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Lip's Red 2 -狂った科学者と銀雪の狼  作者: kouzi3
第2章 飛行世界
19/27

(18) それぞれの決意と…再会

・・・


 何で俺が…こんな目に?


 頭を抱えたくなるのを必死に堪えながら、俺は目の前の子ども2人にひたすらペコペコと頭を下げている。

 いや。子どもだから…といって文句があるワケではない。何せ、相手は王族なのだから…。俺のような農家の三男坊が、王塔への出入りを許されているだけでも本来なら奇跡のような幸運なのだが…

 その幸運なハズの俺が、何でこんな目に?…と、さっきから同じ思考がグルグルグルグルと無限ループに陥っており、俺の気分は最悪だった。


 (どうせ酔うなら酒に酔いたいぜ…)


 面白くもないようなコトを心の中で呟きながら、俺は目の前の自分が仕えるべき双子にひたすら頭を下げつづける。

 しかし、頼るべき我らが王(代理?)が言う台詞は、俺と同じで…


 「だから…なんで僕たちが決めなきゃいけないのかな?」

 『僕たちが決める事なんて無いよ。レオノラント。お前が決めろよ!』


 ファーマス新王が不在であるため、前王にあたる双子の王たちにお伺いを立てているのだが、このお二人も俺と同様に「なんで自分たちが?」と不満を露わにする。


・・・


 ただ、俺たちと違って、双子の王たちは気持ちを隠す必要がないので、はっきりと口に出して俺たちに不快の念をハッキリと告げてくる。

 …勘弁してくれよ。そう思いながらも、それでも俺は、必死に二人の説得を試みる。


 「いや…しかし…お二人は…王なのですから…」


 「あれ?…僕たちは暫定で、今はもう違うんじゃないかな?」

 『僕たちの暫定は終わったハズだよ。今はもう違うんだぞ!』


 「…で、ですが…ふぁ、ファーマスさ…ファーマス新王は、また、ご、ご不在で…こ、今は火急の事態でございますし…」


 「ふうん?…じゃぁ、レオノラント。お前は、何でここにいるの?」

 『お前がやるべき事をやれよ。火急だから許す!』


 「い…?…いや。そ、それが、わ、私では判断や対応に苦慮すればこそ、こうしてご相談に…」


 「この程度のことで、どうして対応に苦慮するのかな?」

 『この程度どうってことないから、放置しておけばいいよ』


 あぁ…。何で俺が…こんな目に?

 でも…あぁ…でも、何とかしなきゃ。このままじゃ、この国はどうにかなっちまう…


・・・


 俺は、自分の運が良いと思ったことなんて一度も無かった。

 だから、リックウェル隊長が解任され、後任のジストン隊長がたった1周旬かげつで解任されて、それで自分に隊長の話が来た時も、まったく嬉しくなかった。

 何せ、強国だと信じていた我が森泉国だが、今のところ全くもって戦況は芳しくない。なのに自分より遙かに能力の高い隊長が2人も短期間に解任されている。こんな状況で、俺なんかが隊長に抜擢されるのは…罰ゲームか?…そう疑いたくもなるさ。


 で…結局のところ、やっぱり罰ゲームだった。

 俺を(迷惑にも)抜擢して下さりなすったダルガバス宰相は、俺が着任後、僅か数周刻にちで宰相を更迭されてまった。…それも、先王弑逆しいぎゃくの嫌疑をかけられて。

 ちっとも大物ではない…俺は、その一連の騒動を傍観者として、ただ阿呆の様に見ていることしか出来なかった。


 驚いたのは、圧倒的な力で宰相を制圧したファーマス新王の守護者ガルディオンマルルィア様………ではなくて、その圧倒的な力に一方的に押されながらも、まんまと逃げおおせて見せたダルガバス宰相一派の手際の良さだった。

 この国の中には、もう、逃げる場所なんかないハズなのに、未だに発見されることなく何処かに身を隠しているらしい。

 ああ見えてダルガバス宰相は詠唱者シャンティルだったらしいから、侮ることはできないのだろうが…しかし、それ以上に驚きなのは、宰相に付き従い、その身を庇いながら共に逃亡した一派がいるという事実だ。

