(23) 創世神話<2>
・・・
「…アレが…世界を創るもの?…破壊のためではなくて?」
姫様と慈雨殿の会話は「神」や「狼」についてに移ろうとしているが、私はそれ以前の段階で驚いてしまい、思わず震える声で呟いてしまった。
姫様の会話を邪魔する意図はなかったのだが、その声が聞こえてしまったのか、ジウ殿は姫様への答えを中断し、私の方へと顔を向ける。
「そうですよ。皆さんが驚かれるのは…まぁ、無理もありませんが」
「で…では、こ、この世界は、何者かの手によって創られたというのか?…やはり…私たちは、何者かの手によって生み出された…ということなのだな?」
出過ぎたまねをしてはいけない。
心では、自制の念が働こうとするのだが、それを上回る驚きが、不敬だとは知りつつも私は姫様の問いを遮って問い発してしまう。
ラサ殿が見かねて私を諫める。
「ウォラ殿。落ち着きなさい。ジウ殿は順を追って話をしてくれているのだ。そう先を急ぐのは賢明とは言えぬぞ…」
「私は、アナタたちが誰かによって生み出された…などとは言っていませんよ」
ジウ殿は、ラサ殿の言葉を手で制して、私の方へと向き直り答えを返してくれた。
・・・
無表情ではあるが、その目の色にはハッキリと興味の色が浮かんでいる。
「おもしろいことを仰いましたね。アナタは。今、自分たちが『何者かの手によって生み出されたのか』…とお訊きになりましたか?…しかも…『やはり』…と?」
「…い、いや…今、貴殿が………こ、この世界が何者か…いや…ハッキリと…創世神と言ったか?…によって…創られた…と」
「いいえ。私は、アナタたちサードレイヤースの民が、何者かによって生み出された…などというコトは一言も言っていりませんよ。私が言ったのは、あの飛行艦船が、太古に創世神たちがこの世界を人々が生きていける形へと造り変えるための道具として使った…ちゃんと、そのように言ったはずですが?」
「お…同じコトではないか?」
「いいえ。これは大事なことですから、間違ってはいけません。この世界は、アナタたちが住みやすいように造られました。しかし、そのことと、アナタたちサードレイヤースの民がどのようにして生まれてきたかは、全く別の問題です」
ジウ殿の瞳の輝きが妖しさを増していく。
心なしか、口の両端の位置が上へと持ち上げられたようにも見える。
だが…ただの気のせいかも知れぬ。ジウ殿のその表情を一言で表現しようとすれば、やはり「無表情」としか言い表しようがないことに変わりはないのだから。
「本当に単なる興味本位でお訊きしますが…アナタたちサードレイヤースの皆さんは、誰もがウォラさんと同じように…その…ご自分たちが誰かによって生み出されたかもしれない…などと思ったりするのでしょうか?」
・・・
「まるで、ジウ殿はサードレイヤースの民ではない…というような物言いをされるのだな。もしや、ジウ殿も…異世界からやって来たのか?」
姫様が、私に問いかけるジウ殿の言葉に首を傾げながら訊く。
ジウ殿は、その姫様の言葉に無表情のまま首を横に振る。
「その問いへの答えは…難しいですね。私たち…いえ、私は、アナタたちと異なる時間を生きている…。空間的な出自を問うのは意味のないことです。逆にニューラ姫へお訊きします。ニューラ姫もウォラさんと同様に、ご自分たちが何者かによって生み出された…などとお思いになりますか?」
「私たちは…この狭いサードレイヤースという世界の外に、異世界というものが存在することを知っている。支配階級の者たちは、そのプライドと権威を守るため、異世界を流刑地のように扱っているが…多くの学者たちは内心では、我々は…異世界からサードレイヤースに移り住んだのではないか…そう思っているのだ」
「…ほう」
「我々も馬鹿ではないのだ。自分たちの世界が閉じている…としか言えぬ状態であることに疑問を持たぬわけではない。このような世界で…自分たちが、まるで雑草が生えるようにこの世界へ生まれてきたなどと…考えるほどに不合理な思考はもっておらぬ」
