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Lip's Red 2 -狂った科学者と銀雪の狼  作者: kouzi3
第2章 飛行世界
18/27

(17) 氷原王の戦術<1>

・・・


 「さて…。そろそろ動くとするか…」


 我が領土で好き勝手に振る舞ってくれている無礼者たちに、少し礼儀というものを教えてやる必要があるだろう。

 多少、情報量が少なくはあるが、特徴的な部分を重ね合わせることで本質は見えてくるものだ。アレは、まだダルガバスなどという愚物に使いこなせるものではない。


 「奴らは、侵攻すべき国を誤った。我が国以外であれば、あのようなハッタリも功を奏したかもしれぬが…私には奴らの弱みが手に取るように分かる」


 私からの指示を受けるため、4人の参謀職が私の前に駆け寄り跪く。

 私には、まだ守護者(ガルディオン)はいない。

 正直に言うと…守護者を得る必要性も感じてはいないのだが。


 だから、私の思い描いた戦術を伝える相手は複数の従者(ヴァレッツ)たちだ。

 私の代になってからではあるが、筆頭従者(ヘッダテンド)という者を置く制度も廃止した。あまり特定の者を特別扱いするのは、組織の柔軟性を阻害するからだ。

 まぁ。もっとも私が王という立場で、既に特別扱いされているのだがな。ふふふ。

 目の前の4人の参謀職である従者たち…四大従者(フォルサテンド)たちは、深く頭を垂れながら私からの指示を、一度聞くだけで完璧に理解していく。それが出来る者を選んだのだから当然だ。


・・・


 四大従者たちは、私の指示の根底にある意図も理解しなければならない。

 万が一、想定外の事態に直面しても、私が下すであろう指示を的確に推測して動くことができなければ役に立たないからだ。


 「さて。イアス。まず君に問う。君は何をする?」

 「私は、白暮の石塔国(ファイストゥーン)に潜伏させている彼を動かします」

 「よろしい。では、彼には何と?」

 「石塔国との同盟。反森泉国連合の強化と第三象限側からの森泉国への揺さぶりを」


 私は頷く。イアスは目的を理解している。

 細かい手段は問わない。途中での不手際には一切の咎めは無い。最終的な役割さえ理解し、しっかりと果たしてくれれば良い。


 「イアスは、直ぐに彼に連絡を。以後の指示は全て君に任せる」

 「はっ」


 イアスは、走り去る。彼の執務室で因子通信(コミュータ)を発動するために。


 「では。ウェドゥス。君は?」

 「はぃ………」


 私は、イアスへと同様に、ウェドゥス、ノルス、サウラスの3人とも確認のための問答を行う。そして、確信した。我が四大従者は、期待通り優秀であると。


・・・


 ウェドゥスの率いる国軍空撃大隊は、氷翼竜(アイセラヌォ)に乗り出撃していく。

 十分に訓練された氷翼竜たちは、悠々と我が城の上空を1周ずつ旋回し、その間に隊列の乱れを整えると、中隊ごとに主生産区(ファイアルム)方面に繋がる(ゲィェート)へと向かって飛んでいく。

 主生産区を抜け、中立大平原スゥイトゥランフィルドを通り、その向こうにある攻撃目標地点へと向かうのだ。


 ノルスの率いる部隊は、今回はあまり出番がないかもしれない。

 あくまでも万が一の事態への備えとして、ウェドゥスの部隊とは逆側、薄紅の桜花国(エトァナガルデン)方面へと向かう。

 こちらは、目立つべきではないため派手な氷翼竜ではなく、雪石竜子(スヌォウドゥラグァン)に跨って。静かに出撃していく。


 さて…と私は、残ったサウラスに視線を送る。

 サウラスは頷き、特殊傭兵部隊「狼」たちに連絡を取る。

 石塔国の白鎧の乙女たちが、問題なく彼らと接触を果たせたのならば、今頃は「狼」たちは彼らの本拠であるデルタ村方面へと帰還中であるハズだ。

 今回は無駄働きとなっただろうから、今頃はさぞ肩を落としていることだろう。

 今からの任務は、別に指示をしなくても勝手に奮闘してくれるだろうが、彼らの能力を存分に発揮してもらうためには、やはりしっかりと組織的な部隊運用する必要がある。

 普段は冷静な彼らだが、さすがに自分たちの住み処を焼かれたとなれば、感情的にならずにはいられないだろう。

 現在の状況と、今後の役割を事前に良く言い含めておかなければならない。


・・・

・・・


 「連合から…連絡が入りました」


 外務大臣が不可解そうな表情と声音で、報告をしてきた。


 「…恐れていた通告が遂に来たか?」


 連合の解散と、それに続く複数の同盟の誕生。そして、それに連なる基盤世界(サードレイヤース)の混迷の時代。

 私の決断力が無かったばかりに、ついにその幕が開けられてしまったのか…


 「戦力増強を感謝するとのことです」


 やはり…そう来たか…


 感謝されてしまうとは…感謝………か…ん…?


