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Lip's Red 2 -狂った科学者と銀雪の狼  作者: kouzi3
第2章 飛行世界
20/27

(19) 沈黙する強者の庭園国(マッドガルデン)

・・・


 広間の大机の上を、軽く2~3度、トントンと右の人差し指で叩いて、デンジロウ殿はその大机の表面に映し出された…上位古代語?…のような文字と記号を、真剣なまなざしで見つめている。


 その横では、ダルガバスが落ち着き無く、イライラとした表情で彷徨うろつき回り、しきりにデンジロウ殿に催促の言葉をかけている。


 「…むぬぅ。ま、まだなのかね?…我が庭園国の華々しき建国の布告をしたものの、地上の小村の民たちは、未だ何ら意思表示をしてこぬ。もう、そろそろ二度目の呼びかけをしなければ…なめられてしまうぞ?」


 デンジロウ殿は、その何度目かになる同じ内容の執拗な催促に対し、全く反応することなく大机の表面を…今度は指でなぞったり、親指や人差し指で摘むようにしたり、逆に広げるようにしたり、はじいたり…と、なにやら操作に専念している。

 しかし、あのような単なる平らな机の上に、何かを表示したり…どころか何かを操作したりできるとは…未だに信じ難い。

 しかも、あの操作卓?のようなものは、この大机の上だけでなく、この中空飛行都市に設けられたどの部屋の、どの壁、どの机にでも、自由に呼び出せるようなのだ。

 全く以て不思議な技だ。

 従者の一部が反乱騒ぎを起こした折りに、身を守ってもらっておきながら失礼な言いぐさかもしれないが、私には、未だにデンジロウ殿のコトが得体の知れない不気味な存在に思えて仕方がない。


・・・


 「クレメンス!…お前もそう思うだろう?…このままでは、逆に我が国の威厳が…」

 「落ち着いたらどうかな?…ダルガバス。お前は、この国とやらの王なのだろう?…そんな落ち着きの無い様子を見せたら、お前の家臣たちも担ぎ甲斐が無いというものだ」

 「………クレメンス?」


 私の言葉の中に、何か引っかかる棘のようなものが含まれているのに気が付いたのだろう。宰相を追われ隠遁の生活から、一転、中空飛行都市などという基盤(サードレイヤース)史上にも例を見ない唯一無二の国家の王となり、浮かれていたダルガバスも、さすがに今の私が身にまとう負の気配を感じとったようだ。


 「いいから。とにかく座ったらどうだ。ほら、折角、そこにお前専用の王座を用意してもらったんだろう?」

 「クレメンス…どうしたんだ?…お前は、何か気に入らないところでもあるのか?」

 「別に…。気にするなよ。国王となったお前が、私のような何の能力も無い侍従の顔色など気にしていたらおかしいだろう?…ほら、お前の親衛隊たちが不安そうな顔になっているじゃないか。座れって…」


 実際のところ、ここまでダルガバスに従って来たとは言っても、まだ彼の配下は一枚岩とは言い難い。何せ、つい数刻前にはデンジロウ殿がいうところの「プチ・クーデター」?…なるものが起きてしまうぐらいに、自分たちの置かれた状況の危うさを、皆、不安に感じているのだから。

 特に、その反乱に加わった連中は、今の落ち着きの無いダルガバスの様子を不安な面持ちで窺っていることだろう。


・・・


 私の勧めに従い、やっと王座へと腰を落ち着けるダルガバス。

 しかし、座ったというだけで、結局は落ち着き無く体を揺すって、デンジロウ殿の手元と私の方を交互に落ち着き無く見ようとしているために、残念ながら…全く威厳など発揮できてはいない。

 しばらく、思案していたようだが、何かに気づいた…というような顔をして、私の方へと顔を振り向ける。


 「そうか。お前は、自分の今後の身分がどうなるのか不安なのだな?…すまん、すまん。だが、心配するな。俺がお前をないがしろにするハズがないだろう?…お前には宰相として、俺の政治的な部分での補佐役を務めてもらおうと思うんだが…どうだ?」