そこで、私は再び我慢ができずに声を上げてしまう。
「…だ、だから。お、驚いたのです。こ、この世界が創世神によって創られたのなら…その時に、私たちサードレイヤースの民も生み出されたのではないか…と」
・・・
「そうですか。…なるほど。それは…非常に興味深い…思考です」
ジウ殿の目は、喩えようのない不思議な色を湛えていた。
それは、幼い我が子を見守る親のそれのようでもあり…、しかし、その無表情な顔から、まるで学者どもが何かを観察するときにする目にも見えて、私はぞっとした。
ジウ殿は、話が脱線したことも気にせずに、むしろより大きく脱線させようと新たな問いを我々に提示する。
「アナタたちは、『神』に関する伝承は持っていながら、基本的には『神』を信じていませんでしたね?…この世界には『神』はいない…と。伝承は、子ども向けの作り話に過ぎない…と」
「…そうだな。『神』の伝承とは…母親が、言うことを聴かない子どもを躾けるための道具のようなものだ」
「ふむ…。『神』を信じてはいないのに、自分たちが何者かによって生み出されたかもしれない…などという可能性を考えることがあるのですか…。では、その何者か…というのは…何なのでしょうね…。『神』…ではないですよね…少なくとも」
「いや。それは漠然とした不安のようなものだ。むしろ、何者かによって生み出された…などということは考えたくないため、どこかしら別の世界から移り住んだのではないかという説が学者たちの間では主流となっているのだ」
「しかし、こうは考えなかったのですか?…基盤世界には始まりの時など存在せず、どれだけ過去へ遡ろうと、今のアナタたちと同じような民が、今のアナタたちと同じように暮らしていた…と」
・・・
「…?…どういう意味であろうか?…どこまで遡っても…始まりがない…?」
「そのままの意味です。アナタたちは…いえ、アナタたちの祖先は、どこか別の場所から移り住んだわけでもなければ、何者かによって生み出されたわけでもないと…」
「だが…ジウ殿。先ほど、貴方が言われたのではないか。この世界は、創世神によって、私たち民が生きられるように造り変えたのだと…。つまり、それ以前には、この世界に民は居らず、世界が造り変えられた後に…」
ジウ殿は、そこで、ちょっと待て…とでも言うように姫様の前に手をかざす。
そして、その指を左右に振りながら…
「いえ。申し訳無いが、少しの間、私のした…その話は忘れて下さい。その話を私がする以前の…、アタナたちサードレイヤースの民が、この世界とご自分たちの出自のことをどう考えていたのか…それを私は知りたいのです」
「申し訳無いが…ジウ殿。それが、今、我々が置かれているこの状況…あの飛行艦船の脅威への対策の話と…何か関係があるのだろろうか?…単なる興味本位の話だというのであれば…また時間の許す機会にゆっくりと…」
ラサ殿が、脱線してしまった話に戸惑う皆を代表して、話を元に戻そうとする。
しかし、ジウ殿から興味の色がさめることはない。
「いえ。私は…それほど長くは…ここにいられないのです。そして、今、私がお訊きしている話は…アナタたちの未来にとっても重要な話。あの飛行艦船の件とも全く関係が無いというわけではありません。申し訳ありませんが、もう少しお付き合い下さい」
・・・
異様なほどのジウ殿の迫力ある物言いに、皆、息を呑んだ。
姫様が、皆の顔を見回す。そして、「私に任せて欲しい…」と小さく告げて、ジウ殿と向き合う。
「分かりました。ジウ殿。貴方は、私たちが知らぬ、何か重要なことをご存知のようだ。私が貴方の問いに答えよう。…それで…」
「ありがとうございます。では、アナタたちは、私の話を聞く以前、つまり常々の皆さんの考え…ということで結構ですが、アナタたちは、自分たちの世界について、どのように考えてみえるのか。それを知りたいのです」
