(8) 知略の王と白鎧の乙女
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「…で?…私にそれを信じろ…と?」
床から、壁から、天井から…全てが鏡のように全てを映す。
一つ間違えば、悪趣味とも思われかねない…そんな白銀の部屋。
「はい。我々は、貴国を侵す意志は持っておりません」
もし、スカートや胸の大きく開いたドレスなどを着用していようものなら、全てを覗き見られてしまうに違いない。もっとも…我が隊の隊員は全員、白い鎧を着用しているので、そのような心配は無用なのだが。
「ふむ。まぁ…確かに、君たちがどの程度の精鋭かは知らぬが、十人隊に毛が生えた程度の人数で、我が国に害をなせるなどと…私も思いはしないがね」
一段高くなった床の王座に、ゆったりと肩肘をついて腰掛けた銀雪の氷原王は、ちらりと横に目配せをしながら思案する。
その目配せが合図だったのだろう。部屋全体に広がっていた鏡面が、雪解けの季節を迎えたかのように消えていく。瞬きを数回、繰り返すうちに部屋は普通の色合いへと変わる。…もっとも、王への謁見の間であるのであるから…それでも十分に煌びやかな輝きに彩られてはいるのだが。
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「どうか賢明なる氷原王様には、我が言葉をお信じいただき…力を貸して戴きたい」
部屋全体を鏡面と化していたのは、王の守護者か…そうでなければ筆頭従者クラスの術者が操る因子の能力だったと思われる。
上下左右ありとあらゆる方向を鏡面で映し出し、王を害するいかなる危険な物をも隠すことの出来ないように…そういう意図の技なのだろう。見られて困るような者は、王へと近寄らせぬ…つまりは、そういう意志の現れでもあるのかもしれない。
「いきなり…我が国土へと不法に侵入した挙げ句、力を貸せと?」
この氷原王の質の悪いところは、先ほどから遅々として進まない会話からも既に明らかなとおり、勿体ぶった物言いで…とにかくノラリクラリと話しをはぐらかせようとするところだ。
王座の肘掛けを右手の中指でコツコツと弾きながら、氷原王は私の顔を真っ直ぐに見つめたまま思案している。おそらく、私の表情の微妙な変化などを細かく読み取り、私の言葉に嘘偽りがないかを吟味しつつ、どのような選択肢が最も氷原国にとって多くの利益をもたらすかを思案しているのだと思う。
「私は、白暮の石塔国の臨時特使として、石塔王から末姫の捜索に関わる全権を委ねられております。もし、私に力を貸していただけるのあれば、貴国にとって必ずや益のある提案をさせていただくこと…お約束します」
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ほう?…というような表情をしながら、その先を話せとでもいうように軽く頭を傾ける氷原王。しかし、知略を持ってその名を基盤世界に知られる氷原王が、今から私が言う程度のことを予想できないハズはない。その仕草自体が、自らの内心を図り知らせず、相手からのみ情報を引き出そうとするための芝居なのだろう。
どうであろうと、ニューラ姫を無事に祖国へとお帰りいただくために最善を尽くすのが、私の務めだ。私も、一国の特使として十分に威厳を保った物言いで氷原王の芝居に付き合うことにする。
「ご存じのとおり…我が石塔国は、貴国とは遠く離れた地にある小国です。貴国にとって、そのような小国の末姫がどうなろうと…痛くも痒くも無い。それは私も十分に理解しております。しかし、ここでもし、氷原王の天蓋の如く広く深い御心により、我が姫を保護していただき、無事に祖国へとお戻しいただけたのであれば、我が国王は、決して貴国への恩を軽んずることはありますまい。貴国に愁い事の有るときには、貴国に仇成す者の後陣に刺さる一片の楔とならんことを…」
「…くくくくくっ。あはははははは…。君?…面白いねぇ………それ。いつの時代のどんな国の言い回しなんだい?」
むむ。国を代表する特使とは、このような話し方をするものだと姉様に教えていただいたのだが…違うのだろうか?
