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Lip's Red 2 -狂った科学者と銀雪の狼  作者: kouzi3
第1章 混迷の基盤世界
4/27

(3) ファーマスの勘違い

・・・


 戻ってきてからのファーマス様は何だかとっても機嫌が良い。


 フンフンふん…とあまり基盤世界(サードレイヤース)では聴いたことがないような抑揚で鼻をならし、口に咥えた筆記具を器用にフリフリと動かして、その抑揚に合わせて拍子をとっている。

 見ている私まで嬉しくなってきてしまうぐらい、とにかくファーマス様はご機嫌だった。あぁ、こんな境遇に置かれておきながらも、何て愛しい人でしょう。


 こんな境遇?…あぁ。嫌だわ。思い出さなければいいのに、また思い出してしまった。

 ファーマス様と私は、今、石牢の中に閉じ込められている。そこそこな広さのある牢で、椅子やテーブル、ベッドや…その…と、トイレなんかも…ちゃんと備え付けられていて、何かに不自由するということは無いのだけれど…やはり石造りの牢であることに変わりなく、居心地が良いとはいないわね。

 そ、それに…な、何よ…あのトイレ。牢の外からも丸見えじゃないの。ふぁ、ファーマス様に見られるだけなら喜んで………じゃなくて、別に耐えられないこともないけれど…看守の下郎に見られるなんて許せるわけないわ。ま。もし、覗こうものなら、私の最大出力の炎で、その両眼を燃やし尽くしてあげるつもりだけど。…でも、できるだけ水分を採らないようにしないと…。んん…もう。うら若き乙女に、何て気苦労をさせるのよ。


 そんな私の最悪な気分にも気づかずに、相変わらずファーマス様はご機嫌だけど…


・・・


 「いやぁ…楽しみだ。全くもって楽しみだ。あれ?…どうしようマルルィア…余りに楽しみ過ぎて…一体何を楽しみにしているか分からなくなってしまったぞ?…おや?…マルルィアも何だか、可愛い笑顔を浮かべているな?…何か良いコトでもあったのかい?」


 いやん。可愛いだなんて…そんな本当のことを改めて言われると胸がドキドキとときめいてしまいますわ。


 「ファーマス様の楽しそうなご様子を拝見していましたら、私まで嬉しくなってきてしまったのですわ。むしろ、私にファーマス様がご機嫌な理由をお教え下さいな」

 「ん?…俺の楽しそうな理由?…そりゃぁ勿論…」


 ファーマス様が、私の目を見つめて口籠もる…。モジモジと何だか言いにくそうにして…きゃぁ。もしかして…これは、私への愛を語っちゃう流れのやつなのかしら?いやん。


 「お、お前と、二人っきりで、ゆっくり過ごせるからじゃないか…ははは。。」

 「ふぁ…ファーマス様…」


 あぁ…。愛しい人。嬉しくて私、涙が出てきてしまう。夢みたい。嘘じゃないのね…。


 「ゴメン。な、泣かせる積もりはなかった。今のは嘘だ。本当の理由は…」


 嘘?…ちょっと…今、ファーマス様は、何をおっしゃったの?


・・・


 「さすがにマルルィアは、俺のことは何でもお見通しだな。俺が嘘をついても直ぐに見破ってしまうんだな。そりゃぁ、信頼し合ってると思う相手から嘘をつかれたら悲しくもなるよな。…でも、だからって泣くほどに悔しがるとは思わなかった…ゴメン」


 あうあうあう。わざと?狙って?私をもてあそんでいらっしゃるの?いつも、いつもファーマス様は、私のファーマス様への純真な愛を意地悪の道具に使うんだから…もう、知らない…。