 ダルガバスは、愚かだ。

 いや。本来は、因子(ファラクル)活性度指数(パウ)も高く、政治学についても深い造詣があり、その知識は前王を凌ぐほどの優秀な男なのだが…愚かになってしまった。

 ダルガバスは、国王となった今、自分がどのような目で従者たちに見られているのかを、まるで理解していない。

 理解できるだけの頭脳は持っているのだろうが、突然、目の前に降ってきた国王という身分に舞い上がってしまっているようだ。視野が極めて狭くなってしまっている。


 「…私には過ぎたる身分だな。丁重にお断りしよう。本当に国を永く存続させようと思うのなら…人事に関しては、従者たちの誰もが納得するようなモノでなければ駄目だ。私は、私の処遇に不満を持った従者に…寝首を掻かれるようなコトは御免だな。…誰もがその能力を疑わぬ者。建国に最も貢献した者。…そうでなければ、皆、納得しないよ」


・・・


 私は、静かに…諭すようにダルガバスに話しながら、その後半から視線をデンジロウ殿の方へと向けた。

 その私の視線につられて、ダルガバスの視線もデンジロウ殿の姿を再び捉える。


 「…た、確かに…。あの者なら………だ、だが…」

 「だがじゃない!…念願の国王となって浮かれているのは理解するが、本気で国王をヤルつもりなら、いい加減に目を覚ませ。ダルガバス。お前は、もう、お前一人の事だけを考えて生きていてはいけないんだ。国を背負う…ということの意味を、ちゃんと考えて行動しなければならないんだ」

 「…しかし、幼少の頃よりの友であるお前を…俺は…」

 「は。甘えるなよ?…ダルガバス。お前が選んだんだろう?…国王となる道を」


 そう言われて、ダルガバスは次の言葉を見つけることができなくなったのか、沈黙する。

 そして、視線を泳がせながら、必死に言葉を探す。


 「私はね…ダルガバス。ここでの件に区切りがついたら、森泉国へと戻ろうと思っているんだよ」

 「…なっ………?…俺を裏切るつもりか?」

 「人聞きの悪い表現をしないでくれ。私は、むしろ、ダルガバス。お前やお前と行動を共にした従者たちの家族の事を守ろうと考えているんだ。もちろん…私の家族のこともだがね…」

 「か…家族…か…」

 「あぁ。森泉国へ残してきた家族たちさ。さぞかし…肩身の狭い思いに違い無い…」


・・・


 裏切り…という単語を耳にして、一瞬、鋭い表情で私たちの方を睨んだ従者たち。

 しかし、続いて「家族」という言葉を耳にして、その表情が複雑なものへと変化する。

 彼らも…内心は気がかりで仕方ないに違い無いのだ。

 もちろん、今回、ダルガバスに付き従ったということは、覚悟の上での行動ではあるのだろうが…。それでも、そうそう簡単に非情になれる人間など居はしない。


 「クレメンス…。お前は、我々の家族が…未だに生かされている…そう本気で信じているのか?」

 「…信じて…いる…かな?…今はね。だが、ダルガバス。私も、お前と同じように、少し前までは…もう家族のことは諦めていたんだよ。しかし…」

 「…しかし?」

 「デンジロウ殿が言うんだ。ファーマスの性格から考えれば、私たちの家族は、間違い無く今も生かされているハズだと…。実際、従者たちが取り寄せている森泉国の情報の中に…我々の家族が罰せられた…という話は聞かないだろう?」

 「…う、うむぅ…」

 「だが、これもデンジロウ殿の読みであるのだが、今後、もし、この庭園国が、森泉国と敵対するようなことになれば、その時には間違いなく私たちの家族は『人質』にされるに違い無い。そうなった時に、誰かが何らかの調整を図る必要があるんだ」

 「…人質…か。うむ…」

 「しかし、ダルガバス。お前は、この基盤世界を、一気に自らの手で統一できるとは思っていないだろう?…それなら、森泉国とは、できるだけ友好的な位置にいられるよう骨を折るべきなんだ。…と、コレもデンジロウ殿の戦略なんだがね」

