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ケーキが食べたくって

作者: 梨 鏡弥

今回が初投稿になります。どうか読んでやってください。

 三十三歳独身のサラリーマン、石狩守は甘いものに目がない。

 特にケーキが大好きだ。イチゴのショートケーキやチョコレートケーキ、チーズケーキにモンブランなどのすべてのケーキを愛している。

 今日は日曜日で会社は休み、予約して一年待ったケーキを店に取りにいく予定である。

 その店は一日三十個限定で販売されるチョコレートケーキが有名であり、予約をしなければ食べられないほどの人気商品である。

 テレビでも度々取り上げられており、今予約をすれば二年、いや三年は待つのではないだろうか。

 ここ一週間は、チョコレートケーキのことが頭から離れず、仕事中はずっと上の空で、上司からはぼけーっとするなと頭を叩かれ、同輩と後輩から笑われた。

 何はともあれ楽しみにしていた日がついに訪れた。

 今日の詳しいスケジュールはこうだ。

 朝六時半に起床。

 顔を洗い、朝食を食べてから歯を磨き、身だしなみを整える。

 肩にかける小さめの鞄に財布を入れて七時半に家を出る。

 徒歩十五分の駅に向かい、七時五十分の電車に乗る。

 ケーキ店まで徒歩ニ十分の目的の駅までは四十分ほどでたどり着くので、九時ほどにはケーキ店につくだろう。

 ケーキ店の開店は十時だが、なにしろ有名店なので、人が並んでいるだろう。

 早く行くに越したことはない。

 ケーキを買ったら、とっとと帰ろう。そして三時には家でチョコレートケーキを食べる。

 完璧なスケジュールだ。

 現在は八時五十分。スマホでマップを見ながら目的のケーキ店へ向かっている。スケジュール通りに事が進んでいる。

 住宅街を抜け、商店街のような通りを見つけた。ここにケーキ屋があるはずだ。店は全てが閉じている。 少し歩くと、パッと見二十人ほどが並んでいる店を見つける。

 心が浮き立ち、自然と鼻歌を歌い顔がにやけてしまっている自分に気づき、守はコホンと咳払いをして鼻歌をやめ、顔を引き締める。

 列に並んで一時間ほどで店が開き、その間に後ろにはかなりの列ができていた。

 一時間と三十分ほど待ち、お目当てのチョコレートケーキのみを買い、帰路につく。

 胸が高鳴って、全く心が落ち着かない。今すぐに食べてしまおうかという考えが頭に浮かび、否定する。

 一年待ったのだから家までの時間ぐらい待てるだろうと自分に言い聞かせながら、行きに通った住宅街を歩く。

 住宅街を抜ける途中、前方に人影を確認する。

 スーツに黒縁の眼鏡、頭がかなり衰退に向かっている五十代ぐらいのおっさんが、壁に寄りかかって座っていて、体が全体的にだらけている。

 死んでいるということは流石にないだろうから、大方酔っぱらってあそこで眠ってしまったのだろう。

 だが行きには見かけなかったので、ケーキを買っている間にあそこで眠ってしまったことになる。

 でもそれって少しおかしくないか、と思い本当に死んでしまっている可能性も考え、とりあえず声をかけるために近づいてみる。

 声をかける前に、おっさんが目をつむったままぼそっと呟いた。


「……お腹へった」


 どうやら空腹で動けないようだ。

 危なかった、声をかければ今自分が持っている唯一の食べ物であるケーキを渡さなければならない状況になっていただろう。

 幸いここは住宅街なので、人通りは少なくはないはずだ。

