Pride and Duty
なんか、散々引っ張っといて、戦闘シーンが短い気が…orz
「はぁ!?機体の修理が済んで無いだと!?」
「あぁ、そうだ」
整備班のガレージに響き渡るケビンの声に、目の下に隈をつくった、いかにも寝不足の顔をした、マイクが五月蝿そうに返事する。
「そうだよ、じゃねぇよ!どうするんだよ、試合開始まで時間ねぇんだぞ!」
「俺に言うなよ!文句なら、無茶な改造をするように言ってきた、チーフに言いやがれ!」
「オイ、ちょっと待て。無茶な改造、ってなんだ?」
怒鳴り声を上げるマイクから出た、聞き覚えの無い内容に、ケビンは怒鳴るのを止めて聞き返す。
今、ケビンは整備班のガレージに居る。と、いうのも、アリスとの一騎討ちが始める前に機体の様子を見て置こうと立ち寄ったのだが、機体はまだ修復が終わっておらず、驚いて、整備班長であるマイクに聞いた所、先程の答えが返ってきて、今に至る。
「いや、なんかチーフから、機体を搬入する時に書類を渡されて、やる様に言われたんだよ。無理だって言ったんだが、とりあえずやって見てくれ、って言われてな」
「…妙な話だな。チーフがそんなミスするとは、思えねぇけどな…」
「そうなんだよなぁ。俺もそこが不思議でなぁ。こんな無理難題吹っ掛ける様な人じゃないし、言い方もなんか、間に合おうが、間に合わなかろうが、どちらでもよさそうだったしなぁ…」
そう言って、整備中の機体に目を向ける、二人。
ケビンの機体は破壊された左手の他に左脚と右手でも作業が進んでおり、動かせる状況では無かった。
「何とか作業中断したりして、どうにかなんないのか?」
「いや無理だな。中断するにしても、ある程度作業を進めなきゃなんねぇ。少なくとも、今日の夕方までは動かせ無いな」
「マジかよ…。勘弁してくれよ、まったく…」
マイクの言葉に、ケビンが悲壮な言葉で返していると、ケビンの携帯電話が鳴り始める。
「なんだよこんな時に…。もしもし?」
『調子はどうかしら?ケビン』
「チーフ!?」
思わぬ人物からの連絡に驚く、ケビン。シルヴィアはいつも通りの調子で話を続ける。
『今、何処にいるのかしら?そろそろ、アリーナに向かわないと、マズいんじゃないかしら?ハロルドも一緒なの?』
「いや、ハロルドは昨日別れてから会ってないですけど…、ってそうじゃなくて、どういう事なんですか、改造って!?」
『それについては、終わってから話すわ。とにかく、今はアリーナに来なさい』
「いや、でも、機体が…」
『それなら、もう分かってるし、手も打ってあるわ。いいからアリーナに来ること。分かった?』
「えっと、はい、了解しました」
『よろしい。アリーナで会いましょう』
シルヴィアのその言葉を最後に、電話は切れてしまった。
「なんだったって?」
「手は打ったから、アリーナに来いだとさ。大した人使いだよ。そういう訳だから、この件はまた後でな」
マイクの問いに答えると、ケビンは携帯電話を仕舞い、ガレージから走って出て行った。
「…俺、チーフに修理が終わって無いこと、連絡したつもり無かったんだが…、気のせいだったかなぁ?」
マイクの小さな呟きは誰にも聞き取られず、ガレージ内に響く、騒音にかき消されてしまった。
アリーナとはイージスにおけるG・S用の訓練場所である。なのだが、アリーナの存在する場所はイージスどころかコロニー内でもなく、コロニー付近の都市跡の一部分のことを指す。
理由はG・S自体の大きさのせいで、コロニー内部での模擬戦等が出来ない為である。その為、コロニーの外にある、訓練に適した場所を、アリーナとして確保して運用しているのである。
ケビンがアリーナにある、イージスの施設に着いた時、既に関係者の殆どが揃っていた。
「やぁ、ケビン君。遅かったね。…大丈夫かい?」
「は、はい…、大丈夫です…」
息を切らして待合室に走り込んできたケビンに、少し驚いたような声をかける、アレン。ケビンは息を整えながら返事を返す。
「もう、殆ど揃ってるわ。早く、席に着きなさい」
ケビンはシルヴィアに促されてハロルドの隣の席に着く。
「よぉ」
「よぉ。遅かったな」
「まぁ、色々あってな。お前こそ、なんか分かったのか?」
