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HEART Of STEEL  作者: ブッチ
第一章 業火の一振り
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会合は円卓にて

六話目です。ようやくアリスが出てきます。

「……朝か」


 目覚まし時計の小気味良い音によって、ケビン・カーティスの意識は覚醒する。

 ケビンはいつもの習慣に則り、シャワーを浴びて、テレビを観ながら、いつものジーパンにジャケットというチンピラ紛いの格好を身につける。それはつい昨日に死にかけて来たとは思えない程、スムーズに行われた。

 しかし、唯一ついつもの日常とは違う点があった。

 それは、イージスから支給されているパソコンにあり得ない人物からメールが入っていたことだった。


「差出人、シルヴィア・ヴァレンタインだと!?」



 ケビンはメールを読むと、今しがた着ていた服を脱ぎ捨て、イージス就任時に着たぐらいの記憶しかないスーツを引っ張り出すと、曖昧な記憶を頼りに身につける。そして、財布と携帯電話を持つと、住宅街にある自分の寝床たる、アパートを飛び出すと銀行に向かったのだった。

 メールの内容は、午後一時にメインストリートの『龍天飯店』という店に来るように、というものだった。

 コロニーはその殆どが円形である。一部例外もあるものの、此処、コロニームスタフはその例外には含まれていない。

 その構造はコロニーを取り仕切る政府と、防衛の要であるイージスの建物を中心に、中心から約三分の一が高所得者の住む地域であり、それより外側が中~低所得者の住む地域と、明確に区別されている。ケビンやハロルドが住んでいるのも、中~低所得者の住む地域である。

 そして、コロニー・ムスタフには五つの大きな通りがある。一つは二つの生活区域の境界線となる、ボーダーストリート。もう一つはコロニーの東西南北に向かって走る、メインストリートである。

 『龍天飯店』は東に向かって伸びるメインストリートの高所得者地域に属する場所に存在し、コロニー・天園の出身の料理人によって六年前に建てられた、高級料理店である。

 当然の事ながら、ケビンはその様な店を利用する事など殆ど無く、とりあえず、スーツを着て銀行に金を引き出しに行った訳である。


「と、まぁ来てみたはいいんだが、何でお前がいるんだ?」


 銀行で金を降ろしたケビンは、約束の時間にはまだ若干早いものの、特にやることも無い為、『龍天飯店』に向かったのだった。

 すると、店の前には自分と同じ様にスーツに身を包んだ、ハロルドがいたのだ。


「どうして、ってチーフに呼ばれたんだよ。つーか、なにか?その態度からするとお前も呼ばれたのか?」

「まぁな。…なんか、キナ臭い方向に話しが進んでる気がするぜ…」

「確かに。それにしてもお前、スーツ似合うな」

「マジで?」

「あぁ。なんか登場して五分以内に死ぬ悪役にクリソツだぜ」

「それ、喧嘩売ってんのか?」


 店の前で周りの雰囲気に合わない会話をする二人。暫く、そんな話題で話していると、ハロルドが不思議そうな声を上げた。


「しかし、あの人がランチに誘うなんてどういう風の吹き回しだろうな?俺達を労う、って訳でも無いだろうし」

「知るかよ。まぁ、アイツが目に涙を浮かべながら俺達の事を心配する様なタイプじゃ無いのは、確かだけどな」

「まぁ、そんなことがあったら金出しても見てみたいけどな」

「そいつは同感だ。しかし、せっかくこんな所で飯食うんなら、性格のキツい美人より、マイルドな性格の美人と食いたかったぜ」

「それなら期待して大丈夫よ。此処の給仕はスリットの入った服着た、美人ばかりだから」

「マジかよ!?そいつはいいね…って、チーフ!?」

「お楽しみの所、悪いけどもう少し、品のある会話をしたらどうかしら?せっかくこんな所でランチにするのだから」


 いつの間にか店の前に到着していた、スーツにコート姿のシルヴィアに声をかけられ、驚く、ケビンとハロルド。その驚愕の表情は、シルヴィアを見た瞬間に恐れを含んだものへと、変わる。

 なぜなら、シルヴィアは、表情こそ笑顔だったものの、その目にはドス黒い不満感を露骨に孕んでいたのだから。


「えーと…、チーフ?これはですねぇ…」

「悪いけど、アナタ達の馬鹿話に付き合ってる暇は無いの。さっさと店に入るわよ。あぁ、それと店の中では御行儀良くする事。後、私が許可するまで、発言は慎む事。いいわね?」

「「了解です。チーフ」」



 ハロルドの言葉を一蹴したシルヴィアは、二人に命令紛いの要求を突きつけると、そのまま店の中へと入っていった。

 二人は声を揃えて返事を返すと、シルヴィアの後を追う様にして店に入る。

 二人が、シルヴィアが背を向けて店に入ったその後ろで、小さく溜息を吐いたのは、言うまでも無いだろう。



 二人が店に入ると、驚いた点が二つあった。

 一つは、店に入ると、シルヴィアの言った通りの、スリットの入った服を着た東洋風の顔立ちの美人の女性が近づいてきてシルヴィアと話し始める。

 ここまでは、何ら気になる点も無く、二人は鼻を伸ばしながら、シルヴィアと話す給仕を見ているだけだったのだが、少し話すと、給仕はその場から立ち去り、オーナーと思われる品の良い服を着た小太りの男性がでてきたのだ。

