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Lip's Red 2 -狂った科学者と銀雪の狼  作者: kouzi3
第2章 飛行世界
22/27

(21) 彼の行方…

更新がスローペースで申し訳ありません。


・・・


 白の刻。

 約束通り…飛行艦船からデルタ村に向けた攻撃が行われた。


 約束と言っても、攻撃という行為についてはダルガバスからの一方的な通告であって、私たちの方としては、全く約束した覚えはないのだけれど…。


 布告無しで行われた最初の攻撃で、既に一度焼かれた村の東区域。

 クアとジウ殿の必死の働きで、延焼被害を最小限に食い止めたということだが…その村の東区域に、再び無慈悲な攻撃が行われてしまった。


 村人たちが西区域の家屋の窓から、村の東側を覆い尽くす炎を見ている。


 光の刻のうちで最も明るい白の刻。

 しかし、その白く輝く天蓋を覆うように、巨大な飛空艦艇が浮かんでいる。

 そのために天蓋が村を照らす光は、いつもよりずっと控えめで…まるで銀の刻程度の明るさしかない。


 だが、村の東区域を覆い尽くす…明々と燃え上がる炎のために、飛空艦船の黒いはずの腹部は、薄赤く照らされていた。その照り返しの分だけ、辺りは微妙な明るさを見せている。燃えさかる炎に比して、立ちのぼる煙はほとんど無い。

 私は、村人たちとともに、その炎をただ何も出来ずに眺めていた。


・・・

 

 約束された攻撃は、一方的なものだったけれど、ただ、約束の刻限をきっかり守って攻撃が行われた…という意味では、私たちとしても相手に対して多少は信頼をおいてもよいか…と思わなくもない。


 もちろん…デルタ村に大きな被害が及ばなければ…という前提の下でだけれど。


 もし、仮に、今回の攻撃によってダルガバスの言葉どおりに村の3分の1が再び炎上していたら…。そして、村人の尊い命が、それによって失われるようなことがあれば…「相手を信頼する」などという綺麗事を言ってはいられなかっただろう。


 そう。

 つまり、私たちは幸運にも、血を流すことも、炎に焼かれることも無かった。


 東区域は、あの飛空艦船から見れば、おそらく大炎上に見えて、あのダルガバスを満足させていることだろう。


 いや。そう見えてくれなければ困るのだ。


 だから私たちは、不安げな顔をして空を見上げる。

 ダルガバスの幼稚な嗜虐心を満足させてやるために。


 実際に、あれだけの高度から、私たちの事が見えているのかは不明だが、万が一にもこの村の炎上に不信感を抱かれないように…。


・・・

 

 「姫様。万が一にも流れ弾があっては大変です。西の区域までお戻りください」


 ラサが私の背後に立って声をかけてきた。

 特殊傭兵部隊”狼”との戦いで疲弊した独立第一小隊は、今のところ安全な村の西側地区の家屋へと運び込まれ、クアやウォラの操る水の技による癒しを受けている。

 私と一時行動を別としたラサが、しっかりと役目を果たしてくれたおかげだ。


 「ラサ。お前はどう思う?…あのダルガバスが、本当に村人の体をおもんばかって…3周刻もの猶予を与える…などということが…あるだろうか?」

 「さあ…。どうでしょうね。最初の攻撃の時には不在でしたので…全ての状況を把握しているわけではありません。しかし、そのような思いやりのある男が、最初の一撃を布告無しに行った…と考えると…少々、矛盾があるように思います」

 「そうであろうな。やはり、誰から見ても、この3周刻という猶予は不可解か…」


 私は口元に手を当てて思案する。ラサは、そんな私を見守りつつ、再び「ここは、危険ですから…」と私を西地区へ移動するよう促す。


 飛行艦艇からの再びの攻撃は、ダルガバスが言っていたとおり、最初の一撃に比べれば威力の弱いものだった。…とは言え、デルタ村を焼くには十分な火力であるが…

 光と熱による実体の無い第1攻撃に対して、今回の攻撃は目標物に当たると破裂して炎をあげる類の実体のある無数の礫の雨であった。

 アレがどのような仕組みかは不明だが、その無数の礫は単に投下されているというよりは、かなりの勢いで弾き出されているようだ。


・・・

 

