(2) 銀雪の氷原国(フルィスケルツリン)
・・・
銀の鏡。
その上に、白い鳥と黒い鳥が舞い降りた…
…ように見えた。
「あれ…鳥だよね?」
「ううぅん…違うよ。鳥はあんなに大きくないもの…」
ボクの問いに、ステラが即答する。確かに、鳥はあんなに大きくないか。
それに…何も無かった空間に、銀の光がキラキラと揺れたと思ったら…それらは突然に姿を現して降りてきたようにも見えた。
まるで…白い光と黒い光が、降り積もるように地面に集まると…それが幾つかの形として実体化したかのようだ。
「ね。…確かめにいってみようか?」
「だ、駄目だよ。ママンに、危ないコトには近づいちゃだめだって…」
「何よ。リュイスは弱虫ね。それに、まだ母さんのこと、ママンって呼んでるの?」
ステラは、好奇心が旺盛だ。ボクの制止の声なんか無視して、もう既に走り始めている。
・・・
そんなに離れた場所では無かったから、ステラを追いかけるボクも、すぐにその場所へと追いついた。
銀色の永久氷板の上に倒れていたのは、どこかの国のお姫様に違いないと誰もが一目で思うような綺麗な女の人…白い鳥に見えたのは、きっとこのお姫様だ。
そして、おそらくはその従者たちと思われる…黒い服の男の人たち。
「ねぇ…。この国の人たちじゃないわよね?」
「う、うん。ボクたちの国のお姫様は、白い服を着たりはしないよ」
「あら。どうしてリュイスは、このお姉さんがお姫様だって思うの?」
ステラに言われて、自分の勝手な想像が真実だと思い込んでしまっていたことに気が付いた。少し、恥ずかしくて頬が熱くなる。…でも、間違いない。ボクには分かるんだ。このお姉さんは、絶対にお姫様だって。
「ねぇ。この女の人の髪。見てみてよ。凄く綺麗。凄く綺麗な黒い髪なのに、所々に赤い房が宝石みたいに並んでるんだ。こんな綺麗なの…お姫様以外にあるはずないよ…」
「…ホント。キレイ…」
自分でも理由になっていない理由を言ったという自覚はあったけど、ステラも同じように感じたんだろう。いつものように馬鹿にしてくることはなかった。
・・・
「…こ、ここは?」
ボクたちのさえずる声が刺激となったのか、お姫様…と思われる女性が気を取り戻し…体を起こした。
すると、それをキッカケとでもするかのように、その周りの黒を主体とした服を着た男の人たちも次々と体を起こす。一番、体の大きな男の人が頭を振りながら額を手で掴むようにした後、慌てたようにお姫様の方に駆けよってきた。
「姫様…お怪我はありませんか?」
ほら。やっぱりお姫様だよ。ボクは、思わずステラを見る。ステラもビックリしたような嬉しそうな顔でボクの目を見返してくる。ただ予想が当たったというだけなのに、ボクらは嬉しくってしかたがなかった。
「…う。だ、大丈夫だ。ラサは皆の無事の確認を」
お姫様は、大きな男の人に命令した後、ボクたちに気が付いて目線を移してきた。
「…お前たちは?…もしかして、私たちを助けてくれたのか?」
「い、いいえ。ぼ、ボクたちは、お姫様たちが…きゅ、急にここに現れたから…」
突然、話しかけられてボクは緊張して口ごもってしまう。
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「私はステラ。こっちは幼馴染みのリュイスです。…お姫様たちは…どちらの国からいらしたんですか?」
ボクより少しだけ早く生まれただけなのに、ステラはこんな時、ボクよりずっと堂々としている。ボクは体も小さいし…ステラみたいに頭の回転も速くないから、黙ってステラに任せることにした。
「…そうか。私たちは突然ここに現れたんだな?…お前たちの国に断りも無く踏みいって申し訳無い。失礼を承知の上で、先に訪ねたいのだが…ここは…もしかすると…銀雪の氷原国だろうか?」
「はい。…でも、ここは氷原国でも一番端っこの田舎のまた田舎ですけれど…」
「すまない…もう少し詳しく教えて欲しい。どの辺りであろうか?」
「え…えっと。わ、わたし…地理は…と、得意じゃ無くて…あの…もう少し行くと、外苑荒野があるから…母さんがあんまり遠くへ行っちゃいけないって…」
「それなら、ボク分かるよ。ここは、基盤短軸正域境界の中立外回廊から第二象限外苑荒野に抜ける小外回廊に位置するデルタ村の村外れです」