 「………な、何と申した?…が、外務大臣…も、もう一度申してみよ…」

 「戦力増強を…感謝するとのことでございます」

 「軍務大臣!」

 「はっ」

 「そなた…どのような魔法を用いたのか?」

 「…いえ。小官には心当たりがございませぬ。外務大臣に詳細をお伺いしたい」


・・・


 軍務大臣の視線を受けて外務大臣が報告を続ける。


 「我が国の尽力により、中立の立場を守っていた銀雪の氷原国が…連合に加入し、森泉国の反対側からの陽動に協力を申し出たとの…ことです」

 「ひょ…氷原国が…?い、今になって…何故?」


 喜びよりも疑念の方が大きかった。

 氷原王は知略の人と聞く。今、この段階で、彼の国がこのような決断をするには…きっと何か理由があるはずだ。

 しかし…何が?


 …そうか。私の恐れていることを…氷原国王も恐れた?

 可能性としては、それが一番大きい。


 今回の基盤世界の混迷の状況は、氷原国王の意図するところとは全く別で進行しているのだろう。

 自国より森泉国の国力が大きい…という今の状況に甘んじている気があるかどうかは察せぬが、私の予測するように、湖上国と砂礫国の同盟、溶岩国と桜花国の同盟が成るような事態は、間違い無く静観できないことだろう。


 だが………それだけか?


 「我が国の尽力により………だと?…何故…そのような…ことを…」


・・・


 同盟が解散せず、我が国と隣の湖上国の関係も悪化せず、それどころか…今回の成果は我が国の手柄として各国から認識される。

 我が国にとっては、喜ぶべきことばかりだ。


 だが…氷原国にとって…そのような虚偽を論じることに…いったい何の意味が?


 私の思考力では、ここまでが限界だった。

 ニューラなら。我が聡明なる末妹姫なら、この先にある氷原王の意図まで読めるであろうに。未だに、救出に向かった独立第二小隊からの報告は入らぬ。


 「若王。よろしいか?」


 一人黙考する私に、国務大臣が近寄ってくる。

 今、このような情勢にあっては、あまり国務大臣の出る幕は無いのハズだが?何だ?


 「…本来は、外務大臣からお伝えすべきことかと存じ上げますが、氷原国からの使者を名乗る者が…城外に訪れ、門兵に王への謁見を願い出たとの知らせが…」

 「何?…氷原国からの使者?」


 私の驚きの声を聞いて、外務大臣も訝るような顔をする。

 本来であれば外務大臣の方の筋を通して、まずは通知が入るべきであるのだが。

 しかし、その直後、外務大臣の部下が静かに大臣の肩口へと歩み寄り小声で何かを告げる。外務大臣は静かに頷き、「私の方へも、今、連絡が入りました」と言った。


・・・


 順序が逆になるのは、この使者が緊急の指令を帯びている証であろう。

 ほぼ同時に二つの連絡系統で指示がなされたのだ。


 「分かった。会おう。いずれにしても、氷原国に我が国は救われたのだ。礼を尽くして迎えようではないか」


 救われたのは我が国だけではない。おそらく、基盤世界全体の均衡が守られたのだ。

 私は遠い地に座す氷原国王の慧眼を思い浮かべて、心の中で深く感謝した。


 ただ、この動きに最も脅威を感じるのは…今度は森泉国だろう。

 ある意味、この氷原国の参戦により、森泉国は基盤世界において孤立したことになる。

 最も大きな国土と盛況な国力を誇ると雖も、国土の両方向において戦争状態を継続することは困難なハズだ。

 この脅威に対し、これまでのような緩やかな侵攻に留まっているかどうか?

 おそらく、なりふり構わぬ攻勢に打って出るのではないか?