私は、従者としての武の訓練にばかり明け暮れていたため、文官どもが他国との交渉をするとき、どのような語り口をするものなのか知る機会が無かった。だから、私より早く末姫付け独立第一小隊の隊員となられた姉様に教えられたとおり…重々しい口調を試みたのだが…
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「…わかった、分かった…はぁ。あぁ、面白い。実に面白い。要するにアレだろ?…私と…ファーマスが喧嘩をするようなことがあれば、君がファーマスの後ろに回って背中からくすぐり回してくれると?」
「………は、はい。ま、まぁ、くだけた言い方をすれば、そのような…」
氷原王は、そこまで言った私に、左の手のひらを見せて押すような仕草をし、目を閉じ、右手の中指で自らの眉間をトントンと叩く。
ちょっと黙って待って…という意味であることは明白だったので、私は氷原王の不興を買うことのないよう、直ちに言葉を切って氷原王が再び語り出すのを待った。
氷原王は、時折、眉間を叩くのをやめて目を開く。しかし、すぐまた目を閉じて眉間をトントンと叩く。それを4回ほど繰り返し…再度、目を開いた時には、隣に控えるメイド風の侍従を、眉間を叩いていた中指でクイクイっと呼びつけ、寄せられた耳元に小声で何か指示をした。
小さく頷き、今度はそのメイド風の侍従が目を閉じて祈るような仕草をする。
しばらくして侍従は目を開き、氷原王の耳元で何やら囁いて報告をしているようだ。
「君の国の助けがあろうと無かろうと、私がファーマスごときに後れを取ることなど有り得ない。君の申し出は…私にとって、何の益も無い」
氷原王の言葉に、私の目の前は暗くなりかける。考えろ。考えるんだ。もっと、氷原王が興味を示すような、魅力的な提案を…
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「…が、ファーマスが、それで気分を害するのであれば、それはそれで楽しいだろうな。忘れるなよ?…必ず、アイツを後ろから…くすぐり倒して笑い死ぬまで悶えさせてみせるんだ?…約束できるかい?」
私は、一瞬、氷原王が何を言っているのか分からず、目をぱちぱちとさせて間抜けな顔をしていたことだろう。
やがて、氷原王の言葉の意味を理解し、片膝をつき左こぶしを背中に、右こぶしを額の前にかざして頭を垂れる…基盤世界における最敬礼をして、誓約の言葉を唱えた。
「天蓋の開くときまで…一刻たりとも忘れませぬ。どうぞ、私に…我が国に、恩をお売り下さい」
私は、心の中で喝采を上げつつ、氷原王の続く言葉を待った。
「さて。ところで私は、自分が楽をするのは好きなのだが…他人が楽をするのを見るのはあまり好きじゃないんだ」
「はい…」
「君のところの末姫の所在は掴んだ。我が国土の森泉国側、短軸正域境界の中立大平原を、中立内回廊へ向けて疾走中だ。我が国民の財産である雪石竜子を奪って…な」
「も、申し訳ありません…」
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「なぁに…構わんよ。我が国としては、君たちを大っぴらに助ける…というわけにもいかぬのだ。…知っているだろう?…現在、我が国は公式には『中立』の立場をとっていることになっているんだよ」
「はい。存じ上げております」
「ファーマスに付け入る口実を与えずに済む。君の姫が、我が国の意志とは無関係に、逃亡している…という印象となってくれた方が、何かと都合がいいんだ」
「………では…」
「そう。賢い君なら理解してくれるよね?…私が君たちにしてやるのは、君の姫の居場所を教えてやるところまでだ。気が付かないフリをしていてやるから、さっさと姫の元へと赴き、連れて帰るんだな…」
「…あ、ありがとうございます。それだけでも、十分、ありがたく思います」
「君ね。『それだけ』…っていうのは浅慮だよ?…私は、君の姫を捕縛して、ファーマスとの交渉材料に使うことだって出来るんだ。むしろ、そうした方が面白いし、我が国にとっても利益が多い」
「…そ、それは…」