 その非常に小さな金属製の礫が、実際にデルタ村へと降り注ぐことは無いと知りつつも、凄まじいまでの勢いで降り注ぐ礫の雨に、村人たちは始め…怯え竦んでいた。

 いや。村人だけではない。この基盤世界(サードレイヤース)において、これまであのような激しい攻撃を、私は見たことがない。ラサやウォラですら見たことがないと言っている。

 だから…正直に言うと、私も怖くてしかたがなかった。先ほどから、小刻みに沸き上がる足の震えを止められないでいる。

 しかし、今、あの激しい雨から、必死に村を守っている彼らのことを思えば、私などが怖いなどと口にすることは許されないだろう。


 だが。今は、私のその震えも少し収まりつつあった。

 何故なら、あの激しい礫の雨が、実際に村を傷つけるようなことは無いのだと信じることができるようになったから。

 そして、それを可能とする鉄壁の防御を誇る技を操る者たちを、仲間とすることができたのだから。


 私たちが村へ戻った時、合流したのはラサたちだけではなかったのだ。


 ほとんど悪戯と言って良いほどの運命の機微。

 ほんの1周刻にち前…彼らは恐ろしい敵だった。

 しかし、今となっては、これほど頼もしい味方はいないと言えるだろう。


 特殊傭兵部隊”狼”たちが、今、デルタ村の東区域を無の技で覆い、守っている。


・・・

 

 「しかし、村で鉢合わせた時は…驚きましたね。姫様。私は…恥ずかしながら…あの…その…死を…覚悟してしまいましたよ」


 ラサが昨周刻きのうのドタバタ劇を思い出し、厳つい顔に朱を差しながら顎をさすって笑いかけてくる。

 ラサに促されて村の西区域まで戻ったため、攻撃の余波も若干は遠ざかり、私の足の震えも収まっていた。だから、私も少し笑顔を取り戻し、ラサの話にのってやる。


 「ふふふ。そうだな。無く子も黙る筆頭従者(ヘッダテンド)のラサ・クロノ・ロストが、あそこまで取り乱す姿というのは…なかなか見られるものではない」

 「いやぁ。面目無い…クアやウォラに止めて貰わなければ…危うく村を全壊させるところでした」

 「それだけではないぞ。ラサ。お前の…あの技…私も、初めて見せて貰ったが…あれは…とても危険な技だな…。敵だけでなく…お前の身も滅ぼしかねないのではないか?」


 『狼』たちを目にした時のラサの慌て振りは滑稽と言って良いものだったが、しかし、その直後に、ラサが発動しようとした技。あれは、笑ってなどいられるものではなかった。

 一瞬にしてラサの両腕に闇が集まり…。

 いや。あれは、いつもラサが使う闇の技とは、明らかに違っていた。

 私は闘いを生業とする従者ではないが、それでも、一通りラサから従者としての訓練は受けている。

 あの時、私は、隣にいるラサを…恐ろしいことに…脅威と感じて飛び退ってしまった。

 私を守ろうとするラサに…体は…まるで敵に対するのと同じように反応したのだ。


・・・

 

 「我が一族に伝わる…秘伝の技…だったんですがね…。愚かにも、衆目の下に晒してしまいました。…しかも…意味もなく…」


 落ち込むラサの腕を見る。

 ラサとウォラの癒しの技により、だいぶ回復してはいるようだが、ラサの腕の表面はボロボロで、瘡蓋や痣のようなものが至る所に目立つ。


 クアとウォラが、水の技でラサを止めなければ…あの無敵とも思えた『狼』どもも無事では済まなかったのではないか?