 そんな人望が…あのダルガバス宰相にあったなんて…。


・・・


 しかし、俺は、そんな騒動を傍観しながら、心の底で安堵していたんだ。

 これで、俺も解任される。

 何らかの処罰はされるかもしれないが、別にダルガバス一派に属していたワケでもないから酷い目には合わないだろう。

 せいぜいが、僅か1周旬かげつで解任されたジストン隊長の記録を抜いて、隊長解任の最短記録を打ち立ててしまったことを、元同僚の部下たちから笑われるぐらいだろうと…俺は、心の中で苦い笑いを浮かべながら甘く考えていた。

 だけど…俺の運の悪さは、俺の予想の遙か上をいっていたらしい。


 叱られた犬の如く、頭を垂れて処分を待っていた俺に与えられた処罰は…続投。


 宰相の罪を暴き、国内外を巻き込んだ混乱を収拾してくれるはずのファーマス新王は、直後にまたしても姿を消す。

 何の用があるのか、慌てるように王塔を出て行くファーマス新王は、去り際に俺の肩をポンと叩き…


 「や。悪いけど、しばらく君がダルガバスの代わりを務めておいてくれ…。なぁに、適当で構わないよ。多少のことなら、後で何とでもなる。じゃ、頼んだよ!」


 高貴なお顔に、爽やかな笑みを浮かべて走り去っていった。

 思えば、あれが、ある意味「死刑宣告」だったのかもしれない。


 新王不在の間に、連合が猛攻を仕掛けて来た。新たに氷原国の加入を受けて…。


・・・


 これまでの経緯を思い出しながら途方に暮れていた俺だったが、目の前の双子の王が面白そうに俺を見つめているのに気づいて、はっと我に返った。


 (そうだ。いけない、イケナイ。こうしている間にも、連合は攻め込んで来ているんだった。考えてみりゃ、この双子の王だって…気の毒だよな。王族に生まれたて来たからって、この2人が始めた戦争ってわけじゃないし…。そもそも、子ども相手に…俺、何をやってるんだ?…無理でも…俺が頑張るしか…ない…のか…)


 俺は、下腹に鈍痛のようなプレッシャーを感じながら、それでも覚悟を決めた。


 今まで、ずっと誰かの命令に従って忠実にそれをこなしてきた。

 その結果、戦功らしきものも幾つか上げることができて少尉にまでなった。

 そして、何の因果か…それとも悪魔のイタズラか、突然の二階級特進で…今は、なんと国軍第1従者隊の隊長で、大尉様ときたもんだ。

 二階級特進なんて…普通は殉職した場合に与えられるお慰みだ。

 …っていうことは…つまり…あの隊長に抜擢された時に、それまでの「命令に従うだけの俺」は「死んだ」ってことになるんだろう…。


 (よし…まぁ…駄目なら…その時こそ願いどおり解任して貰えるだろうし…いっちょ…頑張って…みるか?…はぁ…でも…どうガンバりゃぁ…いいんだ?)


 そこまで考えた時…。

 双子の王たちが、不思議そうな顔で俺に問いかけてきた。


・・・


 「レオノラントは…危ないことを考えたりしないんだね?」

 『うん。レオノラントは、危ないこと考えたりしないね』


 「は…はい?」


 何が嬉しいのか、二人は顔を見合わせて天使のように邪気の無い微笑みを見せ、クスクスと互いに笑い合っている。あ、危ないこと…って何だ?


 「お前は、僕たちを…ちゃんと助けてくれるんだね?」

 『うん。レオノラントは、僕たちをちゃんと守ってくれるって』


 「…はぁ。う、上手くやれる自信は…ありませんけど…一応…」


 「それじゃ、レオノラントに、ヒントをあげようかな?」

 『よし。ヒントをあげるよ。動かしたがってる相手には、動かないことだよ』


 さっきも双子の王は「放置しろ」と言っていたが、今度はさっきのような投げやりな態度ではなく、しっかりとしたお考えがあって言っているようだ。

 頭の悪い俺には、その意図するところは良く分からないが…確かに、あの知略の王として知られる氷原王が、今、この時期に介入してきた…それも接している国境側からではなく、ワザワザ反対側の連合に組して…ということは、我々に何らかの動きをさせたい…ということになるのだろう。

