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Lip's Red 2 -狂った科学者と銀雪の狼  作者: kouzi3
第2章 飛行世界
16/27

(15) マッドガルデン誕生前

ここから第2章となります。

第1章の最終話より、時間的には少し前に遡ったところから始まります。

・・・


 束の間の天下。

 間違いなく後世に、森泉国の歴史家たちからそう呼ばれるだろう。

 いや。それを待たずとも、今頃はファーマス殿下の復権した王塔において、昨周刻きのうまで自分の命令に従い、かしずいていた者たちに、きっと嘲笑されているに違い無い…そうダルガバスは思い込んでいるようだ。


 正直に言おう。かく言う私も、物心ついた頃から彼の傍付きの侍従だったという過去が無ければ…こんな所に付いてくることなど決してなかった。あの時。「クレメンス!」と私の名を呼ぶ彼の手を振り払うことができたなら…。

 ダルガバスは失脚したのだ。

 少なくとも、生まれ育った森泉国の首都市において、再び権勢を取り戻す見込みは皆無だろう。

 あの恐ろしい双子の王。そして突然、別人のような活力と自信に溢れた表情で戻ってきたファーマス殿下。もし、いまさら首都市へ戻ったとしても、権勢を取り戻すどころか…下手をすると一瞬にして命を失うことになるだろう。

 私も、ダルガバスも…首都市へ残してきた家族が無事であるかどうかすら知る術がない。

 いや。一応、ダルガバスに従い先王を弑逆しいぎゃくした一蓮托生の配下たちは…今もダルガバスに付き従っており、その者が首都市から何らかの方法で取り寄せる情報によると…今のところ私やダルガバスの一族に処罰が下されたという事実は確認されていないらしいのだが…。

 その真偽は確かめようもなく、また、今後も無事という保証は全くない。


・・・


 ダルガバスには悪いが…私は、王塔に残れば良かった…との後悔をし続けている。

 実際、私は先王の弑逆しいぎゃくには関わっていないし、宰相となったダルガバスの元でも特に特別な役職を与えられたわけでもない。

 ダルガバスにとっては唯一の心の裡をあかせられる友であったのかもしれないが、客観的にみれば、私は特に歴史に名を残すような役割も責任も…何も負っていないのだ。

 私の一族のことを考えれば、私はダルガバスを裏切るべきだったのだ。

 彼の手をあの時振り払っていれば…。

 あの場で、逆上したダルガバスに…私は殺されていたかもしれない。

 しかし、それで我が一族は、誰も反逆者を排出した一族との汚名を負うことなく…その未来は安泰だったはずだ。


 ダルガバスは、今に至ってもまだ自分の再起を信じている。

 それは良い。それは良いが、彼は、全く自分の一族や私の一族の末路のことを考えていないのだ。それが、私を苛つかせる。


 それだけではない。

 何なのだ?…あの男は?

 やたらと尊大な態度と口調で、ダルガバスや私を常に上からの目線で見下す。

 どこの出身なのか知らないが、見たことのない少し変わった服装をしているし…。

 この要塞のような建造物のあるじだと名乗っているが…私はそれを信じていない。

 あの男は、一言一言を計算しながら話している。

 その計算に、まんまとダルガバスは騙されているようだが…。

 そのダルガバスの間抜けさが…また、さらに私を苛つかせるのだ。


・・・


 その苛立ちを、偶然、部屋に戻ってきたあの男を睨むことでぶつける。


 「そう睨みなさんなって。え…っと…」

 「クレメンスだ」

 「あぁ。そうそう。悪ぃな。クレメンスさん。アンタはあのダルガバスっていうのと違って冷静さを失っていないようだな?」

 「…冷静?…いや。冷静でなどいられるものか。何なのだ。さっきの話は?」

 「さっきの話?」

 「ダルガバスに…また夢の様な話を吹き込んでくれたものだな。あんな馬鹿馬鹿しい話を真に受けるダルガバスもダルガバスだが…」

 「あぁ………あれは…俺も実は…驚いてるんだ。はははは………まさか…本気にするとはな…」


 睨まれてもまったく感じるところがないのか、この男は私の隣に腰掛けて、私の食べかけの食事を素手で横取りして囓りながら話す…という行儀の悪い行為をする。

 先ほどまで、この部屋でダルガバスも食事をとっていた。そして、この男も。

 長く基盤世界(サードレイヤース)の世情とは隔絶した場所(…そんな場所がどこにあるというのだ?)…に滞在していたというこの男は、ダルガバスや私から基盤世界の地理や国際情勢などを貪欲に聴き取ろうとした。