 「…なるほど。つまり、『人質』…ではなく…友好のための『大使』となるのか?」


・・・


 少しだけ…ダルガバスの目も覚めてきたようだ。

 私の説明がまだ途中であるのに、ダルガバスはきちんと、その要点を掴み、話の結論を見事に推測してみせた。


 「…どうかな?…私は、デンジロウ殿の見立ては…あながち見当外れでは無いと思うのだが…。だから、後は、ダルガバス。お前が、この後の展開…というか戦略というのかな?…それを、どう考えるか…だと思うんだよ。一度は国に背いてしまったけれど…お前だって森泉国に生まれた人間には違いないんだから…」

 「………展開…戦略…」

 「ま。それでも、なお、私が裏切ると思うのなら…例の電磁牢とやらにでも閉じ込めてくれ。私は…流されていただけで、自分の足でここまで歩いてきたとは…残念ながら言い難い。この先、そういう覚悟では、きっと足手まといになるだろうから…」

 「覚悟…か」


 ダルガバスは目を閉じ、今の話を噛みしめているようだった。

 そして、おもむろに目を開け、泣きそうな顔をして呟いた。


 「お前が居なくなったら…俺は誰と酒を酌み交わせばいいのだ?」

 「ふっ…。だから、甘えるなといっている。…だが、そうだな。後で、デンジロウ殿に訊いてみようじゃないか。彼が…“いける口”なのかどうかを…」


・・・


 「しんみりとした気分に浸ってるところを…邪魔して悪ぃんだがよぉ、こりゃぁ…駄目だな。出力が思った様に上がらねぇぜ?…ダルガバスのオッサンよぅ。アンタの力は、さっきの一撃で、かなり弱まっちまったみたいだが…何とかなんねぇのかい?」


 ずっと無言で操作卓?を睨んでいたデンジロウ殿が、ダルガバスに向かって声を上げる。

 この中空飛行都市の真下に位置する小村(デルタ村…というらしい)の3分の1程を焼き払った光の一撃は、実は、そうそう連発できるものでは無いようだ。


 圧倒的な戦力を手札として、この村を庭園国の補給及び生産の拠点とするための交渉(…というなの一方的な蹂躙)を試みたのだが、すぐに白旗を揚げると思われた村人たちは、未だに沈黙を守っている。


 そろそろ、催告をするとともに、場合によっては再度、先ほどを上回る圧倒的な武力を見せつけなければならないのであるが………ところが、思った様な出力が得られないらしいのだ。


 「む、無理を言わないでくれ。詠唱者(シャンティル)としての術を発動し、維持するためには、それ相応の精神力が必要なのだ。この、中空飛行都市を浮遊させるための術式を維持するだけでも、相当の無理をしているのだぞ?」

 「ふん。何だよ。思ったほど万能ってわけでもないんだな。詠唱者ってのは…。しかし、その話は興味深いところもあるな。つまりは、オッサンたちは術式とやらを発動すると…疲れる。消耗する…のか?…それとも疲労物質が蓄積するのか…何かの流れが滞るのか…そんなところか?…くそう、計測機器があればな」


・・・


 「で、デンジロウ殿は…そんな事が気にかかるのですか?」


 ダルガバスが、詠唱者としての自分の力を低くみられて少し傷ついたような顔をしながら、それでも依存度が増すばかりのデンジロウ殿に対して、そのご機嫌を窺うような口調で遠慮がちに問う。


 「そんなコトって言うけどな、オッサン。大事なことだぞ?…その仕組みが理解できれば、全く代償を払うことなく…ってのは、まぁ無理かもしれねぇが、威力を増幅したり、持続力を長くしたり…今までの常識を外れた応用ができたり…と、何かと有利に出来るかもしれねぇんだぜ?」