 俺は、生まれて初めて自分の頭で、必死に次の行動を考え始めた。


・・・

・・・


 “狼”…なんて言う、伝説のモンスターの名なんかを冠しちゃぁいるが、俺たちの部隊は正規軍ではないし、戦闘だけを生業としている集団でもねぇんだ。


 今は不在の隊長が、偶々、化け物みたいに強くって…俺たちにも色んな戦い方を叩き込んでくれたんで…他の仕事より少しばかり実入りの多い…傭兵なんていう柄にもないことをやっているだけだ。


 それでも、今日までは色々と上手くやってこれてたんだがなぁ…。青き炎のマルルィアだって、何とか互角に渡り合って凌ぐことができたし、まぁまぁ上手く隊長の代理を務めてたつもりだけど…やっぱり俺じゃぁ、隊長みたいに上手くはやれねぇや。


 しかし、アイツら…強かったな。

 白暮の石塔国(ファイストゥーン)のお姫様とその従者か…。

 そんな遠い世界の反対側の国のお姫様たちが、どうして俺たちの国に迷い込んだのか知らねぇが…でも、とにかく強かった。

 あのオッサンも、青き炎のマルルィアとはまた違ったタイプの強さで…あのまま戦闘を続けていたら、結構、やばかったかもしれない。


 だが、本当に驚いたのは…あのお姫様だ。

 まさか、隊長直伝の隔離無檻(カムィカコゥシ)に一度は捕らわれながら、それを内側から破って抜け出してくるなんて…。

 あの「心の強さ」は本物だ。そして、この世界では…そういう相手が一番怖い。


・・・


 「あ~あぁ。今回は、実入りゼロかぁ…。嫁さんに何て言い訳しよう?」

 「うぉ!…そう言えば俺、収入をあてにして、借金してるんだよ。うわ…どうしよう。返せるアテが…なくなっちまったぜぇ…」

 「で、でもさ、そもそも正規軍からの要請でここまで出張ったんだし、戦闘中止も俺たちが負けたわけじゃなくて…王様からの命令だろ?」

 「おう。そ、そうだな。じゃ、じゃぁ…ひ、必要経費?っていうヤツぐらいは、せ、請求しても良いんじゃねぇのか?」


 独り想いに耽っていた俺に、隊員の連中からの視線が集まる。

 臨時の隊長代行を務めている俺に、一応、意見を求めているようだ。


 「そうだな。確かに、俺たちが負けたってわけでもない。駄目元で掛け合ってみるか?」


 俺の同意に、隊員の連中も嬉しそうに頷いている。

 そんなコトを話ながら、俺たちは中立大平原スゥイトゥランフィルドから家族の待つデルタ村のある中立外回廊(スゥイトゥランゲイン)に抜ける(ゲィェート)へと入る。門と門を繋ぐ洞窟のような回廊は結構の長さであるが、俺たちを乗せた雪石竜子(スヌォウドゥラグァン)はもの凄い速さで滑り抜けていく。

 俺たちの本業は、実はこの雪石竜子たちを育て、王軍の移動用生物として売ることだった。まぁ、それだけでは贅沢な暮らしなんて全く無理なので、こうやって傭兵なんていう副業をやっていたりするのだが。けれど、俺たちの育てた雪石竜子は、つまりは王軍御用達の優れた疾走力を誇っており、俺たちはアッと言う間に狭い回廊を抜けきって中立外回廊へと出ることができた。