 そう思えるほどの技の凄まじさを感じたが…おそらく…その代償としてラサの命も無事では済まなかっただろう。


 「しかし…。私も未熟だと思い知らされました。あのような止め方があるとは…。私は、もし、クアやウォラと敵対した場合…戦っても…勝てないでしょう…。筆頭従者としての資質を問われても…反論する余地はありません…」

 「そんなコトはありませんワン!…ラサ様には、私やウォラちゃんには無い人徳やら知略やら、睨むだけで相手を威圧できる奇特な『お顔』もあって、私なんか戦闘開始と同時に泣いて、ちびっちゃいますですにゃん!」

 「姉様………それは、あまり慰めになってませんよ…。ラサ殿。私とクア姉様が貴殿を止めることが出来たのは、このデルタ村の大地が氷に覆われていたからです。氷の上に水の幕を張られては…どのような強者でも大地を蹴ることは叶いません」


 独立第一小隊の治療を終えたのか、クアとウォラが私たちの会話に加わった。


・・・

 

 「そうですワン!…見事にズッ転けて下さいましたが、あそこで『狼』たちが無の技で受け止めてくれなければ、ラサ様の技に巻き込まれて、私たちもただでは済まなかったハズですのにゃん」

 「ず…っこけて…ぷぷぷっ」

 「これ、ドミナ。笑ったら失礼でしょ…ぷほほ」

 「ぷほほ?…アンタも笑ってるじゃないよ…ニンス」


 ラサが口の左端を下げて、嫌そうな顔をするが…何も言えないようだ。

 いつの間にか、独立第二小隊の白鎧の乙女たちも周りに集まってきていた。


 「しかし…あの技。凄いですねぇ~。ラサ様は、姫様をお守りしながら、よく、あの連中と戦えましたね…それだけでも凄いことですよ?」


 不思議とラサに懐いているとみえるドミナが、お世辞ではなく本心から尊敬した…という表情でラサを見上げる。

 白鎧で身を固めているが、ドミナは小柄でとても可愛らしい。

 ラサの身長が高いということもあるが、ドミナは背伸びをしてもラサの鳩尾辺りにやっと目線が届くかどうか…という身長差だ。

 やや短めの栗色の髪と同じ栗色のつぶらな目で見つめられて、ラサは居心地悪そうに視線を逸らす。


 その逸らした視線の先は、デルタ村の東区域。

 ドミナが凄い技…と評した、『狼』たちの無の技による巨大な傘が村を覆っていた。


・・・

 

 「姫様…悔しいですが、私には…未だに、あの無の技の仕組みが理解できません。あれは、やはり物理的な攻撃に対しても鉄壁の防御力を誇っているようですが…あのような技を…姫様は、いったいどうやって破り、あの無の檻から逃れられたのでしょうか?」


 じゃれつくドミナの頭をポンポンと優しく叩いて、脇へと追いやりながら…ラサが視線を戻して、私に問いかけてくる。

 しかし、残念ながら、私はラサが期待するような答えを持っている訳ではない。

 多分に推測を交えながら、それでもラサの参考になればと…答えを返す。


 「うむ。実は…私にも良くは分かっていないのだ。だが、今、『狼』たちが発動している防御としても無の技と…あの無の檻…確か…彼らは隔離無檻(カムィカコゥシ)と呼んでいたようだが…あの2つの技は、同じ無の因子によるものでも…その性質は大きく異なるように思う」

 「…なるほど。では、無の檻は決して破れない程の壁では無いということですか?」

 「そうだと思う。アレは、中に閉じ込めた者の感覚を奪う。視覚も聴覚も触覚も…おそらくは嗅覚や味覚も…。あの中では、自分と世界との認識がおぼろになって、自分を保っていられなくなるのだ…。抜けだそう…という意思すら…無に溶けて結実できないのだから…強者揃いの独立第一小隊の面々が…囚われたままだったのも…無理はない」

 「………そ、そのような恐ろしい…。いや。そんなところから…よくぞ姫様は独力でお戻りになりました。感服いたします。…我が従者隊も…今一度、精神から鍛え直さねばなりませんね…」


 ラサは、自分が体験せずに済んだ無の檻の脅威に、改めて身震いしたようだ。


・・・

 

 「…当然、防御としての無の技の内側には、そのような恐ろしい仕掛けはされていない…なるほど、無の檻は…その恐ろしい仕組みから、内側からの物理的な力の行使を想定した造りになっていない…ということか…」


