(14) 混迷の基盤世界
第1章最終話
・・・
「…反森泉国連合の本営から…もう…待てぬと…」
外務大臣が、連合からの最期通告を受けた旨を苦しそうに報告してくる。
この度の反碧色の森泉国連合構想を提起した我が白暮の石塔国の末姫が、いつまでたっても戦列に加わらないのだから、連合の加盟国が不満に思うのも仕方がないが………
「…して、森泉国の動きは?」
「例の独立第二小隊の出立以降、大きな動きは見られません」
「ふむ………」
一時、あれだけの攻勢をかけてきた森泉国軍が、不自然なほどの沈黙を守っている。そのことが、逆に連合の加盟国に要らぬ余裕を与え、いつまでたっても派遣されない我が妹姫への不満を産む素地となっているようだ。もしも、森泉国が開戦当初のような猛攻を続けていれば、連合としては結束を強める他はなく、不満はあっても「待てぬ」などとは言ってはいられなかっただろう。
・・・
連合の加盟国の中で、我が国と同様に森泉国と国境を接しているのは紫煙の湖上国のみ。しかし、どうやらその湖上国から派遣されている詠唱者が、我が国の不参加を猛烈に批判しているという。
「ニューラ姫に対し、敵国のファーマス王子が好意を持っている…というのは衆知となっています。元々の宣戦の布告が宰相ダルガバスの名によるものであり、森泉国の内乱の噂も漏れ聞こえておりましたので…連合は成立しておりましたが………今になって、湖上国から…『これは狂言ではないか』と…」
「何と………!…狂言だと?…最も大きな被害を受けている我が国が何故!?」
大臣たちがざわめくが、私には湖上国の反応も無理はない…と理解ができてしまう。
この基盤の地図を頭に思い浮かべれば、湖上国の危機感は誰の目にも明らかになろう。
我が石塔国は小国であり、それだけであれば湖上国にとって、なんら脅威とするところではない。また、もともと基盤世界一の勢力を誇る森泉国に、我が国が保有する程度の戦力が新たに加わったところで、そう状況に変化を与えられるわけではない。
しかし…
「…我が国が森泉国と手を結べば、湖上国は…連合各国と完全に分断される」
我が国は第三象限地域から第四象限地域にかけて細長い国土を有しており、第三象限に位置する紫煙の湖上国と第四象限に位置する金蜜の砂礫国とを分断するように横たわっている。
・・・
「…そんな…ありもしない状況に恐怖するなど………」
「私は、湖上国を非難する気にはなれぬな。突然の森泉国の侵攻。我が妹姫の連合構想に参加してみれば、待ち伏せのような異界送りの不意打ち。辛うじて難を避けたものの、戦況は1周旬にも及ぶ膠着。そこに不在なのは、奇しくも侵攻国である森泉国のファーマス王子と、連合の発起人であるニューラ…」
私が湖上国の人間であったなら…やはり、何かそこに意味があるのではないかと勘ぐってしまうだろう。私が、代理の詠唱者を連合に派遣していない…という状況も、不審を抱かせる大きな要因となっているのだろう。
「我が国が、連合に対して誠実とは…決して言えぬ。そして、そのことを最も脅威として受け止めるのは、やはり湖上国ということになろう。…外務大臣よ。それで、連合は何と?…待てぬ…だけでは無かろう?」
「はい。連合を解散し、今後、もし森泉国が我が国へと侵攻を再開しても一切の支援はしない…と言っております」
「むぅ…」
「さらに…湖上国と砂礫国は、新たに2国間同盟を結成。万が一、湖上国に対し森泉国が侵攻をした際には、砂礫国は我が国へと布告なしに攻め入る…と」
「なんと…」
私の想像は甘かったようだ。この状況で危機感を覚えたのは湖上国だけではなかった。もし、我が国が森泉国の傀儡となり、湖上国をも取り込むようなことがあれば…砂礫国は、さらに巨大化した森泉国と国境を接することになる。
・・・
砂礫国は、長く我が国と湖上国の2国越しにしか森泉国の影響を受けてこなかったため、湖上国から今後の最悪の展開について吹き込まれれば…それを脅威と感じることは想像に難くない。