・・・


 『…ラスだ。応答せよ。我が名はサウラス。特殊傭兵部隊“狼”に依頼がある。応答せよ…』


 門から抜け出た瞬間、俺たちは強烈な因子通信(コミュータ)にあてられて、全員が苦悶の表情を浮かべた。

 仲間の一人は、一瞬、頭を押さえて手綱から両手を放してしまい、雪石竜子から転げ落ちそうになったところを他の仲間に助けられていた。

 こんな強い因子通信が出来るのは王軍の連中しかいない。


 「あぁ。ちょうど良かった。こちらからも連絡を取りたいと思っていたんですよ」


 俺は、先ほど皆と話していた必要経費の請求をしようと話を切り出したのだが…


 『時間がない。貴様の用は後でいくらでも聴く。今は、黙って我が指示に従え』

 「あ?…え…あ。はい」


 俺は、相手の声色から感情を読み取れないほど無能じゃない。

 だから、今、この「サウラス」と名乗った相手が、いわゆる火急の用とやらで俺たちに依頼をしたいということを理解して、黙って言うことを聴くことにした。


 『それでいい。前置きは抜きだ。お前たちは可能な限り迅速にデルタ村まで帰還し、そこで敵からの攻撃を防いで欲しい』

 「…デルタ村?…俺たちの村が攻撃を受けているのか?…敵って…森泉国なのか?」


・・・


 自分たちの村が攻撃を受けていると聞き驚きはしたものの、俺たちはさほど慌てなかった。デルタ村は氷原国でも最も森泉国との国境に近い村だ。古来、俺たちの村は、二国間の領土争いの最前線として戦いの舞台となっていた。

 領土争いの目的は、俺たちの村で収穫される食料などの生産品と雪石竜子などの牧場で育成する生物資源の確保だ。したがって、それを生産し育成する俺たち村人が無闇に害されることは少ないのだ。

 過去、俺たちの村は何度もその属する国家を変えることとなったが、特に暮らしぶりに大きな変化は無かった。ただ、その生産物を納める相手が変わっただけだ。

 だから、俺たちが驚いたのは攻撃を受けているという事実よりも、それが今この時期であることについてだ。

 何故なら、今、碧色の森泉国(イエメルアーダス)は、世界の反対側で連合と開戦中であり、我が国とは中立の関係を保っていると思っていたから…。


 『…落ち着いているな。“狼”。それは頼もしいが…残念ながら相手は森泉国ではない。…お前たち…この因子通信を受けているということは…今、既に、中立外回廊にいるのだな?…ならば、すぐに小外回廊(ミィンヌゲイン)へと抜けて…村の上空を見てみるが良い…』


 確かに中立外回廊からデルタ村のある小外回廊へ抜ける門は近い。

 門を抜ければデルタ村のある区域(ユニュィット)だ。


 俺たちは、いったい何が起こっているのか良く分からないまま、言われたとおり小外回廊へと抜けていく。どのみち村へ帰る予定だったのだから、逆らっても仕方が無い。


・・・


 だが、まだデルタ村にまでは相当の距離がある。

 村の上空っていうと…氷翼竜(アイセラヌォ)に騎乗して攻撃する連中か?…でも、そんなのこの距離で見えるワケが…

 半信半疑で門をくぐり抜け、小外回廊へと帰還した俺たちは、村のある方角…その上空部を眺めて、全員絶句した。


 「な…ん………だ?…ありゃ?」


 黒い巨大な影。

 この距離で、あれだけ巨大に見えるってコトは…想像するのが怖いぐらいにデカイ。


 『アレは、お前たちの村を焼いた。斥候部の連絡によると村の3分の1ほどがアレからの1度の攻撃で、一瞬にして燃え上がったらしいぞ』

 「な………どんだけの従者を乗せていやがるんだ?…あのデカイのは…」

 『そう思うのも無理はないが…どうも、その攻撃は従者の因子(ファラクル)能力(パーランス)によるものでは無いようなのだ』

 「…?…何?」

 『我々にも、まだハッキリしたことは分からぬのだ。そこで、お前たちに連絡をとったというワケだ。放っておいても、自分の村だから…お前たちはアレから村を守るために戦うのであろうが、アレは我が国においても放ってはおけぬ脅威だ…』

 「………あんなのを相手に…俺たちに何をさせようっていうんだ?」

 『アレから村を守れ。お前たちの得意とする技でなら可能かもしれぬ。実際のところ、アレの力に直接対抗できるのは…お前たちしかいない。報酬はいつもの10倍出す』


・・・


 俺たちは非正規部隊だ。

 どちらかと言えば「ならず者」という表現の方がしっくりくるような。

 そんな俺たちに、正規軍の偉いさんが…俺たちだけが頼りだと言う。

 悪い気はしないが…正直…出来るのか?…という気持ちの方が強い。

 しかし、黙って俺とサウラスのオッサンの因子通信に耳を傾けていた仲間たちは、サウラスの最後の言葉で盛り上がっている。


 「おぅおぅ。アレに直接対抗できるのは、俺らだけだってよぉ!」

 「ほ、報酬10倍って聞こえたぞ。ほ、ホントか?」

 「借金全額返済しても、おつりがくるぜぇ!」

 「頼まれなくったって…自分の村だ…命に掛けて守るぜ…だが…報酬か!やっほ!」


 どうやって戦うのか考えてもいないくせに…困った奴らだ。

 しかし、俺もどのみちアレから逃げるわけにゃぁいかねぇんだから…ここは一つ、前向きに考えるとするか。…まぁ。コイツ等…気が付いていないが…3分の1焼けちまった村を修復するにゃぁ…10倍程度の報酬じゃぁ…赤字なんだがな。