 「ぐすっ…。は、早く、本当の理由を言ってくださいな。わ、私も暇では無いんですから」

 「おやおや。マルルィアは勤勉だな。こんな石牢の中でも忙しいのかい?」

 「むきぃ~~~~っ!」

 「わ、わ、やめろマルルィア。お前は怒ると無意識に背後から青い炎が立ちのぼるんだぞ?…知ってるのか…火事になったらどうするんだ?」

 「…だから?…本当の理由は何ですの?」

 「ほ…本当にスミマセン。す、少し悪ふざけが過ぎました。…でも、お前とはいつも一緒にいるのが当たり前なんだから…今更、それを喜ぶわけが無いってお前もわかってるだろう?…俺は、怒った時のお前の美しい顔が好きだから…どうしても、時々、イタズラをしたくなるんだよ…赦しておくれマルルィア」


 もう。何なのこの男?…私の愛する詠唱者様以外が、同じ事をしたら一瞬で燃やし尽くしてやりたいようなキザなことをサラッと言って。それで私が誤魔化されるとでも…思っているのかしら………まぁ…誤魔化されちゃうんだけど。


・・・


 『はっはっはっ。あはははは・・・相変わらず二人は愉快で仲良しだねぇ…』


 私が改めてファーマス様の愛しいお顔を睨み付けていると、何もない空間から、突然、笑い声が聞こえて来た。…こ、この声は、あの時の?


 「…相変わらず趣味が悪いな?…盗み聞きした上に、他人の愛の形を笑うとは…」


 ファーマス様も、その声を聞いて一気に不機嫌なお顔に変わる。


 『いや。申し訳無い。君がコチラの世界へ戻ったという情報が耳に入ったんで、ちょっと気配の走査スキャンを行っていたら…ちょうど、今の面白いやり取りに出くわしてしまったんだよ』

 「アンタ…その言い方…まるで自分には基盤世界全体を一気に走査できるみたいな言いぐさだな」

 『あれ?…そう言ったつもりだけど…別の意味にもとれたかい?』

 「くっ。相変わらず嫌みな奴だ」

 『いやぁ。いつもいつもめてもらって申し訳無いな。ところで、僕にも是非、君がご機嫌な理由をお聞かせ願いたいねぇ』

 「…ふん。聞かせてやらないこともないが…一つ訂正しろ《ご機嫌な…》ではなく、《ご機嫌だった…》とな。アンタのせいで、俺は今、非常に不愉快だからな」


・・・


 前回と同様に、普段と異なる野性的なファーマス様の一面が顔を覗かせて…私は、胸の鼓動が速くなるのを感じた。や、やっぱり野性的なファーマス様も素敵よね。あ。でも、一つ確認したいことが私にもあった。


 「ふぁ。ファーマス様、ゴメンなさい。割り込んでしまって申し訳ありませんが…この男に一つ確認したいことが…」

 「『ほう。なんだい?』」

 「あの…。アナタ、まさか私たちの声だけでなく、姿まで見えているわけじゃないわよね?」

 『あん?…あぁ。マルルィア嬢は、レディだったねぇ。なるほど。僕がもし、いつでも自由に世界中の映像を見られるとしたら…そりゃぁ、凄い天国だ』

 「あ…アナタ…ま、まさか本当に…!?」


 よ、良かった。水分採らずに我慢することにして…。危うくトンデモない姿を見られちゃうところだったわ………って、よく考えたら、この石牢に限らず、今まででも何処ででも、それなら私はもう見られ放題に見られちゃってるってことじゃないの?


 「ふぁ…ファーマス様…私…お、お嫁に…」

 「よしよし。マルルィア…。だからお前の責任なら、いつだって俺がとるって言ってるだろう。泣くな泣くな。この男の言うことを本気に受け止めたって良いことはないぞ。…っていうか、アンタ、それなら見たいものだけじゃなくて、俺のアレとかソレとかも見えちゃってるってことで、ちっとも幸せじゃ無いだろう。嘘をつくな!」


・・・


 『あはははは。いやいや。僕は案外、男らしい君のアレやソレも喜んで拝見しているかもしれないよ?………いや。そこで沈黙されても困るが…まさか本気にしてはいないだろうね?』