「後で話す。今は座れ」
「そろそろ、挨拶は終わったかしら、お二人さん?」
シルヴィアの言葉を聞いて、慌てて席に着く、ケビン。ケビンが席に着いたのを確認すると、シルヴィアが話し始める。
「さてと、では彼への説明の為にも、もう一度最初から話しましょうか」
「えぇ、構いませんよ、ミス・ヴァレンタイン」
「あの…チーフ?」
「なにかしら?」
ケビンが恐る恐るシルヴィアに声をかける。
「えっと、アリス・フローレンは何処に居るんですか?」
ケビンが疑問に思うのも仕方がない話であった。何故なら、自分の対戦相手である、アリスがこの場に居なかったのだ。
シルヴィアは、ケビンの質問に笑顔で答える。無論、目は笑って無かったが。
「どうやら、機体の整備をしている様よ。今回の訓練の内容も、ミスター・ホーキンスから聞いたらしくてね。時間は有意義に使いたいそうよ」
「申し訳ない、ミス・ヴァレンタイン」
「構いませんわ。寧ろ、その方が“戦士”としては優秀でしょう」
アレンの謝罪に皮肉で返す、シルヴィア。
「まぁ、“兵士”としての素質もあると、私は考えています。今回の件で一皮剥けてくれると思っていますよ。訓練の内容について、触れても?ミス・ヴァレンタイン?」
「えぇ、どうぞ」
アレンは、シルヴィアの皮肉に笑顔で対処すると、話を元に戻す。
「では、まず最初に、今回の件は訓練として処理されます。流石に、賭け試合じみた一騎討ちがしたい、なんて報告する訳にもいけませんからね」
「お上手ですわ」
アレンのちょっとしたジョークに、下らないとでも言いたげな声音で返す、シルヴィア。アレンはそんなシルヴィアを見て、困った様に笑ってから、話を続ける。
「訓練領域はアリーナ全体です。まぁ、あり得ないと思いますが、領域外に出た場合は敗北となります。そして、使用する武器は訓練用の物を使用し、一定量の損傷を受けたと判断されたら敗北と見なします」
主にアリーナでの訓練では、訓練用の武器を使用する。
これは、殺傷能力を持たないがある程度の衝撃力を持った、所謂模擬弾を装填した武器で、U・Wなどは流石に用意されていないが、通常兵器は大体揃っており、なるべく実戦に近づける為リリスとしての変形機構も備えている。
また、模擬弾からは、アリーナの管制室に向けて信号が送られており、模擬弾が機体に命中した時のデータが管制室に送られ、そのデータを基に命中時に機体に与えた損傷を計算することができる。
また、訓練時に機体のデータも管制室に登録され、そこから機能停止になるまで、どの程度の損傷に耐えられるかのデータも計算される。
この二つのデータを用いて、G・Sを用いた訓練は行なわれる。
「まぁ、いつもの訓練と同じ気持ちで臨んでくれて構わないと言う事さ」
「了解です」
「もっと砕けた挨拶で構わないよ、ケビン君。さてと、そろそろ準備に取り掛かった方が良さそうだね」
「えっと、その事についてなんですけど…」
ケビンが、アレンの言葉に言い難そうに切り出そうとするが、それはシルヴィアによって遮られる。
「とりあえず、機体の所に行って訓練の準備をしていなさい、ケビン。ミスター・ホーキンスには私が説明しておくわ。場所は三番ガレージよ」
「えっ…、わっ、分かりました。それでは失礼します」
シルヴィアの突然の発言に、ケビンは戸惑ったような声を上げるが、シルヴィアに睨まれると、速やかに出口に向かって歩み始めた。
「ここか。三番ガレージ、っていうのは」
ケビンはそう呟くと、扉の真横にある機会に自分の身分証を差し込む。それを機会が認識し、扉が自動的に開かれる。
ケビンはガレージ内に入るとそこに鎮座するモノを見て、驚嘆の声を上げる。
「オイオイ、なんなんだ、コイツは…?」
「そうですか…。しかし、こんな短期間で代わりの機体を用意するとは、流石ですね。ミス・ヴァレンタイン」
「いえ、結局は私自身のミスが発端ですから。責任をとるのは当然ですわ」
待合室に残った三人はケビンが部屋を出た後、管制室に移動を始めた。
その道中でシルヴィアはアレンに、機体の修理が終わっていない事と、代用として別の機体を使用する事を説明したのであった。