 『…心配するな。無事、アレを退けたら…村の復旧作業は、我が工兵部隊が責任をもって対処しよう。お前たちは村人の命と…村の土地を守れればそれでよい』


 まるで俺の心の裡を読んだかのように、サウラスのオッサンは言う。

 しかし、まぁ…そうとなれば全力で、あの化け物から村を守るだけだ。

 俺は気合いを入れる。そして、ふと心に浮かんだ疑問を口にする。


・・・


 「しかし…村を燃やすような攻撃って…何なんだ?…そもそも、この閉じた世界では、水や空気を汚すような戦いは…御法度なんじゃなかったのか?」


 それは、この基盤世界(サードレイヤース)に生まれた人間なら、誰もが幼い頃から徹底的に教え込まれる常識だ。

 人間だけでなく、動物やモンスターたちも含めて、この基盤世界に生きる全てのものが、戦う時には、相手の肉体に直接に傷を与える攻撃しかしない。

 炎系の技というものもあるが、基本的には敵の体そのものを焼く技だ。青き炎のマルルィアが俺たちにやったような炎の使い方は…だから…少々反則なのだ。だが、あの青き炎だって、後々まで環境に悪影響を与えるようなものではなく…マルルィアもその辺はわきまえて技を使っていたハズだ。


 『…そうだな。我々もそこが解せんのだ。その常識が通じない敵…ということなのか?…しかし、アレに乗っているのは“元森泉国宰相”のダルガバスという者。その常識を知らぬハズは無いのだが…』

 「や…やっぱり…アレは森泉国からの攻撃なのか…」

 『いや。そうでは無い。森泉国で何があったのかは知らぬが、あの者は、あの黒いアレを“マッドガルデン”などと名付けて…基盤世界8番目の独立国だと宣言した』

 「飛行する…独立国?…そんなのアリなのか?」

 『私に訊くな。奴が勝手にそう言っているだけだ。お前たちの村が攻撃されているのは、生産地としてあの国の維持と補給に必要だから…ということらしい』

 「くそう。生産品が必要なら、金を出して買いに来やがれってんだ!」

 『ふ。知らぬのか?“狼”。戦争というのは金が無い時にヤルものだ』


・・・


 身も蓋もない表現で戦争の本質をさらりと語るサウラス。

 片田舎出身の…傭兵風情の俺には難しい話は良く分からない。

 しかし、言われてみれば…そうなのかもしれない。

 金が無いなら、軍備に金を掛けるのを止めればいいのでは?…とも一瞬思ったが、しかし、サウラスのオッサンたち軍人は、それを職業として生活しているのだ。

 軍人を路頭に迷わせば…ただの荒くれ者の大量増産だ。

 それなら、軍人は軍人として使い、金を奪ってこさせれば良い。

 自国の民から金を奪ってこさせるワケにはいかないから…つまりは他国の民から奪うことになる。つまり…それが戦争なのだ。


 『とにかく…敵は、環境を汚すことを厭わぬ。我々の常識から外れた攻撃を仕掛けてくる。今のところはアレの腹の辺りに突き出た棒状のものから放たれる“光の矢”しか分かっておらぬが、おそらく次の攻撃もその“光の矢”によるものと予想される』

 「そ…それを、俺たちの技で防げ…っていうんだな?」

 『そうだ。我が王は、その知謀により、別の方法でお前たちの援護をして下さる。今、私以外の四大従者(フォルサテンド)が王の指示で奔走している。だから、お前たちは防ぐだけでよい。攻撃をしようとは…思わないだろうが…その必要もない』