 地理はまだしも、実は私もダルガバスも国際情勢にはそれほど明るくないのだが、ダルガバスは主に碧色の森泉国(イエメルアーダス)の国内情勢を中心に…つまりは自分の身の上話を…自分に都合の良いように語って聞かせた。


・・・


 どんな話にも、子どものように目を輝かせて食いつくように聴き入るこの男に、ダルガバスは気を良くして食事中であることさえ忘れて機嫌良く話し続けた。

 この男は、実にひとの話を聞くのが上手い。

 相手の表情を読み、ここ…という要所要所で適切な相槌を打ち、相手が上手い言葉を見つけられずに説明につまることがあれば、まるで最初からその言葉を知っているかのように相手の言葉を予想して補って見せる。

 ダルガバスの話に要領を得ないところがあっても決して否定的な態度は取らず、絶妙な質問をすることで、最後には理路整然と体系的な話になっているように導いてしまう。

 だから私はこの男を油断ならない人物として信用できないのだが…気持ち良く話をさせられているダルガバスは、自分が相手の手のひらの上で踊っているということに気づくこともなく上機嫌で次から次へと情報を引き出されていく。


 「お前さんも大変だな…えっと…クレメンスさん?」

 「貴様に言われたくはない…それと…無理に名前で呼ぶ必要もないぞ」

 「だから、そう言いなさんな…って。アンタの事情も、置かれた状況についても…さっきまでの話でだいたい理解できてる。何なら…上手いこと取りはからって、アンタだけでも森泉国へ帰れるようにしてやっても…良いんだぜ?」


 この男はひとの心を読む。

 いや。実際には得られた情報から計算により導きだしているのかもしれないが…。

 だから、この男が言い当てた私の気持ちは…まさに図星だ。

 苦々しい思いで私は男に向き直り、「…いまさら…できるわけないだろう」と弱々しく言うことしかできない。未練が言葉に滲み出ているのが自分でもわかるが…。


・・・


 「アンタは…えっと、例の因子(ファラクル)能力(パーランス)とやらの力は使えないのかい?」


 この言い回しが…既に基盤世界の人間としては不自然極まりないのだが…。基盤世界の外の人間がここに現れる可能性を考えれば、単なる田舎者か引き籠もりの変人と考えるべきなのだろう。

 いずれにしても、胡散臭いと思いながらも私の心の一番弱いところを的確についてくるこの男の申し出に、私は真面目に答えを返してしまう。


 「この世界に生きる者で、全く因子の能力が使えない者などいないよ。ただ、私は残念ながら因子の活性度指数が極めて低い。ほとんど無能力に近い…といえるほどにな」

 「まぁ、そう卑下したような言い方をしなさんなよ。俺なんかも、アンタと同じで全く持って使えない口だからよ。その代わり、こっちの才能は神クラスだけどな」


 男はそう言って、自分のコメカミ辺りを親指でクイクイと指し示す。

 おそらく頭脳のことを言っているのだろう。確かに、頭だけは恐ろしいほど切れる。


 「アンタも…おだてるワケじゃぁないが、なかなかに優秀な頭をしてるって思うぜ。俺はよ。だから、アンタには無条件で幸せになって欲しいのさ」

 「ふっ。嘘をつかなくても分かっている。御しやすいダルガバスの隣に、扱いにくい私がいるのが邪魔なだけだろう?」

 「ほらほら。そういう感じに、アンタは話が早い。俺はね、本当にアンタを優秀だって思っているんだぜ?」


・・・


 私が「邪魔」だという部分について、この男は一切否定をしなかった。


 「俺はね。全員が幸せでいられる方法を必死に考えて…提案しているのさ。嘘じゃないぜ。ダルガバスのオッサンは夢を見ていたいようだから…それをサポートしてやろうと思ってるだけだし、俺は俺で…この空飛ぶオモチャを実際に飛ばしてみたいしな。それで、アンタは…どうやら森泉国へ帰りたいみたいだからさ…」