 悪いが次に通った人に食べ物を恵んでもらうといいと考え、おっさんをスルーして再び帰路につく。

 少し歩くと、先ほどと同じ体勢のおっさんを見つける。同じスーツに同じ眼鏡、同じ頭をしている。

 守の頭に疑問符が浮かぶ。自分は真っ直ぐに道を歩いたはずなのになぜ。たまたま同じ格好のおっさんが、たまたま同じ体勢でもう一人いたとでもいうのだろうか。

 もう一度おっさんをスルーして真っ直ぐ進む。

 先にはまたおっさんがいた。

 スマホのGPSを使うことを思いつくが、スマホに位置情報を取得できませんというメッセージが表示され、頭がパニックに陥る。


「人間よ」


「え?」


 気づくと倒れていたはずのおっさんが、目の前に立っている。


「お前は、私を見て見ぬふりをして通り過ぎようとしただろう?」


 おっさんは、先ほどの様子からは、想像もつかないほどに、はっきりとした口調と姿勢でこちらに話しかけてきた。


「ええと、それはですね……」


「最近の人間は、優しさというものが足りていない。そもそも優しさとは困っている者がいれば、損得勘定を抜きにしてでも助けることだろう?」


 守が台詞を言い切る前に、言葉を被せられる。

 そもそも人に対して、人間と呼ぶのはおかしいのではないか、まるで自分が人間ではないような言い方ではないか。


「いや、結局は無事……だったんですよね。っていうか貴方は一体誰なんですか? まっすぐ歩いたのに同じとこを歩いてたり、何が何だか状況が掴めないんですけど・・・」


「ふん……そうだな、なら状況の説明ついでに、自己紹介をさせてもらおう。私の名は、アムロ。人間たちの言うところの天使だ。このたび新設された、『現代の人間に優しさを』の会の会員だ。私たちは、人間の世界に降りて、ランダムに選ばれた人間の優しさの試験をしている」


「はあ……?」


「同じところ歩かせたのは、チャンスを与えたからだ。だがチャンスは一度まで、それを逃したお前には、試練を与えよう」


 正直なにを言っているのかわけが分からず、頭の疑問符はどんどん増えていく。

 自分の事を天使とか言ってなかったか。見た目おっさんのくせに。

 頭がおかしいのではないか。

だが、真っ直ぐに歩いたのに同じところに戻ってくるという不思議な体験をしたからか、その言葉が真実であるというような気もしてくる。


「ええと、試練って具体的には何を?」


「それはだな・・・」


 自称天使のおっさんは、両手を広げたかと思うと、体が宙に浮かびだし、白く大きな一対の翼が背中から生えた。そして手には、箱を持っている。

 おっさんなのに、どこか神々しさを感じる光景だ。

 ん?箱?

 気がつくと、守が持っていたケーキの入っていた箱が消えている。


「俺のケーキ! いつの間に盗ったんだよ、返せ!」


「盗ったとは人聞きの悪い。人じゃないが。これは預からせてもらう。返してほしければ、日が沈む前に人助けを三回行うことだ。そして優しさとは何かを知るがいい。ではさらば」


 そう言い残し、自称天使のおっさんはどこかへ消えてしまった。


◇◇◇


 守は歩きながら、きょろきょろとせわしなく周辺を見回している。

 周りから見れば、挙動不審な変質者に見えているだろう。

 守はケーキのために人助けを行うべく、困っている人がいないかと必死に探していた。

 自称天使のおっさんがいなくなって時間を見ると、午後三時。今の時期だと日が沈むのは午後の六時といったところだ。三時間ほど時間があれば案外余裕なのではないかと思っていたが、一時間たっても困っているような人が、一人も見つからず焦り始めていた。