 「分かってるよ。あんな高い所に居る奴…届くような技がねぇからな」

 『お前たちの役割は…実は非常に重要なのだ。アレがお前たちの村を必要としている…ということは、それを防げば、アレを追い詰めることができる』

 「うっし。やってやるぜ!」

 『うむ。期待しているぞ。だが、気を付けろ。追い詰められた時に、奴らが何をしてくるかは…その時になってみなければ…分からぬのだからな』


・・・

・・・


 「で、では…村人たちは…ぜ、全員…無事なのだな?」


 私は、目の前の男の報告を途中で遮って、一番気になっていたことを確認した。

 その男は、気を悪くした風もなく、しっかりと頷く。


 「…よかった。本当によかった」


 私の腰には、リュイスとステラがしがみついて泣いている。


 「な、泣くな…2人とも。大丈夫だ…私たちが…私たちが…何とかしてみせる」


 2人の頭を交互に撫でてやりながら、村を焼かれたショックを和らげてやろうと必死に励ましの言葉を掛ける。しかし…


 「ち…ちがうよ。お姫様」

 「そうよ。私たち…お姫様にもう一度逢えて…嬉しいの」


 空元気であることは間違いないが、私を心配させまいと必死に笑顔を見せようとする2人が健気で、私はしゃがんで2人を抱きしめた。


 「もしかしたら、国軍に掴まって…姫様が酷い目にあってるかもしれないって…」

 「怪我をして戻って来た時のために、お部屋を準備して待ってろって言われてたから」


・・・


 ?…誰がそのようなコトを。

 まるで私たちが“狼”と戦って苦戦することを見越したかのような指示をするとは…

 訝しむ私の表情を察して、先ほど報告をしてくれた男が再び口を開く。


 「…ニューラ姫。実は私と…アッチの男…ジストンというのですが…は、ファーマス様の命令で、この村に待機していたのです」

 「?…ファーマス殿の?…では、お前たちは森泉国の従者…なのか?」

 「申し遅れました。私は、リックウェルと申します。ジストンも私も、森泉国の元国軍第一従者隊に属していたのですが…今は、ファーマス様の直属の手駒として動いております。姫様には元…我が国のダルガバスが多大なご無礼を働き…誠に申し訳無く存じます」


 リックウェルと名乗ったその男は、深々と私と私の従者たちに向かって何度も頭を下げて詫びてくれた。


 「貴殿は今、『元…我が国の』…と言ったか?…どういう意味だ?」


 彼の発言の中に不自然な部分を見つけて、ウォラが問い質す。

 確かに、それは私も気になった部分であったため、黙ってリックウェルに視線をやる。


 「ダルガバスは…先王を弑逆しいぎゃくして勝手に宰相を僭称し、双子の幼王を立てて…ファーマス様を幽閉していたのです。しかし、ファーマス様が今は復権されて新王となられ、ダルガバスを更迭したのです…ところが…どういうことか…ダルガバスは国外へと逃亡し…あろうことか…」


・・・


 リックウェルは、そこまで言うと上空の黒く巨大なものを見上げて黙った。


 「…さっき、アレが空間に映し出した映像に、ダルガバスの野郎が踏ん反り返っていたんですよ。奴が言うには、アレを基盤世界8番目の国家…中空都市国家『マッドガルデン』として、奴はその国王になる…と」


 先ほどリックウェルが、ジストンという名だと紹介した、もう一人の森泉国の従者が解説しながら、こちらへやって来た。

 なるほど。あのファーマス殿が、今回のような戦争を起こすとは思えず、ずっと疑問に思っていたのだが、今の説明でだいたいのところは理解できた。


 「…しかし、これだけの被害に村が遭いながら、誰一人として負傷せずに済んだとは…嬉しいことだが…信じがたい奇跡だな」


 私は、ダルガバスなる者については良く知らない。

 だから、彼について考えることは一先ず止めて、村人たちのことに思考を戻した。


 「はい。こちらの森泉国のお二人が、アレが攻撃してくるより前に危険を察知して、私たちをここへ避難させて下さったのです」


 リュイスの両親である村長とその妻、そしてステラの両親たちが、そう言いながら私たちの方へとやってくる。「ほら…姫様が動きにくいでしょ?」…そう言ってリュイスとステラを私の腰から引き剥がし、自分の方へと腰抱きにする。