ボクは、地理だけは得意なんだ。だから、地理の苦手なステラの答えにかぶせて張り切って答えた。
「…そうか。全く反対側に出てしまったんだな」
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勢いよく答えたのに、その答えを聴いてお姫様がガッカリとした顔をさせてしまった。ボクは、何だか悲しくなってしまって「ゴメンなさい…」と小さい声で謝った。
「いや。リュイス…と言ったか?…お前は少しも悪くない。謝らせて逆にすまなかった。私の制御能力が未熟なのがいけなかったのだ…」
どこかの国のお姫様なのに、そのお姫様はボクに深々と頭を下げて謝ってくれた。そこへ黒い服の大きな男の人が戻ってきて報告を始めた。
「姫様。確認終わりました。ジンとクア以外、全員無事です」
「クアは…私がマモル殿の様子を見に行くよう頼んだのだ…。まさか、クアが戻る前に帰還の術式が発動しようとは思わなかったから…。無事でいてくれると良いが…」
「ジンは…全く不明です。転移の際、既に寝所に居なかったのではないかと言う者もいるようですので…ひょっとすると、あちら側に残ってしまったのか…と」
「うん。思えば…ジンは少し様子がおかしかったな…。二人をあちらへ残してきてしまったのは偲びないが…再び助けに戻る…というわけにもいかない」
「姫様…我ら従者のために、お心を痛めて頂き誠にありがとうございます。しかし、従者たる者、姫様の無事が第一。ジンもクアも…姫様が無事に帰還できたことは察知したでしょうから…喜んでおりこそすれ、悔いはありますまい」
「うむ。分かっている。ラサ。私は、姫としての義務がある。前に進むのみだ」
ボクとステラは、難しい話の意味が理解できないので、ただ、黙って大人たちを見上げていた。
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しばらくボクたちのことを忘れたかのように難しい話を続けていたお姫様たちだったけど、さすがに寒さに耐えられなくなったようで、何人かの従者が炎の能力を発動して暖を取り始めた。
「…さすがに氷原国の最果てだ。このままでは凍えてしまうな。リュイス…と…ステラ。二人も放って置いてすまなかった。今は無理だが、後日、必ず礼をするから…私たちをお前たちの村長の所まで案内してはもらえないだろうか…」
「あ。はい。喜んでお連れします。良いわよねリュイス?…実は、リュイスのお父さんは村長なんですよ」
ボクが自分で言いたかったのに、ステラに先に言われちゃった。だからボクは一言だけ「ま、任せて…」と胸を張って答えて、そのまま自分の家に向かって歩き始めた。
でも、やっぱりお姫様とその従者って凄いんだな。銀雪の氷原国は、その名前のとおり1周季のいつだって常に雪と氷に覆われていて、ボクたちだって下着を何枚も重ね着して、その上に分厚いコートを羽織って…それでやっと寒さをしのいでいるのに。ボクたちの後ろを歩く姫様たちは、異国の薄手の服を着ているにもかかわらず凍えてしまうということはないみたいだ。みんな、周りに危険がおよばないぐらいに制御した炎系の能力を身に纏って普通の顔をしている。
ボクたちの村にも能力の使い手はいるけど…あんな風に小さく制御するなんて村一番の使い手のヴァン爺さんにもきっと無理だろう。
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「…その衣服の色合いからすると…お客人方は…白暮の石塔国の方々でしょうか?」
ボクが家に帰るとパパン…じゃなかった父さんは笑顔で迎えてくれたけど、後ろに引き連れた大人たちを見ると表情を硬くして…それでも「どちらの方々か存じ上げませんが、寒いでしょうから中へ…」と家の中へ入れてくれた。
それで、今は暖炉の前の大テーブルを囲んで、お姫様たちの話を聞いているところだ。
「ご推察のとおりです。私はニューラ。石塔国の末姫です。こちらが筆頭従者のラサ。後ろに控えるのも皆、私の従者たちです」
「な…なんと、彼の国のお姫様でいらっしゃいますか…それは…しかし…よりによって…どうしてこんな時期に…」
ぱ…父さんは、姫様たちの祖国の名を聞くと驚いただけでなく…なんだか困ったような顔をした。どうしてだろう?…こんな時期ってどういうことだろう?