 「…帰りたいさ。…帰りたいに決まっている。私には家族があり、そして一族もいる。できることなら、国から追われるような事無く、平凡な人生を送りたかったさ」

 「まぁ。…そうだよな。普通」

 「だが。もう、遅い。今頃は既に、私の裏切りへの仕打ちとして、私の代わりに家族や一族が………仮に、まだ命があったとしても…時間の問題だろう…」


 頭を両手で抱えるようにして肘をつき、机に向かって吐き出すように私は心の裡を晒す。

 しばらく私の様子を黙ってみていた男は、私の心が…男の言葉を求める…その絶妙な頃合いを計ったように、私の肩を叩いて言う。


 「…あぁ…。たぶん…だが…アンタの家族や一族は…無事だと思うぜ。いや。睨むなよ。別に慰めにいい加減な事を言っているつもりじゃぁないんだ。説得力が無いのは承知の上だが…俺は、ファーマス…って奴を…知っている。間違い無く。そして、俺の知っている奴の性格からして…奴はアンタの家族や一族を…傷つけない」


 何を言っているのか分からない。この男は自分の名前すら忘れているらしいのに、どうしてファーマス殿下を知っていると…このように自信を持って言えるのだろうか?


・・・


 私の表情から、また心を読んだのだろう。男は笑いながら言う。


 「あぁ。自分の名前を忘れちまうような間抜けに保証をされても、信用できるわけない…ってのは…当然なんだが。…しかし、ダルガバスのオッサンの子飼いの連中が取り寄せた情報でも、あれから1日たったのにも関わらず…特に連中の家族や一族に咎めがあったって話は聞かねぇだろう?」

 「…1日…?」

 「あぁ…悪ぃわりぃ。俺の出身地の方言だ。アンタたちは1周刻しゅうこくって発音するんだったかな。俺ん所では『にち』って発音してたんだわ」

 「…ほうげん?…とは…何だ?」

 「あちゃぁ…あぁ…面倒臭ぇんだな。なかなか。そうか、ここは閉じた世界だとかいっていたな。国も7つしかないって話だし…俺が想像するより、ずっと狭いのか?」

 「何を…言っているんだ?…貴様は?…世界が狭い?7つ…しか…ない?」

 「まてまてまてまて…混乱するなよ。悪かった。俺も…何故、自分がそんなふうに感じたのか分からねぇんだ。…ひょっとしたら…異世界人なのかもな…あはははは」

 「き、貴様が言うと…冗談に聞こえない」


 先ほどまで、ダルガバスたちから情報を聞き出すことに専念していたようで、男はあまり自分のことを話さなかった。

 しかし、どういうワケか…この男は…今、私との会話の中で、この男には珍しく油断したような顔で、ポロポロと自分についての情報を漏らしている。

 何故か…この男は私を気に入ったようで…気を許してくれているようなのだが…。

 その時。不意に奥の方の部屋で、争うような声が聞こえて来た。


・・・


 「※○▽□…」


 通路で音が乱反射しているのか、争う怒鳴り声であることは分かるのだが、何を言っているのかまでは聴き取れない。

 私と男は、一瞬顔を見合わせて無意識に頷き合うと、喧噪の聞こえてくる方へ向かって共に通路を走り出した。

 悔しいかな運動神経は男の方が良いらしく、私の前を男は通路の壁を手で上手く押したりしながら進路と速度を調節して駆けていく。私は、引き離されてしまうが、幸い、その喧噪の発生源はそれほど離れた部屋ではなく、直ぐに戸口を両手で掴んで立ち止まる男の背に追いついた。


 「クレメンスさん。悪いコトは言わねぇ…。その通路の曲がり角のところまで、ユックリ下がって…それからは全力で走って、どこか適当な空き部屋に隠れてな。しっかり…扉の鍵を閉めて…俺が安全だって言うまで、絶対に出てくるんじゃねぇぜ」