・・・


 「ほう…。攻撃を事前に?…良く、そんなコトが出来たものだ。しかも、それに村人たちも良く従った。なかなか出来ることではない」


 私が、リックウェルとジストン、そして村長たちに賞賛の目を向けると、彼らは恥ずかしそうにしながら答える。


 「…ニューラ姫…の…お陰でもあるんです。俺たちは、森泉国の人間ではありますが…村人たちに受け入れて貰うために、ファーマス様の密命を受けたニューラ姫の味方…であると…村人たちに名乗っています。…で、俺たちは、アレについて、姫様から事前に教えてもらっていた…ことにしたんです」

 「…私が?…アレについてお前たちに?」

 「はい。俺たちだけが…突然、アレの危険性を訴えても…村人が受け入れてくれるかどうか分かりません。しかし、村人たちが姫様に対してかなり好意的な感情を持っているように見受けたので………それを…利用させてもらいました」

 「ふぅむ。なるほど…一種の暗示…洗脳術だな?…ラサも非常時には使う手ではあるが…いいのか?…村人たちの前で、そのタネを明かしてしまって?」


 私の指摘に、リックウェルとジストンは困ったような顔で村人たちを見遣る。「騙した形になって…すまなかった…」と詫びをしかけた彼らに、しかし、村人たちは慌てて頭を下げる。


 「い、いえ。な、なにを仰いますか!?…騙すだなんて、そんなコト…アナタたちは、私たちを…私たちの命を守ろうとして下さっただけです。恩人です!」


・・・


 私も含めて、その場の全員が笑みを浮かべ、互いの顔を見合ったその時…

 村人たちの輪の外側が、にわかに騒がしくなった。


 「な…なぁ?…お、俺たちの村。火が収まってきてないか?」

 「あぁ。ほ、本当だ。さ、さっきまで、あんなに燃えていたのに…」


 その声に、私たちは村人たちの人垣をかき分けて、村がよく見える場所まで移動する。

 なるほど、先ほどまで家屋の燃える黒い煙が立ちのぼっていたのが、今は白い煙へと変わっており、火の手も見えない。

 幸運なことではあるが、村を燃やす火は鎮まったように思うが…しかし、何故?


 「お、おい。村の方から…何か…い、いや?…だ、誰か来るぞ!?」

 「おぉ…す、しかし、もの凄い勢いだ…何だありゃ?…雪石竜子にも乗らずに、あんな速度で移動できる人間がいるのか?」


 ざわつく村人の声に、私やウォラが目を凝らすと…整った黒い衣服に身を包んだ男が、滑稽な程に手足をバタバタと振り回しながら、泣きそうな顔でこちらに近づいてくる。

 その男には見覚えがないが…その後ろに…もう一人…。あれは…

 クア!?


 「あ~っ!…ひ、姫様みぃ~つけた!…無事で良かったですわん!」

 「く、クア!?…クアなのか…こちらへ戻れたんだな?…良かった…」

 「ね、姉様!?…ど、どうしてここに!?」


・・・


 再会に安堵する私の横で、ウォラが驚いたような声を上げる。


 「ウォラ~?…久しぶりぃ~!!…ちょうど良かった。その男の人。きっと止まれないから、ウォラちゃんが、しっかりと受け止めて上げるですにゃん!!」

 「え?…えぇぇえええええ!!!」


 ウォラの戸惑いの声が悲鳴へと変わる。その声に、「わわわわわ…ご、ごめんなさい!」という男の情けない声が重なり…

 次の瞬間…ウォラの胸めがけて、その男が飛び込んできた。いや。激突…という表現の方が近いであろうか?