砂礫国が国境を接するのは我が国を含め4カ国。我が国は砂礫国より国力に劣り、我が国とは反対側にある薄紅の桜花国は砂礫国とほぼ同じ程度の国力である。その中間にある赤熱の溶岩国の国力は、やや大きいが…それでも森泉国の半分以下である。国境を接する国は多いものの、その各国が国力的に拮抗しているがために、互いに牽制しあうため容易に戦線が開かれることはない。
おそらく、この動きは、湖上国と砂礫国だけに留まらないだろう。
もし、我が国を湖上国と砂礫国で抑え、2国が同盟を強固なものとすれば、その合わせた国力は森泉国に匹敵するものとなる。
それは溶岩国や桜花国としても静観してはいられない状況だろう。
そもそも、桜花国のさらに向こう側には、基盤世界で現状2番目の国力を誇る銀雪の氷原国があるのだ。
桜花国にしてみれば、両側を巨大な勢力に挟まれることとなるため落ち着いていることなど不可能であろう。
となれば、おそらく桜花国は溶岩国との同盟を結ぶことになろう。
溶岩国にしてみれば、国境を接する桜花国も砂礫国も、自国の国力の3分の2程度の国力しかなく、今までは直接的な脅威を感じることなど無かった。しかし、湖上国と砂礫国が手を組み、我が国をも呑み込むとなれば、強大な勢力と直接国境を接することとなる。対抗するための力を求めるであろうことは、やはり想像に難くない。
・・・
これまででも、人口の増加や食料の危機などの様々な理由で、小規模な国土の奪い合いはあった。それは、基盤世界に存在する全ての国に共通して、過去から面々と続いてきた歴史の中での定例行事のようなものだ。国境付近の辺境地を奪い、奪われることは、それほど珍しいことではない。だから、それを殊更に脅威と考える国もなかった。
しかし、今回は、これまでとは全く様相が異なる。
そのような小規模な国土の奪い合いではない。場合によっては、国そのものの存亡がかかってくる可能性を秘めているのだ。
森泉国の侵攻。
これが全ての発端であることは間違いない。
しかし、それに対する我が妹姫の提唱した連合が、当初の思惑どおりに機能し、森泉国の侵攻を早期に押さえ込めていれば…その後、連合が存続しようと解散しようと、それぞれの国の外枠は変わることなく、それまでの体制に大きな影響もなく、歴史は想像の範囲内で緩やかに移ろっていったことだろう。
だが…現実は、そうならなかった。
ニューラは未だ、行方が不明。森泉国のファーマス王子も所在が不明との噂がある。
中立を宣言した氷原国は、現在のところ沈黙を保ったままだが…もしも、噂されるように森泉国内での内乱が真実で…森泉国の国力の低下が明かとなれば…氷原国も黙ってはいられないだろう。知略を持って知られる氷原国王。そのような歴史上初の好機を前にして、手をこまねいているとは思えない。
「…ニューラ。早く戻ってくれ。私には、この状況…少々、荷が重い…」
・・・ ・・・ ・・・
・・・ ・・・ ・・・
「………ありゃぁ…な、何だ?」
俺のその問いに、答えられる者は誰もない。
隣に呆然と立つジストンも、俺と同じように、ただ、ただ、阿呆のように口を大きく開けて上空を見上げている。
・・・
俺とジストンは、ファーマス様の言いつけでデルタ村に留まっていた。
村人たちには詳しい事情を説明しなかったが、ひょっとするとニューラ姫たちが怪我を負って戻ってくるかもしれないから…と、いつでも手当が出来る万全の体制で待機するように頼んである。
村人たちは、どういうわけか遠い異国の姫であるニューラ姫に対し、非常に友好的な感情を抱いているようで、我々からその話を聞くと「それは一大事だ!」と全員体制で救護の準備を始めた。そう。全員…子どもたちまでも。
あまりの真剣さに、俺は少し慌てて…「いや。必ず怪我をしている…というワケじゃないんだが…」と、万が一の話であることを念押ししたのだが…「無事であれば、準備が無駄になって良かったと喜べば良いだけです」…と、村長の妻に叱られてしまった。
まぁ…つまり、姫を迎える準備に、無骨な俺たち二人は邪魔にしかならず…することもなく屋外で久しぶりの巻き煙草を味わっていたのだ。
・・・
我々の世界。基盤の地表より遙か上部空間は、時刻の移ろいとともに輝きの色を変える天蓋で覆われている。