「基盤世界と…そこに住まう民の歴史…ということでよいのだな?」
「そうですね。それを教えてください」
「私たちは…この世界を『閉じている』…と感じている。いや。それがこの世界の当然の姿なのだから…閉じている…もなにも…ないハズなのだが…。漠然と…違和感を抱いてはいるのだ。何故…天蓋より上へ昇と反対に湖の水面へと浮かび上がってしまうのか…」
「…ふむ。天蓋より上にも世界はあるのではないかと…?」
「それを不思議に思うことは、愚かだろうか?…私の頭上には、例えば鳥たちや氷翼竜たちが飛び回ることのできる空間が広がっている。風の因子の能力者たちは、風の技を操り上部空間へと昇ることもできる…が、しかし、それは何故、天蓋の高さまででしかないのか?」
「なるほど。天蓋…と名付けたのは、そのためですね。まるで蓋のように、それ以上の上へと上がれなくしている…から…だと」
ジウ殿は、何度も頷きながら、姫様に話の先を促す。
・・・
「閉じている…と感じるのは上部空間に対してだけではない。当然、地面より下には行けぬし、水中深く潜ることもできぬ。そして…サードレイヤースの周りには、私たちが生きていくのに必要な要素が言うことを聴かぬ不毛の地、外苑荒野が…まるで牢獄のように世界を囲い込んでいる」
「外苑荒野…か。なるほど…アナタたちは、アレをそう呼ぶのですね」
「外苑荒野の外に行って、帰ってきたものは…誰も…居ない………というのなら…まだ良かったのかもしれぬ。しかし、四方に位置する外苑荒野の境、中立外回廊を外へ向かって進んだ先には…天蓋と同じ…光の壁があるだけだ」
「調査隊を送ったのですね?」
「うむ。危険を覚悟で飛び込んだ光る壁の…その向こうは…天蓋を抜けた時と同じように、その時の色に対応した湖や泉の中だった…。いくら、世界が始めから、このような姿をしているといっても…不思議に思わぬ者はない」
「まぁ…そうでしょうね」
この種の話は、実はサードレイヤースの民の間では、もはや不可知論として、誰も取り合う者の無いテーマとなっている。
議論したところで、世界がそのようになっているのだから…仕方ない…という結果にしかならないし、何故、そのようになっているかも…誰にも分からないのだから。
しかし、姫様を始め、誰もが心の中では、もやもやとした思いを常に抱えており、誰かにその不安な思いを聴いて欲しい…という思いを秘めてはいるのだ。
だから、姫様は、それを真面目に聞いてくれるジウ殿に、熱を込めた言葉で話す。
既に、請われたから答えている…というよりも、聴いて欲しくてしかたない…という気持ちで必死に訴えいてるかのような口調へと変わっている。
・・・
「極めつけは…世界の中心部にある不可侵領域だ。中央聖域…とは、アレはいったい何なのだ?…何故、あそこだけは、各国の王家ですら立ち入ることを許されぬのか?」
ついに、姫様は話題にすることすら禁忌とされている中央聖域についてまで疑問を口にされた。
皆が一斉に驚いたような表情となるが、誰もが同じ疑問を抱いていたのだろう、誰もそれを咎めるものはない。
「…中央聖域ほどの空間を遊ばせておかず、民のための土地として活用できれば、もう少し、このサードレイヤースにおける戦争は減らせるであろうに。…そもそも、『立ち入ることを許されぬ』…と言うが…、いったい誰に『許されぬ』…というのか?」
「ふむ。しかし…それを『神』…だとはアナタたちは思わないわけですよね?」
「…『神』など…この世界にはおらぬ。数年毎に繰り返される人口増加による飢えも、そのために起こる領土を奪い合う戦争も…一部の貴族と富める者による、弱き民たちへの暴挙も…。誰も、それを無くしてはくれない…。それを無くせるような者がいれば…それこそが…私たちにとっての『神』であろうが…。そんなものは…いないのだ」