 「・・・」

 『?…おい。黙るなよ。何だか僕が独り言をいう危ない奴みたいになっちゃってるじゃないか?』

 「な?…マルルィア。大丈夫だろ?…俺とお前が、今、何をしていたのか…この反応は見えていなかったという反応だ」

 『な、何。…ぼ、僕と話している最中に、君たちは一体何をしていたっていうんだ?』

 「そんなこと恥ずかしくって言えるかよ?なぁ…マルルィア」


 確かに…見えなかった振りをしている可能性も捨てきれないけれど…突然のファーマス様の…ぽっ…あんな激しい行為を…見て、平然と出せる声ではないわね。み、見えてないって思っていいのかもしれないわね。…というか…そう思わなければ明日から生きていけないわ。………それにしても、ファーマス様…なんて荒々しい…いやん。


 『く、くそう。僕をからかって楽しんでいるな。もういい。それより、君は何故、そんな所に入れられているんだい?…それも二人の新しい愛の形なのかい?』

 「おい。そんな所…って、やっぱり見えてるんじゃないだろうな?」

 『もう、見えるみえないの話は面倒臭いからいいよ。君、僕の情報収集能力を甘くみてるんじゃないだろうね?…君が白暮の石塔国(ファイストゥーン)の石牢に入れられたなんていう情報は、とっくの昔に入手しているんだよ』


・・・


 なるほど。この男…さっきは基盤世界全体を一気に走査できるなんて豪語してたけど…私たちがここに居るって、最初から分かっていたんじゃないの。大風呂敷もいいところだわ。…まぁ…もっとも、厳重に警備された王城の地下石牢へ、こんなにも明瞭に因子通信を送ってくる実力は…侮れないけれど。


 「ふん。何だ。全域を走査すきゃんしたってのは嘘だったんだな、やっぱり」

 『ちぇっ。からかい過ぎて一つ種を明かした形になっちゃたか。悪ふざけもほどほどにという良い教訓になったよ』

 「今度からは、気を付けるんだな」

 『…ふん。助言は有り難く受け取ろう。だが、そのお礼に、僕からも君へ一つ情報を差し上げようじゃないか』

 「ふん。アンタの持っている情報ぐらい…俺だって概ねは掴んでいるようなモンばっかりだろう?…まぁ、聞いてやるから言ってみな」

 『クスクスクス。いやぁ。愉快だな。そんな場所に居ること自体が…君が僕より情報弱者であることの証拠なんだけどねぇ。…ファーマス君。君は、大きな勘違いをしているんだよ?』

 「何だと?」


 ちょくちょくファーマス様に対してちょっかいを出してくる謎の男だけれど…私には未だにこの男の正体が見えてこない。ファーマス様とは敵なのか…それとも味方なのか?…そして、本気になった時の力関係では、果たしてどちらが上なのか?


・・・


 『…気の毒だけどね。そこには、君の大好きな末姫は居ないよ』


 あぁ。その言葉を聞いた瞬間。私にも、さっきまでファーマス様が何故、あんなに嬉しそうに楽しそうにしていたのか…理解できてしまった。


 詠唱者(シャンティル)であるファーマス様は、異世界からの逆異界送りを自らにかけるにあたって、本来なら自由に戻り先をコントロールできたハズなのだ。それなのに、どうして我が祖国でなく、よりによって現在、戦争状態にある敵国の石塔国内…それも王城の目の前になんか戻ってしまったのか…漠然と不思議に思っていたのだが。

 ファーマス様は、ニューラ姫も詠唱者であることから、同様に自分で帰還先を自由に設定できたはずだ…と考えてしまわれたのね。可愛い人。でも、ニューラ姫がそれを出来る人なら、そもそも異界送り(ナザーダスヴォック)になんかやられていないのに…。