そして、それよりも「上」というものは存在しない。
天蓋は、非常に高い位置にあり、かなりの飛行能力を有する生物にでも騎乗しないかぎり到達できないほどの極みにある。例えば風翼竜は高い飛行能力を有しているが、彼らの内でさらに飛行能力に優れた個体でなければ天蓋までには至れない。
しかし、高い能力に恵まれた風翼竜に跨り、天蓋の光をくぐり抜けたとしても…天蓋の上側の世界を見ることはできないのだ。
学者どもが言うには「この世界は閉じている」と表現するらしいのだが…天蓋を超えて上へと進んだつもりが、我々はどこかの国の海や湖などの水中へと出てしまう。
上に進むと、下に出てしまう。それが、子どもでも知っているこの世界の常識だ。
では…下に進むと?…上に進んだ場合の出口である湖などの水中深くへ潜ったら?…上に出る…のだろうかと誰もが考えるものの…それを確認したものは実は、歴史上で誰もいない。
何故なら、そのような深みにまで潜行可能な生物も乗り物も…存在しないからだ。
では…それを踏まえて…もう一度。俺は問う。「あれはいったい何なんだ?」…と。
そして、さらにこうも問おう。「あれは、いったい…何処から来たのか?」…と。
その問いに答える者は誰もなく…我々の頭上は巨大な黒い影に覆われた…
・・・
あれは、生物で無いことは間違いないだろう。
あのような生物…俺は見たこともない。軍学校の授業でも習ったことが無い。
あのような巨大な生物が、今まで誰にも知られずに、どこかでひっそりと生息していた…などという説明はさすがに無理がある。
しかし、生物でないとすれば…当然、非生物ということになるが…
非生物は、誰か人間の手によって作られたか、そうでなければ創世神によって作られたか…そのいずれかということになる。
あのような巨大なモノが…しかも音も立てずに遙かな高みに浮いている。
天蓋の光を遮り…。
そもそも、アレは不思議な現れ方をした。
今は…天蓋の光の色からすると…おそらくは白銀の刻から白の刻へと移る頃だろう。
最初は、その光輝く天蓋に黒い染みのようなものが出来た。
鳥が上空を横切った…のであれば、その黒い影はかなりの速度を持って移動していくはずである。
しかし、その黒い染みは場所を変えず、ところが見る見るうちにその大きさを増していった。まるで何か巨大な生物の黒い腹が、天蓋を無理矢理にこじ開けて這い出てこようとしているかのように。
そして、その比喩が全くの間違いでは無いと言うことに我々は直ぐに気づかされることになる。
黒い影は、益々、その天蓋の光を妨げる範囲の勢力を広げ…ある程度の大きさを超えたところで、突然、その巨大な生物が両手を広げるように…黒い翼を広げたのだ。
・・・
「ありゃぁ…鳥じゃあ…ねぇ…な?」
「え…ぇ。鳥じゃ…ない…です…よね?」
俺の疑問形の独り言に、ジストンも疑問形の呟きを返す。
その時になって、やっとデルタ村の住民たちも異変に気づいて外に出てきた。
やや大げさかもしれないが…村全体を影で覆い隠すほどの巨大な何か。
1周刻のうちで最も明るいハズの「白の刻」…別の呼び名では「光の刻」とも呼ばれる…この時間帯に、まるで闇の刻に属する時間帯にでもなったかのような明るさとなっている。
「…へ、兵隊さん?…あ、アレは何?」
確か…ステラという名前の少女が、俺たちどうように上空の黒い影を見上げたまま俺に訊いてくる。その隣には、怯えるような表情をしたリュイスという男の子。
「わ、悪いな嬢ちゃんたち…。オジサンたちも…あんななぁ…初めてみるんだわ」
どのぐらいの距離まで降りてきたのだろうか。
その巨大な黒い…船?…飛行する船のようなモノの腹には、やはり誰かの手によって造られたことを思わせるような複雑な紋様が刻まれていることが見える程にまで近づいてきていた。
どこか…ファーマス殿下と共に行った、あの異世界の建造物にも似て、多くの直線で構成された突起物が不気味な威圧感を与えてくる。
・・・
「…り、リックウェルさん…私は…とても嫌な予感が…するのですが…」
「あぁ…。俺もだ。…っていうか…あの突き出た筒のような部分…ありゃぁ…」