 氷原国王の意図によっては、やはり基盤世界の混迷は…避けられぬのだが…。


 「お目通りをお許しいただき、誠に有り難く存じます。石塔国王にあられましては…」

 「危急の用にて使わされたのではないかな?…であれば、私への挨拶などは無用だ。貴官の使命を果たしたまえ」

 「…そうですか。了解いたしました。我が王も、話の早い方を好みます。きっと、我が王と石塔国王は話が合うことでしょう。…申し訳ありません。これも余計な口上でしたな。では、まずは良い知らせから申し上げましょう」


・・・


 誠実そうな使者ではあるが、多少、言葉数が多い気質の者のようだ。

 危急の用であることは否定しないにもかかわらず、勿体ぶった話しぶりは変わらない。


 「ニューラ姫様は、ご無事です。我が国の領土内に、従者の皆さんと…お迎えにみえた白鎧の戦乙女の皆さんと…滞在しておられます」

 「な…なんと!?…ニューラが…氷原国に?」


 使者が勿体ぶるだけのことはある。

 それは、確かに私にとって何よりの朗報であった。


 「我が氷原王と姫様は直接お会いになってはおりませんが、白鎧の戦乙女の皆さんとは我が王城にて言葉を交わし、貴国の従者の聡明さに、我が王は大変感銘を受けておられたとのことです」

 「ほう。白鎧の…それはニューラを救出に向かった独立第二小隊であるな。そうか、そうか…彼女たちが氷原王と…」

 「はい。我が王は、貴国と同盟関係を結ぶに値すると判断されたようでございます。こちらからの突然の一方的なお願いではございますが…どうか同盟の締結をご承諾いただきたく、お願い申し上げます」


 どのような会話が独立第二小隊と氷原国王の間でなされたのかは分からぬが、彼女たちの働きが、先ほど外務大臣から報告のあった連合からの情報に繋がるのだろう。


 「そうか…それで…連合へも加入の表明をされたと…いうことか…」


・・・


 「さすが石塔国王。お耳が早いですな。私も先ほど本国より連合への参加について連絡が受けたばかりでありますのに…」


 何もかもが…突然に上手く進みすぎて、私は逆に恐くなった。


 「…そ…それで。我が石塔国は、貴国…氷原国に対して、どのような対価を支払えば…よいのだろうか?」


 外務大臣と軍務大臣も、不安げな顔をして私と使者の会話に耳を傾けている。


 「対価など…。石塔国は、その国力は失礼ながら決して大きいとは言えぬながらも、長きに渡り森泉国との国境を維持してきた歴史を持ちます。我が国は、今後も貴国にその独立を守っていただければ…それで良いのです」

 「し…しかし」

 「今後も、我が氷原国と森泉国の小競り合いは絶えることはないでしょう。その際に、我が国とは逆の側から間接的に我が国への支援をしていただければ…それで十分、我が国の利益となります。もちろん…万が一、今回のように貴国が森泉国から侵攻を受けるようなことがあれば、逆側から森泉国への牽制を行うことも約束いたしましょう」

 「わ…我が国にとっては、願ってもないことだが…本当にそれだけで?」

 「お許しいただければ…ですが、両国の連携を深めるために、我が国の部隊を1個中隊程度の規模で結構ですので、貴国へ駐留させていただければ…なお、有り難い。もちろん、逆に貴国の1個中隊を我が国へ駐留していただいても結構。これに不安を感じるのでしたら、断っていただいても構いません」


・・・


 他国の軍の駐留。

 不安を感じずにはいられない…が、断っても良いという。


 「軍務大臣。発言を許す。意見を述べよ」

 「はい。1個中隊であれば、受け入れは可能かと。理由は…」

 「良い。使者殿の前で語るような内容ではないのだろう?…後で聞くことにしよう。外務大臣。発言を許す。意見を述べよ」

 「両国の同盟関係を深くするためには、お受けしてもよろしいかと」

 「分かった。では、国務大臣は?」

 「直ちに、受け入れのための法整備を致しましょう」

 「よし。では、財務大臣」

 「お任せください…」


 無口な財務大臣も、必要最小限の言葉で駐留の受け入れに肯定の意を表する。


 私が結論を述べるまでもなく、使者に結論は伝わったようだ。

 私が、ゆっくりと使者を振り返ると、使者は恭しく深く礼をする。


 「ありがとうございます。氷原王もさぞ、お喜びになることでしょう」


 こうして、我が国と氷原国の同盟は成った。私は、一番の感心時に話題を戻す。


 「…ところで…我が妹姫は…今、どうしているのであろうか?」


・・・

・・・


 「初めて騎乗したが…この氷翼竜といのは、凄まじい速度で飛ぶのだな」


 私は、ウォラの操る氷翼竜の背に乗って、中立大平原をデルタ村のある中立外回廊(スゥイトゥランゲイン)に向けて飛んでいる。

 雪石竜子の速度も十分に速いと感じたが、雪石竜子が時間を掛けて走破した道のりを眼下に、氷翼竜はまさしくアッと言う間に中立外回廊へと続(ゲィェート)の目前へと至っている。