 「な…何が起こっているんだ?」

 「プチ…クーデターかな?…あっと…反乱だ、反乱。アンタと同様に、ダルガバスの夢物語に愛想を尽かした連中が暴れてやがるのさ…」

 「…き、貴様は…だ、大丈夫なのか?…わ、私と同様。貴様も無能力者なのだろう?」

 「へへへへ。心配してくれんのかい?…ありがとうよ。でも、心配ご無用。この船の中にいる限り…俺には俺にだけ使える不思議な技があるのさ…おっと危ない…さ、早く」


 部屋の外にまで、何らかの技の余波が飛び出してきて扉の枠に火花を散らす。

 私は、言われたとおり曲がり角まで下がり、男に言われたとおり身を隠す。


・・・


 臆病な私は、あれだけの喧噪が、全く聞こえなくなるほどに離れた場所まで逃げ、男に言われたとおり鍵をしっかりと掛けて、物音を立てないように身を固くした。


   ・・・


 どのぐらい時間がたっただろう。

 緊張し続けた私が、筋肉の強張りに耐えきれず姿勢を変えようとしたその時。

 部屋の外で、物音がした。

 もしも…ダルガバスに愛想を尽かした反乱者たちが…ダルガバスや男を制し…この部屋にまできたのなら…。ダルガバスの付属品として見られている私は、ただでは済まされないだろう。扉が開いた瞬間に、問答無用で打ち殺されるかもしれない。


 『ふっ…そんなに緊張しなさんな。もう、終わったよ。出てきても大丈夫だぜ』


 まるで扉の中の私が見えているかのように、男の声が聞こえてくる。

 それも、扉の外からでは無く…頭上から?


 中からしっかりと鍵を掛けたハズなのに、扉はあっさりと音を立てて開かれる。

 半信半疑の私は、男の後ろから反乱者たちが現れるのではないかと…びくびくしながら覗き見たが…現れたのは男一人だった。

 男は、私を通路に連れ出し、他に誰もいないことを確認させる。


 「へへへ。種明かしはしないけど…。もう大丈夫。全員、眠ってもらったからな」


・・・


 何の能力もない…という男は、ダルガバスが厳選した元…側近たちである能力者を相手に…傷一つ負うことなく平然と笑っている。


 「…眠ってもらった?………全員?」

 「あぁ。全員。どっちが味方で、どっちが敵か…とか…俺にはとっさには見分けがつかないからな…色々と制圧方法は考えたんだが…まぁ、全員。眠らせちゃえば手っ取り早いだろって…感じでね…へへへ」

 「…ま、魔法が…使えるのか?」

 「ははは。まぁな。だから言ったろ?…この船は俺の城だって。この船の中では俺は俺だけしか使えない力を使えるのさ…」


 企業秘密…とかいう…意味不明の言葉を言って、男は私の前を先ほどの部屋に向かって進んで行く。「秘密」は…わかるが…「企業」とはいったいなんなのだろう…。そんなことを考えている間に争いの有った部屋まで辿り着く。


 入り口から見て右側にダルガバス…と、その側についたと思われる従者たち。

 逆側…左側には、先ほどの食事後にダルガバスと男が盛り上がっていた夢物語を信じることができず、不信の表情を浮かべていた数人の従者たち。

 男に依頼されて、私は一人一人の顔を確認しながら…反乱を起こした側の従者を男に教えていく。

 男は、その者たちに手枷をはめて自由を奪い、それから念のため最初にダルガバスを覚醒させて、ダルガバスの確認の下、味方側の従者を覚醒させていった。

 男は、手のひらに忍ばせた何かの臭いを嗅がせることで覚醒させているようだ。


・・・


 「よう。オッサン。大丈夫か?…少々、強めだったかもしれないが…」

 「うぅぅう。な、何をしたのだ?…いったい…まだ、ふらふらするぞ…」


 ダルガバスは頭を振りながら、より意識をハッキリさせようと目をしばたたいている。


 「さて。そっちの従者さんたちは…ダルガバスさんの支持者ってことで…いいんだよな?…うん。よし、じゃぁ…悪いが…こっちのまだ眠ってる従者さんたちを…運んでもらいたいんだが…頼めるかい?」