「リックウェルさんも気づきましたか?…あれは…さっきまで向こうを向いていたと思うんですが…」
「おい。ジストン…やばいぞ。村人を避難させよう」
明らかに少しずつこちらに向かって筒先の方向を変える、巨大な船の突起物。
今は、まだ何か、恐る恐る…といった感じ…いや。何か、上手く動くかどうかを試しているかのように無駄な動きを繰り返しているが…俺とジストンの二人のカンというか、戦場で培われた生き残るための直感というヤツが、あれはヤバイ…と告げている。
「む、村長…何も言わず、俺たちを信じて…全員を村の外へ待避させてくれ!」
「どういうことですか?…兵隊さんたちは、アレが何かご存知なので?」
「悪いが…俺たちにも、アレが何なのかは…さっぱりだ。だが、アンタにも見えるだろう?…あの筒のような長いヤツが。…アイツは、相当に危ない匂いがするんだ」
「き、危険な…へ、兵器なのですか?」
「わ、分からねぇんだよ。俺の勘違いなら…いい。何事もなけりゃぁ…後で、いくらでも笑ってくれて良いから…頼む。早く、村人たちを…あっちの丘の影へ」
俺とジストンの深刻な顔つきに、村長はコクコクと首を縦に何度も振ってから家族のところへと駆けていく。
村長から何かを告げられた村長の家族やその使用人たちは、一斉に散らばるように駆けていき、それぞれ別の家族へと伝令に走る。
・・・
俺たちが避難するのを待っていてくれた…というワケではないのだろうが、全員が半信半疑の表情で、それでもなんとか丘の陰へと避難し終えたその時。
天蓋からの光を遮っていた巨大な黒い影が不意に消失したかのように、辺りが「白の刻」本来の明るさを取り戻す。
いや。そう思ったのは、束の間。
その明るさは、そのまま眩しいほどに勢いを増す…「白の刻」を遙かに凌駕したものだった。
一瞬の明るさ。
我々の目に、痛いほどの残像を残したまま、直ぐに消え去った光の奔流。
再び、村を覆い隠す影による暗さが訪れ…
【どっ………………ぶぅおわぁおうぁわぁあああああああ…ん】
遅れて轟音が鳴り響き…我々の耳を打つ。
誰もが耳を塞ぎ、悲鳴を上げたり、何かを怒鳴ったりしているが…轟音が静まった後、誰の言葉も俺は聞き取ることができなかった。
音にも残像というものがあるのだろうか?
酷い耳鳴りのうような…高音の痺れるような感覚が聴覚を支配している。
その耳鳴りのような音で、他の全ての音が打ち消されているかのようだ。
直ぐ隣にいるジストンの声どころか、それに答えようとする自分の声すら聞き取れない。
もちろん、自分の体内を伝わる振動により、自分が間違いなく声を出しているという感触はある。
・・・
暗くなり…眩しいほどに明るくなり…再び暗くなった。
だから今度は…というワケではないだろうが、村から無数の火の手が上がり赤い光が薄明るく広がる。
その赤い光を船底に受けて、黒い影だった巨大な飛行する船の姿が照らし出される。
「ち…っくしょう。何の布告もなく…いきなり何てコトをしやがるんだ…ノ…野郎」
何とか聴覚がその機能を取り戻す。
聞こえて来たのは、自分が吐き出す罵りの声と…一瞬にして自分たちの住み処を失った村人たちの啜り泣く声。
「り、リックウェルさん!…あ、アレを…み、見て下さい!」
黒い船の腹の下。
少し離れた空間に、なにやら人影が浮かび上がる。
いくらなんでも、あんな巨大な人間はいないだろうし、羽もないのに空に浮かぶこともないだろうから…あれは何らかの方法で映像を映しているんだろうと思われる。
何かの装置を操る男。
その男には見覚えがないが…その男の背後に、俺は意外な人物を見つけて…思わず呻いてしまう。
「…だ、ダルガバス…」
・・・
ダルガバスは、装置を操る男に小声で何かを確認し、その返事を聞いて満足そうに頷いた後、燃えさかる村の方に向かって演説を始めた。
<<…我が名はダルガバス。基盤の8番目の国家として、ここに中空都市国家『マッドガルデン』の建国を宣言する…。私は、マッドガルデンの国王として、この地域を我が国の領地として併呑し、統治する者である…異議は…認めない>>