 考え込むラサ。

 私は、そんなラサに微笑みかけながら、軽く叱責する。


 「ラサ…。今は、それを考える時ではないぞ。今は、少なくとも『狼』たちはもう敵ではないのだ。いや。彼らがステラやリュイスの親族であり、この村の住民であるということは…今後も彼らが私たちと敵対することは無い…。私はそう信じている」


 そうだな?…と、私は私の腰の辺りにしがみついている2人の子どもたちの目に問いかける。二人は元気よく頷き返してくる。既に私たちとこの村の住人は家族に等しい繋がり合いを持っているのだ。

 元々、氷原国軍の正規の部隊には属さない特殊傭兵部隊である彼ら。

 彼らが、再び私たちに牙を剥く…その可能性は限りなく小さいと思うのだ。

 何故なら、この小さな監視者たちが、彼らにそのような行為を許さないだろうから。

 私は、ステラとリュイスに「ありがとう」と声をかけ、2人の頭を優しく撫でてやる。


 「でも。姫様は素晴らしい知恵者ですよね!…無の技であの攻撃を防ぐところまでは放っておいても『狼』たちがやったと思いますけど、さらに、その無の技を覆うように火の因子の能力者(パーランシャル)たちに炎の術をかけさせるなんて…」

 「あーずるい。ニンス!…今それ私が言おうと思ってたのにぃ~!」


・・・

 

 ドミナとニンスがはしゃぎながら賞賛してくれる。

 ラサとウォラも、黙って頷いてくれる。

 が、しかし…この策は、私が考えたという訳ではないのだ。

 これは、全てジウ殿が先を見通し、そしてその見通した結果を基に考え、私に与えてくれた策なのだ。


 私としては、だから、褒められるほどに何ともくすぐったい限りなのだが、ジウ殿の策であると言うことはジウ殿から固く止められている。


 『余所者の私が考えた…というより、姫様ご自身の策とされた方が、説得力があります。ここは皆が心を一つに合わせて対処しなければならない盤面ですので…』


 ジウ殿は、そう強く主張して…今は、『狼』や火の技を得意とするものたちに混じって、東区域での偽装工作に力を貸してくれている。


 もし、『狼』たちの無の技のみだけに頼っても、あの攻撃は防ぐことができただろう。

 しかし、その攻撃によってデルタ村から全く火の手が上がらなかったら?

 きっと、ダルガバスは不審に思い、より威力の高い攻撃に切り替えるかもしれない。

 最初の一撃であったあの光の矢を、『狼』たちの無の技で防げるかどうかは分からないが…しかし、それも同様に防げたとしても、それでは駄目なのだ。

 何故なら、『狼』たち全員の技を隙間無く繋げたとしても、村全体を覆い隠すことなどは到底無理なのだから。

 今と同じ威力の攻撃ですら、狙いを村全体に広げられたら…それでお終いなのだ。


・・・

 

 私たちは、そこまで考えが及ばなかったが、ジウ殿はダルガバスの行動の先の先までをも読んだ上で、炎の技で攻撃された地点を覆うことを考案された。


 ジウ殿は、攻撃が光の矢では無く実体を伴う金属の礫の雨であると知った時、少しだけ慌てていた。

 礫による攻撃では、炎が上がるより土煙…いや、この土地では氷の煙が立つことの方が自然に見えるかもしれない…そう言っていた。

 しかし、炎の技を使う者の人数はある程度確保できたものの、土煙や氷煙を攻撃に見合ったほどに立ちのぼらせるには、それに見合っただけの数の能力者が用意できないのだ。


 そこで、どこまで誤魔化せるか不安はあるが、攻撃を受けた直後に引火性のある村の備蓄物が爆発したように見せかけて、それを起点として炎の渦を巻き上げるよう指示する…という応急策をジウ殿はとった。

 その臨機応変な対応は瞠目に値する。あとはダルガバスが無事騙されてくれたことを祈るだけだ。


 「…やっと、攻撃が止んだようですね」


 ラサが、東区域の上空を見上げて呟く。

 さっきまでの轟音が消え去り、今は嘘のように静けさを取り戻していた。


 これで『狼』たちも少しは休むことができるだろう。

 火の因子の能力者たちには、今しばらく頑張って炎を上げていて貰わねばならぬが。


・・・

 