父さんの言葉に、筆頭従者の人が険しい顔をして応えた。
「そうでしたな。氷原国は中立の立場を取っておられるのでしたな」
「ええ。特に我が村は、碧色の森泉国の最も近くに位置します。もしも、お姫様たちを匿っていることを森泉国に知られれば、中立を破り森泉国に敵対するものとして、彼らも黙ってはいないことでしょう」
ボクは、自分がお姫様を連れてきたせいで、村が戦争に巻き込まれるかもしれないと聞いてびっくりした。な、何てコトをしてしまったんだろう。
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ボクが泣きそうな顔をしていると、父さんが優しく頭を撫でながら言った。
「心配するなリュイス。我が氷原国は、基盤の中でも森泉国に次ぐ国力と国土を有する大国だ。いきなり攻め込んでくるということはあるまい。…ただ、せっかく我が村を頼ってきてくれたのに、身柄の引き渡しを要求されるようなことがあれば…匿って差し上げるわけにはいかない…。国王の許しもなく、我が村が勝手な行動を取るわけにはいかないのだ」
「村長のお立場は理解している。私たちは長居をする積もりは無いから安心して欲しい。…ただ。恥ずかしい話だが…衣服も…このような薄手のものしかなく…食料も手持ちがない。祖国へ向けて旅立つにしても、どうしても助力を乞わないわけにはいかぬのだ」
「衣服と…それに食料か…。我が村も決して余裕があるわけではないが…我々のような下賤の者に傲り高ぶるでもなく…そうやって頭を低くして依頼していただくとは…さぞやお困りのことなのでしょうな。…いいでしょう。私の可能な範囲で…なんとかしてみましょう」
「すまない。この恩は、いつか必ず…」
「息子リュイスの連れ帰ったお客様だ。父親としては精一杯おもてなしするのが務めでしょう。…今、貴国は戦時だ。礼は、無事に帰国され…覚えていられたらで結構です」
「ご恩は忘れません。…必ず」
「期待せずに待っていましょう。…取りあえず今夜だけでも、温かい部屋で体をお休め下さい。村長などという分不相応なものを任されている家です。集会用の大広間が奥にございますから…自由にお使いください」
やっぱりパパン…父さんは凄いや。異国のお姫様たちとまるで対等に話し合ってる。
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ボクは、父さんに言われて、お姫様たちを奥の大広間に案内してあげた。お姫様は、ボクの頭を「ありがとう」と言って撫でてくれたんだ。
外はもう暗くなっていて、天蓋の色は闇の刻へと移ろうとしていた。それからボクは、自分が急に連れてきてしまった大勢のお客様のせいで、食事を用意するママン…母さんや姉さんが大忙しになってしまったのを、責任を感じて一生懸命手伝った。…といっても、出来上がった料理をお姫様たちのいる大広間へと運んだり、使い終わった食器を戻したりしただけなんだけど。
だけど慣れないお手伝いを頑張ったせいで、自分の食事が済んだ頃には、ボクはもうすっかり眠くなっちゃってたんだ。窓の外の天蓋の色を見ると紫紺の刻から紫黒の刻ぐらいになっていた。普段ならとっくに「おやすみなさい」を言った後の刻だ。
お姫様に異国の話を聞きたかったけど、食事の後も黒服の大きな男の人と、なんだか難しそうな顔をして色々と相談をしているみたいだったし、父さんも食事が終わると直ぐに、「村の集会を開く」って言い残して出て行っちゃったから…ボクはすることもなくて、いつの間にか眠っちゃったんだ。
ベッドじゃなくて…暖炉脇の長椅子におかしな格好で寝てしまったせいか…うつらうつらと…垣間見る夢の中では…母さんと父さんが、恐い顔で何か言い争っていた。
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「…リュイス…。ねぇ………リュイスってば…起きなさいよ」
誰かが運んでくれたのかな。いつの間にか自分のベッドに横になっていたボクは、何故か隣の家のステラに揺り起こされて体を起こした。
「何?…どうしてステラがいるの?」
「しっ…。大人に聞こえちゃうでしょ…小さな声で…っていうか、まずは私の話を黙って聴くのよ…いい?…わかった?」