国王…と名乗る時に、ダルガバスは喜悦の表情を浮かべ、妙に上ずった声になった。
なりたくてなりたくて仕方がなかったものに、やっとなれた。
そんな心の喜びの声が聞こえてきそうな…滑稽な表情だった。
しかし、一瞬にして村の3分の1ほどを焼き尽くされた村人たちを前に、俺もジストンも笑い声を上げることは憚られ…ただ、為すべくもなく上空を見上げるしかない。
<<我が国の戦力は、既存の7国のいずれをも遙かに凌駕する。それは、今、証明してみせたとおりだ。だが、中空に浮かぶ我がマッドガルデンには、残念ながら十分な生産力が無い…。従って、私は、この地域を我が国の生産の為の領地とすることにした>>
ダルガバスが一方的に勝手なことを言い続ける。
・・・
<<領民たちよ。既に、お前たちに選択肢は無いが…我が国に従い、その生産のために尽力することを誓うのだ。さすれば、私は、この基盤世界最強となるマッドガルデンの武力を持って、他のどの勢力からもお前たちを守ることを約束しよう>>
ダルガバスが鼻の穴を広げて偉そうに息巻いている。
あの愚物が…いま、どのような妄想に取り憑かれているのかは知らないが、言っていることは相当にメチャクチャだ。
「な…にを勝手なことを言っていやがる…。たった今、問答無用で村人たちの平穏な暮らしを奪い去っておいて………何が『守ることを約束』…だ」
「…同感です…が…リックウェルさん。あんなモノに立ち向かう術は…我々には…残念ながら有りません…村人たちには気の毒ですが…アレが、降りてこないうちに…我々は退散した方が…良いのでは?」
「ジストン………。お前は、村人たちを見捨てて…俺たちだけで逃げよう…そう言っているのか?」
「睨まないで欲しいですね。忘れないで下さい、リックウェルさん。私たちは、ファーマス殿下の配下として、他にやるべき事があるということを」
「大人なんだな。お前は。随分と…。お前の言うとおりだが…そのファーマス殿下にもこんな事態は予測できていないだろうぜ。そして、アレは間違いなくファーマス殿下に仇成すモノだ…」
「…そのとおりですが…」
「それに、ファーマス殿下のご指示は、ここにニューラ姫をお迎えするための待機だ。ジストン…お前は…ファーマス殿下を言い訳に…殿下の指示を破るのか?」
・・・
俺の指摘に、俺よりも弁の立ちそうなジストンもさすがに黙り込む。
その時、ジストンが急に驚いたような表情になる。
その視線が下を向いたのを追うと…そこには震えながらジストンの上着の端を掴むリュイスとステラの二人がいた。
「…ぼ、僕たち…ど、どうなちゃうの?」
「へ、兵隊さん。あ、あたし、恐いよう…」
涙でグチャグチャになった顔で、自分の身長の半分ほどの子どもたちがジストンと俺の顔を交互に見上げる。
しばらく黙って子どもたちを見返していたジストンだが…やがて、大きく息を吐くと、俺の方に視線だけを向け直して呟く。
「…ふぅ。これは…逃げるわけには行きませんね。で、どうしたら良いと思います?…リックウェル隊長」
「た、隊長って…お前…」
「ここに残る。そう決めたのはアナタでしょう。残った理由は?…ここで、村人たちと共に、あのダルガバスの為の生産に勤しむ為ですか?」
「んなわけ…ねぇだろ。俺たちは軍属だ。その手に握るのは悲しいかな鍬や鋤じゃねぇ。要素を集めて…力として操るのが俺たちに出来る唯一の労働だ」
「ならば、今、状況は開始となりました。状況継続中は『俺たちは対等だ…』とか、そんな甘いことを考えている場合ではないでしょう?…たった二人の部隊ですが、指揮命令系統はしっかりと固めておくべきです…。さぁ、隊長。ご指示を…」
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・・・ ・・・ ・・・
「…で?…我が領土に断りもなく侵入し、雷のような攻撃を放った…ふむ…ダルガバス…聞かぬ名だな?」
「森泉国の宰相…だった男です」
「…だった?…とは?」
「密偵部隊からの報告によると、1周刻ほど前…ファーマス王子が王権を取り戻し、宰相だったダルガバスは第2象限外苑荒野方面へと逃亡。その後の動向は不明でしたが…」