 歩いていると、公園が見えた。

 あまり大きくはない公園だが、子供が遊ぶには十分な大きさだろう。

 ここなら困っている子供がいるかもしれないと思い、中を見てみると、公園にいくつか生えているうちの、一本の木の下に子供が三人集まり、上を見上げている。

 木にはサッカーボールが引っかかっていた。 

 子供たちは、どうすんだこれ、といった様子で顔を見合わせている。

 チャンスだ、そう思い守は子供たちのところへ行く。


「ボールが引っかかったんだろう? おじさんが取ってあげようか?」


「え、おじさん誰?」


 三人のうちの坊主頭の少年が不安そうな顔で答える。


「不審者か! ブザー鳴らすか?」


「耳元ででかい声出すなよ、お前はいつも声がでかいんだっていってるだろ」


 元気の良いキャップを被った少年が、生意気そうな眼鏡の少年に耳打ちで話して怒鳴られている。


「不審者じゃないから、安心してくれ」


「不審者はみんなそう言うだろ」


 じゃあ不審者じゃないやつはなんて言うんだと思ったが、さすがに大人げないので声には出さなかった。


「とりあえずボール取ったら、どっか行くから」


 返事を聞かずに、木に登ってボールの引っかかっている枝の近くへ行くが、手が届かない。

 下からは、「すげー」、「結構高いよね」、といった声が聞こえて、ちょっとだけ優越感に浸る。

 手が届かないので、枝を揺らしてボールを落とそうと試みる。

 すると、下からの称賛の声は悲鳴に変わっていた。


「うわあああん、頭になんか乗ったよおおお!」


「毛虫だ! 気持ちわりい!」


「ふざけんなよ! なにしてくれてんだよ!」


 どうやら木にいた毛虫が下に落ちているらしい。

 だがちゃんとボールも落ちたので、許してほしい。


「まあボールは取ったんだし、一回目の人助け完了だよな」


守は木から降りて、ぎゃーぎゃー騒いでいる子供たちを背にして、足早に公園から去った。

 

 ◇◇◇

 

  公園から五分ほど歩くと、大きめの買い物袋を両手に持った、小太りなおばさんを見つける。

 優しそうな顔つきで、押しに弱そうな印象の人だ。

あの買い物袋を代わりに持ってあげることは人助けになるだろう。

 時間は有限だ、少し強引にでも事を進めなければならない。


「重そうな荷物ですね」


「え、はい……そうですね」


 突然話しかけられて、戸惑っているようだ。


「良ければ、家まで持ちますよ。女性一人だと買い物袋一つでも大変でしょうから」


「いや、そんな見ず知らずの人に悪いですよ」


「気にしないでください、ここであなたを見過ごすことのほうが僕にとって悪いことですから、家はこっちですか?」


 おばさんから荷物を半ば強引に受け取り、足を進める。

 おばさんは戸惑いながらも、「こっちです」と家までの道を案内してくれた。

 


 家には、一分ほどで到着した。

 道中は、「本当にすいません」「いえいえ」といったような会話しかしていない。

 玄関の前で荷物を渡して、「本当にすいませんでした」「いえいえ」といった、もはや儀式のようになったやり取りを終え、その場を後にする。

 

◇◇◇

 

 あと一回、人助けをすればあのおっさんから、ケーキを取り返すことができる。

 残り時間は一時間ほど。

 チョコレートケーキを必ず奴から取り戻す。

 前方には、黄色い点字ブロックに杖を当てて、歩道をゆっくりと進んでいく少女の姿が見える。

 恐らく目が見えていないのだろう。

 守は少女に声をかけることにした。


「ちょっといいかな? ここらは段差とかあるから、一人じゃ危ないよ?」


 ぴくっと反応したように見えたが、少女はそのまま歩いて行ってしまう。


「ちょっと待って、一人じゃ危ないから、どこかわからないけど、目的地まで一緒にいかないか?」


少女はこちらを振り向いた。

少女は肩に少し触れるほどの長さの綺麗な黒髪で、目をつむっているが、とても整った顔立ちをしていることが分かる。


「・・・私に言っているんですか?」


「ああ、そうだよ」


「だったら迷惑なので、私にかまわないでください」


「迷惑って・・・でも君まだ杖使って歩くの慣れてないんじゃないか? だいぶゆっくり歩いているようだし」


「うるさいな、一人で大丈夫って言ってるでしょ!」


 少女は怒鳴ると同時に杖を上げて振り下ろした。


「あぶなっ!」


 振り下ろされた杖をすんでのところでかわす。


「なにするんだよ!」


「いいから!」


 目に少し涙が浮かべ、少女が言葉を続ける。


「いいから、私にかまわないでください。歩くぐらい一人でできるんだから、そうよ、これぐらいできなくてどうするのよ、これから色んなことを覚えないといけないし、今までみたいにはもう過ごせないし、あんなことしなければこんなことには……」


