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(0) 基盤世界へ…

・・・


 目を閉じていたのは、眠っていたからではない。


 赤い…光。いや。これは彼の光。だから…色の名は「緋色」。


 同じ緋色の夕闇の中。彼とは…もう…別れを済ませてある。

 言葉を交わしたりはしなかった。

 私が彼の目を見つめ。彼はその私の目を見つめ返してくれた。

 目と目で会話ができる…などとは言わない。

 でも、彼の…マモル殿の気持ちは…私の心にちゃんと伝わり…

 そして、私の心も…マモル殿に伝わったはずだ。


 この気持ちが恋と呼ぶべきものか、愛と名の付くものか…それとも全く別のそれらを超越した名も無き想いなのか…それは…私にはわからない。

 でも確かに…二人は繋がっていた。それが、詠唱者(シャンティル)守護者(ガルディオン)の絆ではなかったとしても。

 そう。私だって気づいてはいた。

 マモル殿と下腹を通じて要素(ルリミナル)の循環する感覚…その詠唱者と守護者とを結びつける力の輪が…あの隠れ家としていた倉庫への襲撃を凌いだ以後…消えてしまっていたことを。


・・・


 でも確かに…今も二人は繋がっている。

 それは、世界のシステムに規定されたような莫大な力は秘めていなくとも…それより遙かに強い絆として…私と彼とを繋いでいる。

 そう…私は信じたい。


 誰もが、今宵、どのような経緯によるかは別として、何らかの動きがあり…そして、おそらくその結果、私たちが元の基盤(サードレイヤース)世界へと帰還することになるであろうと…信じていた。

 元々、異界送り(ナザーダスヴォック)により自らの意図によらず…マモル殿の住む異世界へと飛ばされてきた私たちだ。身の回りの品などは少ない。その時が、いつ訪れようとも…皆、準備は整っていた。


 だから


 目を閉じていたのは、眠っていたからではない。


 緋色の光の中で、私たちは…その時が訪れたことを知る。


 この瞬間に、願わくば彼が寄り添っていてくれますように…と、心の奥底で湧き上がり溢れんとするこの思いを無理やりにねじ伏せ…一つ深呼吸した瞬間、私の覚悟を決めた。

 たとえ離ればなれになろうとも。この衣服の袂に大事に忍ばせた…マモル殿からいただいた指輪。玩具の指輪だから安物だよ…と彼は笑ったが…それを手に握らせてくれたときのあの手の温もりを私は一生忘れない。


・・・


 緋色の光が私たちの視界を呑み込み、眩しさに何も見分けることができなくなる。


 そして…


 こちらへ飛ばされてきた、およそ1周旬かげつほど前と同じ、浮遊感に包まれる。

 その浮遊感は、直ぐに酩酊感へと変化し…私は自分の手足どころか、体の全てを感じ取ることができなくなる。

 …かと言って、私が消えてしまったわけではない。

 私は、こうして今も思考を続けているし…彼への想いも抱いたままだ。

 体の感覚を失った代わりに、自分を包む世界の様子が直に伝わってくる。

 いつものように、常に私を守るように付き従ってくれているのは…ラサの気配だ。

 残念ながらジンとクアの気配は無いが…それは私も承知の上。

 特に、クアには…敢えてマモル殿に守り仕えるため…残ってもらった。

 何故?…自分でも…よくわからない…の…だ。


 私には国を背負う義務がある。だから…帰る以外の選択肢はない。

 私は…もう、彼に会えない。だが…私と同じようにマモル殿を慕うクアになら…

 見ず知らずの者と寄りそうよりも…まだ………


 あぁ…何を考えているのだろうな。私は。


 この思考は、同じく思念だけとなっているであろう…ラサたちにも伝わってしまっているのだろうか?


・・・


 私のそんな愚かしい想いを…慈しむように大きく優しい思念が包み込む。


 ………誰?…あなたは…誰?