 できることなら、特殊傭兵部隊「狼」の無の檻の虜となり体温が著しく低下してしまった独立第一小隊の隊員たちを優先してデルタ村まで運びたいところだが、彼らは意識を失っているため氷翼竜の背に乗せることができない。

 同じ理由で雪石竜子の背にも乗せることは困難だったのだが、幸いにも「狼」たちが残していった大型の貨物雪車そりを拝借することができたため、彼らはラサの指揮により、後からゆっくりデルタ村に向けて移動しているハズだ。


 本来なら激しい戦闘で消耗したラサも、優先的に氷翼竜の背に乗せてやりたいところなのだが、自分の部下に対する責任を強く主張するラサは、私の勧めを固辞して独立第一小隊として行動を共にすることを選んだのだ。


 「姫様。門をくぐり抜ける為に高度を下げます。しっかり掴まっててください」

 「わ、わかった」

 「狭い通路を飛ぶと…もの凄い勢いで壁が流れていきます。迫力に驚きますよ!」


・・・


 ウォラのその言葉が終わらぬうちに、仄かに白く輝く門に突入する。

 門の中は深い洞窟のようになっており、その壁面が私たちの横を駆け抜けていく。

 実際は、私たちの方が壁のすれすれの位置を駆け抜けているのだが…。

 ウォラの言葉どおり、その迫力は凄まじく、私は必死で氷翼竜の背にしがみつく。


 門と門とを繋ぐ回廊は、そこそこに長いハズだが、氷翼竜の速度ではあっというまに出口へと辿り着く。

 門を抜けると、中立外回廊。そして、すぐに左へ進みもう一つの門を抜けるとそこは…

 デルタ村のある小外回廊(ミィンヌゲイン)区域(ユニュィット)となる。


 目に飛び込んできたのは…炎の赤。

 そして、立ちのぼる幾筋もの黒い煙が…集まって形を成したかのような…


 「何なのだ…?…あれは…?」


 今はまだ光の刻のうちでも、最も明るく天蓋が輝く時間帯であるハズだ。

 なのに…何故だ?…何故、こんなにも暗いのか?


 「…で…デルタ村が…も、燃えている?」

 「姫様…危ないです!…そんなに身を乗り出さない出下さい!」

 「ウォラ…急げ!急いでくれ!…あそこには、私たちの恩人が居るのだ」

 「い、急ぎます…急ぎますけれど…姫様………アレは、何だか嫌な感じがします」

 「…分かっている。あの黒いモノに気を配りながら…村へ降りるのだ。頼む!」


・・・


 氷翼竜は十分に高い位置を飛んでいる。

 だが、あのデルタ村の上に浮かぶ巨大な黒い何かは、それよりさらに高みにある。

 あのような高みから見下ろされれば、見つかるなというのが無理な話だ。


 「姫様…氷原の地表すれすれに飛びます。しっかり掴まってて下さい!」


 ウォラは、私の答えを待たずに氷翼竜の右手でグッと前に押す。

 その意を受けて氷翼竜は、まるで落下するかのように氷原へと降下していく。

 下腹に何とも言えない気持ちの悪さを感じるが、力を入れて必死に耐える。

 急に体が何倍もの重さになったかのように氷翼竜の背中に押しつけられる。

 歯を食いしばってそれも耐えると、すぐにその圧迫も和らぐ。

 その代わりに、氷雪混じりの風が、もの凄い勢いで前方から吹き付けてきた。


 低空飛行に移ったのだ。


 気が付くと、私やウォラの騎乗する氷翼竜に並んで、他の氷翼竜も並んで地表すれすれを滑空している。

 あの黒い何かとの高低差を考えれば、十分に目立ち難くはなっただろう。

 それでも、慎重に丘陵や低木の陰を縫うようにして飛ぶ。


 やがて、村の家々の様子が確認できるまでの距離に接近する。!…あれは!?