 「…な…なるほど…さ、さすがはデンジロウ殿」

 「まぁ…そのうち調査させてもらうが、今はオッサンたちに訊いたところで、分かるわけないわな。悪かったな、聞き流してくれていいぜ」

 「いや。ちょ、ちょっと待ってくれたまえ、デンジロウ殿。さ、先ほどの選択肢の中から選ぶので良いのであれば…一番、感覚的に近いのは…な、流れが滞る…というのがおそらくは…。その滞る理由までは…分からないのだが…」


 それを聴いたとたん、デンジロウ殿は歯を剥き出しにして凶悪な笑顔を浮かべ立ち上がり、ダルガバスの方へと近づいてきた。

 そして、ダルガバスの肩口を「ぱーん」と小気味良い音をさせて平手で叩き…


 「オッサン。馬鹿にして悪かった。上出来だ。そいつが分かれば…消耗を防いだりすることは難しいが、増幅したり持続させたりは可能かもしれない」


・・・


 子どものような笑顔を浮かべ、踊るような足取りで再び操作画面を呼び出してある大机の方へと駆け戻っていく。


 「…なるほど。『流れ』ね…そうすると西洋医学的な発想よりも、むしろ東洋医学的な発想の方がいいのかもしれねぇな………ぶつぶつ…ブツブツ…」


 デンジロウ殿の言葉の後半は、おそらく独り言なのだろう。

 しばらく視線の焦点は定まらず、この世のどこでもない部分を見つめているような虚ろな表情で、思考のうちに心を沈めているようだった。

 しばらくして、再び現世に心を浮上させたデンジロウ殿が、顔だけをこちらに向けて、ダルガバスに問う。


 「なぁ…オッサン。アンタ等は、普段、力を使い果たしちまった時に、どうやって回復してるんだ?」

 「そ、それは…やはり睡眠をとったり、休息をするのだが」

 「そんな気の長ぇ~話じゃなくってよ。例えば…大事な戦の途中で、戦況が好転して…一気に畳み掛けたいような時とかあるだろ?…そういうとき、一時的にでも『気合いを入れる』っていうか…その…力を盛り返そうってすんだろうがよ?」

 「い、いや。私は従軍したことが無いので…その…」


 デンジロウ殿の剣幕にシドロモドロとなるダルガバス。

 すると、従者の中で最も階級の高いと思われる男が、スッとデンジロウ殿の傍に近づいて行きダルガバスの代わりに、その問いの答えを述べ始めた。


・・・


 「宰相付き独立第一小隊長のデュロンです。その件につきましては、私からデンジロウ様に申し上げたく存じます」

 「ほう。デュロンさんね。良い名前だね(知らんけど…)。…だが、間違えてるぞ?…今は、国王付き…むしろ近衛第一小隊長とでも名乗ったらどうかな?………で?」

 「はっ!…仰るとおりであります。申し訳ありません!…近衛…」

 「名乗りはもう良いよ。デュロンさんよ。要領よく、俺の知りたいコトを…手短に教えてくれたら嬉しいんだがな?」

 「はい。…私は詠唱者ではありませんので、ダルガバス様…王陛下のような詠唱者様にまで当てはまるのかは分かりませんが、同じ要素(ルリミナル)を扱う従者(ヴァレッツ)…即ち能力者(パーランシャル)ではありますので、先ほどデンジロウ様の言われたような戦況における私の対処方法が参考になるかと存じます」


 手短に…と、デンジロウ殿が言うにも関わらず、既に分かりきった前提を丁寧に述べ始めたデュロンに、デンジロウ殿は苦い笑いをしながら…念を押す。


 「デュロン。お前さんは、俺に、有益な情報をくれようとしてるんだよな?…そうか。ありがとうよ。それじゃ、俺とお前さんは友だちだ。もっと、フランクに、単刀直入に話してくれていいんだぜ?」

 「ふ、ふらんく?…ですか?…あ。た、単刀直入、手短に…ですね。りょ、了解しました。デンジロウ殿は、我々の能力(パーランス)が、この世界を満たす要素(ルリミナル)を自らの意思に従わせ、欲する現象をその要素の色や流れを変化させることで得ている…という点については、ご存知でしょうか?」