王族でありながら、民を本当に慈しむ思いに溢れた姫様の言葉。
周りの者たちは、皆、姫様に温かい目を向けている。
「では、アナタたちは…『神』…では無い、何者かによって生み出され、そして…中央聖域や外へと出ることを…禁じられている。そう考えているワケですね?」
・・・
「…そう考えたくなくとも…、そう考えざるを得ないではないか!…このような閉じた世界で、私たちサードレイヤースの民が、ある日突然、雑草が生えるかのように現れる…などということは、あり得ないのだから…」
「ふむ。もう一度…先ほどと同じことを訊きますが…その『ある日』…すなわち『始まりの時』など存在せず、どれだけ過去へ遡ろうと、今のアナタたちと同じような民が、今のアナタたちと同じように暮らしていた…とは考えないのですか?」
「…それは、無理だ。ジウ殿。この世界は、閉じている。限られた土地と、限られた数の民しか生きていけぬ…過酷な世界なのだ。環境の破壊が、即、この世界の終焉を意味するような不安定な世界で、私たちは綱渡りをするように、何とか世界を繋いでいるのだ。それほど遠い過去から、そのような不安定な世界が継続できるとは…思えぬ」
姫様は、眉根を寄せた悲しげな表情で呟く。
「それに…歴史…という言葉はあっても、実は私たちが遡ることができる過去など、それほどに長くないのだ。私は王族の娘だが、我が王室には記録官がいて、民間よりも記録を確実に管理しているハズなのだが…私の知る限り…曾祖父以前の記録は…残って居らぬ。そして…建造物なども、150年前程に建てられたものしか…ないのだ」
「なるほど。まぁ…そうでしょうね。あの飛行艦船が世界を均したのが…ちょうどその150年ほど前…になりますから」
「私が母から生まれたように、母は祖母から生まれ…その祖母も曾祖母から生まれているはずだ。先ほども言ったように、人が雑草のように生えてくることはないから…最初の1人…曾祖母たちか、その曾祖母の父母は…何者かによって生み出された…のではないか…そう考えているのだ。世界が閉じているのも、その何者かがそのように造ったからだと」
・・・
「…やはり、各個体が母体から産み落とされるという人類の生態下においては、種そのもの自体も、何かから生み出された…そう考えてしまう…というわけですね」
「もちろん、そのようには考えたくない学者たちは、先ほども言ったように、私たちの曾祖父たちが、異世界からこの世界に移り住んだ…という説を唱えている。だが…」
「だが…?」
「一度…自分たちが何者かによって生み出された…などという考えを思い浮かべてしまった以上、そのような異世界からの移住論など…意味は無い。では…その異世界の民は、どのようにして生まれたのか…その疑問が残り続けるのだから…」
そう呟いて俯いた姫様。
ジウ殿は、しばらく黙って、その姫様を見つめていたが…まだこの議論から得ようとしている何か…が得られていないのであろう。
再び、姫様に問いかけた。
「…しつこい…と嫌われそうですが、敢えて訊きます。異世界は、この世界のように閉じて居らず、始まりの時など存在しない…過去から未来まで、延々と存在し続ける…そういう世界だとは…考えないのですか?」
「そうだと…良いな。学者たちも喜ぶかもしれぬ」
「…と、仰るということは…ニューラ姫は、そうでは無いと思っているのですね?」
「人は…母から生まれ、そして死んでいくのに…、世界だけが延々と続く…とは、私には思えぬのだ。異世界は、ジウ殿の言うとおり閉じた世界ではないかもしれぬ。しかし、そこから来た私たちが生まれ…そして死ぬのであれば、異世界の民も同じであろう?」
「生き死にを繰り返しながらも、安定して在り続ける…とは思えませんか?」
・・・
姫様は、ジウ殿の問いに少しだけ考えるように間をおいて、しかし、すぐにきっぱりと答える。