ステラの手で、無理矢理に口元を抑えられて、ボクは一瞬抵抗したけど…あまりにもステラの目が真剣味を帯びていたので、やがて小さく頷いた。それで、やっとステラはボクの口から手を離してくれた。
「…ふぅ…そ、それで…なに?」
「…お姫様たちが危ないの。リュイスの父さんが、私の父さんや村の大人たちと遅くまで話し合ってるのを…私、聴いちゃったのよ」
「…?…どういうこと?」
「次の光の刻が始まる前に…森泉国の兵隊が来るらしいのよ…配達屋の叔父さんが…今、国境の従者隊の所へ向かっているらしいの…」
「え?…どうしてさ!」
「しっ…だから大きな声をださないで。私も父さんたちの集会を盗み聴いただけだから…詳しいことは理解できてないんだけど…」
・・・
ステラの話は、要約すると大体こんな感じだった。
お姫様たちがどうやってこの村に辿りついたか分からないけど…もしかすると、もう森泉国の国境守護従者隊の風の因子の能力者に察知されているかもしれない。
このデルタ村は、今現在は確かに銀雪の氷原国に属しているが、古来、碧色の森泉国との間で何度も領土争奪戦が繰り広げられ、その結果、幾度もその従うべき王を変えることとなった。そういう歴史を持つ村だ。…だから、この先、またいつ森泉国の王を領主と仰がなければならなくなるかもしれない。
その時のことを考えると…ここで中立と言いながらも、結果的に森泉国の姫を匿ったという事実は、後日、森泉国の不興を買うかもしれない。
一方、もし、ここで正直に、今、森泉国に姫たちの滞在の事実を伝えれば…森泉国との関係は良好に保たれる。一方で、氷原国としては「中立」といっても、それはある意味、森泉国との不戦協定のようなものに過ぎないから、小国の集まりである連合に対して配慮する必要はあまりない。もし、白暮の石塔国から抗議があったとしても、基盤の中央を占める広大な中央聖域を隔てた真反対に位置する小国…気にかける必要は何もない…ということになる。
「…だから。父さんたちは、村のために…お姫様たちを売ったのよ…」
「…な。父さんが…そんな。嘘だ」
「私だって、嘘だって思いたいけど…でも、配達屋の叔父さんが…村外れへ向かったのは本当なのよ?」
・・・
ボクは信じたくなかったけれど…あまりにも必死にステラが訴えるから、考えてみた。
もし、ステラの話が嘘なら…それはそれで…笑い話に終わるだけ。…でも、もし本当なら?…ボクとステラが、案内してきたために…お姫様たちを危険な目にあわせてしまう。
どうしていいかわからずに…それでも、居ても立ってもいられなくなって…取りあえず、ボクとステラはお姫様たちの眠っているハズの大広間へと向かった。
「…どうした?…眠れぬのか?」
ボクたちが大広間の入り口に辿り着いた途端。お姫様に声をかけられた。ね、眠ってなかったんだ?…ボクは、どう話をしていいのか分からずステラを見るが、ステラも困ったような顔で黙っている。すると…
「二人には、本当に世話になった。君たちの父上たちにも。…しかし、申し訳無いが…次の光の刻を待たずして、私たちは、ここを出て行こうと思う。…というか、今、二人がそこに現れなければ…何も言わず、出て行こうと思っていた。もう…今から…」
「「え?」」
「…おそらく、もう数刻も経たぬ内に、森泉国の兵が、ここへ来るだろう」
「…どうして?」
「ふふ。まぁ、私も、そのラサも、一応は一通り因子の能力を納めた能力者だ。今は、不在のジンという風使いには及ばないが…ここから森泉国との国境ぐらいまでの気配なら…大体は読める」
・・・
お姫様は、ボクとステラに気をつかって、まるで森泉国の気配を読んだように説明してくれたけど…ボクだって馬鹿じゃない。それなら、もう配達屋の叔父さんが向かっていることも気が付いているだろうし…父さんたちの集会のことだって…
「…気に病むことはないぞ。お前たちの父君…この村の大人たちは、皆、立派で正しいことをしようとしているのだ。私は、食事と暖をとらせて貰えただけでも、十分に感謝しているのだ」
「で、でも…」
「私も一国の姫という立場だ。国を預かる者として、村長である父君の考えは理解できる。私が同じ立場なら…やはり、同じ選択をしただろう。なぁ、ラサ?」