 二人がそのやり取りを見ていると、オーナーがシルヴィアを案内し始める。てっきり、給仕が案内するものだと考えていた二人は、思わずその場で呆然とするが、シルヴィアに一睨みされると、慌ててその後を追う。

 そのままオーナーと思われる人物に案内されて行き着いた場所は、中心に回転する台のようなものが付いた円卓のある個室だった。

 個室に通されるとは微塵も考えていなかった二人は、互いに顔を見合わせる。

 もう一つは、既に先客がいる事だった。

 二人とも既に席についており、一人は恰幅の良い、四十代手前の男で、やや長めの黒髪をオールバックにしている。もう一人は、約十代後半といったところで、短く切り揃えた茶髪の髪に、影のあるものの整った顔立ちの少女だった。


「今日はお越し頂いて、感謝します。地下三階エリアチーフ、シルヴィア・ヴァレンタイン殿」

「此方こそ、御招待に与り、感謝いたしますわ。地下二階エリアチーフ、アレン・ホーキンス殿」


 席を立つと、此方に近づき、挨拶をしながら手を差し出した男に対し、にこやかに手を取って挨拶を返す、シルヴィア。

 その様子はまるで旧知の仲を思わせたが、ケビンとハロルドはその光景に違和感を感じずにはいられなかった。

 何故なら、シルヴィアの目には明らかな敵意が、男の目には何やら複雑そうな感情が宿っていたからだ。


「ミス・ヴァレンタイン、そちらの二人が…?」

「はい。例の反政府組織と思われるG・Sと交戦した、ケビン・カーティスとハロルド・ジョーンズですわ。二人とも、挨拶を」


 挨拶を済ませると、ケビンとハロルドに視線を向けて、質問をしてきた男に対し、シルヴィアは笑顔のまま答えると、二人に挨拶をするように促す。


「地下三階職員、ケビンカーティスです」

「同じく、地下三階職員、ハロルド・ジョーンズです」

「地下二階エリアチーフ、アレン・ホーキンスだ。君達の事は知っているよ。階こそ違うが、私もエリアチーフとして作戦を見させてもらったからね」

「そうですか。それは、見苦しい戦いぶりを御見せしてしまい…」


 アレンの口から語られた言葉に、思わず、昨日のシルヴィアとの会話を思い出し、低姿勢になるケビン。


「いや、君達はむしろ良く頑張ったよ。まともな情報も無い状態であそこまでの戦果を残したのだから」

「しかし、実際は遅れをとりましたし…」

「それに関しては相手が悪かったとしか言い様が無いよ。それに、彼女の的確な判断もあって、誰一人犠牲を出すこと無く、情報を持ち帰る事ができた。これは、勝利と言ってもなんら差し支え無いと、私は考えているよ。まぁ、強いて不満点を上げるとしたら、正確な情報も出さずに君達に仕事を回した情報参謀部に有ると思うけどね」

「はぁ…。それは、恐縮です」


 思いがけない、高評価に驚く、ケビンとハロルド。

 イージスでの仕事に関しては仕事の決定までの指揮を情報参謀部が、実際の指揮を各エリアチーフが受け持っている。

 その点では、今回の作戦で主に非があるのは正確な情報を出せなかった、情報参謀部であり、むしろ、

現場からの少ない情報を頼りに的確な判断を下したシルヴィアに関しては非が無いと言っても差し支え無いだろう。二人もその辺りの事を理解していた為、昨日のシルヴィアの叱責に表立って異を唱えることはしなかったのだ。


「失礼、ミスター・ホーキンス。話しが長くなる様なら、先に彼女の紹介を済ませてもらっても?」

「あぁ、すまないミス・ヴァレンタイン。彼女はアリス・フローレン。私の部下であり、先日、殉職したマーカス・レインとバディを組んでいた人物だ。アリス、ご挨拶を」


 アリスはアレンに促されると、席から立って、軽く頭を下げるとまた座ってしまった。

 今まで座っていたのでケビン達は気付けなかったのだが、アリスはこの中で唯一、スーツでは無く、男物のズボンに革ジャンという出で立ちだった。


「成る程、あれが貴方の管轄の成果という訳ですね、ミスター・ホーキンス」

「すまない、マーカスを失ってまだ少しショックが残ってるんだ。だが、彼女なら立ち直れると、私は信じているがね」

「その点に関しては貴方にお任せしますわ、ミスター・ホーキンス。私にどうこうできる問題でもありませんですし」


 礼儀を欠いたアリスの態度にフォローを入れつつ、その身を案じるアレンに対し、つまらなそうに対応するシルヴィア。


「そうですね。確かにこれは私事でしたな。立たせてしまって申し訳ない。どうぞ座って下さい」


 そんな、シルヴィアの態度に困った様に笑うと、アレンは席に座るように促し、全員が席に着くと、彼自身も席に着いた。


「……?」

「どうした?ハロルド?」

「いや、なんか…」

「アナタ達、まさかとは思うけど、立ちながら食べる気じゃないでしょうね?」


 上着を上着かけにかけていると、ハロルドがアレンのことを不思議そうに見ているのに気付き、声をかけるケビン。

 ハロルドは何か言おうとしたが、その前にシルヴィアに急かされ、慌てて座る二人。

 この時、アレンを見ていた人物は二人いた。一人は、ハロルド。もう一人は、アリス。

 この時、アレンの視線が、コートを脱いだシルヴィアの、今は無き、左腕に向いていたのに、二人は気付いていた。

 しかし、その視線の中に込められた感情が、まるで何かに懺悔する様なものだったのを、見抜いたのはハロルドだけであった。

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