この時アレンはシルヴィアの話を終始笑顔で聞いていたが、その裏ではこのシルヴィアの行動について、深い疑念を抱いていた。少なくとも彼の知っているシルヴィアがこんな失敗をするとは考えられないからだ。
(もし、この行動に意味があるとしたら?だとしたら、なんだ?彼の機体を使えなくして、なんの得が?いくら彼女でも、他階層の人間の機体を持ってくるのは無理だろう。いくら機体を交換したといっても、地下三階の人間が構成した機体では大した物は無いだろう。ならば、自分の使い慣れた機体を使った方がマシだというのは彼女なら分かるはずなのに…)
「ミスター・ホーキンス、着きましたよ」
「…あ、あぁ。そのようですね」
シルヴィアに声をかけられ、思考の世界から現実に引き戻される、アレン。三人は管制室に入り、正面にあるモニターに目を向ける。
「あら、もう始まっているようですね」
「えぇ、そのようで…、これは…!」
モニターに映し出された映像を見て言葉を失う、アレン。
「どうしましたか、ミスター・ホーキンス?」
「彼が…、ケビン君が使っている機体は…」
「これですか?丁度、家捜ししたら出てきましてね。旧型ですが無いよりはマシだと思いまして」
シルヴィアは楽しそうな笑顔を隠さずに、アレンの問いに答える。アレンはそれに対し、偽りの笑みを絶やさないように努めながら言葉を返す。
「あれが、貴方の切り札ですか…」
モニターには一機の漆黒のG・Sが映っていた。
右手にマシンガン、左手にアサルトライフルを装備し、見た限りではあまり防御力のないであろう、軽量装甲を取り付けた機体。
その機体が他の機体と異なっていたのは、その機体を覆う装甲の黒い色は、恐らくカラーリングでは出せない様な美しさを持っていた事。そして、肩に鎖を噛み千切る銀狼の絵が描かれている事だった。
その機体は紛れも無く、嘗て彼女、シルヴィア・ヴァレンタインが使用していた機体だった。
風化した建物が立ち並ぶ都市の一角で二機のG・Sが戦闘を繰り広げていた。
漆黒の機体が建物を避けながら、前方を移動する灰色の機体を追いかける。この光景は一見、漆黒の機体が優勢に見えるが実際はその逆であった。
灰色の機体はまるで流れる様に建物の隙間を掻い潜りつつ、時折、機体を半身にして、装備している遠~中距離用のライフルを正確に当てている。
一方、漆黒の機体は、灰色の機体の背後に何とか食い付いているものの、周りに存在する建物によって、まとまって攻撃を当てる事が出来ず、建物を避けているせいで、自分が得意とする戦闘距離を生み出せずにいた。
「クソッ!このアマ、ちょこまかと…!」
ケビンはアリスの機体を追いかけながら悪態を吐く。
アリスの闘い方は、基本的な遠距離型のセオリーに沿ったものだったが、それを実行する彼女の高い技量によって、状況を打破出来ずにいた。
「流石は地下二階職員、ってとこか。まったく…」
アリスの、想像を超える高い実力に、思わず賞賛の言葉を口にする、ケビン。
「それにしても、この機体いったい、なんなんだ?徹底した近距離用の構成もそうだし、こいつに使われてる装甲なんか、見たこともねぇぞ?」
ケビンは今、自分が操縦している機体の性能の高さに驚嘆の念を覚えずにはいられなかった。
近距離戦においては完璧と言ってもよい、機体構成に加え、この機体に使用されている、見たことも無い装甲はかなりの軽量化を施されているにもかかわらず、その強度は平均的な装甲の強度を上回っているのだ。
現に、アリスの機体に度重なる銃撃を受けいるにも関わらず、機体の損傷率は八割を切っていなかった。
「まぁ、何だか分からんが、こんな大層なもん使って負けたんじゃ、流石にタマナシ扱いされちまうからな…」
ケビンはそう呟くと、レーダー上のアリスの機体の動きに意識を集中させる。
「吠え面拝ませて貰うぜ?お嬢さん…!」
アリスは機体を巧みに操り、ビルの隙間を殆ど減速せずに突き進み、それを律義に追って来る漆黒の機体に着実に弾丸を撃ち込む。
アリスは殆どまともに攻撃を行なえていない、ケビンを見て小さく笑う。
(ほら見ろ!なにが出来損ないよ!マーカスの言ってくれた通り、私は強いんだ!こんなヤツに負けるはずがないのよ!)