 「ウォラ…左だ!…あそこ。あの丘の陰に…村人たちが!」


・・・

・・・


 「わわわわ…ワンコちゃん!…そ、そ、そっちは危ないですにゃん!!」


 燃え上がる村の家々。

 何で、火事になっちゃったのかしら?

 やっぱり…さっきの大きな音が原因?

 もうもうと立ちのぼる黒い煙に遮られて、まだ明るいハズの天蓋も見えないくらい。


 「あ…あれれれん?…こ、こっちの方は、燃えてないですわん?」

 「がふっ!…がふがふっ!」

 「何なに?…ワンコちゃん?…あ!…ややややや…こっちに燃え移りそうなのね!」


 ワンコが吠える方を見ると、燃えずにすんでいた屋敷へと隣の家から炎が燃え移ろうとしていた。


 「えっと、えっと…そ、うにゃん!…こんな時こそ、私の得意な水の技で!」


 突然の炎と煙で混乱していたけれど、ワンコに連れられて村の中程まで来たら、燃えているのはどうやら3分の1程度。

 ワンコは、私に残りの3分の2を守れ…とでも言うかのように、燃え広がろうとする場所を見つけては「がふっ、がふっ」とあんまり可愛くない声で吠える。


 「ワンコちゃんは、この村を守ろうとしてるにゃんね?」


・・・


 このワンコちゃん…ぜ、絶対に私より頭が良いにゃんよ!?

 先に、燃え広がるのを防いだと思ったら、それが終わると燃えている家でも、まだ被害の少ない家を的確に選んで、私に消すように吠えてくる。

 どうすれば、村の被害が最小限で済むか、知り尽くしているみたに。


 感心しながら水の技を放っていたら…


 「うぉっ!?…何だ!!…つ、冷たてぇっ!?…いや。熱っちぃ!?何だ??」


 目の前に突然、男の人が飛び出してきた。

 私から見えない家の陰のところにいたみたいで、私の水の技を浴びてビックリしたせいで、炎の方に近づきすぎたみたい。


 「………っていうか…誰にゃん?」

 「あ、アナタこそ…誰ですか?…危ないですよ?…こんなところに居たら」

 「ご心配ありがとうですわん!…でも、火事なら、もう私が大方消し止めたから、危なくないですわん!」

 「わ?…わん…って?…い、いや。そんなことはどうでもいいか…。そうじゃなくて、アナタは見ていなかったんですか、この火災が、どうして起きたのかを」


 そう言って、男の人は上空を見上げた。

 私もつられて上を見る。黒い煙が固まりになったように真っ黒だ。

 あれ?…でも、何かしら?…何だか、変な形の真っ黒だわ…。


・・・


 「煙で良く見えないかな?…アナタは従者の力をお持ちのようですね。得意なのは水系のようですが…風系は使えますか?」

 「風をどうするにゃん?」

 「にゃん?…うぅ…なんか…やり辛いな…この子…。ま、まぁいいや。あのですね、ご自分の頭上だけでも結構ですから、煙を飛ばしてあの黒い固まりを良く見てみて下さい。アレが、この村に火災を起こした犯人です」

 「犯人…?」


 私は、男の人の言っていることが今ひとつ理解できなかったけど、言われたとおり風の技を使って頭の上の届く限りの煙を吹き飛ばした。

 風系の技に特化したジンさんほどではないけれど、私も風の技は使えるのだ。

 私の予想に反して、黒煙を吹き飛ばしても辺りは一向に明るくならなかった。

 でも…煙のどいたその向こう。

 村に降り注ぐハズの天蓋の光を遮るように、とっても大きな…大きな黒い何かが…空に浮いている。

 私は水の技を使って、目の前に水の望遠鏡を生み出す。

 水の望遠鏡を通して、その黒い何かがよりハッキリと見えるようになる。

 アレは何?…船?…それとも…ご主人様たちの世界にあった…大きなビル?

 でも…飛んでるし…?


 「見えるでしょう?…アレの下っ腹の辺りに…何か細長い筒みたいものが…」

 「う。うん。でも…何?」

 「アレが強い光の矢を、この村に打ち込んだんですよ」


・・・


 光の矢?


 私たちの従者隊にも、光系の技を得意とする人がいるけれど…こんなに広い範囲を炎で包むなんて…できるのかしら?