 マモル殿に少し似た気配…でも…彼が…ここにいるはずは無い。


 しかし…

 そこで、私の元の世界への帰還の旅は終わりを迎えようとする。

 急激に醒め始める酩酊感。


 一瞬の浮遊感の後…今度は逆に、急激に落下し始める感覚。

 落下し始めるとともに…その落下を…手が、足が、頭が、胸が…下腹部が…落ち着かない…何とも表現しようもない不快感へと変わる。


 体の感覚と同様にさっきまで消え去っていたあらゆる感覚が、波のように押し寄せてくる。耐えられない程の耳鳴りのような音。気分が悪くなるほどの様々な色彩………そして、生々しいほどの空気の臭い。

 私とその従者たち…ではない…誰かのことを気にしている余裕は…もう無くなっていた。

 突然に肌を刺す風の冷たさ…寒い…。


 意識が………保っていられない………。


 意識を失うその瞬間。私の視界は白一色に染められる。


・・・

・・・


 <<…ジウ………ジウ……………>>


 狐狼廟ころうびょうの裏手。

 細い参道の大きな飾り石に腰掛けて、こちらとアチラの両世界の様々な立場の者たちが一人の姫を巡って争うのを、私は自らの気配を気取られぬように静かに観察していた。

 この面々の中では…詠唱者(シャンティル)ファーマスとその守護者(ガルディオン)マルルィアの能力ちからが、圧倒的に勝っている。その場にいる誰もが、素直に認めるか否かは別として…それを肌で感じていたことだろう。


 しかし。やはり…彼は興味深い。非常に興味深い。

 まさか…あのような事ができようとは…。


 「管理委員会」の中でも、特に裏の事情に通じた私ですら…あのような能力が存在するとは…全く知らなかった。


 ともあれ、私が知るか否かに関わらず、事実として彼は自らの体内において、たった独りで要素(ルリミナル)を多重に循環させたばかりか…それにより増幅された感応力をファーマスとマルルィアの体内の因子とコマンドライブラリにまで波及させて…事もあろうに他人の能力を遠隔操作してみせた。

 確かに…ルリミナル・ネットワークを利用したコンソールの遠隔操作という技術は、システム関連の技術としては珍しいものではない………が………彼にそんな知識があるわけもなく…しかも…地球世界側の人間がそれを誰に教えられることもなく実行するとは…。


・・・


 <<ジウ!…ジウ…聞こえないのか!?>>


 あぁ…。そう言えば、さっきから呼ばれていたんでした。

 私としたことが、マモル青年の余りにも予想外の行動に気を抜かれていたようです。


 『…申し訳ありません。…少し、考え事をしておりました』

 <<そうか…。さすがのお前も、今、起こっている事象に…冷静さを失ったか?>>

 『はい。………え?…アナタは…既にコチラ側で何が起きたかご存知なのですか?』


 この会話は、耳を澄ませても誰にも聞こえない。

 思念と思念を直接に繋いで行っているからだ。…しかし、私は、驚きに大きく息を呑んでしまい、深夜の静けさに包まれた参道に…私の呼吸音だけが異様に大きく響いた。


 <<ふふふふふ。私を誰だと思っている?…マインド・クラスにおける始祖の地位は<彼>に譲ったものの…マテリアル・クラス・オブジェクトの実現に関して言えば…私が始祖と呼ばれてもおかしくはないのだ…お前の能力は高く評価しているが…まだまだ…私を甘く見てもらっては困るな>>


 ふぅ…。相変わらず元気そうでなによりだ。私は、このお方に関しては、いちいち驚くだけ無駄だということを十分に理解しているつもりだったが…言われるとおり…まだ甘かったようだ。


・・・


 『…で、何なんです?…こんな時に。私は、この後、帰る場所を失った可哀想な失業暗殺者たちを保護してやらなければならないんで…アナタと立ち話しているほどの暇は無いんですが…』

 <<ふん。言うようになったじゃないか…しばらく見ぬうちに…まぁ…良い。ところで、私の気のせいでなければ…彼の姫君とそのご一行の帰還に混じって、現地人が一人転移空間へと侵入したように思うのだが?>>


 何?