「そうか。確かにデルタ村のある短軸正域境界の最縁部は…第2象限の外苑荒野に接しているが…ダルガバスとやらが突然、森泉国の王権を奪取した背景には…その巨大な飛空艦船を隠し持つことから来る自己の力の過大評価があった…というわけだ…」
私は、必要な確認を終えると、ゆったりとした椅子の上で肩肘をついて黙り込んだ。我が銀雪の氷原国の王城。その私の執務室。私の目の前には、銀色の鏡のような平面が宙に浮かんでいる。
その鏡面に見えた盤面に映るのは…正面に座る私の顔…ではなく、今、デルタ村の上部空間に突如として現れた巨大な飛空艦船だ。村を焼く炎に船底を赤く照らされた不気味な威容は、村から離れたどこかの高台から遠望する構図の映像。
音声は無く、映像を送っている内国諜報部の従者から送られてくる因子通信の内容を、私の侍従が口伝により私に伝える仕組みとなっている。私の目の前の厚みが全くない銀の板は、その情報を口伝する役目の侍従がその因子の能力で生み出しているのだ。
・・・
私は、いつもそうするように目を閉じ、右手の中指で自らの眉間をトントンと叩く。
時折、眉間を叩くのをやめては目を開き、しかし、すぐまた目を閉じて眉間をトントンと叩く。得られた情報を考えるときの私の癖だ。それを何度も繰り返し…漸く、目を開くと鏡盤を生み出しているメイド風の侍従に顔を向け…問う。
「…何故、ダルガバスは…あのような奥の手を隠し持っておきながら…森泉国内においてその力を行使せず…ファーマスに追われたのであろうな?…国を追われたというのが狂言で、森泉国の先兵として我が領土を奪取しに来たのであれば…あのような戯れ言は言わぬであろうし…?」
第8番目の国。マッドガルデンの建国。そのような笑えない冗談を、あのファーマスがワザワザこのように手の込んだ演出で披露するとは思えない。
私の言葉は疑問形であったが、周りに控える侍従や従者たちは誰一人として答えを返そうとはしない。疑問の形であっても、私が彼らの答えを期待していないことを理解しているからだ。私の問いに答えるのは、他ならぬ私自身。
「つまり、あの飛空艦船は、1昨周刻の段階では使えなかった…というワケか?…そして…その力を行使する対象として…自分を追った森泉国の領土ではなく…我が国の領土に牙を剥いたのは………森泉国に対して弱みがある?…それとも…」
決して多いとは言えない情報を、自らの頭の中で様々な可能性を検証しながら最も不自然さのない形へと組み替え、極めて真実に近い答えを導き出していく。
知略の王の呼び名に恥じぬよう、私は沈思黙考する。転機を好機へ変えるため…。
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「あははははは。これは面白い。いや。本当に面白いことになってきたぞ。」
僕は、思わず子どものように好奇心に満ちあふれた無邪気な顔に満面の笑みを浮かべてしまった。全く似合わない…と周りから言われる黒い目隠し板をつけているんで、少しは表情を隠せたかな?…まぁ…隠せて無くても別に困らないけどね。
「やっぱり…第2象限の外苑荒野にはトンデモ無いモノが隠してあったんだな。わざわざ、より王城から離れた第3象限側にファーマスくんたちを幽閉したのは…アレの存在を隠しておきたかった…ってことだったんだね」
暗殺組織のボス…の一人…などという物騒な肩書きを持つ僕だけど、暗殺なんていう荒事には、実はあんまり興味がない。僕の隣には、いかにも…な目つきの凶悪そうな面相の男が座っている。その他にも老人から子ども?まで。様々な年齢、性別の者が十数名。共通点はいずれも黒い服に身を固めている…という点のみだ。
「ふん…8番目の国家は…我々の組織だと自認していたのだがな…」
「別に何番目でもいいわよ。…っていうか、私たちは国家なんて立派なものじゃないでしょ?」
「…そうじゃ。この転機に、どう動くのが我々の利益となるのか…それが問題じゃ」
「あたしゃ、政治には興味がないね。アンタたちに任せたよ」