 「な…まさか…」


 可哀想なぐらい動揺して目を見開き…その場に固まっているファーマス様。私としては、かなり複雑な気持ちなんだけど…あまりに消沈したその姿に、何も言えなくなってしまうわ。ファーマス様でも読み間違えることが…あるのね。あの子に関することだと…冷静でいられないのね。きっと。


・・・


 「だ、騙されないぞ!…って、何を哀れむような顔をしているんだ?マルルィア!」

 『お嬢さんも大変だね。子どものまま大きくなってしまったような奴を主に持つと…気苦労が絶えないだろう?』


 ファーマス様の裏返った声を聞いて、会話にならないと思ったのか、謎の男は私に話しかけてきた。


 「アナタに労りの言葉を掛けて貰う謂われはないわ。私には私の幸せの形があるの。そんな穴蔵に潜んで、人をからかうしか能の無い根暗な男には、一生理解できないでしょうけれどね」

 『いやぁ、こ、これは辛辣だなぁ。申し訳なかった。お詫びに、もう一つタダで情報を差し上げるから赦してくれ給え。………その末姫なんだが、今、何処にいると思う?』

 「べ、別に私は知りたく無いけど…あ、アンタが喋りたいっていうなら勝手に喋りなさいよ。信じるかどうかは、聞いてから判断するわ」

 『いやぁ。ご主人様に似て守護者のお嬢さんも気が強いねぇ…じゃぁ勝手に喋るよ。これがまた傑作なんだけどね?…なんと、末姫は君たちの国と銀雪の氷原国(フルィスケルツリン)の国境付近でね、君たちの国の兵と追いかけっこをしている最中さ』


 何言ってるの?この男。そんなの信じるワケないじゃない。いくらファーマス様と違って自由に帰還先を選べなかったからと言っても…そんな中央聖域(コアユニュィット)を隔てた、基盤世界の全く反対の果てに戻るなんて…。誰が、そんな馬鹿な転移術式を発動するっていうのよ?


・・・


 「あ」


 私と同じことを考えたのかファーマス様が正気を取り戻す。さあ、ファーマス様、この男の嘘をビシッと看破してやってちょうだいな。


 「…そうか。マルルィア…俺は、とんだ勘違いをしていたよ。この男の言うとおりだ。ニューラ姫は…ここへ直に戻ってきたんじゃないんだ…。マルルィアも感じただろう。あの時、虫の息だったマモル青年がやったと思われる術式の波動を…」

 「あぁ…」


 そうだった。ニューラ姫たちを帰還させたのは…この世界のことを知らないハズのアチラ側の人間。思いも寄らない不思議な技を使って見せた…あのマモル青年だった。


 『やぁ。気が付いたかね?…そう。末姫は、こっちの地理なんかまるで知らない現地の青年の、これまた不思議な術式をもってしてコチラへと戻されたんだよ。…まぁ…だからといって、何も世界の真反対ってのは、運命のイタズラにしても少し出来すぎな気がするけどね。…現地青年が、どんな思念を込めて術式を発動したのか興味深いところだね』

 「ふん。悔しいが今回はアンタに礼を言うことにするよ。ニューラ姫を思うあまり、俺の頭も少しおかしくなっていたようだ。あの青年のことを失念していた」

 『ふっ。目が覚めたかね。そいつは良かった。君には、その調子で…』

 「おっとお喋りは待ってくれよ。アンタに聴きたいことができたんだ」


 ファーマス様の目つきが、いつもの色を取り戻した。やっぱり素敵ね。そうでなくちゃ。


・・・


 「今、アンタ…現地の青年が…って言ったな?………どうしてアッチの世界のコトを、アンタは知っているんだ?」

 『おっと。迂闊だったな。君と話すときは、やっぱり油断しちゃだめだった。聴かなかったことに…は…してくれないよね?やっぱり』

 「いくらアンタでも、アチラの世界を直接見通す…なんてことは出来ないはずだ」

 『出来るよ………と言いたいところだが、あまり大風呂敷を広げると、またさっきみたいに直ぐボロがでるからな。正直に答えよう。それは僕にも無理だ』

 「…ということは、アンタ………アチラ側にも《目》や《耳》を飼っているな?」


 どういうこと?…こちらと異世界とは自由に行き来できないんでしょ?…もし、仮に目となり耳となる配下を送り込んでいても、情報はどうやって手に入れるのよ?