 私は、一瞬、このお方が何を仰っているのか理解できなかった。…が、赤い光を放つ彼の家周辺の気配を急いで探り、有るはずの男の気配が…消えていることに気が付いた。


 『な………。あの男が?…彼の父親です。何てコトだ………そうか、彼は完全にこの術式をコントロールできていたワケではないのか………』

 <<うむ。…やはり、そうか。私は、できるだけ彼らに干渉しないように、世界と世界の間に身を埋めて…ただ観測に努めてきたのだが………>>

 『最近、にわかに基盤世界側から地球世界への転移者が増えたとおもったら…ついに、地球世界側から基盤世界へと旅立つ者が出ようとは…』

 <<うむ。…予定より…かなり早いな。まだ…多くの人類は…予定された段階にまで至っていないのではないかな?>>


 私は、戦慄した。間違いなく、今、自分は歴史の転換点に立ち会っている。そう。この2つの世界を記す歴史の転換点に。


・・・


 『…いかがいたしましょう?…私もアナタに言われるまで気づかなかったのです。アチラ側を管理する連中に、この事態を察知できているとは思えませんが…』


 本当なら直ちに報告をしてやるべきなのだろうが…今から、アチラ側の流儀にしたがい悠長な回線接続手続きなどを経ていたら、どうせ…もう間に合いはしない。


 <<ふぅーーーーっ…まぁ、仕方ないかな?…ちょっとだけ、お前たちのために、私が骨を折ってやろう。…と、まぁ…私にとっては大した手間でもないんだがね。実際>>

 『な…なに…を…何をなさろうというのです?』


 本当は、干渉すべきではないんだがな………そう言いながら彼の思念は笑っていることが丸わかりに揺らいでいる。大変にご機嫌麗しいようだ。


 <<…ほぃ。よっと。さぁ…これで良し>>

 『くっ………アナタという人は…。私たちには無闇な干渉は厳禁だとかいっておきながら…自分は、そのように嬉々として…いったい何をしたのやら…』

 <<何。そう大した事ではない。この現地人の記憶中…ちょっと自身に関する情報だけを封印させてもらったのさ。基盤世界で…ベラベラと自分について語り出されても困るしな。…できれば、能力や知識の一部も奪いたかったが…お前と長話をしていたセイで…それだけの時間は無かった>>

 『長話はアナタの得意技でしょう?…私のセイにしないで下さい』

 <<ふん。お前のツッコミはいつも普通すぎてつまらないな。…それと念のため…少し姫君たちよりも基盤世界への転移が完了するタイミングと座標をズラしておいたよ>>


・・・


 『…ま…また。な、なんて中途半端な措置をしてくれるんです?』


 私は、このお方との付き合いがかなり長きにわたるが…未だに何を考えているのか良く分からない時がある。


 <<まぁな。だが…何も考えが無いというわけでもないのだ。予定より早い…とは言ったものの…それは多くの人類の置かれている段階に対してのこと。時間の経過に対しての評価であれば…むしろ…遅すぎるぐらいだ>>

 『まぁ…そうですね。この進み具合だと…いつまで経っても予定する段階へと到達することは無いかもしれません…』

 <<お前もそう思うだろう?…というか、お前は…そう思うからこそ…地球世界側に留まって、アチラ側の陣営に隠れてコソコソと色々やっているんだろう?…私には何もかもお見通しだぞ?>>

 『参りましたね…これは。アナタには敵わないな…でも…アナタもそれをお望みでしょう?』

 <<ふん。お互い様ということか…。まぁ良い…ということで、この不確定因子となる男が基盤世界で、どんな面白い働きをしてくれるのか…見守ろうではないか?…いろいろやらかしてくれるだろうが…ジウ…ここから先は…くれぐれも余計な干渉をしないようにたのむぞ………>>


 その言葉を最後に、あのお方の気配は見事な程に何も無かったように消えた。

 私は、しばらく今の会話を頭の中で反芻していたが…やがて、狐狼廟でのそれぞれのドラマが終焉を迎えたことに気づき、急いで…自分の演じるべき舞台へと駆けていった。


・・・


※このプロローグ第0話は、第1章第11話の掲載後に、プロローグ第1話の前に挿入して投稿したものです。

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