 男は従者たちを引き連れて、眠ったままの反乱者たちを何処かへ連れて行こうとする。


 「どこへ…連れて行くんだ?」

 「あん?…あぁ…そうだな…捕まえた連中ってのは、基本、牢屋に入れるって相場がきまっているんだが…。果たしてこの船に牢屋は…あるかな?」


 そう言うと男は、壁面を指でトントン…と叩いて何らかの合図のようなものを鳴らす。すると、何も無いと思われた無地の壁面に、仄かに光を放つ見取り図のようなものが現れた。男はその図面を器用に指で操り…拡大したり位置を変えたりしている。


 「へへへ。コイツの便利なところは、どの部屋の壁にもメインのコンソールを呼び出せるってところだな。良くSF映画やアニメの宇宙戦艦にゃぁ操縦室や艦橋なんてものが付いているが…機械式の時代ならともかく電子制御の時代に、あんな場所を固定する必要は…ねぇよなぁ…。なるほど、コイツは合理的だ…」


・・・


 もう、ほとんど男の言っている意味は分からない。

 私だけでなくダルガバスも、一人で悦に入っている男を不思議そうに見るばかりだ。


 「あん?…あぁあぁ…失礼、失礼!…意味不明だよなぁ…俺も、自分で何を言っているのか良くわかんねぇや。あっはっはっは…ぁぁあと。あれだ。えーと。うん。そうだ。今のはローエンシェントだ。え?…分からない…あ、そうか…古代魔法語だよ。古代語」


 ロー…何とかというのは全く分からなかったが、古代魔法語…であれば、何となく納得が行く。確かに男は、屈強な従者たちを魔法のように倒してみせたのだから…。


 「えへへ…えーと。だから…その、お前さんたちが聞いたことがあるようで…意味不明なのが下位の古代魔法語だな。…そんで、全く聞いたことの無いような響きのが…だいたい上位古代語…ってやつでな…より複雑な意味を持つのさ」


 何故か照れくさそうに笑いながら、男は私とダルガバスに必死に説明をする。


 「わかった。貴様…いや。貴君の言うことを信用しよう。今度こそ間違いなく、我々は貴君に助けられたのだし。貴君が我々には理解できない魔法を使えることも、たった今、証明されたのだから………そうだ。申し訳無い。まだ助けてもらった礼を言っていなかった…。ありがとう」