 万が一、偽装がばれて、村の西や中央区域へ攻撃の目標を移される…その心配に備え、村の中はしばらくの間、沈黙と緊張に満たされていた。


 だが、飛空艦船の黒い腹から突き出されていた攻撃用の突起が、音もなく腹部へと格納されるに至り…ようやく村人たちは緊張から解放される。

 これで、少なくとも次の白の刻までは、攻撃に晒される恐怖と戦わずに済むだろう。

 そして、今回の攻撃を『狼』たちが見事に防いで見せたことで、次の白の刻に予定された攻撃に対しての恐怖も、昨周刻に比べればかなり和らいだものとなった。


 もっとも…今回と同じ偽装が通じるのは、次の白の刻の攻撃までだ。

 何故なら、次に西区域が攻撃を受ける時には、東区域には最初の攻撃で燃やされた家屋があるため不自然さは少ないだろうが、その翌周刻の白の刻に中央区域が攻撃を受ける時には、実際には攻撃から守られた西区域をそのままダルガバスの目に晒すしかないからだ。

 中央区域を守りつつ、西区域にまで偽装を施すような余裕も時間も無い。


 「…一先ずの猶予は確保した。だが、これからが勝負どころだな…」


 疲れ果てた…という表情で、『狼』のリーダー格の男が戻ってきた。

 一度は死を覚悟しなければならぬほどに追い詰められた強敵。そのリーダー格の男に対し、いまだにラサは緊張を隠せないようで、声を上ずらせて賞賛の言葉をかける。


 「お世辞抜きで…本当に無敵の防御が可能なのだな。お前たちの無の技とは…」

 「それほどでもねぇよ…。もう少し長引いたら…ちょっとヤバかったかもな」


・・・

 

 リーダー格の男は、そのまま私の方へと近寄ってくる。

 思わず私を守ろうと前に出るラサ。

 それを、リーダー格の男は苦笑して制する。


 「おっさん…。もう俺たちにゃ、アンタ等と戦う理由も意思もねぇよ。そう警戒しなさんな。俺が用があんのは、そこのチビ2人だ。…どいてくれねぇか?」

 「あ…。あぁ。スマン。つい…」


 男が私の前でしゃがみ込み、ステラとリュイスの頭に手を置いて笑う。


 「おぅ。お前ぇら。ちゃんと姫さんをお守りしてたか?」

 「うん。ボク、ちゃんと姫様を守っていたよ!…おじさんも大活躍だったね」

 「何よ。リュイスは、ただ姫様の腰にしがみついて震えてただけじゃないの…」

 「何だよ。ステラだって、同じじゃないか」

 「おぃおぃ。喧嘩すんな。…姫様が、笑ってらっしゃるぞ?」


 そう言って、『狼』のリーダーがしゃがんだまま私を見上げる。

 その笑顔は、とても私たちをあれ程に苦しめた強敵には思えない。

 そして、私は彼が言うとおり、3人のやり取りを笑顔で見守っていたようだ。


 笑顔と笑顔で…思わず見つめ合ってしまう。

 一瞬…真顔になり…何かを言おうとする…彼。

 その目が…ここには居ないハズの誰かに…そっくりで、私は思わず呼吸を止める。


・・・

 

 「姫様…?」


 無言で見つめ合う私たちに、ラサが戸惑いながら声を掛ける。

 ステラとリュイスが、クスクスと笑いながらリーダー格の男を冷やかした。


 「わぁい。マール兄さん。赤くなってるぅ!」

 「本当だ。姫様のコト、好きなんでしょ!?…駄目だよ。おじさん。姫様はみんなの姫様なんだからね!」

 「ばっ…馬鹿野郎。ち、違ぇよ。そんなんじゃ………ねぇ…って…」


 マール…という名なのか。

 似ているようで、似ていない名前。

 確かめようとして、もう一度、彼の目を覗き込もうとしたけれど…マールは立ち上がってしまい、背の高い彼の目を覗き込むことは叶わなかった。


 ふと…視線を感じ、顔を向けると、クアとウォラが不思議そうな顔で私たちを見ていた。

 しかし、私の視線に気が付くと、二人とも慌てて視線を逸らし…逸らした先がお互いの顔で、気まずそうに笑い合う。


 「…どうか…されたのですか?…姫様」

 「ん…いや。彼が、少しだけ…誰かに似ているように思ったのだが…思い違いだ」


 気遣わしげに問いかけるラサに、私は首を横に振りながら答える。


・・・

 