 「…あぁ。そのお顔は…すごく規模の小さい光の矢を想像したんですね?…どう説明したら分かってもらえるかな?…あ!…そうだ。今、アナタが想像した光の矢。それを1個大隊全員で同時に放ったぐらいの規模だとしたら…どうです?恐ろしいでしょう?」


 1個大隊?

 あん。この男の人。身なりが整っているし、話しぶりも丁寧だけど………ちょっと可哀想な人だったのね。光系の術者だけで1個大隊を編成するなんて、できるわけないじゃないの。光系は、結構稀少な能力なのよ?…この基盤全体からかき集めたって1個中隊か2個中隊を編成するのがやっとだと思うのに。


 「うぅ。その…私を哀れむような表情で見つめるのはやめてください。本当に1個大隊の術者を集めたって言っているわけじゃないんです。それに匹敵するような光の奔流が、あの筒の様なものの先端から放たれるんですよ」

 「じゃ…じゃぁ…もし、もう一度、その光の奔流?…が放たれたら?」

 「えぇ。だからさっきから…ここは危ないって言っているじゃないですか」

 「わわわわわ…ワンコちゃん!…こ、ここは危ないみたいですわん!」


 私は、慌ててワンコを胸に抱き抱える。


・・・


 「ところで、その危ない場所で、貴男は何をしていたのですにゃん?」


 私が聞くと、その男の人は少し悔しそうな顔をして言う。


 「私も、この村の火災を消し止めようとしていたんですよ。もっとも私には無の技しか使えませんから…限定された範囲で延焼を遮ることしかできませんでしたが…アナタに美味しいところを全部持っていかれた…って感じですよ。まぁ、お陰で助かりましたがね」

 「うにゅ?…焼き芋でも焼いていたの?…でも、私は全部どころか、一つだって勝手に持っていったりしていないですわん!」

 「…はぁ。そういう意味では…ないのですが………と、取りあえず、これ以上の延焼は防ぐことができたようです。再度、光の奔流を浴びれば…意味のないことですが…私は、あれほど規模の大きな光の奔流が、そう連続して放てるとは思えませんので…これ以上、村が狙われないように…後は祈るだけです」

 「で、でも…あの筒みたいなの…まだ、こっちの方を向いているのですわん!」

 「はい。そうですね。今、あれは、この村を人質に取って、この村の住人たちに生産奴隷になれ…と要求しているんですよ。その答え如何で、再びここが被害に遭う可能性はありますから…アナタも早くここを離れた方が良いですよ?」

 「じゃ、じゃぁ…一緒に逃げるのですわん!」

 「え?…えぇええ…いや。私は…その、任務がありまして…あれ?」


 今の話が本当なら、ここで呑気に話し込んでいる場合ではありません。

 私は、何やらごにょごにょ口ごもっている男の人の足下に水の幕を張って、氷原の上を滑り易くしてあげた。そうしておいて、彼の背後に回って背中を「ちょん」と押す。


・・・


 「ありゃられりゃららっららら…ああぁあ???…うわぁ。何だコレ!?滑る?」

 「喜んでくれて嬉しいですわん!…普通に走るより速く移動できるはずだから、そのまま上手に体重移動を繰り返して加速するにゃん!」


 両手をバタバタと大きく振って、楽しそうにバランスをとっている男の人の背中を、さらに風の技で力強く押す。

 自分にも同じ技を使って、二人で滑るように村の外へと移動していく。


 「よ。喜んでなんて、いま、いま、いませんよぉ~。うわぁ止まらない!?」


 あ。私としたことが、まだ名を名乗っていませんでした。


 「私はクア。クア・アオシ・ウルトですにゃん!…こっちの子は、ワンコちゃんですわん!…危険を教えてくれてありがとうですにゃん」

 「あぅ。あぁ…あ…わ、私は…私の名は…えっと、あぁ…もう、いいか?…面倒臭いしな…いちいち偽名を考えるのも………私はジウ。ミハイル・ジウ・エムクラックです。覚えることはできないと思いますがね…」

