「ちょっと!凄く惹かれるのキターーー!何年でも良い!何年でも良いぞ若返れるなら!まさかしかし、異世界の人は二百年とか生きてて百歳若返れます!とかでアウトとかごめんじゃぞ?」
「あぁー、その辺はご心配なくですよー。平均寿命は同じくらいです。今の年齢から遡ってしっかり若さを手にできます!それにします?在庫一点限りですよ?」
「これにする!わしはこれにするぞ!願わくば若さを我が手に!」
瞳の奥に宿るのは若さへの渇望。
「まだ結構数用意したんですけど、それにしちゃいます?初心者用魔法の杖とか、序盤の敵は一撃ですよー?ほらほら、これなんて凄いの、アイテムが百種類まで入って重さを感じない袋。持っている間は五感の一つが機能しなくなりますけど」
「どれも欠点があるんじゃろ?わしはやはりこれにする。中年にでもえぇから若返りたいわ」
「分かりました!私には肉体が無いので老いるという感覚が分かりませんが、肉体的な老化はさぞや苦しいものなのですね。良いでしょう。その若返りの薬はあなたのものです!」
「お、おぉぉ」
神様のその言葉で球体が一瞬まばゆく輝き、銀司の手の中にはウィスキーボトルサイズの薬瓶があった。
「現地に着いたら早速飲んでみるといいでしょう。肉体が無いと飲むこともできないですからね」
「老いは悪くないもんじゃが、体は若いほうがよく動くからのぅ。物忘れも相当に辛いが、年寄りならみんな、わしと同じ選択をするだろうよ」
「さて、異世界行きを決断して頂いて誠にありがとうございます。旅立ちにあたりまして、記憶、知識、経験はすべて受け継がれます。加えて、異世界の最低限必要な生活知識も与えられます。会話も出来ますし文字も読めます。不審がられない程度の常識は身についています。魔王を倒すまでここには戻ってこられないので頑張ってくださいねっ!それと、異世界で死んだらそのまま地獄行きですから、死なないように注意して戦ってくださいねっ!!(笑)」
「ちょ、ちょっと待てーーーーーー」
部屋を覆う光が激しくなり、目も明けていられないほど眩しくなる。
最後に動いていた神様の口元の動きで何を言っていたのかが分かった。
「だって、人殺しがすんなり天国に行けるわけないじゃないですか?」