 男に押し倒され、組み敷かれたような格好になったウォラが、顔を真っ赤にして怒鳴っている。


 「き、き、貴殿は…な、何ものだ。そ、それよりも…ど、何処を触っている!?」

 「あ?…は、はい。ゴメンなさい。わ、悪気はありませんが…け、結構なお手前で…ご、ごちそうさまです!」

 「な、何を…意味不明なことを…は、早く、私の上から降り……ろ………ん?」


 もの凄い剣幕で怒鳴っていたウォラが、何故か後半、声を鎮めて不思議そうな顔をする。


 「…貴殿?…以前に、どこかで…お会いしたことがあるだろうか?」


 ウォラは首を捻りながら、男に問う。


・・・


 男は、ウォラの問いかけに、しばらく無表情で考えるようにしていたが…


 「さぁ…。どうでしょう?…私は、仕事柄、色々な人と出会いますので…お会いしたことがあるかもしれませんが…」


 そう言いながら、ウォラから離れて立ち上がる。男性にしてはやや小柄だ。だが、何か毅然とした雰囲気を纏う男だった。感情が面に表れにくいようで、無表情に近い表情からは、なかなか考えが読めない。

 …それよりも。今は、クアだ。


 「クア…。無事で良かった…。お前だけをマモル殿の世界へと残してしまい…本当にすまなかった。さぞ、心細かったであろうな?」

 「いえ。姫様。ご心配無用にゃん!…私はご主人様と色々楽しくやってましたわん!」

 「…ご主人様?…色々…楽しく?」

 「あははは…。ま、マモル様が優しくしてくれたから…だ、大丈夫でしたわん!」


 言葉を選び直して取り繕うクアの言葉に、何故だか私の胸はモヤモヤとした不快感に包まれた。しかし、その不快感を無理矢理握りつぶして、より気がかりなコトを確認する。


 「…して…ま、マモル殿は?…あちらの世界で元気にしておられる…ということか?」


 自分が去った後に、マモル殿がどんな気持ちになられたのか…。知ったところで意味はないと…理解してはいるが…どうしても気になってしまう。


・・・


 しかし、その簡単なハズの問いに、クアは答えにくそうにモジモジと胸の前で両手の指を絡めて…言葉を探している。


 「ぶ、無事では無いのか?」

 「…マモル殿というのは…姫様を…こちらの世界へ送り帰した、あの術者の青年のコトですか?…もしかして?」


 答えないクアの代わりに、何故かウォラが問いを発する。

 私とクアが同時に頷くと、ウォラは苦い顔をして言う。


 「…そうですか。私も、出来る限りの治癒の技を使ったのですが…とても酷い傷を負っていました。…そんな状態であの技を使われたのですから………きっと…」

 「な!?…そ、そうなのか?クア!…マモル殿は…無事だと…言ったではないか?」


 私が掴みかからんばかりの勢いで、再度、クアを問い質すと、クアは慌てて答える。


 「ち、違いますにゃん!…あの傷は、ちゃんと私が治療して癒したから大丈夫ですわん!…た…ただ………」

 「「ただ?」」


 何故かウォラもマモル殿のその後が気に掛かるようで、私と声を合わせて聴き返す。


 「…私と一緒に、ご主…もとい…マモル様もコチラの世界へ転移して…その途中…」


・・・


 クアの言葉の後半は、ほとんど聴き取れないほど小さくなっていく。

 しかし、私とウォラの耳は、その後半の肝心の部分をしっかりと聴き取った。


 「「!?…い、いなくなった!?」」


 またしても声を合わせて、私たちは聴き返す。

 そこから先のクアの説明は要領を得ないものだったが、どうやら転移途中で、何か異なる力が作用して、別々にはぐれてしまったらしい。

 不可抗力だ。クアを責めることはできない。

 そう分かってはいるが、思わずクアを責めるような視線で見てしまったのだろう…


 「…ご、ゴメンなさいです。か、必ず、探し出します…」


 シュンとして涙ぐむクア。その胸に抱かれた小さな犬が、慰めるかのようにクアの頬をペロペロと舐めている。


 「…その犬は?」

 「あ。み、皆さん!!…ほ、褒めてあげてください。このワンコちゃんが、皆さんの村が燃えてしまうのを、必死に食い止めてくれたんですわん!」

 「がふっ!がふぅっ!」


 クアが、その犬を皆に見えるように前に突き出す。犬は誇らしげに2度吠えた。

 そうだ。今は、クアを責めている場合ではない。村を救わなければならないのだ。


・・・

次回、「氷原王の戦術<2>(仮題)」へ続く…


H25.6.11追記(体調不良につき…)

原因不明の体の痛みと、酷い耳鳴りに悩まされています。

沈痛解熱剤を服用しながら、少しずつ、執筆をしていますが

かなりスローペースになってしまいそうです。

申し訳ありません。

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