 『悪いが…そこの所は企業秘密だね。まぁ、今回に限って言えば、あれだけの大人数がふんだんに要素(ルリミナル)を抱えて異世界に滞在していたんだから、俺の配下が、その状態の続く間…自由に行き来できた…ということで矛盾はないだろう?』

 「ふん。筋は通っているのに、どうしてだろうな?…アンタが言うと…それも何だか引っかけのような気がするのは?」

 『勘弁してくれよ。君と違って、僕は一国の主でもなければ詠唱者でもないんだ。所在や情報入手手段の秘密を保てなければ、あっという間に敵対者に倒されてしまう』

 「なるほどな。わかった。まだアンタとは、温い関係でいたほうが俺にとっても有利だと判断する。そこのところは詮索しないでおいてやろう」


 なんとも胡散臭い話だけれど…ファーマス様がそういうなら、私も黙るしかないわね。


・・・


 『しかし、しかしだね。君。面白いと思わないかい?』

 「どうした急に?…妙にハイテンションな声色じゃないか?」

 『だって、考えてもみたまえ…今、世界は、これまでにない激変の時を迎えているって…感じないかい君も』

 「…あぁ。そうだな。多分、アンタの言うとおり…歴史上…希に見る…いや、おそらくは…この世界始まって以来の…特殊な状況だろうな」


 二人が珍しく意見を同じくしている。私も、二人の考えていることを頭に思い浮かべてみる。すぐに…何人もの特殊な者たちの顔が浮かぶ。


 『何と言ったって、過去にこんなにも大勢が異世界に行き、そして無事に帰還したことはない。…なぁ。一体、何人いると思う。今回だけで…』

 「さぁな。数えるまでも無く多いだろうよ」

 『まぁ、事の始まりは間違いなく6周季ねん前。君とお嬢さんが事故で異世界へ送られ…そして帰ってきた。そこに始まるだろう』

 「ちっ。やっぱり俺とマルルィアの過去の事も、アンタは知っているんだな」

 『あぁ。知っている。知っているとも。それが俺の唯一の武器だからな。今日は、気分が良いから、もう少し知っていることを話してしまおう。これからの物語に期待を込めて…君には、少し情報を流しておいた方が…何かと面白くなりそうだから』

 「………いいだろう。話せよ。俺にとっても利益がありそうだから。今日は、お前の掌の上に乗ってやるよ」


・・・


 私は、急激に喉の渇きを覚えた…み、水…少しぐらい飲んでも構わないわよね。ど、どうせ、この話が終わったら…もう、ファーマス様がこんな石牢に閉じこもっている理由はなくなるんだもの…し、したくなっても少し我慢すれば…

 私は水差しから湯飲みに水を注ぎ、一気に飲み干す。それから、私の口元を見つめている可愛いファーマス様にも、同じように水を注いだ湯飲みを手渡す。あは。飲んだ飲んだ。やっぱり私が飲んでいるのを見て、ファーマス様も飲みたくなったのね。


 『起点は、6周季前の君たち二人。…だが、それだけでは無いよね?…君たちにとって、そこで運命的な出会いがあったハズだ………そして、その時のメンバーが今、これから始まる物語の主要なメンバーとして、全員、再び登場している…。素晴らしいね』

 「アンタ。どこまで知ってる?」

 『ふふふ。恐い恐い。君が睨んでいるのがビンビン伝わってくるよ。…登場人物その1は、やはり末姫だろう?…君、知らないだろうから教えてあげる。あの現地の青年はね、末姫の守護者だったんだよ』