 「わ、私からも礼を言わねばな。貴殿に感謝する」


 私に続いてダルガバスも慌てて礼の言葉を言う。


・・・


 しばらくして、船内の見取り図をあれこれと調べていた男の手が止まる。


 「おぉ。あるある。やっぱり…この規模の艦船には…牢が設置されてるんだな」


 男の案内に従いながら、従者たちが反乱者たちを運んでいく。

 図面上ではかなり離れた位置にあるようだったが、途中で動く通路や上下に移動する部屋などが存在し、程なくしてその牢の位置まで辿り着いた。


 「…あの…ここが『牢』…なのか?…ただの広間のようにしか見えぬが…」

 「うん?…あぁ…確かに、普通に広い部屋にしか見えないよな…だが、ここで間違い無いはずだ…ちょっと、待ってな」


 男は…また…「こんそーる」…とやらを壁面に呼び出して何やら操作している。


 「ほら。普通の部屋だと、内側から鍵を開け閉めできちまうだろ?…だから、ただの部屋じゃぁ牢の役目は果たせねぇんだよ。…ってことで、ヨッとな」


 我々に説明をしながら、男はトンっと壁面を強めに一度叩いてみせた。

 すると…

 何やら不思議な色をした火花が天井から、床から…左右の壁面から迸り出てきて、光の格子を形成する。

 私は驚いてただ光の格子を見つめる。

 ダルガバスも、不思議な格子を目にして、ふらふらと手を伸ばして近づいていく。


・・・


 「おっと…。ダルガバスのオッサン。そこまでだ!…それに触ると、怪我じゃぁ済まないぜ?…痛い目に遭いたくなけりゃ、すぐに格子から離れな」


 美しい光の格子が、触れれば害を為す危険なものだとは信じられないが、男の口調には真剣みが色濃く含まれている。

 ダルガバスは、ビックリしたような顔をしたまま、恐々と後ろへ下がってくる。


 「こ、これも………魔法なのか?」


 私が問うと、男は大きく頷く。


 「そうだな。魔法だ。俺も、まさか電磁牢なんてものが…備え…つけ…ら………れ…てる…な……んて…思わなかった…ん…だが?」


 男が言葉の途中で、急に不自然な話し方に変わった。

 何か、異常でもあったのだろうか?…私は不思議そうに男の顔を覗き込んだ。

 男は、眉根を寄せて何かを思い出そうとするような表情をして固まっている。


 「………そうだ?…違う。…魔法?…これも違う。…電磁…………」


 男は、自分の言葉を一つひとつ確認しながら考え込んでいる。

 いったいどうしたというのか?

 男は、小さな声で何度も「…電磁…電磁………」と繰り返している。


・・・


 やがて…

 男は、頭を抑えながら苦痛に歪んだ顔で叫び声を上げる。


 「あぁ~~~~~~~~~~~~ぐぅうぅああぁあぁあぁぁ…痛っつぅぅぅうう」


 ほとんど絶叫に近いほどの苦しみようで長い…長い叫びを上げる…男。

 叫びが止んだ後も、肩を激しく上下させながら呼吸を荒くしている。

 額からは汗がびっしょりと滲みでている。

 倒れるのではないか?…そう心配した直後。

 今度は、男が狂ったように笑い始める。


 「あはははははははははは……………。いいな…いいぞ。カッコイイじゃねぇか…」


 常に我々を驚かせる男だったが、今のこの状態は、これまでとは大きく異なる。

 我々の驚きと心配を余所に、男は笑いながら牢の光の格子の前を歩き回る。

 うろうろ…うろうろ。ぐるぐる…ぐるぐる。

 そして…ピタリと立ち止まると、肩を落として息を吐く。


 「…はぁ…駄目だ。思い出せねぇ…」

 「な…何が?…どうしたんだ?…お、思い出せない…とは?」

 「何だろうな。何だろうな。俺にも分からねぇんだが…ビビッと…こう、何だか心が痺れる響きの言葉を見つけちまったよ…」

 「心が…痺れる…ことば?」


・・・


 私はただ男の言葉を復唱しただけなのだが、男は嬉しそうに頷いて私の肩を叩く。


 「そう。それ。心が痺れる言葉だ…」

 「な、何なのだ?…ソレは…」

 「…この牢の名前だよ…『電磁牢』っていうんだ…『で・ん・じ・ろ・う』…」

 「でんじろう…?」

 「そうさ。格好いいだろ?…なんか、こうゾクゾクするような格好良さだろ?」

 「そ、…そうかな?」

 「そうなんだよ。あぁ…ひょっとすると…これは上位古代語なのかもしれねぇな…あぁ…きっとそうだ。きっとそうに違い無い」

 「じょ…上位古代語…なのか?」

 「ははははは…どうでもいいじゃねぇか。決めた。俺は決めたぞ。なぁ、ダルガバスのオッサンも、クレメンスさんも…俺に呼び名が無ぇのは面倒だろ?」

 「う…あ…それは…そうだな…」

 「じゃぁ…意味なんか考えなくていいから…今、この時から…俺の事は『デンジロウ』って呼んでくれ。天才科学者の『デンジロウ』だ…」


 男…デンジロウ…の目は、若干、狂気に染まっているようにも見えた。


 「ちなみに…天才科学者ってのは…天才な科学者ってことだ…あっと…その科学っていうのは…古代の魔法のことだ。わかるだろう?…俺が使う魔法の事だよ」


 そう早口に解説し終えると、デンジロウは再び大声で笑い始める。


・・・

・・・


 その後、しばらくして平静を取り戻したデンジロウ。

 彼は、電磁牢の中の反乱者たちが目を覚ますと、彼らの最終的な意思を確認する。


 「おう。勇敢な戦士の皆さん。俺の力は理解してくれたかな?…アンタたちを眠らせたのも、今、アンタたちを閉じ込めているこの光の格子も…全部、俺の魔法の力だ」


 そして、反乱者たちだけでなく、我々の方の全員をも見回して、ゆっくりとデンジロウは告げる。


 「そして、この船には…1国の軍事力を凌ぐほどの戦力がある。それも魔法だ。アンタたちがどうして反乱しようとしたか…俺には理解できる。不安だったんだよな?…このままダルガバスに付いていって未来が有るのか?………有るぜ。俺が保証しよう。この船と、そして魔法の力でな…」