「心配するな。そんなことはしない。私は、楽をして優位に立つのは大好きだが、そのために『卑怯』だと思われるのはあまり楽しくないからね。ファーマスのような奴は、直接、ぶん殴って力の差を思い知らせてやる方が良い」
知略を持って名高い氷原王らしからぬ荒々しい物言い。実際にはあの手この手の知略で、ファーマス王子を追い詰めるのであろうが…『正々堂々』とした知略と、卑劣な策略は、氷原王にとっては全く別物なのであろう。
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「…さて。ところで、我が国の中立大平原と聞いて、何か心に思い浮かぶものは?」
氷原王が意味ありげに私に問う。銀雪の氷原国の中立大平原?…私は記憶の糸を手繰り、その地名から連想されるものを引きずり出す。
「ぎ、銀雪の狼…!?」
「うん。ちゃんと知っているね?…と、言うことで…良いのかな?…ゆっくりしていて?…さっき、言ったよね?…私は、他人が楽をするのは好きじゃない…って」
「ま、まさか…本当に出るのですか!?」
「さぁね?…だが、我が国が、基盤世界最大の強国である碧色の森泉国からその国土を守り続けることが出来ているのは、何故だと思う?」
「…あ。お、思い出した…。き、聞いたことがある…あります。あの噂。本当だったのですね?」
「さて。君の姫が無事なうちに、君は姫の元へと行けるかな?…君には我が王家の紋章入りの命令書を持たせてあげよう。だが、間に合わなければ…どうなるかな?」
「くっ。…ご、ご厚意、感謝いたします。急ぎ向かう場所がありますので、私はこれにて失礼いたします!」
銀雪の狼…恐ろしいモノではあるが…だが、伝説に過ぎない。しかし、その「狼」の名を冠した特殊傭兵部隊があるということを、以前、独立第一小隊長のラサ様よりうかがったことがある。…その強さは、基盤世界最強と言われるあの「青き炎のマルルィア」と互角だと聞いた。我が姫にはラサ様始め独立第一小隊の強者が付いているハズだが…勝手の分からぬ異国の地にあっては、不利な戦いを強いられることは間違いない。
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「…まぁ、せいぜい頑張るんだね。運が悪くても、ここへ君の姫と共に強制的に送り届けられるだけだろうがね…しっかりと逃げ切ってくれた方が、面白いというものだ」
急ぎ謁見の間を後にしようとする私の背中に、氷原王は声をかける。
どれだけ急いでいようと無礼なマネだけはできない。
私は、衛兵のいる門扉まで下がると王の方へと向き直り、深く腰を折って一礼する。
氷原王は、早くいけ…とばかりに、手の甲を私の方へ数回振り、追い払う仕草をしている。
私は、もう後を振り返ることなく、独立第二小隊の仲間が拘束されている地下牢へと駆け下り、牢番に王から許しを得たことを告げる。既に、因子通信で侍従からの連絡を受けていたのだろう。牢番は、無言で頷くと牢の鍵を開けて仲間を解き放つ。
「さすがですわ。隊長。氷原王の説得に成功なさるなんて」
「ほんとうだよね。凄いですよ。隊長!」
「私。惚れ直してしまいましたわ」
いつもどおりの軽口で私を囲む隊員たち。だが、再会を喜んでいる暇はない。私は、隊員たちに事の緊急性を説明し、返事の返るのも待たずに地下牢から外へ向かう階段を駆け上る。
「いやん!…お姉様において行かれちゃうわ。みんな急ぐのよ!」
「…だから!…お姉様とか言うな!…いいから急ぐんだ!」
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氷原王の粋なはからいで、我々、独立第二小隊は4体の氷翼竜の背中に乗り、地上と天蓋の中間ほどの高度を飛行により移動することが出来た。
1体あたり3人もの鎧を来た従者を乗せているため、氷翼竜の速度は決して速いとは言えない。しかし、氷原を疾走しているはずの雪石竜子の速度に対応できる生物は、この国では氷翼竜しか存在しないのだ。
ある程度の高度まで上り、そして滑空して速度と飛行距離を稼ぐ。
王城のある第一象限主街区域から中立大平原へと最短距離で向かうには、第一象限主生産区を通り抜けていかなければならない。
つまり、区域と区域を繋ぐ門を二度くぐらなければならない。