 「何…ま、まさか…向こうの世界の人間が…守護者になれるのか?」

 『聞いたときは僕も驚いたよ。でも、現に僕の下請けの暗殺一族は、その彼に2度?…いや3度になるのかな?…とにかく、こちらの守護者とはまた違った得たいの知れない能力によって…見事に失敗させられたよ。二流とは言えプロの暗殺集団がだよ?』

 「くっ。俺のニューラ姫に手を付けるとは…やはり、あの男の息子だな」

 『そうそう。その君の言う《あの男》だけどね。君も感じ取ったかもしれないけど…末姫さまたちのご帰還に巻き込まれて…こっちへ来てるみたいだよ?』


・・・


 その瞬間。私は胸を鷲掴みにされたような衝撃と恐怖に包まれ、真っ直ぐ立っていられなくなった。や…やはり。あの気配はあの男の…。私をもてあそび、私とファーマス様の運命をねじ曲げた、憎い…それ以上に恐い男。

 よろけた私を、ファーマス様が片手で抱き留めてくれる。ファーマス様ご自身の表情も硬い。ファーマス様にとっても憎むべき…そして恐怖の象徴。でも、ファーマス様の場合は、その上に研究者としては師匠にあたる男。ある意味、私たちは、あの男に生かされて今があると…言えなくも無い。それが余計に悔しく…憎い。


 「大丈夫。大丈夫だマルルィア。今度こそ、何があっても俺が守る。それに、今度は、この世界が戦いの舞台だ。俺たちの世界だ。あの男が何か企もうとも、俺たちの能力を持ってすれば…勝てる…ハズだ」

 『あはははは。6周季前は、二人ともさぞ酷い目に合わされたようだね。…まぁ…そうだよね。その結果の《双子の王》だものね』

 「貴様。やはり…それも…」


 ファーマス様が、男のことを「アンタ」ではなく「貴様」と呼んだ。声に、憎しみの色が乗る。私にとっても、その話は知られたくない話の…一番のものだ。


 『いやぁ。君に変わって森泉国の王をやっているんだろう?…共に詠唱者でありならがら…かつ、互いに互いの守護者でもある双子の王。兄はセクダル。それから弟はサウザムで良かったかな?…年の頃は自称12歳。…おやぁ?計算が合わないねぇ…もっと幼いハズだけど?』

 「黙れ。二度とマルルィアの前で、その話をするな。さもなければ…」


・・・


 ファーマス様の体から怒りが伝わってくる。片手で抱かれる形の私には、心の底から私を案じて、そして憤ってくださるファーマス様の優しさが、今は何よりの癒やしだ。


 『君の国には逸材が多いよね。君の評価は低いかもしれないけれど…あの宰相…いや、もう元宰相と呼んだ方がいいのかな?…ダルガバス元宰相。君が双子の王に命じて、宰相の地位を剥奪し幽閉しようとしたらしいけど。いやいや、なかなか、どうしてどうして。どんな手をつかったか、見事に逃れて第二象限外苑荒野に身を隠し、現在は起死回生を狙っているらしいよ?…年は40ぐらいだろう?中年男が良く頑張るねぇ…その強すぎる猜疑心から、未だ守護者を持たないと聞くけど…』

 「くっ。あの愚物。本当に逃れたというのか?…セクダルとサウザムの力から逃れるとは…確かに侮れんな」

 『そうだねぇ…今は守護者を選んでないらしいけど…もし、守護者を持ったら…化けるかもね?………あ。そうそう。面白い話があるんだ』

 「貴様のそういう時の話が、面白かった試しはないな…」

 『うん。君にとっては、そうかもね。これはね。まだ、未確認の情報なんだけどね…君の憎しみの対象であり、師匠でもある異世界人…彼が転移してきた場所は…どうやら第二象限外苑荒野らしいんだ』