 「…まぁ…だいたいはな。この船も…その力を動力源としている。そうだろ?」


・・・


 「はい。おそらく。この船については、私よりデンジロウ様の方がお詳しいかと…」

 「あぁ…。それで?」

 「では、私たちが、どのようにして、その要素(ルリミナル)を自らの意思に従わせているのか…その方法についてはご存知で?」

 「悪いが俺はまどろっこしいやり取りが嫌いなんだ。質問したのはこっちだったハズだが…それを知ってねぇと…気力の振り絞り方…が理解できないってことかい?」

 「そのとおりです。機嫌をそこねてしまったなら、謝罪します。しかし、それは必ずやデンジロウ様の参考になろうかと…」

 「よし。分かった。デュロンの流儀に従おうじゃねぇか…。で、要素(ルリミナル)の操り方だったな…。そうだな。何か、専用のコントローラー…おっと…操作機器でも持ってるのかい?…って、持ってるようには見えねぇな?…それとも、よっぽど小型なのかもしれねぇが…」

 「見てのとおり、体の外…には、何も持っておりません」

 「体の外…には?…ふぅん。じゃぁ…つまり、体の中に…埋め込んでいる?…あっと、ちょっとまて…知ってるぞ。因子(ファラクル)だな?…だが、お前さんたちは、よく『因子の能力を発動する』とか…そんな表現を使ってるじゃねぇか?…ってことは…『因子』ってのは力の源だろ?」

 「『因子』は、体の中を巡るだけ…外に向かって直接的な影響力は何も及ぼせません」

 「へぇ…そうなのかぃ?…俺ぁ…『因子』ってのがアンタたち従者の力で…それで…『要素』ってのは、その『因子』を発動させるために必要な燃料というか動力源のようなモノだと思ってたんだが…違う…ってことか!?」


 デンジロウ殿は、驚いたような顔をして、左手で自分の頭を掻き毟っている。


・・・


 「…いや。信じ難いな。だってよ、現にこの船…この中空飛行都市を浮遊させているエネルギー…つまり動力源は要素(ルリミナル)で間違いないハズだよな?…ダルガバスのオッサンが詠唱者の術式とやらを発動して、空間中に漂っている『要素』を、この船の動力部へと流し込んでいる…それは間違いないハズだぜ?」


 決して疑わしい…という顔ではないが、言葉には疑問符がいくつか含まれている。

 デンジロウ殿は、デュロンに…その先を早く話せ…と促すように視線を送る。


 「それは、そのとおりで間違いありません。ですが、デンジロウ様。もし、可能なのであれば…ご確認下さい。動力部へと流入した要素(ルリミナル)は、動力部を抜け出た後、減ってもいなければ増えてもいないハズです。そして、『要素』は『要素』のままで…何ものにも変化していない…かと…」


 デンジロウ殿の動きが止まった。口を半開きにしたまま…言葉が出てこないようだ。だが、デンジロウ殿に限って、思考まで停止するなどということは…ないと思うが…


 「…ははは…。そりゃぁ…ないぜ…。ない。ない。…だって、俺の居た世界じゃ…。『要素』は…時間の経過とともに枯渇して………。だから…因子を体内に宿していたアイツも力を使えなかったんだから………!?」


 そこまで言って、デンジロウ殿は口元を突然、右手で押さえる。


 「………ちょっと待て。…アイツ…って誰だ?………くっそ。記憶に欠損が…」


・・・


 デンジロウ殿は、口元から離した手を、そのまま額に当てて天を仰ぎ見るようにする。


 「くそう。間違いねぇな。何ものかが…意図的に…だが…中途半端に、俺の記憶の一部を封印していやがる………はぁはぁはぁ」


 額にビッシリと汗を浮かべて、首を左右に激しく振るデンジロウ殿。

 その動きをとめると、また、左手で頭をガシガシと掻き毟る。


 「…まぁ。記憶の件は後だ。今は…そう。要素(ルリミナル)のコトだぜ。…ちょっと待て。コンソールに…呼び出して…データを…数値が……………こいつぁ…驚いた。本当だ。変わってねぇな。デュロン…疑ってすまなかった。そうか、なまじ…元の世界での記憶が残ってたから…その分、先入観で…目が曇ってたようだぜ…」