アリスは自分の考えが間違って無いことを実感し、悦に入る。といっても、それによって戦闘を蔑ろにする程、彼女は未熟でもなかったが。
「機体の動きが変わった…、先回りする気か…!」
レーダー上の、ケビンの機体の動きが自分から離れていくことに気付く、アリス。
「追いつけないなら、先回りか…。随分と単純な思考ね」
アリスはケビンの考えに気付くと、小さく馬鹿にした様に笑う。
「実行場所は、少し行った所の大通り、といった所かしら?いいわ。折角だから乗ってあげるわ」
アリスはそう呟くと、機体を大通りに向かって、あくまでケビンに気付かれない様に進ませる。
(アンタの策に乗った上で、それを踏みにじってアンタを倒す!そうすれば、あの女だって完全に負けを認めるはず…!)
アリスは機体のスピードを上げる。すると、レーダー上のケビンの機体もスピードを上げ始める。
ケビンの機体は建物を避けるのを放棄したのか、建物を体当たりで突き破りながら、大通りに向かって高速で移動する。
「呆れるぐらい単純ね。まさしく機体頼り、ってとこかしら」
ここにある建物は、ボロボロのものばかりだが、かなりの技術で造られたらしく、今でもそれなりの強度を誇っている。
そんなものに体当たりしていれば、機体のスピードは落ちて当然なのだが、ケビンの機体に取り付けられているブースターの影響か、建物に激突を繰り返している今でも、先程とあまりスピードは変わっていない。
その様子をレーダー上で確かめながら、アリスは機体のスピードをさらに上げる。
「もう少し…、もう少し…」
アリスはタイミングを計るように、レーダーに意識を集中させる。そして、機体が大通りに差し掛かったその時だった。
「今だ!」
アリスは大通りに入る寸前に、機体のブースターを停止させる。
すると、アリスの機体はスピードを落としながら、地面を滑走する形で大通りに侵入する。
その結果、アリスの機体は、タイミングをずらされてアリスよりも早く進入してきたケビンの機体の右側面をとることに成功する。
通常、G・Sを停止させる時にはブースターを逆方向に噴射させるのだが、噴射を行なわないことで、この様に滑走させることも可能である。
ケビンの機体は咄嗟に右腕のマシンガンを撃つが、距離が詰めきれておらず、決定的なダメージは与えられない。
「もらったぁ!」
アリスはそう叫ぶと、ケビンの機体に両手のライフルを撃ち込もうとした瞬間だった。
「悪いが、もうちょっとばかり付き合ってもらうぜ、お嬢ちゃん?」
いきなり、無線から聞こえてきた声に一瞬、反応が止まる、アリス
G・Sの無線には暗号化が施されており、敵に無線の内容を聞かれる心配は無い。これは、訓練でも同様であり、専用の暗号化プログラムを訓練前にインストールすることで、相手に無線を傍受出来なくさせている。逆に、暗号化を解除した状態で相手を指定して無線を送れば、相手に無線を聞かせることも可能である。
このケビンの行動が生み出した一瞬の隙が、アリスの命取りとなった。
ケビンはこの隙に機体をアリスの機体に向かって突進させる。
アリスはこれを迎撃しようとするが、ケビンの取った行動によって失敗に終わる。ケビンは右手に装備していたマシンガンをアリスの機体目掛けて投げつけたのだ。
予想外の出来事にアリスは避けることが出来ず、左腕のライフルを叩き落とされる。
ケビンはアリスの思考がマシンガンに向いている隙に、左手のアサルトライフルでアリスの機体の残ったライフルを撃ち落す。
「…!クソッ!」
思考が正常に戻ったアリスは、体勢を立て直すべく、撤退しようとする。
「ここまで来て、逃がしてたまるかよ!」
ケビンはブースターを最高出力にして、そのままアリスの機体に、ショルダータックルの様な形で突っ込む。
「嘘っ、きゃっ!」
機体に襲い掛かった衝撃に、思わず小さい悲鳴を上げる、アリス。
ケビンは、激突によって仰向けに倒れたアリスの機体に、左手に装備しているアサルトライフルを、管制室からの勝利宣告があるまで、アリスの機体の胸部に撃ち込み続ける。
そして、数秒後、管制室からの報告を受けると、ケビンは小さく呟いた。
「馬鹿共の巣窟にようこそ、お嬢ちゃん」