 「何?…ニューラ姫と同じ場所ではないのか?」

 『あぁ。国境を挟んで目と鼻の先だけれど…どういうワケか離ればなれに転移してしまったようだね。…彼が、ダルガバスくんと手を結んだら…面白いと思わないかい?』


 面白い…どころか…恐ろしいわよ。私は震えが止まらない。額からは冷や汗がびっしょりだ。ファーマス様の体にも緊張が走るのが分かった。


・・・


 「ふ…ふん。愚物のダルガバスと手を結んだら、こっちの思う壺だ。ダルガバスは見事にあの男の足を引っ張るという、俺の役に立ってくれるだろうからな」

 『あははは。ダルガバスくんをあまり下に見ると痛い目にあうかもよ?』

 「それに…あの男が、ニューラ姫と行動を共にしている…と考えるよりは、ずっと状況はマシだ」

 『…そうかもね。末姫はどう感じているか聞いてみないと分かんないけどね。…ところで、その姫の話に戻るけどさ…実は現在は、守護者を持たない状態だって知ってる?』

 「なに?…ということは…マモル青年は…あの後、やはり命を落としたのか…」


 憎い…あの男の息子…ではあるけれど…あの子のことは、そんなに嫌いじゃなかった。私も、ファーマス様も。だから…少しだけ神妙な気分になる。あれだけ、血を流した状態で、怪しい術式を操ったのだ。命を燃やし尽くしたとしても無理はないだろう。


 『おいおいおいおい。勝手に青年を殺すなよ。現地の青年は、今もアチラの世界でピンピンしているよ』

 「何?…しかし、守護者は…」

 『そう。僕も驚いたよ。アチラとコチラの世界に分かれたっていうのは…過去にもわずかながら事例はあるんだが…死別でない限りは詠唱者と守護者の契りは解けない。それが僕たちの常識だった。そうだよね?』

 「ああ。…や、やはり…アチラの世界の住人を守護者にするということに…無理があったんじゃないのかな?」


・・・


 『どうかな。とにかく、面白いぐらいに史上初のことばかりで、さすがの僕にも、真相は未だに霧の中さ。…でもね。聞いて驚くのは、ここからだよ』

 「もう、これ以上に、驚くことなど無いと思うがな」

 『実はね。末姫をこちらの世界に帰還させた…あの術式。あれを発動していた時点で、もうとっくの以前に…あの青年は末姫の守護者では無くなっていたんだ』

 「ば。馬鹿を言うな。…それでは、マモル青年は…そもそも何らかの術式か、能力…もしくは詠唱が行えるということになるじゃないか?…アチラの世界の人間には、そんな力は無いハズじゃなかったのか?………彼の父親。あの悪魔のような研究者ですら、そんな能力は持っていなかったぞ?」

 「…そうだよねぇ。でも、それが事実なんだから…受け入れるしかないよね」


 私には、もう何が何だか…で…驚くことすらできない。


 『本当に、凄いよね。アレもコレも…何から何まで史上初だよ。今の話から、君の大切な末姫様も…よく考えてご覧よ…死別以外で守護者を失った初の詠唱者…ってことになるよ。アッチにもこっちにも史上初だらけだね。…見物なのは、彼女はつまり、今後、新たな守護者を選定できる可能性があるっていうことだ。もし、そうなったら…彼女は、史上初の二人目の守護者を得た者…っていうことになる』


 た…確かに…今…何か、世界に異変が起きているのかもしれない。…そう、私も感じはじめていた。


・・・


 よくよく考えてみれば、ファーマス様ご自身も、史上初ではないか?