 「ご納得いただけたなら幸いです。その前提をご理解いただかなければ、その後の話は信じていただけないだろうと考えて、少し、長々とした説明をしてしまいました。申し訳ありません」

 「いや。デュロン。お前さんが謝る必要は、これっぽっちも無ぇぜ。先入観に捕らわれて、客観的な事実の把握を怠った俺が悪ぃのさ。スマン。このとおりだ。さぁ、それじゃぁ、これで、本題の『気合いの入れ方』について、教えて貰えるんだな?」


 デュロンは、驚くほど潔く謝罪をしたデンジロウ殿を、ビックリしたような顔でマジマジと見つめた後、大きく頷いてみせた。


 「方法は幾つかありますが、まず、最も基本的な方法…『二点法』からお話します」


・・・


 私は無能力者だから、デュロンの言う「二点法」というのは初耳だ。興味深い。


 「この世界では、先ほど申し上げたとおり『要素』は通常でもあらゆる所に漂っています。…ただ、その漂っている状態では、『要素』は何の力も効果も発揮しません。もちろん…害もなければ…毒もありませんが」

 「あぁ。それは理解したぜ。空気みてぇなモン…ってことだろ。普段は…な?」

 「そうです。しかし、『要素』を自分の支配下に置き、望む色や波動…流れ方…にしてやることで、『要素』は様々な力と効果を発揮するようになるのです」

 「望む色や波動…流れ方?…どうやって?…あぁ…分かったぞ。それが『因子』の力なんだな?」

 「そうです。『要素』と異なり『因子』には種類があります。私たち従者は、1種類しかそれを持っていない者もいれば、複数の『因子』を保有している者もいます」

 「それは、知ってる…俺が知りたいのは、その色々な種類の『因子』で、どういう風に『要素』へ色とか流れとやらを伝えるかだ」

 「ですから…『要素』を支配下に置くのです」

 「支配下に置く…っていのは?…使えるお前さんたちと違って、俺には『因子の能力』ってのが使えないから…そういう俺にも分かるように言ってくれ」

 「…そうですね。まず…自らの体内にある『因子』を練ります。…あ。練る…というのは…そうだ、体内を巡らせる…循環させてやって…一定の速さや強弱を付けて回してやる…という感じですが…お分かりになりますか?」

 「…う~ん。正直、分からねぇ…が。まぁ、俺のいた世界で言うところの『気功法』とか『ヨーガ』のようなモンかな?…確か武術の達人とかも、『気を練る』っていう表現を使ってたような気がするぜ。…ってことで、先を続けてくれ」


・・・


 「自分の体内で十分に『因子』を練り、循環させることが出来れば、その流れに同調して自然と『要素』が自らの体内へと流入して来ます」

 「同調…?…ふむ…体内へか?…それで」

 「体内へと流入した『要素』は、そのままでは即、体外へと出ていってしまいます。その時点では、何の効果も発揮できません。『要素』は一度、体内を通過しただけでは色や波動を持つには至りません。重要なのは『循環させる事』です。練った『因子』と完全に同調し、完全に一つの流れ…循環の輪を形成できたときに、初めて『要素』は色に染まるのです」


 デンジロウ殿は、真剣に耳を傾けていたが、そこで大きく溜め息をつく。


 「ふう。その部分のメカニズムを深く追求したい所だが…そうすると、話がまた本題から離れちまうな。よし。そこまでは、分かった。つまり、その循環を上手く作ることが難しいし、精神力が必要だってことなんだろ?…長時間、継続しようとすると、その循環の流れが…上手くできなくなって…滞る…そんなトコかな?」