門は狭く、そして高度も低い位置まで下がらなければ入れない。
私たちは、はやる気持ちを抑えながら、速度を落としゆっくりと狙いを外さないように門へと飛び込み主生産区へと転移する。
話には聞いていたが、さすが基盤世界で森泉国に次ぐ勢力を誇る氷原国の主生産区だ。氷翼竜の首越しに眼下の街並みを見下ろす。水蒸気を上げる工房と思わしき建築物が幾つも棟を連ね、巨大な水車や風車も建ち並んでいる。
視線を逆側に巡らせれば、そちらには田畑が広がり国民の胃袋を満たすための穀物や野菜が植えられていた。
気持ちは急いでいても、今は氷翼竜の背中にしがみついている以外に出来ることはない。
だから私は、滅多に目にすることのない他国の街並みをしっかりと目に焼き付けた。
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我が祖国には、主生産区も無ければ、主街区域もありはしない。我が祖国で最大面積を誇るのは、今向かっている中立大平原と同じ区域だ。我が国では、そこが生産拠点であり、街区であり…王宮塔もそこにある。…あとは、回廊と呼ばれる小規模な区域だけしかない。
「氷翼竜を借りられたのはありがたいが…国力の違いを見せつけられるようだな。知識としては知っていたが…これほどとは」
「たぁ~いちょ!隊長ぉ!…氷原国は中央聖域を隔てた、世界で最も遠い国。国力に違いがあっても気にする必要はありませんよぉ!」
「何を言う…今まさに我が国と闘っている森泉国は、この氷原国以上の国力なのだぞ?全く同じ…とは言わぬが…いや…むしろ今見ている街区以上に栄えている可能性が高いのだ。私は、この景色を目に焼き付けて、祖国防衛のために活かそうと思う」
「はぁ。さすがお姉様。先の先まで見通していらっしゃるのね~」
「…だから、お姉様と呼ぶな!…私など…姫様には遠く及ばない。姫様は『連合』という、誰も思いつかないような対抗策を発案され、しかも実際にそれを組織することに成功してしまわれたのだ。…私は………我が国は、姫様を失ってはならない。絶対にだ!」
そんな会話を交わしている間にも氷翼竜は上昇と滑空を繰り返し、やがて中立大平原へと繋がる門の前まで到達する。
「さぁ。先に説明したとおり、この先にある中立大平原は、他の3つの中立大平原とは全く意味合いが違うのだ。お前たちも幼少のころに聞かされたことがあるだろう?…ここは伝承に語られる『銀雪の狼』の生息地…」
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私と同じ氷翼竜に騎乗したドミナとニンスは、私の口から「銀雪の狼」という言葉が出た瞬間に、体を硬くして唾を飲み込んだ。基盤世界に生を受けた子どものほとんどは、同じ反応をするだろう。子どもを躾ける時の常套句が「言うことを聞かないと、銀雪の狼が寝ている間にあなたを食べにくるわよ…」などの銀雪の狼の怖さを語ったものだから、その名は、私たちに恐怖として植え付けられている。
「お、お姉様…そ、それは、お、お伽噺ですわ。おほほほ…し、まさか信じて?」
「ふ。震えながら聞くな。お姉様と呼ぶな。信じているのはお前だろう?」
「た、隊長。今から姫様をお助けするんですから、部下の戦意を下げないでくださいよぉ!」
「悪い悪い…。しかし、本物の『銀雪の狼』は居ないにしても…油断するわけにはいかないのだ…お前たちも、噂ぐらいは聞いたことがあるだろう?」
「あ…。特殊傭兵部隊?」
「あぁ…お、『狼』ですわね?…あのマルルィア殿に匹敵するという…」
「そうだ。運が良ければ、氷原王から預かった、この紋章入りの命令書を渡すだけで話が済む可能性は高い………が…」
「す、既にラサ様たちと戦闘中であるなら…」
「わ、我々も、ラサ様と共に闘う必要があるかも?…ってことですわね?」
私は無言で頷く。
ドミナとニンスも、もうそれ以上何も言わずに、氷翼竜の頭越しに見える中立大平原へと繋がる門を見据える。
私は、もう一度頷くと息を深く吸い込み、門の中へと氷翼竜を進ませた。
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