 「そういえば…いったい…どこにいるのであろうな?」


 取りあえず、次の白の刻までは攻撃を受ける心配はない。

 その余裕から、やっと私は大事な話を先送りにしていたことを思い出す。


 「「申し訳ありません。間違いなく…私と一緒に、こちらへと…」」


 私の呟きに、何故かクアとウォラが、声を重ねて同時に答える。


 「…帰ったハズなのですが…」…と、ウォラが後を続ける。

 「やって来たハズなのですワン!」…と、クアも続きを言い終える。


 ラサが、不思議そうに首を傾げて、二人に問いかける。


 「お前たちは、別々に帰還したと思っていたが?…いったい誰の話をしている?」

 「…も、もちろん…ジン殿のコトですが。…ね、姉様は?」


 クアが私の方を見る。…彼のコトは、二人だけの時に…

 私は、クアに小さく頷き…それから首を横に振った。

 それで私の気持ちはクアに伝わったようだ。


 「あははは。私も、もちろんジン君のコトだニャン。だけど…ゴメン、ゴメン。私は勘違いだったワン…」


・・・

 

 少し無理矢理な誤魔化し方だが、今ここで、地球世界のコトを何も知らないデルタ村の住民たちに…彼の話を聞かせるわけにはいかない。

 異界送り(ナザーダスヴォック)によって、異世界に罪人を飛ばす…という知識は誰もが持っている。

 しかし、その異界から戻って来る者がいる…それどころか、異界の民がこの基盤(サードレイヤース)に訪れることがあるなどと…誰が考えるだろうか。

 有り難いことに、村人たちは私のことをとても信頼してくれているが…さすがに、あちらの世界の話を…迂闊に聞かせることは適切ではない。私は、そう判断したのだ。


 「…変な…姉様…」

 「わ、私が変なのは、今に限ったことではないニャン!…うひひゃはふぅ!」

 「ご、ご自分で…変だと分かっているなら、少しは自制してください!」


 少し不自然ではあるが、私の意図を察したクアは、日頃の不可思議な口調を上手く利用して、その不自然さを誤魔化してみせた。

 頭の良いクア。彼女は、きっと考えがあって、普段からあのような特徴的な話し方をしているのかもしれない。


 「…ジンか。あの夜…単独で行動したまま…行方が知れない。最悪の場合も想定していたが。まさか、ウォラと行動を共にしていたとはな。しかし…また、行方不明とは」


 ラサが顎を掴むようにして、溜め息をつく。

 私は、ジンのことを失念していたことに小さく胸を痛めた。私という…女は…。


・・・

 

 幼少時から何周季ねんもの時を共にしたジンのことを忘れたまま、僅か十数周刻にちを共にしただけの彼のことだけを探そうとするとは…。

 薄情に過ぎる自分を心の中で責めながら、私はウォラに確認する。


 「…向こう…での事は、また別の時に訊くことにするが…ウォラは、間違いなくこの銀雪の氷原国(フルィスケルツリン)にジンを連れて入ったのだな?」

 「はい。そのはずです。…そのはず…なんです。そうだよな?…ドミナ。ニンス」

 「はぁい。お姉様のいうとおりでぇす。ジンさんの気配は、氷原国の王城の地下牢にいたときにも間違いなく感じることができてましたから」

 「私も隊長やドミナと同意見です」

 「あ~。お姉様を隊長って呼ぶなら、私のことも副隊長って呼びなさいよ!ニンス」

 「…ドミナ。その前に、私をお姉様と呼ぶな!…何度言ったら…」


 独立第二小隊の仲の良さは微笑ましいが…


 「お前ぇたち…王城の地下牢に入れられていたのか?」


 不穏当な発言に、『狼』のリーダー格マールが眉を顰めながら問い質す。

 私たちを救出に来た時、ウォラたちは確かに氷原国王の紋章の付された命令書を持っていたのだが…それが地下牢に入れられていたとは…どういうことか?