合議制を採っているけど、誰も真剣に話し合おうという雰囲気じゃあ無いね。
・・・
「あははは。まぁまぁまぁまぁ…。そう慌てて答えを出さなくてもいいよ。僕の予想では、アレはまだ本来の力を十分には発揮できないハズさ…考える時間は十分にあると思うよ。だから…まずはゆったりと高みの見物と行こうじゃないか!」
「何故、そう予想するのだ?」
「アレが本調子なら、もっと早く歴史に登場して状況を塗り替えてるよ。アイツはね、きっと目覚めたばかり…寝ぼけてて…そして空腹状態なんだと思うな」
いつもファーマスをからかう時と同じように、僕は自信満々にそう断言する。
組織の中でも最も情報収集と分析力に優れた僕の言うことに、他のメンバーも反論することはできないんだ。そもそも、彼らが囲む楕円形の机の上に浮かんだ立体的な映像も、僕の特殊能力によって映し出されているものだからね。映像が立体的であるってことは、複数の目によって得られた情報を違和感なく統合しているということに他ならない。
僕には、それを可能とする複数の「目」が存在し、その「目」たちから送られてくる因子通信の情報には音声以外の膨大な情報量が流れていることを意味してるんだ。
「それにね、老師。あの偉そうに鼻の穴を広げているダルガバスっていう男だけど…無能ではないんだけど…世間知らずでね。森泉国で内乱を起こすまでは、森泉国内の行政運営だけにしか関わってないんで、各国の軍備情報や能力者の保有状況、それから詳しい国際情勢…とか、ほとんど理解していないんだよ」
理解できていれば氷原国になど侵攻しないだろう。そう説明してやると黒服の一堂は皆、納得の表情を浮かべる。組織としては当面待機…という結論がまとめられた。
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「ナザーフォース3109よりナザーフォース3003へ…」
「緊急事態だ…まどろっこしいコールは省略して良い。モニタリングした状況だけを正確に報告しろ!」
「………それでは、口頭で報告するよりは…映像と各種環境負荷をデータ化した圧縮情報を直接、ストレージへアップしておきますよ。勝手にみて下さい」
「な…貴様、て、手抜きをするんじゃない!」
「緊急事態なんでしょ?…こっちも決して安全な場所にいるワケじゃないんで…おっと…アチチチチちっ…あぁ、この場所にも火の手が回ってきた。このままだと、このエリアの環境負荷が規定の上限レベルを超えますので…こっそり火消しして回りますよ…いいですね…あ、マズイ…あっちに燃え移ったら厄介だ…」
「おい。まて、指示があるまで直接的な干渉行為は厳に慎めと…あぁ…おい」
儂の言葉を最後まで聴かずに、ナザーフォース3109は回線を強制的に閉じてしまった。
どうも、この本部に残った一部の部下たち以外は儂のことを軽んじる傾向が強いように感じる。非常に不愉快だが…委員会内部の勢力バランスを考えると仕方がないのかもしれない。儂は深呼吸して平常心を保つように精神を安定させる。
そして「処罰の対象とするべきか?」…と目で問いかけてくる部下に向かって告げる。
「まぁ良い。確かに基盤世界の各種環境ステータスを正常に保つのが我々委員会の役目の一つであることは間違いない…いずれにせよ何らかの対応はせざるを得ないのだから…3109の行為は…承認してもよかろう」
・・・
たった数日の間に、状況は驚くほどダイナミックに遷移している。
「…もはや静観していられる状況では無くなってきたな。前回、『調停』を行ったのはいつだったかな?…氷原国中立大平原での大規模な爆発は単発的で、しかも火力によるものではなかったようだが………このデルタ村の上空に現れた艦艇は…明らかに現在の仕様上許されているモノではないそ…」
「では、介入し制圧するということで…よろしいですね?」
「うむ。そのつもりで準備にかかるのだ。…だが、儂の許可があるまでは待機を維持せよ。…氷原国の国軍の出方を見極めてから、より効果的な出方をしようではないか」
「なるほど…。管理委員会の力を見せつけてやるというわけですな」