 途中からの言葉は守に向けられたものではなく、独り言になっていた。

 ぶつぶつと何かを呟きながら、少女は杖を使ってゆっくりと歩いていく。

 守はもう一度話しかけることができずに、その場に立ち尽くして、少女の後姿を見送った。


◇◇◇


 守は来た道を引き返していた。

 少女とのやりとりが守の頭の中にこびりついて離れない。

 守が話しかけたことで、彼女の中の触れてはいけないものに触れてしまったのだろう。

 人助けをしようとしていたのに、助ける人をちゃんと見ることができていなかった。

 思えば最初から、自分のために相手を利用していただけだった。

 相手の都合なんてお構いなしで、自分の偽物の善意を押しつけていた。

 そういえば、あのおっさんは「優しさとは困っている人を損得勘定抜きで助けてあげること」だとか言っていた気がする。

 自分の得を考えていただけの奴に優しさなどあるわけがない。あるのは卑しさとかそういったものだ。

その卑しさが少女の心の傷を再び開けた。

 そんなことを考えていると、最初に少年たちのボールを取った公園まで戻ってきていた。

 公園を囲う低いフェンスを飛び越えてボールが飛んできて、それに続いてあの時の眼鏡の少年がフェンスをよじ登って、道路に着地する。


「ああ、あの時の毛虫男じゃん! こんなとこで何やってんだよ」


 守は眼鏡の少年の下へ走り出していた。

 少年の後ろからトラックが迫っている。

少年はこちらに気をとられていて気づいていない。


「危ない!」


 守はかばうようにして抱きかかえる。

 そして守は強い衝撃を背中に受け、意識を失った。


◇◇◇


目を覚ますと、知らない天井が目に入る。

 周りを見て、状況を察するに自分は今病院のベッドで寝ていたようだ。

 看護師がドアを開けて部屋に入ってきた。


「あら、目が覚めたんですね。体の調子はどうですか?」


「ええと、たぶん大丈夫です」


「本当に運が良かったですね。トラックに轢かれたはずなのに、骨の一本も折れてないんですから。」


 確かにそうだ、体は上手く動かせないが、あの時強いあれほどの衝撃を感じたのに、背中が少し痛む程度で済んでいる。

 そうだ、聞かなければいけないことがある。


「体に異常はないですが、一応安静にしていてくださいね」


「あの、すいません。あの時の子は」


「ああ、あなたが庇った子ね。あなたのおかげでけがはなかったわよ。その子の両親があなたにお礼を言い

たいそうよ、ちょうど今いるから呼んでくるわね」


 看護師は眼鏡の少年とその両親を連れてきた。

 両親は何度も頭を下げてお礼を言い、母親が少年の頭を強く抑えて、「ほら、あなたもお礼を言いなさい」と言い、少年は不満そうな顔をしながら「助けてくれてありがとう」と言った。

 そういえば、あの日は感謝の言葉を言われていない気がする。

 なんというか、少しこそばゆい。

 優しさが損得勘定を抜きにしたものであったとしても、感謝の言葉を言ってもらえる得ぐらいはあってもいいと思う。

 守は気にしなくて大丈夫だということを伝え、少年と両親には帰ってもらった。

 そして看護師も少年と両親を見送りに行き、部屋には守一人になる。


「人間よ」


 ベッドの隣に、最初からそこにいたかのように、あの時のおっさん天使が現れた。


「うわっ、びっくりした。急に現れるなよ」


「あの少年を庇った時の行動、立派であったぞ。怪我はその行動に免じてサービスしておいた」


「ああ、あんたのおかげで骨とか折れてなかったんだ。っていうか俺のケーキは⁉」


「案ずるな、ケーキはちゃんと返してやろう、ほれ」


 おっさん天使の手が光ったかと思うと、ケーキの箱が出現した。


「良かった、ちゃんと返してくれるんか」


 簡易のテーブル、チョコレートケーキとフォークをおっさん天使が用意してくれて、フォークを手にして、念願のチョコレートケーキを頂こうとするが、手が上手く動いてくれない。


「事故の影響だな。仕方がない、フォークを貸してみろ」


 そう言い、守からフォークをおっさん天使が取り上げる。


「え?」


「ほら、あーんだ」


「マジで?」


 とある病院の一室では、禿散らかしたおっさんがおっさんにケーキをあーんして食べさせているシュールな光景が繰り広げられた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ストーリー全般に流れる、温かくユーモラスな描き方が良かったです。楽しませて頂きました。 [一言] ありがとうございます。
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