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 今と、たった一年強ほどしか変わらないのですが、その頃の私達は考えなしでした。要するに、校則を破って旧校舎に入っても、誰にも見つかる事はないだろうと勝手に無邪気に信じていたのです。学校の正門から堂々と入ってくる侵入者に、その時職員室にいた先生はどんな思いを抱いたのでしょうか。少なくとも、先生達が私達の前に現れて、声を掛けてくるという事はありませんでした。

「懐中電灯、ある?」

 さすがに新校舎を抜けて旧校舎の前へと出れば、先生達にも自分達の存在が筒抜けであろうと考えた私達は、少し遠回りをして、新校舎を迂回するルートを取りました。その途中、井田さんの一言に、私達は一度足を止めました。

「いや、持ってきてないな」

「私もー」

「あ、わ、私もです」

 白状すると、私は母に旧校舎への忍び込み作戦が洩れるのを怖がって、懐中電灯が必要になる事を分かっていながら家にあるそれを持ち出さなかったのでした。私達の視線はそうして、ふわふわと夢見心地ながらまだ付いてきている林くんの、左手の先へと注がれました。

「馬鹿部長。誰も懐中電灯持ってきてないって、どういう事よ?」

「よく見ろ、一人持ってきているだろうに」

「あいつが持ってても、何の頼りにもならないわよ!」

 決して悪口としてではなくて、実際上井田さんの言う通りだと私も思いました。林くんはそれほどに、不思議な人でしたから。

「電池が入っていないようだな。誰か、単三電池を二本ぐらい持ってはいないか」

 井田さんの言葉に頷いて、林くんの懐中電灯を本人の同意の上で手に取った友田くんは、かちかちとスイッチをいじってからそう言いました。

「あ、音楽プレイヤのものなら、多分単三電池であると思います」

「そうか。悪いが、貸して貰えるか?」

「はい」

 音楽プレイヤを何故持ってきていたのかは、今になっては思い出せません。ですが、この時、この場面に限らずこれが大いに役立った事を考えると、あの時の私は強い第六感を持っていたと言って違いないように思えます。

 とにかく、私の提供した電池を懐中電灯に投入して、それを井田さんに預ける事で、やっと私達は安定した光源を手に入れる事ができました。ちょうど、旧校舎に到着していた私達は、暗くなって不気味な旧校舎をさすがに不気味に思って一足待った後、お互いに頷きあって中に入りました。

 中は、まるで光を取り入れる仕組みが何も設置されていないかのように、まだ光のある外に比べて明らかに暗く、井田さんの持つ懐中電灯を頼りにはしながらも、足取り重く私達は埃っぽい廊下を進みました。

「よし、階段だ。早く上れ、井田」

「言われなくても、分かってるわよ」

 友田くんは、いつにも増して口数多く、皆に指示を出しましたが、皆友田くんが怖がりである事を知っていたので、さほど文句を言う事もなくそれに従って中を探検していきました。

 二階へ着くと、暗さはいよいよ極限に達して、音のない空間は不気味さを十分に湛えるようになりました。この頃から、友田くんが林くんの右袖を掴み、そういうゲームなのだと勘違いした林くんが坂本さんの袖を、坂本さんが私の袖を掴んだ事で、井田さん以外の四人は、それぞれ繋がりあいました。当初の予定通り、二階の廊下突き当たりにある化学実験室を目指して歩いていく途中は、誰も一言を発さなかったせいでわずかな空気の音や床の軋みが呻き声のように耳に入って、友田くん同様怖がりの私は、相当に不安を感じ、怯えていました。何もないと理解していても、やはり、怖いものは怖かったのです。

「ここで、何をしてるの?」

 ですが、そんな私でさえ、暗闇と静寂を破って聞こえてきたその声に、大いなる不気味さというものは感じませんでした。

「良かったら、実験室に入っていって。ちょうど、人恋しくなった頃だから」

 その、声の主たる何者かに、井田さんは懐中電灯の光を向けました。そこに立っていたのは、私達と同じ制服を着た女の子でした。

「それはこちらの言葉だろうな。こんな所で、何をしているんだ」

「こんな所だと、思う?」

 少女の声は、リアリティを帯びた実在感のある声でしたから、友田くんもさほど恐れる事なくその姿に話しかけました。少女はそれに応えてから、まさに生身の人間のような存在感をもって、ふふふ、と笑いつつ、化学実験室の色のくすんだ扉を開きました。

「在校生だよね。何年生かなー?」

「見た目では、一年生に見えましたけれど……」

 坂本さんの疑問には、私が応じました。友田くんもそうだろうな、と頷き、少女に従って実験室に入ろう、との共通了解が私達の間に生まれたのです。ですから、このタイミングにあって、彼女が生きた人間でない事に気付いていた方は一人として居なかったという事になります。

 少女は、中へ入って手で私達を誘いながら、化学実験室の電気を点けました。使われていない校舎に電気が通っているのが変な事なのかどうか、未だに私は知りません。ですが、その時には、私は化学実験室の灯りに少しの安堵を覚えるばかりで、そんな疑いをする事は全くありませんでした。

「今日は、私の誕生日パーティなの。誰も来てくれないかと思ったけど、ちゃんと来てくれて嬉しいな」

 灯りによって明らかになった少女の制服は、よくしわの伸ばされた、非常に綺麗なものでした。それで、私達は、私達の中にあったのかも知れないわずかの疑念さえ失くして、

「そりゃあ、こんな所で待っていても、誰も来ないわよ。ましてや、今は夏休みよ?」

 という風に、口々に少女に言葉を掛けたのでした。

「ふふふ。ううん、ちゃんと来てくれたよ。少し汚いここだけど、楽しんでいってね」

 少女の、同じ学校に通っているとは思えないほどの無垢な笑みが私達を貫き、私達は元の目的を少し外に置いて、少女の言う通りにしようと決めたのでした。

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