「ジウ殿。私も馬鹿ではない…と言ったではないか。異世界が、この世界のように不安定でなく、閉じてもいないのであれば…民の数は少しずつ増えていくことだろう。しかし、増えていく…ということは…それを過去に遡っていけば…どこかで、最初の一人にまで数が絞られるということだ」
「…一人では、子を産むことはできませんよ」
ジウ殿が苦笑する。
姫様は、少し頬を染めて、怒ったような口調で言い直す。
「そ…そうだな。で、では…最初の2人…だ」
「しかし、ニューラ姫。このサードレイヤースの民が、絶妙なバランスで、その人口の増減を均等に保っているのと同じように、異世界では、過去から…ずっと、その数を増やしも減らしもしないで、続いているかもしれませんよ?」
「…むぅ。ジウ殿。貴方のことだ…何か理由があっての問答だとは思うが…さすがに少しくどいのではないか?…貴方が答えを持っているのであれば、それが正解なのであろう?私たちが、どのように歴史や民の出自を考えていようと…良いではないか?」
根気よく問答に付き合っていた姫様も、ついに限界を迎えて苦情を言う。
「申し訳ありません。しかし、私は知っておく必要があるのです…」
・・・
何をだ?…と、全員が思った。
ジウ殿は、姫様から目を離し、その場の全員へと視線を巡らせる。
「アナタたちが、今、どのような段階にあるのか…」
何?…なに…を…言っているのだ?…ジウどのは。
私は戸惑い、無意識に救いを求めたのか、姫様やラサ殿に視線をあわせる。
しかし、同様にお二人もジウ殿の言葉の意味がわからず、戸惑いに瞳を揺らしている。
戸惑う我々をよそに、自分の鼻先を見つめるような…どこを見ているかわからぬ視線となって、ジウ殿は伏せ目がちに独り言を続ける。
「…『神』の概念は…世界毎に…異なる。これは、仕方ないことです。この世界に『神』はいない…そうですが、しかし、人々を生み出すことができるような存在…何者か…という者については否定していない。つまり、それはある意味『神』の存在の肯定だといえるのでしょうね…どうしても、人類は、その呪縛から逃れられない…のか?」
その言葉は、もはやニューラ姫どころか誰に向けたものでもない。
いや。仮に誰かに向けられた言葉だとしても、誰も意味を理解できず、答えられない。
しばらく黙っていたジウ殿が、ふと…顔を上げて天井を見上げた。
「ふむ。…そうすると、彼の兄のような思考は、やはり非常におもしろい…ということになりますね。自分たちを生み出したものの存在を否定する…あの精神は、ひょっとすると…人類の発展におもしろい革新をもたらすかもしれません…。ならば…」
・・・
「じ、ジウ殿?」
ジウ殿の目が、青白い仄かな光を放つ。
そして、我々には聴き取れない、小さくて異様に早い言葉を口ずさんでいる。
皆が呆然とする中、しばらくして、ジウ殿の目からふいに光が消えた。
「失礼しました。私の目的は果たされました。では、ここから先は、約束通り…アナタたちに、飛行艦船についての情報を再びお教えするとしましょう」
「…け、結局。私たちは、誰かに生み出された…という理解で良いのだろうか?」
肩透かしを喰らったような気がして、私はまたしても口を挟んでしまう。
「おや?…まだ、その話に興味がおありですか」
「き、貴殿は、今の問答で満足されたかもしれぬが、私には全く結論が見えぬのだが」
「そうですか…。しかし、その答えは…実は、私にも分からないのです」
「…な…に?」
「私はサードレイヤースの民でこそ、ありませんが…しかし、アナタたちを生み出した者でもなければ、アナタたちが生み出されるところを見たワケでもありません」
「…ふ、ふざけて…いるのか?…貴殿は…」
「いいえ。滅相もありません。私も…それを知りたいのです。いえ、その答えを知ることこそが…私の存在意義であるとも言えます。だから、アナタたちの考えを教えていただきたかったのです」
「…創世神が…この世界を造った…という話は?…いったい何なのだ」
・・・