 「さすがはデンジロウ様。ご明察です。そこで、先ほど申し上げた『二点法』を行う必要が出るのです。これは、意識を意図的に二点に分散させて雑念を排し、その二点間を巡る『要素』を強く思い浮かべる…という方法です。短時間ですが、滞った流れを、強制的に練り直すことができます…。上級者は、それを応用して『三点法』や『四点法』という強制循環法を行うのですが…『四点法』が行えるほどの使い手は、ほとんど存在しません。偶然、出来たとしても、その維持が非常に困難なのです」


 そこまで聴いて、デンジロウ殿は、チラっとダルガバスの方を見る。


・・・


 「わ、私には…そ、そんな事はできないぞ。それに詠唱者の術式は、従者たちのそれとは…若干、発動や維持の仕方が異なるのだからな」


 ダルガバスが狼狽えながら、出来ない事の言い訳をする。

 デンジロウ殿は、今度はチラ見ではなく、しっかりとダルガバスを見据えて訊く。


 「…だが…『要素』を循環させる…という部分は…同じなんだろう?」

 「あぁ…。そ、それは…そうなのだが…」

 「じゃぁ…この上がらない出力を何とかするには、やっぱり何とかしてオッサンが『要素』の循環を高める必要がある…ってことは間違いない。なんか…方法は無ぇのかな?…例えば、従者の皆さんが協力して力を貸すとか?」


 デュロンは、それに首を左右に振る。


 「…それは今もやっています。しかし、詠唱者様と我々従者では、『要素』を循環させる方法も、循環の形も異なります。同調率がどうしても低くなってしまうのです。今でも、多少の出力向上か…又は維持に貢献しているハズですが…。別の色を与えることはできますが、それでは逆に妨げになってしまいますし…」

 「ふぅむ。同調率ねぇ…。何とかして、それを上げる手は無ぇモンかな?…詠唱者ってのをもう1人連れてくれば良いのか?」


 そこで、私は気が付いた。

 同調率を上げる、最も有力な手段。それは…


・・・


 「「「守護者(ガルディオン)…」」」


 私の口から出た言葉と、ダルガバス、デュロン両名の言葉がピッタリと重なる。

 二人も、私と同時に同じ結論を導きだしたようだ。


 「守護者…か?…何度か…耳にはしているが…いったい…どういうモンなんだ」

 「が、守護者…というのはですね…」

 「あ。あぁ…。ちょっと待て。いや。良い。その説明は、また長くなりそうだからな。それが何か?…では無くて、今、ここで、その守護者ってのを呼び出すことが可能かってことだけ、答えてくれ」

 「守護者は…呼び出すのではありません。選ぶのです…」

。「待ってくれたまえ。それよりも…あの光の矢が駄目なら、他の攻撃手段は備えていないのかね?」


 その時、ダルガバスが突然、話題を逸らそうと声を上げた。

 やはり、ダルガバスはまだ選定の儀を行う覚悟ができないようだ。

 人を心の底から信ずることが出来ない…どうしても猜疑心を拭いきれないダルガバスの…これがある意味…限界なのかもしれない。

 私は、デンジロウ殿と視線が合わせ、それから首をゆっくりと左右に振って、守護者という方法は無理であろう…という意思を伝えた。


 「ふん。それも無理なのか?…仕方が無いな。待ってな、ちょっと…他の武器を検索してみるからよ…」


・・・


 ぶつぶつと文句をいいながら、デンジロウ殿は机の表面に指を這わせる。

 目まぐるしく変化する画面を、良く見落とすことなく認識できるものだと感心してしまうが、彼は平然として作業をこなしていく。

 おそらくは、この中空飛行都市の持つ他の攻撃手段を検索しているのだろう。

 再び手を止めると、悲しそうな顔をして、こちらに向き直り…一言。


 「無い…」

 「なんだと?…あの光の矢以外には手が無いというのかね?」

 「そうじゃねぇよ。他にもあるにはあるんだが…射程も短いし、威力も10分の1にも満たねぇ…そういう…貧弱な武器しかねぇんだよ。それじゃぁ…脅しにならねぇだろ?…まぁ、返答を促す最初の1回ぐらいなら…騙されてくれるかもしれねぇけどよ。アッチにも切れ者の一人はいるだろうから、すぐにこっちの手詰まりを読まれちまう」