「そうだ。そうそう我々が『調停』を行わなければならぬような介入をさせられては堪らぬからな。その身の程をわきまえさせるには………圧倒的な力をより効果的なタイミングで見せつけてやらねばなるまいよ?」
「誰に…見せつけるのでしょうね」
「…ひ、人聞きの悪いことを申すな。儂は、他意など持っておらんぞ」
部下の中では最も優秀な男だが、この男も儂のことを心から尊敬していないような気がしてならない。だが、そんなことは今はどうでもよいのだ。
儂の使命は、この基盤世界側の秩序と環境を維持することなのだから。
あの方に、私が有能であることを示す良い機会だ………などと…考えていないと言えば嘘になるが、それをワザワザ公言する必要もない。
「忙しく…なってきわい…」
・・・ ・・・ ・・・
・・・ ・・・ ・・・
目覚めたのはさっき。
冷たい氷の上で。
私は、慌てて周りを見回した…。
「…?…ご、ご主人様?…どこですにゃん?」
転移空間で一瞬見失ったものの、私とご主人様は、間違い無く一緒にこちらの世界へ戻ってきたのに。えっと…あぁ違った…ご主人様にとっては、初めていらっしゃったことになるのか…
「ご主人さ~ま~………マモルさま~ぁ~あ…」
再び大きな声で呼んでみたけれど、私の声は粉雪混じりの風に飛ばされるようにすぐに消えてしまった。
今、どの刻頃なのか分からないけれど、辺りは妙に薄暗い。
1周旬ぶりに帰ってきたけれど…このような天蓋の色となる刻などあったかしら?
そう思った次の瞬間。
丘の下向こう側から「どぉぉおおん!」という凄い音が聞こえてきてビックリした。
正直…ちょっと下着が濡れちゃったかも………うぅ。ご主人様がいなくて良かった?
でも、そのぐらいの轟音と…そして衝撃のような振動だったの。
急いで丘の頂上へ登ると、開けた向こう側の平原に燃え上がる村の様子が見えた。
・・・
「た…大変ですぅ~………けど…ここは?…何処?」
事前に予想したとおり、おそらく氷原国だとは思うのです。けれど、氷原国は私たちの世界でも2番目に大きな広い国土を持っているので…その何処なのかが…分からない。
それを知る一番の手がかりになりそうな村が、どうしたことか大火事に!?
私の水の技があれば、あっと言う間に火事を消し止めて、村人たちの信頼を勝ち取ること間違いなし!…と、丘から降りようと駆けだした途端に…
「あやぁ!?…あぁぁ………ああ~~~~~」
こ、氷の丘って…つ、つるつるで…つるつるつるつる…す、滑るのです………
尻餅をつく寸前で、急いで体の回りに薄い水の膜を張って体を打つのを防ぐ。ついでに、さっきちょっぴり汚れちゃった下着も…キレイキレイしておきましょ…っと。
…って、崖!?…何で崖?…よりによって…あうあう…と、止まらないぃい!!!
氷の上に水の膜。これほど滑りやすい状態は…そりゃあ無いわよね。
って、冷静に崖から落ちる自分の状況を分析する私…って馬鹿ぁ?
「ひゃう!?」
落下感を覚悟していた私の体は、奇跡的に崖の直前で急停止した。
う、嬉しいけど…く、苦しい…。何?…く、首がし、締まる。
私の体は、崖から離れて角度の緩くなっている方へと引きずられていく。
何とか崖に落ちる危険の無い場所まで運ばれて、私はやっと自由になった。
・・・
『がうっ!』
私の襟首を掴んでいたのは…手ではなく…牙だったのね…。
っていうか…何?…この子ぉ~…か、か、可愛いぃぃいいいいい!!!
一瞬…あの凶悪な伝説の「狼」のように見えて心臓が止まりそうになったけど、よく見ると可愛らしい小さなワンコちゃん。
「あ…アナタが…私を助けてくれたの?」
『がふっ!』
「あ、ありがとね。…って、何だろう?…初めて会った気がしないわん?」
『がふっ!ぎゃふっ!』
この子の言っていることは分からないけれど、少なくとも私に懐いていることだけは間違いない。
「よし。とにかく、ここが何処か…あの村までいって確認しよう!」
私は、今、相棒になったばかりのワンコを連れて、燃え上がる村まで駆けていった。
・・・
次回から第2章「飛空艦帝國編(仮題)」になります。