 彼の緩急交えた語り口調は、不思議な説得力を感じさせる。


 「だが…俺は、無理強いはしない。諸君らが、それでもダルガバスから離れ、森泉国への帰還を希望したり、若しくは他の国への亡命を望むのであれば…止めはしない。いや。望みの場所まで送り届けても良い…しかし………この俺の力を見て考えが変わったならば…俺たちと一緒に、もう少しだけ夢を見続けないか?」


 魅惑の魔法でも使っているのだろうか。私は彼から目が離せなくなる。


・・・


 デンジロウの話…いや、演説は続く。


 「さっきの…食後の話は…突然すぎて荒唐無稽に感じられたかもしれない。だが、敢えて、もう一度言おう。この船と…ダルガバスの詠唱者(シャンティル)としての力があれば…この船はこの基盤世界のどの国にも負けない…それだけの軍事力を発揮できる。つまり………この船は…国として独立することが可能なのさ…」


 自分の名が演説の中に出てきたダルガバスは、満更まんざらでもないという表情で、自分に集まる視線に視線を返して頷いている。


 「この船は残念ながら俺の魔法だけでは飛ばない。何故ならば、飛ぶだけのエネルギー…あっと燃料…ん…これも分からないか………そうだ!…何故ならば飛ぶのに必要なだけの要素(ルリミナル)を集められないからだ」

 「…この船は…要素(ルリミナル)で…飛ぶのか?」

 「そうだ。ここには…えっと…何?…外苑荒野?…そうその外苑荒野には要素は十分にあるが…それが何か別の用途に使われていて普通の従者の力だけでは、船を飛ばすための力として使えないんだ………だが、詠唱者であるダルガバスになら…それができる」

 「ダルガバスに?………そんな力が?」

 「あぁ。だが、彼一人だけでは限界がある。もし、良かったら諸君らには是非、ダルガバスの術の発動を手助けしてやって欲しいんだ。そうすれば…この船は…基盤世界上のどの国へでも飛んでいくことができるんだぜ?…どうだ?」


 熱のこもった演説は、最終意思の確認を超えて勧誘に近いような熱弁となっていた。


・・・


 数刻後。


 結局、全員が電磁牢から出されることになる。

 全員が何か熱にでも浮かされたような上気した表情を浮かべている。

 自分たちが歴史を変える。

 その可能性が現実味を帯びて、再び全員が同じ夢に向かって足並みを揃えたのだ。


 「さぁ国を立ち上げよう!…国名はダルガバス…アンタが決めて良いぜ…」

 「よ、良いのか?…そうか…で、では私が名付けさせてもらおう。………強者の帝苑…という意味の言葉で…ま、マッドガルデンというのはどうだろう?」

 「ほう。狂者の庭園国か…マッドガーデンね…良い名じゃねぇか…気に入ったぜ」


 ダルガバスとデンジロウでは、発音が微妙に異なるように聞こえるが、二人はそれに気づいていないようだ。

 ダルガバスは基盤世界の標準言語で。デンジロウは………おそらく上位古代語で。

 だが、私にとっても別にそれは些細なことのように思えた。

 マッドガルデン。

 確かに…良い名であるように思う。その場の全員が「異論なし」という意思表示をする。


 「よし。決まりだな…じゃぁ…お披露目の準備をしようじゃないか…」


 デンジロウが一人一人に細かく指示を出していく。そして我々は、マッドガルデンの飛行に成功し…氷原国の端にあるデルタ村の上空へと向かったのである。


・・・

次回、「建国宣言(仮題)」へ…続く…

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