「本題に戻ってよろしいということですね。あの飛行艦船…すなわち大規模開拓船は、先ほど言ったとおり、世界を人々が生きていける形へと造り変えるための道具です。ですから『造った』…というより、正確には『造り変えた』…つまり、この世界自体を創世神が生み出したワケではありません」
「…造り…変えた」
「そうです。それ以前から、この空間…世界と呼べる領域は存在していました。しかし、そこは…現在のような人々にとって住みやすい環境にはない、とても荒々しい空間。未だ因子の能力を発動することもなく、か弱い人々が生きていくには過酷に過ぎました」
ジウ殿は、まるでその時の様子を知っているかのように、遠い目線を宙に彷徨わせた。
まるで、老人が昔話でもするかのように…。
「…ある意味。ここは『地獄』だったのですから…。おっと、『神』や『天国』…という概念を捨てたアナタたちには、『地獄』という概念も分からないでしょうね」
「…それは、戦乱や災害により環境が破壊された…そんな状況を想像すれば良いのであろうか?」
再び、姫様が皆の代表となって、ジウ殿の話の聴き手となる。
「いいえ。…それより…もっと酷い。想像など出来ない程に。だから、創世神たちは…この世界を、あの大規模開拓船を使って…開拓したのです。アナタたちの曾祖父の世代が生きていける状態へと」
「…それが、世界を『造り変えた』…ということなのか」
・・・
「そうです。詳しいことは…規約違反になるので言えませんが、先ほどニューラ姫が仰った中央聖域や外苑荒野も、その時に造られたものです」
「…そうか。では、中央聖域への立ち入りを禁じたのは…創世神たちなのだな。…しかし、その創世神は…もういない。ならば!…中央聖域への立ち入りも…可能なのか!?」
「…いいえ。中央聖域への立ち入りを禁じたのは創世神ではありませんし…現段階のアナタたちが…あの区画へ…不用意に侵入することは…色々な意味でお勧めしません」
喜び身を乗り出す姫様を、ジウ殿が何故か申し訳なさそうな様子で抑える。
姫様は、困惑した表情でジウ殿を問い質す。
「何故、駄目なのだ?あの広大な領域に民を住まわせることができれば…しばらくは飢えに苦しむ者も、国と国同士の領土の奪い合いも無くすことができるのに…」
「ニューラ姫。アナタも王族という国を支配する側の人間ならば…良くお考えなさい。その新たな領域の支配権は…誰が手にするのです?」
「…っ」
「新たな領土など…争いの種にしかなりません。しかも…中央聖域は、このサードレイヤースに存在する全ての国の中央に位置します。その区域を領有するということが…どういうことを意味するか…」
「そ、それならば…現存する7カ国で、均等に7区分すれば…」
「おっと。お待ちなさい。忘れてはいけませんよ。新たに1つの国が産声を上げたがために、今、このような話し合いをしているということを…」
「…っく。そうか、あの飛行艦船も国家であると宣言したのだったな。な、ならば…8つに区分をしてでも…」
・・・
姫様は、それほどまでに…この世界の民を、飢えと貧困…そして戦乱から救いたいとお考えなのだろう。
懸命に中央聖域の活用の可能性を訴える。
「…まぁ…森泉王や氷原王はともかくとして…国を興したばかりで領土を持たないダルガバスさんが…その等分案に満足されるか…どうかは甚だ疑問ですが…仮に、全ての王がその案を承諾したとしても…アナタたちは、あの中央聖域を穢すべきではありません」
「け…穢す…べきでない?」
「はい。穢したら…アナタたちは生きていくことが…できなくなります」
「そ、それは…どういう…?」
「…規約違反となりますので、これ以上、詳しいことはお話しできません。しかし、中央聖域があるからこそ、アナタたちは多少の戦乱や災害によって汚してしまっても、環境汚染によって即座に滅亡することもなければ、比較的短期間で元の環境へと戻ることができるのです。それだけは…心しておいて戴きたい」