「そうですね。私なら、逃げられないように、食事に眠り薬を忍ばせる…か、いっそのこと毒でも仕込んで…亡骸を引き渡す…ぐらいのことはするかもしれません」
「…ひっ…」
「怖がらせるようなことは慎むのだ。ラサ。相手は子どもなのだぞ?」
お姫様たちは、自分たちが裏切られ、これから追われようとしているのに明るい笑顔を見せてボクたちの頭を撫でてくれた。
ボクとステラは、いつの間にか二人ともクシャクシャの顔ですすり泣いていた。
次の瞬間…ボクは泣いたことを後悔した。その声を聞きつけて…そこへ母さんと姉さんが来てしまったのだ。
・・・
「か…母さん。ね…姉さん………あの…お、お願いだから…」
必死で庇おうとするボクとステラに、母さんと姉さんは「しっ…」と人差し指を口にあてて静かにするよう言って、それから「心配いらないのよ」と笑顔を向けた。母さんが言う。
「…夫たちの選択は間違っていないと思っていますが…私の選択もまた、間違いではないと信じて行動します。もう、兵の来るのは止められませんが、兵が来た時に、私たちの制止を振り切り…お姫様たちが逃げてしまった後だった………ということなら、誰も責められることはないでしょう」
「さぁ。早く…」
姉さんが、父さんの寝室の方を気にかけながら、黒い服の大きな従者に縄のようなものを手渡す。これで、ボクらや母さんたちを縛って逃げろ…ということのようだ。
お姫様たちにも、風の因子の能力者がいることは事実だから…それで危機を事前に察知して逃げた…という説明をすれば…嘘をついたことにはならない。
「…お前たちの恩。一生忘れぬ。礼をすることは生涯叶わぬかもしれぬがな」
「…私たちこそ。困っている人を、闇の氷原へと追い出すだなんて…本当の申し訳ありません」
・・・
お姫様たちは、姉さんに手渡された縄がきつく締まりすぎないように注意して縛り終わると、そのまま、お姫様がボクたち一人一人を抱擁して「ありがとう。さよなら」そう言ってくれた。
それから、ニヤッと笑って…
「これで、私たちは、少なくともこの村にとっては犯罪者だな…救ってもらっておいて、なんという恥知らずだ…」
「…そんなことは…」
「だが…。どうせ犯罪者なのだから、ここは一つ、その汚名に甘えさせて貰って、飛石竜子を数頭…奪わせて貰おう。…本当にすまないが…国へ帰るには足が必要なのだ…すまぬ」
母さんと姉さんは、驚いたような顔で一瞬顔を見合わせたけど…やがてため息をついて、頷いた。
「もし、駄目だと言ったら…きっと、お姫様たちは諦めるのでしょうね…。でも、ここまで、行動しておいて…直ぐにお姫様たちが捕まってしまうようでは…それこそ意味がありませんものね。…手痛い出費になりますが…村外れに、私の実家…父の営む雪石竜子の牧場があります。…後は、お察しください」
「わかった。私たちはたとえ不幸にして捕まることがあったとしても、それを母君から伺ったとは死んでも口にはしないと誓おう」
・・・
それから…数刻はあっという間に過ぎた…と思う。ボクは、しばらくはお姫様たちが出て行った窓の外を見ていたけれど…やがて我慢できずにウトウトと眠ってしまったから。
次に気が付いた時には、窓の外からボクの目に眩しく飛び込む光の刻の天蓋の色と、大人たちがワイワイと騒ぐ喧噪の声が村を覆っていた。
その後、複雑な表情を浮かべる父さんたちに縄をほどいて貰ったボクたちは、少しだけ事情を聴かれたけれど…直ぐに自由を許された。
「…慌ただしい1周刻だったわね…」…と、ため息をつきながら部屋の掃除を始めた母さんと姉さんたちだったけど…大広間の入り口の隅に落ちていたものを見つけて…しばらく固まったように動きを止めた。
「どうしたの?」
ボクが声をかけると…やっと動きを取り戻した母さんが、ボクに手に持ったものを見せて…こう笑った。
「…お釣りを返さなくっちゃいけないけど…いつの日か、また逢えるかしらね?」
母さんの手には、お姫様の首元を飾っていたネックレスの…最も大粒な宝石が一つ握られていた。
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