追慕
瀟洒な教会の傍ら――その庭の隅に老桜が花を開 (さ)かせるのを女は見つけた。 「ああ、今年も咲いた」と、女は春の優しさに出会った。
腕一回りはあるかと思われる大木は元来の荒々しさを 積年の生の象徴たる厚い木肌の奥に秘めているようであり、それを曝け出したものが根を強固にしているのだけは見える。日影に黒ずむ幹を上の方へと目線で辿っていくと、対照的に花弁が春光に照らされ柔く輝いていた。
その桜は意外な所にあるためか、それを花見にするものはあまりいない。図体はでかい癖に儚く咲く。それをただその女だけが毎年見に来るのである。
学生服とみずみずしい花弁、可憐な少女と老桜がこの影で出会い干渉する。そうして、無事咲くかの心配を余所に咲くのを見て彼女は頬を緩めたのであった。
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もう冷えた鉄柵の向こう――澱んだ虹縞の間から女が舞うのを見つめていた。
「次々と散っていく」と、男は肌に寒さを感じた。
抱き込むと調度よさそうに華奢な腰はその真新しい学生服が溢れんばかりの若々しさをきつく徒に縛っているようであったし、かえってそこから地からの萌芽が見え隠れする。命としての役目を終えた者が下へ散りゆく中、彼女を鼓舞するように花弁が舞い落ちる。
その桜の根には寂寞な墓地があり、そこだけが暗く吹き込んでいる。ケシの花に囲まれて雪は薄く降り積もる。教会の陰になるためつもりとけきらず、男は悩みぬいた。
眠れぬ愚者の夢、飢える超人の望み――布が巻かれそれは発露する。そうして、そんな夢中にいながら訪れる者を見て溜息をつくのであった。
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地を這う日見ずが囁いた。
「冬は去り、春は訪れた。別離ではなく「出会い」である。
冬は訪れ、春はいずこへ。「出会い」としての別離である。」
房が一つ丸ごと中間を舞った折、男が「やあ」と声をかけた。
女は頭の雪を払った後、少し悩ましげな笑みを浮かべた。
「三人の日と書いて春・終」
桜は咲き誇るがそこに罪はない。あるのは人の心に、か……