「何…?…で、では…中央聖域は…環境の汚染を浄化する役割を負っている…と?」
「そうですね。そう考えていただいても間違いではありません」
「…そ、そんな役割が…中央聖域にあったとは…。そうか…。そのような重要な役割を持った区域であるのなら…歴代の王が…絶対不可侵と厳しく通達していたのも納得がいく。…だが…しかし、何故、そのような大事なことを、王族である私ですら知らされていないのであろうか?」
姫様が、不安げにラサ殿やジン殿の方を見る。2人に…お前たちは知っていたか?…と問うたのだろう。しかし、ラサ殿もジン殿も首を横に振る。
・・・
「…規約に従い、各王は、王権を引き継ぐ時になるまで、その事実を知らされることはありません。ニューラ姫がご存じ無いのも無理はないでしょう」
「き、規約?…また規約か。何なのだ…その規約というのは…」
「申し訳ありませんが…それも規約ですから申し上げられません。もし、ニューラ姫が、王位を継ぐことがあれば…その時に正当な権利としてお知りになるでしょう」
「そ…そうなのか。…ん?…いや。で、では、今、ジウ殿が私にその…中央聖域の役割について…教えてしまったのは…まずいのではないのか?」
「…そうですね。本当は、規約違反ですので…非常にまずいのですが…」
姫様だけでなく、私たちも戸惑いを隠せない。
姫様ですら王位を継ぐまで知ることがないという…秘密を、絶対に王位を継ぐ可能性の無い、私たちまでが聞いてしまったのだから。
私たち姫様付きの独立小隊の面々ばかりでなく、リックウェル殿やジストン殿も困惑しているし、先遣隊筆頭従者も微妙な表情をしている。王だけが知るべき情報を、その配下であるものが、意図せずして知ってしまったのだ。
ましてや王に仕える身分ですらないデルタ村の人々には、戸惑いをとおりこして狼狽えるものまでいた。
…不思議なことに、誰一人として、ジウ殿の話自体を疑うものはいない。
皆、素直に信じて…その上で戸惑い…或いは、狼狽えている。
かく言う私も、そのことに違和感を抱きはしたものの…しかし、不思議とジウ殿の話自体を疑う気にはならなかった。
ジウ殿の話の内容には、何故か不思議な説得力があるのだ。
・・・
「…非常に…まずい…のですが…だからこそ、逆に…お伺いします。ええと…そちらの…森泉国の方に…」
「おぅ!?…お、俺にか?…おぃ。ジストン。ずるいぞ、お前、目を逸らすな…」
突然の指名に、リックウェル殿が目を白黒とさせる。
ジウ殿のこれまでの話の内容が、あまりにも驚くようなことばかりであったため、今度は自分にどのような驚くべき話題が振られるのか…と緊張しているようだ。
「いや。そのように警戒される必要はありません。簡単な質問です。あの…飛行艦船…国家名としては…中空都市国家『マッドガルデン』などと名乗っていましたが…その国王になられた…ダルガバス…さん?…でしたか。彼は…王として、今、私がお話しした中央聖域が絶対不可侵とされている理由を…知っているのでしょうか?」
その問いに、リックウェル殿の表情が固まる。
いや。その背後に身を潜めようとしていたジストン殿も、硬い表情をしている。
「…まずいですね。リックウェルさん。森泉国の宰相でしかなかった…あのダルガバスが、いくら自分で…あの空飛ぶ国の国王を僭称したところで…正規の引継ぎを受けているわけがない」
「そうだな。…何せ、あの野郎は…元の森泉国王…ファーマス様の父王を弑逆して…宰相となったって噂だ。間違いなく、そんな知識は持ってねぇだろうよ」
ジストン殿の抱いた危惧に、リックウェル殿も頷き同意する。
・・・
「やはり…そうですか。ダルガバスさんの名は、規約を結んだ王たちの名の列に見た覚えがないので…心配していたのですが…。やはり…彼は、それを知らないのですね?」
ジウ殿が、何のためにダルガバスに関する質問をしたのか。