 ウォラが、マールから目を逸らし、左頬をポリポリと掻きながら答える。


 「姫様を一刻も早くお助けするために、入国手続きを取らなかったので…」


・・・

 

 驚いた事に、不法入国で掴まったウォラは、逆にそれを好機と捉え…何と氷原王に直接謁見を求めたのだという。

 そして、あの知謀で名高い氷原王を言いくるめ…もとい…説得し、氷翼竜(アイセラヌォ)4騎までをも借り受けて…私を救いに駆けつけてくれたというのだ。


 「はっ…。こりゃぁ…大した玉だ。度胸も本物らしいな。あのマルルィアの青き炎を凌いでみせたってぇのは…ハッタリって訳でもないらしい」


 マールが口をあんぐりと開けた後、頭を横に振りながら独りごちた。


 「そうか。苦労をかけたのだな。ウォラ。改めて礼を言おう」

 「いえ。そんな…当然の務めを果たしたまでです。私たちは、姫様付きの独立第二小隊なのですから…」

 「…ということは…ジンの奴は、ひょっとすると、まだ氷原国の王城の付近…というか…地下牢に閉じ込められている?…その可能性が高いのか?」


 ウォラの説明を黙って聴いていたラサが、さすっていた顎から手を離し、目を開け、考え辿り着いた結論を述べる。

 確かに、その可能性は高い。

 不法入国ということで囚われたのであれば、ジンだけが見逃されるということは無いだろう。しかし、我が白暮の石塔国(ファイストゥーン)の白と黒を基調とした白鎧で全員が身を固めた独立第二小隊と違って、ジンは簡素な衣服であったし、しかも一人だけ男性なのだ。ウォラたちと別の扱いを受けるだろうことは、十分にありうることだ。


・・・

 

 「…無事で居てくれれば良いのだが…」


 祈るように私は呟く。誰のための祈りかは…訊かないで欲しい…。


 とにかく…向こうの世界に居た時。ジンの様子が少しおかしかった事は、私だけでなくラサもクアも気づいていた。

 そして、最後の夜。

 ジンが単独で屋敷を抜け出し、どこかへ行ったことも。


 そして、同時に…彼と…ナヴィンの気配も同じ方向へと消えた。

 あの時、私は、3人の後を追おうとしたのだ。

 しかし、伝次郎殿に止められてしまった。


 『男同士…話したいことだってあるだろうさ。その話題だろうところの姫さんがノコノコとついていったら…話したいことも話せねぇだろ?…それに、俺のカンだが…今夜、姫さんたちは向こうへ帰ることになる。息子は、姫さんがココで待っているって思って頑張るだろうから…姫さんはちゃんとここに居ないと駄目だ』


 まるで予言者のように自信に満ちた表情でそう伝次郎殿に宣言され、私は伝次郎殿の屋敷から出ることができなかった。


 そして、その予言どおり…遠く離れた場所からでもソレと分かるほどの、彼の強い思念を感じた次の瞬間に…私たちは基盤(サードレイヤース)への帰還を果たしたのだ。


・・・

 