 過去に2度異界送りにあいながら2度とも生還した自称研究者の詠唱者。碧色の森泉国の実質的な王でありながら、敢えて陰に身を潜める王子。

 しかも、その守護者は、自分で言うのもなんだけど…基盤世界最強と呼ばれる…私…「青き炎のマルルィア」。


 それに…。そうよ。今、私たちと会話しているこの得体の知れない男。

 実体がどこに潜んでいるのか、ファーマス様にすら分からない謎の男。超強力な因子通信を操る暗殺組織のボス…らしいけれど。でも、そんな彼でさえ組織の頂点ではなく、複数存在する幹部の一人らしいとファーマス様が言っていた。

 いい年をして「世界の秘密を解き明かしたい」何ていう子どもじみた夢を原動力に暗躍を続けているらしいけど…。最も恐れるべきは、その情報入手能力。

 ファーマス様の推理では、彼もまた、異界送りからの帰還者であり…詠唱者に匹敵する術式の使い手である可能性が高いという。


 はぁ…考えるだけで、気が変になりそう。どうして?…私たちの世代になって、こんなにも急に、様々なことが重なって起こったりするんだろう?


・・・


 「マルルィア」

 「は。はい。ファーマス様?」

 「こうしては居られない」

 「え?」

 「この男の話…どこまで信じて良いか…しっかりと吟味する必要はあるが…一つだけ、俺自身の目で確かめてきたことで、捨て置けない情報がある」

 「は、はい?」

 「マモル青年の件だ。彼は、前回…6周季前…その時点では、ただの平凡な…いや、むしろ能力的には、彼の兄と比べても…まったく劣る愚物だった」

 「え、ええ。そうでしたわね。その代わり、優しい少年でしたけれど」

 「うん。だが、過去のことは忘れた方がいい。あの悪魔のような男が、息子に何をしたのかは不明だが、たった6周季ねんの間に、コチラにも異世界にもない、怪しげな力を使う化け物に生まれ変わっていた」

 「は、はい」

 「そして、時を図ったかのようなタイミングで、あの男自身がコチラの世界へと足を踏み入れている」

 「こ、恐いわ。ファーマス様」

 「つまり…これらの事実から推測される結果は一つだ。あの男は、まず自分が先行して、こちらの世界の仕組みをより詳しく調査し…ついで、遠くない未来に、奴が生み出した最強の化け物…変わり果てたマモル青年を、こちらの世界へ招聘するつもりなのだ」

 「え?」


・・・


 私は、さすがにファーマス様のその推理は、飛躍が過ぎると感じた。


 『おいおいおい。君の想像力には感服するが…今までの情報を、どう繋ぎ合わせても、いきなりそんな結論は出てこないぞ?』

 「いや。いやいやいや。奴なら…あの悪魔のような研究者ならやりかねん。今まで、こちらの世界から、何度も凶悪な犯罪者が送り込まれた。それを、あの男は恨んでいるはずだ。…逆に、こちらの世界を侵略しようと考えてもおかしくはない」

 『…そ、そうか?…僕には、単に末姫の帰還に巻き込まれてしまった、可哀想な犠牲者にしか思えなかったけれど…?』

 「貴様は、あの男の恐ろしさをしらないから、そんな呑気なことをいっていられるのだ。…あの気の優しいマモル青年が、あんな恐ろしい能力者に改造されているんだ。今度こそ、奴は本気で、この世界をつぶしにかかろうとしている」

 『ああ。君がそう思うなら…そうなのかもしれないね』

 「さあ。マルルィア…そうとなれば、いつまでも基盤(サードレイヤース)の人間同士が小競り合いなどしている場合ではない。あの男が、必要な態勢を整える前に…我々も、早急に国を統合し、彼と戦える国力と兵力を蓄えるのだ。…時間がないぞ。命がけで戦う必要がある。この男といつまでも長話をしている暇はない。行くぞ、マルルィア」

 『・・・』


 そ、そんなに、世界の統一って、簡単にできたりするものなのかしら…。

 謎の男の唖然…とする気配を感じながら、私はファーマス様が石牢から脱出するための簡易術式に必要な詠唱を開始するのを…ただ、だまってお見守りするしかなかった。


・・・

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