それは、説明されるまでもなく明かだった。
ダルガバスが、先ほどまでの姫様と同様に中央聖域の領有に興味を抱いてしまったとしたら…。奴は必ず、あのサードレイヤースの民が手にするには強力過ぎる武器…飛行艦船の力を持って、中央聖域に甚大なる被害をもたらすだろう。
この世界にとって、それがどれほどの脅威となるか、想像することすら恐ろしい。
汚染された環境を浄化する機能が…失われなどしたら…。
「…ということで、規約違反であることを承知で、皆さんに中央聖域が持つ重要な役割のことをお話した理由をお察しいただけたでしょうか?」
私たちは、皆、青ざめた顔で頷いた。
なんということだ…。
「つまり…。今、このデルタ村に降りかかっている脅威は、この村だけの存亡に関わるものではありません」
「…そ、それは…理解するが、し、しかし…私たちに何が出来るというのだ?…このデルタ村を如何にして、あの驚異的な攻撃から守るか…その問題だけでも、途方に暮れそうな問題だというのに…」
・・・
姫様が、唇と瞳を震わせながら不安な胸の裡を訴える。
ジウ殿は、少し考えるように目を瞑ってから、皆を安心させるように落ち着いた声で、本来の話題であった今後のことを話始めた。
「幸い…ダルガバスさんは、まだ中央聖域の存在を領有の対象として捉えてはいません。また、あの大規模開拓船の本当の能力も発揮するに至っていません。その証拠が、この3日間…おっと失礼…3周刻という猶予の期間です」
「…どういうことであろうか?」
「最初の光の一撃。あれは大規模開拓船の持つ最大出力での整地機能です。しかし…先ほどの二度目の攻撃は、実体弾による小規模出力の整地機能でした。つまりは…アレを本来の能力で使えるほど…大量の要素の流れを生み出せない…」
「何と!?…アレは要素により動いているのか?」
「…基本的な稼働原理は、アナタたちの持つ因子の能力と同じです。ですから、アレは本来…創世神たちか…若しくは、その血を受け継ぐ…詠唱者が、少なくとも2人以上いなければ…満足には動かせません」
「なるほど……ん…?…?」
姫様が、頷きかけて慌ててジウ殿の方へと視線を戻す。
そして、驚いた表情でジウ殿に聴き直す。
「…まってくれ。ジウ殿。貴方は今、サラッと恐ろしいことを…言わなかったか?」
「さて?」
「いや。言った。…詠唱者が…創世神の血を受け継ぐ…などと…」
・・・
「あぁ…これはいけない。また、失言してしまいました。バレたら叱られてしまいますね。困りました…聞かなかったことに…してもらえませんかね」
ジウ殿は、後頭部を左手でかきむしりながら、本当に困った…と何度も呟く。
「わ、わかった。き、聞かなかったことにしよう。わ、私も…そ、そのような話、恐ろしくてこれ以上のことは訊けぬ…み、皆も…き、聞かなかったことにしてくれ」
姫様が、皆の顔を見回すと、皆、コクコクと細かく首を上下させて頷いた。
それを見て、ジウ殿は安心したようにホッと溜め息をつくと、話を続ける。
「とりあえず、私の見立てでは、次の光の刻までには、氷原国王の採った策が効力を発揮し、ダルガバスさんたちを一旦は退けることができる…と…思います。そうですよね…えぇと…そちらの」
「先遣隊筆頭従者と呼んでいただければ結構だ。固有名称を名乗るほどの身分ではないのでな。そなたの申すとおり、我が王は知略を持ってこの世界に名を馳せるお方だ。詳しいことは軍事の秘密であるが故、教えることはできぬが…既に複数の策を持って、このデルタ村を防衛すべく采配を振っておられる。村長よ…安心するが良い」
氷原王国軍の先遣隊筆頭従者は、無骨な顔に自信に満ちた表情を浮かべて胸を張る。
ジウ殿は、それを満足そうに眺めてから、姫様の目を見てその先を告げた。
「ですから…ニューラ姫たちには、その後のことを…考えていただきたいのです」
・・・
次回、「氷原王の戦術<2>(仮題)」へ続く。