 「では…どうすれば良いのだ?」

 「だから、今の守護者ってのを、選べば良いんじゃねぇのか?」


 ダルガバスの心の弱みなど知らぬデンジロウ殿が、再び守護者の件に話を戻す。

 確かに…話に聴くところによれば、詠唱者は守護者を得ることで、その発揮できる能力を格段に高めることができるらしい。

 しかし、以前にも断ったことだ。ほとんど無能力者と言って良い私に、守護者など務まりはしない。下手をすれば逆に足を引っ張って、今以上に能力を低下させてしまう恐れもあるのだ。


 デンジロウ殿に返答することなく、ダルガバスが私の方に視線を向ける。


・・・


 「何故、そこで私を見る?…ダルガバス。よく考えろ。守護者の選定は一生に一度のみ。私のような、因子(ファラクル)能力(パーランス)が全く使えない…単なる侍従を守護者としても、意味はないと言っただろう?…選ぶなら…配下の優秀な従者から選ばなければ…」

 「うぬぬ…。しかし…俺が心を許せるのは…」


 ダルガバスがこんなにも未練がましい奴だとは思わなかった。

 しかし、私は森泉国へと戻り、そこでやるべきことがあるのだ。ダルガバスの期待には応えられない。

 すると…。


 「守護者…か。…何か、以前に耳にしたことがあるような気がするが…それは、きっと契約のようなものを結ぶということなんだろう?…その相手になれる相手っていうのには、何らかの条件があるのか?」


 我々の話を興味深そうに聴いていたデンジロウ殿が、問いかけてくる。この世界のことに詳しいのか、詳しくないのか…本当に得たいの知れない方だ。


 「好ましい条件…というか、能力というものはあるのかも知れないが…。選定の儀さえ正式な手順をもって行えば…誰でもなれぬことはないと…思うが…」


 ダルガバスが、デンジロウ殿の勢いに飲まれたようにおずおずと答える。

 そう答える表情の硬さで、ダルガバスが選定の儀を躊躇していることが伝わる。


・・・


 「…ふ~ん。どうやら、ダルガバスのオッサンは、その守護者の選定ってのには、少し心に引っかかるものがあるみてぇだな。…となると、ちょいと手詰まりだな。仕方が無い…オッサン。取りあえず、このまま…ってワケにもいかねぇから、下の村の連中にもう一回、演説をぶってもらうぜ」


 デンジロウ殿は方針を切り替えたようだ。

 大机の上に表示された操作画面を指で操り、再び、中空へとダルガバスの映像を映し出すための準備にかかっている。


 「え、演説…と言っても、何を…どう言えば良いのだ?」

 「ふん。アンタも自分では何も考えない口か?…そんなんじゃ王様は務まんないぜ?…まぁ、いいや。取りあえず、恩着せがましく回答の猶予をヤルと言ぃなよ」

 「猶予?」

 「あぁ。突然の布告で、村人も驚いてるだろうし、自分たちの運命を左右する重要な選択だからな。それに下は雪のようだ。寒いんだろう?…村を燃やしておいて…なんだが、まぁ、適当に気をつかってやって…懐の大きいトコロを見せつけてやんな。いいか、俺が、暗示をかけてやるから、堂々と恩着せがましく考える猶予を与える…と言うんだ。…猶予期間は…そうだな…3日…あ、3周刻にちって言うんだったか?…そんぐらいあれば、向こうも、コッチも…何か答えがでるだろ?」


 睡眠と休息を取れば、少しはダルガバスの力も復活するだろう。

 ダルガバスは、再びデルタ村の空に像を浮かび上がらせて返答の催告をする。そして…考える猶予として3周刻にちを与えると布告したのだった。


・・・

次回、「誰の手の上に?(仮題)」…へ続く。

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