 そう言えば…。

 私は、そこで大事なコトを急に思い出す。


 「…伝次郎殿は…どこに?」

 「あ。…そういえば…あの御仁も、我々と共に…」


 私の呟きに、ラサも驚いたような顔で答える。

 どうしてこんな大事なことを忘れていたのだろう。

 今の今まで、まるで記憶を奪われていたかのような…見事なほどに伝次郎殿の存在を失念していた私たち。


 あの夜。発動した帰還の術式は、私たちだけでなく、別棟で寝ていた伝次郎殿までをも巻き込んでしまったはずだ。

 それは、あの時の気配から間違いない。

 でも、デルタ村の外れの氷原で目覚めて以降、私たちは誰一人としてそのことを話題に出さなかった。いや。出せなかったのだ。その記憶を失っていたのだから。


 それが、今、あの夜の話を克明に思い出そうとしたことが引き金となったのか…突然、明確に伝次郎殿に関する記憶を取り戻したのだ。


 「なぜ?」

 「その男のコトも含め…余計な男のコトは…忘れた方が良いですよ。もう一人の…ジンという男の方は…もう間も無く、ここへ現れるでしょう」


・・・


 忽然と。

 そう。忽然と、ジウ殿が現れた。


 いや。私の錯覚か?

 そのような技を私は知らぬ。

 では、いつからジウ殿は、私たちの話を聞いていたのだろう?


 「…また予言ですか?」

 「いえ。予言…というのとは…少し違うのですが…。とにかく、間も無く氷原王国軍の先行部隊がここへ到着します。ジンという方は、その部隊と共に現れるハズです。…ですから…姫様、余計な男のコトまで思い出す必要はありません…」


 ジウ殿が、無表情でありながら私を慈しむような目で、私の目を覗き込む。

 その彼の澄んだ目に、やはりどこか以前に会ったことがあるような…そんな想いを刺激され、私の胸はドキンと鼓動を強く刻む。


 「…余計な男のコト?…誰のことを言っているのだ?」


 私たちは、ウォラからジンの所在について報告を受けていた。

 他の男の話などしていた覚えは全くないが?

 ラサやクア、ウォラたちも、ジウ殿の不可解な問いに首を捻っている。


 「いえ。いいんですよ。今の問いのコトも。すぐに忘れます…」


・・・


 ジウ殿は、本当に不思議な方だ。

 数々の予言を悉く当てて見せ、その予言に基づく見事な計略を立てて見せたかと思えば、今のように不可解なコトを突然に話したりもする。


 今のように不可解なコト…?

 私は、何を考えているのだろう?

 ジウ殿は別に、何も不可解なコトなど言ってはいない。

 間も無く、ジンが氷原国軍の先行部隊とともに、デルタ村へ現れると予言しただけではないか。

 おかしいのは、私の方だ…。

 私は、恥ずかしさに頬を赤くしてしまう。


 その私の顔を、無表情なままにジウ殿は見つめている。

 その瞳に、何故か悲しみの色が浮かんでいるように見えるのは…いや。これもまた、私の思い過ごしであろうな。


 「…姫様ぁ…兵隊さんが、姫様にお会いしたいと!」


 村長が、私たちのいる家屋に飛び込んで来て告げた。


 本当にジウ殿の予言は良く当たる。

 私が外へ出ると、氷原国軍の従者と共に…我が従者ジンが近づいて来るところだった。


・・・

 

 出迎える私たちに気づき、何故か気まずそうに、頭を下げるジン。

 そして、その横で恭しく頭を下げる、氷原国軍の先行部隊の従者たち。

 今後のダルガバスとの駆け引きを思えば、心強い増援の到来は諸手を挙げて喜ぶべきことのはずだった。


 しかし


 彼らを出迎える私の胸には、何か大きな穴が空いてしまったような…

 そんな気がして、上手く笑顔を作ることが出来ない。


 戻って来てくれたジンには申し訳ない言い方になるが…

 ジンの他にも、私は誰かの所在を気に掛けていたような、そんな気がしてならないが…


   【何かもっと大事なモノを忘れてしまった】


 そんな後悔にも似た気持ちが、私の下腹部の辺りに…重く横たわっている。


 ふと…目が合ったクアと互いに見つめ合う。

 しばらく二人見つめ合ってしまったが、何がある…という訳でもなく、ラサに声を掛けられて、どちらからともなく目を離す。

 クアも、何か変だ…というような表情で頭を傾げているが、やがてジンの方へ向き直る。


 そうしているうちに…もう、何を忘れてしまったのかすら…思い出せなくなっていた。


・・・

行方しれずの彼は…?

そして氷原国王の戦略は…?

ファーマス不在の森泉国は…?

次回、「視線(仮題)」へ続く。


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