 「ジウさんですにゃ!…大丈夫ですにゃん。私は、これでもとっても記憶力には自信があるのですわん!」


 私は、このジウさんに、以前、どこかで会ったことがあるような気がする。

 でも、思い出そうとしても、それがいつ、どこでだったのか…どうしても思い出せない。

 えっと…ジウ…何だっけ?…あれ?…おかしいな?…今、聞いたばかりなのに。


・・・

・・・


 勝ち誇るように頭上に浮かぶ黒い船。

 隊長などと呼ばれても、実際のところを俺にはどんな指示を出せばよいのやら、全く思い浮かばなかった。


 「ジストン…お前の因子(ファラクル)能力(パーランス)の中に、あの黒船にまで届くような技はあるか?」

 「ありません」

 「…おい。即答かよ?…少しは考え込むフリぐらいしてみやがれ。ま、もっとも期待なんかしてないけどな。マルルィア様の青き炎だって、さすがにあの高さまでは届かないだろうからな」

 「分かってるなら、聞かないでください。まさか、リックウェル隊長の技の中には、あそこまで届くものがあるんですか?」

 「俺の技にも、そんなもなぁ…ねぇよ。…って、ことで格好良くアイツをやっつけるっていう作戦は無理だ。…じゃぁ…どうする?」

 「どうしましょうね」

 「…ジストン。何か…お前…ズルいな。お前も少しは考えろよ」

 「ズルいって…酷いですね。私は、最初っから…ここから逃げましょうと…提案したじゃありませんか。ここで村人を守ると宣言したのは、リックウェル隊長。アナタではありませんか?」

 「そ、そうだがよ。お前だって、ステラ嬢ちゃんとリュイス坊ちゃんの泣き顔みて『これは逃げるわけには行きませんね』…とか、言ったじゃねぇかよ…」

 「だから、逃げずにここに残っているでしょう?」


・・・


 俺はジストンとの無駄なやり取りに疲れて溜め息をつく。

 実際のところ、できることは少ない。

 今、余裕の表情で俺たちの返答を待っているダルガバスが、いつ、痺れを切らして返答を迫ってくるか分からない。

 そして、その答えによっては、容赦なく、またあの光の奔流を放ってくるだろう。


 「村を諦めることはできるか?」


 俺は、リュイスの頭を撫でて落ち着かせている村長に問う。


 「…む、村を諦める?」

 「あれに攻撃をすることはもちろん、あれからの攻撃を防ぐことも難しい。いや。難しい…というより、まず不可能だ。それは、分かるな?」

 「は…はい」

 「となれば、俺たちに残された選択肢は、ダルガバスの言いなりになって生産奴隷として奴の管理下で生きていくか…拒絶した上で、報復の攻撃を避けながら…どこかへ待避するか…そのどちらかしか無い」

 「どこかへ…た、待避ですか?」

 「あぁ。待避…と言っても、再び戻ってこれる保証は無い。奴が必要なのは、村人の労働力より…むしろ生産が可能な土地だろう。あの黒船ほどの力があれば、土地を耕すことなど造作ないことだろうからな。あの黒船にどのぐらいの人数が乗っているか知らないが…自分たちが食うぐらいの労働は、従者の能力を使えば容易だろうしな」

 「わ、私たちに…む、村を捨てて…どこかへ移れと?」


・・・


 怒るかと思ったが、村長は戸惑いの表情を浮かべるだけだった。

 まぁ…それもそうか。あの黒いのの脅威を目にして、燃えさかる村へ無事に戻れるとは誰も思えないだろうな。


 「ファーマス様なら、きっと森泉国の中に、お前たちの新たな村を置くことを許して下さるはずだ」

 「…し、森泉国に…ですか………」


 村長は、もう俺に言われるがまま、何も考えられずにおろおろするばかりだ。

 考える時間を与えるため、俺は今も燃え続ける…村の方へ…目………を…向け…る?


 「ジストン。おい。俺の目の錯覚か?…村が燃えてないぞ?」

 「え?…あぁ。本当ですね。どういうことでしょう?」


 あれだけ酷く燃えさかっていた炎が、いつの間にか鎮火するという不自然さ。

 俺とジストンは、村の状況を確認しようと目を凝らした。


 「誰か…こっちへ来ますね」

 「おぅ。…それも凄い勢いだな…」

 「あ!…リックウェルさん…あっちを見て下さい!…あっちからも何かが!」

 「うぉっ!…ありゃぁ…氷翼竜じゃねぇか!?…しかも4騎?」


 その直後、俺たちは、探し人だったニューラ姫とその従者たちと合流した。


・・・


次回、「氷原王の戦術<2>(仮題)」へ続く…


※デルタ村があるのは小外回廊でした。中立外回廊となっていたのを一部修正しました。

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